2030年 日本が占領される日<2>
翌朝、まだ暗い、朝5時過ぎに近藤と土方は陸上自衛隊作業服の姿で家を出た。近藤は坂本の姉の服を入れた紙袋を持っている。土方も家にあった作業服を着ている。
坂本の家までは20分もかからない。正月1月2日の早朝、戦争が始まっていることもあってか、この姿でも誰に会うこともなかった。
5時20分頃に、坂本家の前に着くと、武市と岡田がすでにいた。
「なんだ二人とも、その、軍服じゃなくて、作業服で来たの」
岡田が二人に声をかける。近藤が返す。
「でも、誰にも会わなかったよ。なに、二人とも目が赤いよ」
武市も岡田も結局ほとんど眠れなくて5時過ぎにはここに来たと言う。
「いろいろ考えるとね」と岡田が言い、二人は恥ずかしそうに笑う。
「俺は一人息子だろ。昨日の夜、明日出かけるよって言ったら、両親とも心配しちゃってさ。戦争が起こってるらしい日に、どこ出かけるんだ。家に居ろって言われてさ。今朝は黙ってこっそり出てきたんだ」
武市の言葉に岡田も話す。
「俺んとこの似たようなもんだ。結局黙って出てきたよ」
近藤が土方と顔を見合わせる。
「私達も似たようなもんさ。でも二人とも一応自衛官だからさ。集合の指示が出ていると言って出てきたよ。
無理するんじゃないよって言われたけれど、敵の基地を攻撃に行くんだから無理するどころじゃないけどな」
4人で低く笑う。
「そろそろ5時半だろ。榎本さんと坂本はどうしたんだ。お姉さんの服も返さないと」
近藤が言い始めた時、旅館だった入口が開き、海上自衛隊の制服姿の榎本が出てくる。榎本は片方の手に大きな袋を下げ、もう一つの手は坂本の手をしっかり握っている。
榎本に引きずられるように、坂本は後からついてくる。
「ほら、りゅうちゃん、みんなもう集まってるよ。だから早くって言ったのに。ほら、鍵かけるの忘れないでね」
榎本は坂本にそう声をかけ、満面の笑顔で4人に向かって優しい声を出す。
「みんなおはよう。さあ、行きましょう」
そう言うと、坂本の手を放し、自動車の後ろのトランクを開ける。トランクの中にはすでにたくさんの米袋や野菜などの袋が入っている。
そこに持ってきた袋をさらに詰め込む。それが終わると、トランクを閉め、当然のように助手席に乗り込む。
4人は、互いに顔を見合わせ、坂本に詰め寄り口々に問い詰める。
「今、手をつないでたよな」
「『りゅうちゃん』ってなんなんだ」
「坂本、榎本さんに何をした」
坂本は困ったように頭を掻きながらぼそぼそっと言う。
「いや、なんていうかさ」
土方が強い口調で坂本に問い詰める。
「あなた、本当に何なの。日本を救おうって、みんな命がけでかかろうとしてるのに。こんな時くらいまじめになれないの」
坂本が我が意を得たりとばかりに答える。
「そうだよ。これから命がけのことを始めるんだから、榎本さんとの最後の夜になるかもしれないじゃないか。いや、僕の最後の夜かもしれないでしょ。
だからね、榎本さんとそういう話をしてね、まあ、そうなったってことじゃないかな。まあ、そういうことだよ。あはは、さあ、遅れちゃうよ。出かけよう。ほら、君ら4人は早く後ろに乗って」
坂本はそう言うと運転席に乗り込む。助手席から榎本が顔を出し4人に向かって言う。
「さあ、早く乗りなさいよ」
4人は諦めたように乗るが結局入りきらず、武市は岡田の前で床に座る。
近藤が思い出したように紙袋を後ろから坂本の渡そうとする。
「お姉さんの服、返さなきゃ」
「いいよ、とりあえず車に置いとくよ」
坂本がアクセルを踏み、車は走り出す。
桂浜へは全く他の車に出会うことなく20分もかからず到着した。すでに陸上自衛隊のトラックは駐車場に到着しており、隊員たちが海岸でゴムボートを組み立てている最中だった。
沖に停泊している潜水艦の甲板には数名の海上自衛隊員がこちらを見ている。
坂本の車の後部座席の4人が降りる。トラックの近くにいた沖田が駆け寄っ
来て、近藤に敬礼する。
「武器はトラックにあります。確認お願いします」
近藤が沖田に促され、トラックの荷台に向かう。土方、武市、岡田も近藤に続く。
坂本と榎本は前の座席で何やら話をしていたが、二人とも遅れて降りてくる。さすがに手はつないでいない。榎本が海岸に近寄ると潜水艦の甲板の皆が手を振る。榎本もそれに応えて手を振り返す。
榎本はトラックの所へ行き、武器を確認している近藤に話しかける。
「近藤、武器はそろっているか」
「はい、揃っています」
「あのゴムボートは何人乗れる」
「5人乗りです」
「それでは、砲1門を2名、機銃1丁を1名が持ち、帰還用の1名の4名がゴムボートに乗り、2艇の2往復で武器と陸自10名、土方と武市君を潜水艦に運ぼう。
近藤と私は2回目の帰還員となる。最後に近藤と岡田、私とりゅうちゃん、いや失敬、坂本君が買い込んだ食料を持ってゴムボートに乗り込もう。」
「分かりました。トラックはどうしましょうか。それに坂本の車も」
「とりあえず、この駐車場の隅にでも置いておこう。上手くいけばここに帰還しよう」
「そうですね。帰還できない時は適当に処分されるでしょう。その可能性が大きいでしょうから」
近藤はそう言って坂本に、トランクの食料を降ろし、車を駐車場の隅に移動させるよう叫ぶ。
坂本は何やらぶつぶつ言いながらトランクから野菜や肉などの袋を降ろし、車に乗り込んで海岸に近い隅に車を移動させる。それを見て、近藤は榎本にトラックは最後に自分が移動させると告げる。
近藤が、ゴムボートの組み立てが終わっているのを確認し、陸上自衛隊員全員と、土方、武市、岡田を集め、榎本の指示を伝え、陸上自衛隊員の担当を分ける。榎本は、潜水艦に陸上からの移動方法を伝え、乗艦の準備を指示する。
武器を抱えた6名の隊員が2艘のゴムボートに乗り込み、帰還用の2名が海へ押し出してから乗り込みエンジンをかけ潜水艦へと向かう。
潜水艦に着くと海上自衛隊員は2台のゴムボートからまず武器をロープで甲板へ引き上げ、それが終わると陸自の隊員6名を順に引き上げる。それが終わるのを待ってゴムボートが引き返してくる。
ゴムボートは波打ち際でエンジンを止めそのまま砂浜に乗り上げる。乗っていた隊員は砂浜近くの海岸に飛び降りロープを持ってゴムボートを引っ張り上げる。
そのゴムボートに陸自の隊員2名と近藤、土方が、無反動砲、弾薬、機銃を運び込む。武器を積み終えると、1艘には近藤、隊員1名、武市が乗り込み、ゴムボートを抑えていた隊員がそれを押し出し最後に乗り込む。
エンジンをかけ反転させて潜水艦に向かう。もう1艘も同様に陸自の隊員と土方、榎本が乗り込むと潜水艦に向かう。
坂本と岡田が浜に残った。
「岡田、このまま逃げないか」
「坂本、お前何言ってるんだ。そんなことしたら、榎本さんに銃で撃たれるぞ。昨日の夜にやることやったんだろ」
「そうだよな、本物の銃を持ってるんだもんな。どうしよう、陸上自衛隊の女の子たちもよく見るとみんなかわいいし、潜水艦の子たちもきっとかわいいだろうに、潜水艦の中で一緒にいるのに、自由がないだろうな。俺の人生もう終わりだ」
「そうだな。榎本さんに1回殺された方が良いかもな」
「あ、帰ってきた。今の話絶対に榎本さんに言わないでくれよ」
海岸に戻ってきた榎本と近藤がそれぞれのゴムボートから飛び降り、海岸に引き上げる。近藤は岡田を呼び、ゴムボート2艘を押さえているように言って、トラックに向かって走る。トラックに乗り込み、駐車場の隅の坂本の車の横へと移動させる。
トラックから戻った近藤は榎本、坂本と食料の袋をゴムボートに運び込む。そして、岡田をゴムボートに乗り込ませ海へ押し出し、エンジンをかけ潜水艦に向かう。
榎本も袋を持ってきた坂本をゴムボートに呼び寄せ、抱きかかえるようにゴムボートに乗せる。
近藤が岡田に、坂本と何を話してたのか尋ねると岡田は楽しそうに答えた。
「これからの坂本が楽しみだ」
全員が潜水艦の艦内に揃ったところで、榎本が海自隊員を、荒井、松岡、甲賀、根津、小笠原、古川、浅羽、沢、森本、西川の順に紹介する。10名はそれぞれ1歩前に出て敬礼する。
近藤もまず自己紹介し、続けて陸自隊員10名を、沖田、永倉、斎藤、山崎、井上、藤堂、山南、原田、吉村、島田と紹介する。
こちらも、それぞれ1歩前に出て敬礼する。土方、坂本、武市、岡田もそれぞれ自己紹介する。海自、陸自の若い20名の紹介の都度、坂本は「へえ」「そうなの」「覚えておくよ」と、ひとり毎に嬉しそうに言葉を入れる。それにあわせ、榎本の顔が引きつり坂本を睨むが、坂本は素知らぬ顔。
全員の紹介が終わったところで榎本が話し出す。
「それでは今回の作戦を説明する。その前に直接作戦とは関係ないが今後のために言っておく。ここにいる、近藤と岡田、土方と武市君は、それぞれ、何というかそういう関係にある。そして、私と」
そこで言葉を止め、坂本の腕をつかんで引き寄せる。
「そして、私とりゅうちゃん、いや、坂本君もそういう関係だから、ま、一応覚えておいてくれ」
その言葉を聞いた海自の10名が驚いた顔でお互いの顔を見合わせささやき合う。
榎本が顔を赤くしながらも何もなかったように話を続ける。
「静かに。それでは作戦を説明する」
坂本の腕はしっかり掴んだままだ。
「今回の作戦は日本を占領から解放するものだ。原案は、ここにいる武市君が考えた」
そう言って、武市に顔を向け、そして続ける。
「我々自衛隊員には武装を解除し基地から撤去するよう命令が出ている。しかし」
榎本はここで皆を見渡し、意を決したように声を張り上げる。
「私はこの命令を無視し自衛隊員の本分を果したい。自衛隊員の本分とは、自衛隊法の総則にある、『自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、我が国を防衛することを主たる任務とし』である。私は」
「いたたた、痛い痛い」
坂本の声だ。榎本が興奮のあまり、坂本の腕を握っていた手に力が入ったようだ。
「榎本さん、そう興奮しないで、ほら、皆、怖がってますよ。俺たちは戦争をしに行くのじゃなくて、外国同士に戦争をさせに行くのでしょ。
そりゃ、武器を持って行くし、盗んだ潜水艦だし、誰からも命令されていないことを勝手にやるのだから後で叱られるかもしれませんが、うまくいっても行かなくても逃げて帰ってくるのだから、もう少し気楽に考えましょうよ。
おい、武市、近藤、お前らから説明しろよ。榎本さんはまじめなんだから」
「りゅうちゃん、いや坂本君、すまない、そうだな、武市君、近藤、君達から全体計画を説明してくれ」
それを聞いた武市が一歩進み出て話し始める。
「まず、今回のアメリカ、中国、ロシアによる日本占領は、この3国のパワーバランスを守るためと思われます。
中国とロシアに近い所にある日本にアメリカだけの基地があるのは、この二つの国にとって東アジア地域のパワーバランス上の問題です。
つまり目障りなのです。九州、沖縄から中国へ、あるいは、北海道からロシアへとミサイルを打ったり、攻撃機が発進したりすることを考えるとね。
もちろん、韓国や台湾などもそうじゃないか、日本以上に目障りじゃないかとなりますが、これらの国を攻めることはすなわち戦争を始めることとなります。日本だってそうじゃないかと思うかもしれませんが、日本はそれなりに国土が広く分割可能なのです。
何と言ってもアメリカにとって今の経済状況からお荷物のなりつつあると言うことです。そこで」
「長ったらしいな。あくびが出ちゃうよ。俺が説明するよ」
坂本が思わず口をはさむ。
「早い話がさ、日本にアメリカ軍だけがいるのは、中国、ロシアにとって目障り、アメリカも日本全部の面倒を見るのはしんどい。だから、アメリカは本州だけにするからさ、中国には九州、沖縄、ロシアには北海道をあげるよ、これで手打って仲良くやろうぜってことだろ。
それに、なんだったっけ。国連の敵国条項とかってのがあって、常任何とかのアメリカ、中国、ロシアが日本を攻めったって問題なしなんだろ。
だから、俺たちは自衛隊として反撃するのじゃなく、アメリカやロシアや中国のふりをして相手を攻撃してお互いにけんかさせ、やっぱり日本の占領は止めたってことにさせようだね。どう、みんな大体わかった」
海自の一人が手をあげる。
「一つ、いえ、二つよろしいでしょうか」
「うん、いいよ。松岡ちゃん」
「私の名前をよくご存じで」
「さっき紹介されたじゃない。かわいい子の名前はすぐ覚えちゃんだ、僕」
榎本が、坂本と松岡を睨む。慌てて松岡が話を続ける。
「ええと、一つは四国はどうなったのでしょうか。先ほどの説明に四国は有りませんでした。
二つ目は、敵国条項って何ですか。あっ、それから、すみませんもう一つ、敵のふりして攻撃するって私達は何をするのでしょうか。無反動砲と機銃は積み込みましたが、それで、どうするのでしょうか。それと」
榎本が、苛立ったように声を出す。
「なんだ、まだあるのか」
「申し訳ありません。もういいです」
坂本が、まあまあと言うように榎本を見てそれから松岡に向かって優しく言う。
「いいよ、聞きたいことはなに」
松岡が消え入りそうな小声で話す。
「申し訳ありません。あの、ゴムボート2艘はどうしましょう。エンジンとオールは運び込みましたがボートは『みちしお』につないだままですが」
坂本が榎本と近藤を見て聞く。
「他のことはともかく、ゴムボートはどうするの。ともかく早く出発しないといけないのじゃなかった」
榎本が近藤に聞く。
「空気を抜いて畳んでないのか」
「申し訳ありません。すぐに行います」
近藤がそう言って、陸自の数名と共にハッチに向かおうとする。
「ちょっと待て」
榎本が近藤達を止め、近藤に聞く。
「畳んだゴムボートを再び膨らます作業は甲板で行うことになるな」
「はい、そうなりますね」
「今回、上陸は夜だ。ライトも付けられない。波が高いかもしれない。
その状況で、畳んだゴムボートを甲板に持ち出し、膨らまし、海に浮かべ、人が乗り込む、この作業を短時間で可能と思うか」
「暗闇の中で、波も高いとすると、それは難しいです。特に我々陸自は潜水艦の甲板上での作業の経験がありません」
「よし、ゴムボートは畳まず、甲板に引き上げて縛り付けよう。数日なら破損することも無いだろう。それでどうか」
「多分大丈夫と思いますが。そうですね。分かりましたそうしましょう。海自の方々も手伝って下さい」
近藤はそう言って、陸自の隊員と海自の数名と共にハッチから甲板へ上がる。開いたままのハッチから怒鳴り声や悲鳴が聞こえてくる。数十分してびしょ濡れになった陸自の数名と共にみんなが艦内に戻ってくる。
「いやあ、引き上げるだけでも大変でした。こいつら途中で海に落っこちそうになるし、波の荒い津軽海峡じゃとても作業、できない。甲板に括り付けて正解です」
近藤が息を切らしながら榎本に報告する。榎本は括り付け方などを海自の隊員に確認し皆に向かって声をあげる。
「ともかくまず出発しよう。濡れた服は着替えてきなさい。それでは、海上を航行し太平洋を津軽海峡に向かう。作戦内容は航行の中で話す。では出航だ」
海自の隊員がそれぞれの持ち場に向かう。
坂本が大声で話す。
「僕たちの旅立ちは今、1月2日午前7時ちょうど、皆覚えておこうね。あっ、松岡ちゃんの質問にも後から絶対答えるね。それからさ、榎本さんと海自の皆は携帯の電源切っといてね。逃げたのばれてるんでしょ。GPSで追跡されないようにね」
榎本が「そうだな」と頷きスマホを取り出し電源を切る。
海自の隊員達もスマホの電源を切りながら「旅立ちって言ったよな」と呟き顔を見合わせ曖昧に頷きながらも機関室や操舵席などの担当先へ向かった。
榎本は、そばにいる海自の松岡に、陸自の皆と土方を空いている居住区に案内するよう指示する。付いて行こうとする近藤を呼び止め30分後にここに来て作戦内容を艦内放送で説明するようにに指示した。
陸自について行こうとした、坂本、武市、岡田にはしばらくここで待つように言う。陸自を案内して帰ってきた松岡に3人を食堂に連れて行くように指示する。
3人が食堂に向かうのを見届け、榎本は、マイクを取り、後進を指示、潜水艦はゆっくりと上龍岬の横を抜け桂浜から離れていく。しばらくしたところで、榎本は取舵、前進を指示し、潜水艦は東南の室戸岬の方向に進んで行った。
近藤がやってきたのを見て、榎本は近藤をそばに呼び、再びマイクを取る。
「それでは今回の作戦を説明する。先程の武市君の説明の続きとなる。
現状、北海道の自衛隊基地をロシア軍が占領、九州沖縄の自衛隊及び米軍の基地を中国軍が占領しており、本州の自衛隊基地及び米軍基地は米軍の支配下のあると思われる。四国の自衛隊基地は自衛隊員が撤退し、たぶん誰もいない。
ロシア、中国、米国は事前に同意の上、この状態となったと思われるが、互いに信頼しておらず最高度の警戒状態にあると思われる。
そこで、我々は、津軽海峡をはさむロシア、アメリカの両軍、関門海峡を挟む中国、アメリカの両軍それぞれが占領する基地を同時刻に攻撃し、相手の攻撃と思わせ、ロシア軍とアメリカ軍、中国軍とアメリカ軍を交戦させる。
これが今回の作戦となる。武市君の読みでは、3国とも本格的な交戦を望んではいないため、本作戦が成功すれば、一時的に占領地から撤退するのではないかと考える。
その後は、政府、自衛隊上層部の判断次第だが、まあ、そこまで考えるのは我々自衛隊員の役目ではない。それでは作戦の具体的配置について近藤から説明するが、本作戦に賛同できない隊員は近藤の説明後私の所に来て欲しい。今回の作戦参加は各自の判断に任せる。私からは以上だ」
榎本が話し終わると、すぐにスピーカーから声が流れる。
「こちら機関室の荒井、甲賀、根津です。榎本さん、もちろん最後まで一緒にいきますよ。呉で榎本さんとこの潜水艦を乗っ取った時からそのつもりです」
発令所のあちこちからも次々声が上がる。「小笠原、了解です」
「古川、もちろんです」
「浅羽、ついて行きますよ、榎本さん」
「沢です、任せて下さい」
「森本、ラジャー」
「西川、オッケーです」
最後に榎本のそばにいた松岡が笑顔で榎本に言う。
「榎本さん、この潜水艦に乗った時から、みんな最後まで榎本さんについて行くつもりですよ。賛同できない隊員はなんて冷たいこと言わないで下さいよ」
「みんな、ありがとう」
「でも、男嫌いの榎本さんが、私もりゅうちゃんとそういう関係って、クッ、クッ、クッ」
「なんだ、何を言いたい」
榎本は真っ赤になって横を向く。そして、松岡と同じように、にやにやしている近藤にマイクを渡し「ほら、早く説明しろ」と言って後ろを向く。
マイクを受け取った近藤が取り出したメモを見ながら話し始める。
「それでは、わたくし、近藤が引き続き説明します。えっと、このまま海上を進み、6日02時頃、津軽海峡の西海上で停止。
北海道白神岬、そして青森竜飛岬の順にゴムボート2艘でそれぞれ4名が上陸、上陸後3日間待機。
『みちしお』は青森竜飛岬からゴムボート回収後、日本海を南下、9日の00時頃関門海峡付近で停止。
下関市日本海側、及び北九州市門司の順にゴムボート2艘でそれぞれ4名上陸、北九州門司上陸後、ゴムボート2艘は当地で待機。
同日04時頃を目標に、海上自衛隊松前警備所、海上自衛隊竜飛警備所、海上自衛隊下関基地、陸上自衛隊冨野分屯地を同時刻一斉攻撃。
攻撃後すぐに上陸地点に撤退し待機、門司、下関、竜飛、白神の順に『みちしお』が回収、桂浜に戻るとの計画です。
4か所とも武器は無反動砲1門と機銃1丁。続いて、要員について説明します。
松前警備所攻撃は陸自の私、近藤と永倉、斎藤、山崎、竜飛警備所攻撃は陸自の沖田、井上、藤堂と民間人の岡田。
下関基地攻撃は陸自の山南、原田、防衛医科大学生の土方、民間人の武市、冨野分屯地攻撃は、海自榎本さん、陸自の吉村、島田、民間人の坂本です。
現時点の計画内容はここまでです。上陸後の行動、連絡方法などはこれから4日間でまとめたいと思います。以上」
近藤はそこまで話すと、後ろを向いている榎本に「これでよろしいでしょうか」と尋ねる。榎本は振り返りマイクを受け取る。
「今、近藤が話した通りだ。まず、津軽海峡へ向かう。陸自及び民間人の皆さんは楽にしてくれ。皆、これからよろしく頼む」
そう言ってマイクを切る。
『みちしお』が室戸岬を越えた頃、武市、岡田、坂本、土方が発令所へ入ってきた。榎本は武市を呼びレーダーを見せる。
「ここに写っているのは、アメリカ、中国、ロシアのフリゲート艦だ。それと、これはアメリカの空母、こちらは中国の空母だ。こちらは、各国の潜水艦だ。日本の周りは3カ国の艦艇や潜水艦だらけ。
今我々が潜水して通過しようものなら、総攻撃を受けて終わりさ。この潜水艦は魚雷も積んでいないから反撃も出来ない。しかし、海上をゆっくり進んでいる限り、あれは日本自衛隊の脱走練習艦だ。気にすることはないって、笑われることはあっても攻撃されることはない。ということだよ」
「魚雷も無いのですか」
「ないよ。武装解除を始めた練習艦をかっぱらったのだから」
そう言って、榎本は笑う。話を聞いていた松岡もつられて笑いだす。
昼夜を問わず、日本沿岸を離れることなく進んで行く。1月5日の夕方から日暮れにかけて、尻屋崎沖から大間崎沖へ進み、津軽海峡に入った。そこから速度を落とし日付の変わる頃白神岬沖に到着した。月明りも無い暗闇で雪がちらついている。岬のあたりの街の明かりもほとんどない。
「吹雪でないだけでも良しとしよう。明かりは小さなライト一つだけ、下向けに」
甲板のハッチを開け外に出た榎本が船内に声をかける。
榎本に続き、松前警備所攻撃メンバーと、漕ぎ手の海自4名が甲板に出てくる。波は荒く、攻撃メンバー4名は甲板に這いつくばるようにゴムボートに向かい、海自の4名と共にロープを解く。
2艘のゴムボートをゆっくりとロープで海へ降ろし、まず海自の2名ずつがそのロープを伝いオールと共に乗り込む。
攻撃メンバーの4名も2ずつロープにしがみつきながら2艘のゴムボートに下りてゆく。それぞれのゴムボートの2名の海自隊員が抱きかかえるように一人ずつゴムボートに乗り込ませる。
ハッチから、無反動砲と機銃、それぞれの弾薬を抱えた陸自の4名が甲板に出てくる。それぞれをロープで縛りゴムボートに降ろしてゆく。ゴムボートの陸自隊員がそれを受け取りロープを外す。
僅かな薄明かりの中、榎本がこれらの作業が完了したのを確認して「行け」と言うように手を振る。ゴムボートの海自2名がオールを漕ぎ出す。
ゴムボートの陸自4名がこちらに手を振る。荒い波の中、2艘のゴムボートはやがて暗闇の中に消えていく。
「ここは、折戸海岸からおよそ1キロ、30分くらいで戻るだろう」
榎本はそう呟き甲板から動こうとしなかった。松岡がハッチから顔を出す。
「榎本さん、艦の中へ」
「いや、ここでいい」
松岡も甲板へ上がって来て、榎本の横に立つ。
「帰ってきますよね」
「帰ってくるさ。その先は分からない。私達、とんでもないことを始めようとしているのかもしれないな」
「おもしろいじゃないですか。女に生まれて、自衛官になって、榎本さんの部下になって、こんな面白いことが出来るなんて、こんなことを女冥利に尽きるって言うんですよね」
「そうか、女冥利に尽きるか」
「榎本さん、聞いてもよろしいでしょうか」
松岡の声に笑顔の榎本が振り返る。
「なんだ。この計画のことか」
「いいえ。あの」
「どうした」
「あの、坂本さんのことですが。男嫌いの榎本さんがどうして」
「ん、何を聞きたい」
「あっ、申し訳ありません。失礼しました」
「まあいい、そうだな、なんていうかな。私は、自分で言うのもなんだが、それこそ子供の頃から、大勢の男が周りにいて、可愛い綺麗だとちやほやしてくれたんだ。年を重ねるにつれてそれがひどくなって、まあそれで、男が嫌になった。わかるか」
「全く分かりません」
「まあいい。だが、今回の計画で、命を失くすかもしれないと考えた時、今まで経験したことの無い、女から男に、『コクル』とか言うのをやって見たくなってな。
丁度、取って付けの相手が近くにいたしな。それでやって見たら、結構面白いもんだな。『嫉妬』というのも分かったよ。ははは」
その笑い声が風に消える先から、戻ってくるゴムボート2艘が見えた。
「松岡、何人か呼んできてくれ」
真顔に戻った榎本が叫ぶ。
松岡がハッチを開け艦の中に叫ぶ。
海自の3人が甲板に出てくる。『みちしお』に横付けしたゴムボート2艘に甲板からロープ数本を投げ込む。
ゴムボートの海自隊員がロープでゴムボートを縛り、オールを背中に抱えてロープを伝って甲板に上ってくる。4名とも甲板に揃ったところで、榎本に報告する。
「松前警備所攻撃隊4名、無事、折戸海岸に上陸しました」
「ご苦労だった。ゴムボートを甲板に引き上げたら艦に戻って体を温めろ。さあ、竜飛岬東へ向かおう」
折戸海岸に上陸した4名は、暗闇の中、武器弾薬を抱え身をかがめ海岸から道路へ出る。人の気配が全くないのを確認し、道路を越えたところで、4人が集まり近藤がスマホを出す。
「スマホってのは本当に便利だな。これで現在位置が確認できる。それじゃ計画通り松前高校を目指そう。9日の4時前まで待機するために利用する。始業式前だし、ロシア占領下で部活も無いだろうから、大丈夫なはずだ」
その時道路を歩く数人のかすかな足音が聞こえる。あわててスマホを消し4人は雪が数センチ積もった草むらに身を伏せる。
3人の男が海岸を懐中電灯で照らし、海岸に向かって小声で呼びかけながら歩いてくる。4人に近づくにつれて3人の声がはっきりと聞こえる。
「自衛隊の近藤さん。いませんか。自衛隊の近藤さん、いませんか」
草むらに隠れる3人がそっと近藤の顔を見る。近藤が目で3人に目で動くなと合図し腰から小銃をゆっくり取り出す。
「青森の吉村から連絡を受けた陸奥です。体育大学の卒業生です。近藤さんあなたを手伝いに来ました」
近藤は小銃を手に3人にそっと近づく。一番後ろを歩いている男の片腕を取り後ろにねじ上げ小銃を首に突きつける。 男が「イタタ」と声を上げる。
近藤は「声を出すな」と言うと同時に、振り向いた二人に銃を向ける。
「私が近藤です。声を出さないように。手をゆっくり上に挙げて下さい」
懐中電灯を持ったままの手を上げようとして光が上を向く。
「明かりを消して」
近藤が短く指示する。二人は慌てて明かりを消し、手を上に挙げる。
「どうして私がここにいることを知っているのですか」
「私は陸奥と言います。体育大学の卒業生です。津軽にいる大学の先輩の吉村さんから先程連絡がありました。
在学生の岡田君がこれから竜飛に来る。彼のやろうとしていることに協力するつもりだ。お前も松前の折戸海岸にいる自衛隊の近藤さんを見つけて協力しろと。
それであわてて、弟二人と探しにやってきたのです。私達はあなたたちの味方です」
近藤の問いに、手を上げたままの1人が答え、他の二人も首を縦に振る。
近藤は、岡田が青森の津軽の先輩に連絡すると言っていたことを思い出し、小銃を腰に戻し、ねじ上げていた腕を離す。
「そうですか、岡田の先輩ですか。岡田のこともよくご存じなのですね」
「私も応援団にいたので、岡田君とはOB会で2,3度会っただけですが、津軽の吉村さんには学生時代からお世話になっています。
吉村さんから言われてと言いましたが、実はこの話を聞いた家の親父が何としても手伝えと。親父は元自衛官です。
吉村さんからは2、3日匿えと言われていますのでぜひ家に来て下さい。大丈夫です。親父も是非にと言っています。さあ行きましょう。ええっと、近藤さん一人ですか」
「いえ、後3人います」
近藤がそう言って、暗闇に向かい「こっちへ」と声を出す。
3人が音もなく現れ近藤の後ろに揃う。近藤が目配せすると3人は銃を構える。
「あなた方を疑うわけではないのですが確認させて頂きます」
近藤はそう言って、スマホを取り出し電話をかける。しばらくしてつながったのか話し出す。
「仁蔵さん、そう、近藤。まだ潜水艦なのね。今、青森の吉田さんから連絡を受けた陸奥って人と話してるんだけれど信用していいの。そうわかった。折り返し待ってる」
そのまま、数分が過ぎる。近藤のスマホが震える。
「はい近藤。そう、分かった。ありがとう。そっちも気を付けて」
近藤は銃を構えている3人に合図をし、3人は銃を降ろす。
「こういう状況なので一応確認させて頂きました。申し訳ありませんでした。我々は4人です。3日ほど匿って頂けるとありがたいです。皆さんに会わなければ松前高校に隠れるつもりでした」
「あぶない、あぶない。松前高校は毎日ロシア兵が見回ってますよ。私らの家は館浜だからロシア兵はいない。大丈夫です。そこに車を止めています。さあ行きましょう。と言ったけれど、軽で7人は無理か」
陸奥はそう言って、まだ震えている二人の弟を見る。
「お前らここで待っててくれ。この人たちと家に送り届けたらすぐに戻るから」
二人が、うんうんと頷くのを見て、陸奥は近藤達に、この先に車を止めてあるからと言って歩き出す。
軽自動車は前に近藤、後ろに無反動砲や機関銃、弾薬を膝の上に抱えた3人を詰め込み走り出す。窮屈そうな3人を見て近藤が弾薬の一つを持つ。
「館浜はすぐです」
陸奥がそう言っている間に道路沿いに集落が現れ、山側に入ったところの一軒家の前で車を止める。
陸奥は車から降り小走りで一軒家の玄関の引き戸と奥のドアを開き中に声をかける。
「父さん、連れてきたよ。近藤さん達4人だ」
陸奥はそう言うと車の所へ戻り、車の中にいる4人に、父が中にいますから、どうぞと言い、4人が降りるのを待って、弟たちを迎えに行きますと再び車を走らせる。
近藤達が周りを警戒しながら一軒家の玄関に近づくと、中から引き戸が開き一人の初老の男が顔を出す。
「寒いだろう。早く入りなさい」
近藤は一瞬躊躇したようだが、失礼しますと言って素直に中に入り、永倉、斎藤、山崎が武器弾薬を抱え後に続く。
「陸上自衛隊、高知駐屯地の近藤です。これらは、同じく高知駐屯地の永倉、斎藤、山崎です。現状が把握できていませんので階級は省略します。そういう意味では陸上自衛隊、高知駐屯地所属だったと言うべきかもしれませんが」
「まあ、ともかく上がりなさい」
家の中は十分温かい。近藤達4人はしばらく考えた様子だったが、やがて、武器弾薬を置き、防寒ジャケット、半長靴を脱ぎ玄関から上に上がる。
防寒ジャケットを手に持ち、無反動砲、機銃、弾薬箱2つを持った4人は中に入り、男性に促されソファーに座る。
「あんたらだけでロシアと戦おうと言うのかい」
「いえ、詳しくは話せませんが、戦うと言うより、追い出す仕掛けをすると言うことです」
近藤が男の問いかけに言葉を選びながら答える。
「そうか。ああ、申し遅れた。私はあんたたちを迎えにいった3人の父親で陸奥宗男と言うものだ。若いころ3年ほど、自衛隊にいて、その後親父の後を継いで郵便局長を35年務め3年前に定年で辞めた。
女房を10年前に亡くした後は息子3人と男所帯さ。そこでだ、自衛隊にいた人間として聞きたい。どうして、自衛隊は反撃せんのだ。どうなっとるんだ」
「自分たちよく分からないのですが、今日の0400に北部方面隊、西部方面隊で至急基地駐屯地から退去し、その後、ロシア軍に従えと、緊急命令があったとの噂を聞きました。
海自、空自にも同じような命令があったのではないかと。あ、西部方面隊は中国軍にですが。高知では0530に戦闘準備、待機命令が出た後、突然、0900に武装解除、駐屯地から退去、アメリカ軍の指示に従うよう命令が出て、自分たちにも何が何やら分かりません」
「そうか、あんたらじゃよくわからんか。そうすると、あんたらは命令なしに何かしようと言うのじゃな」
「そう、命令なしです」
「潜水艦で来たと聞いたが、それも命令なしか」
「はい、それも命令なしです」
「そうか、それはおもしろい。あんたらに協力するよ。もうしとるがね。それでわしらは何をすればいい。さっきも言ったように元自衛隊員だ。機銃位撃てるぞ」
「いえ、それは結構です。そのかわり、よろしければ、2,3日匿ってもらえないでしょうか。それと、青函トンネルにこっそり入る方法があれば教えて頂けるとありがたいのですが」
「3日でも10日でもいてくれ。客も来ないようにする。青函トンネルの入口は昔工事に関わった者に聞いてみよう」
表に車の止まる音がし、ガラガラと戸が開く音に続き先程いた3人が部屋に入ってくる。
「帰ったか。この人たちのこと誰にも気づかれなかっただろうな」
父が息子たちに声をかける。
「大丈夫だよ。で、この人たちどうする」
「ここにいてもらう。つまり、わが家で匿う。2,3日だそうだ。いいな」
父親、宗男はそう言って。近藤達を見る。
「3人の息子だ。上から、和夫、郁夫、康夫だ。何か必要なものがあったらこいつらに言ってくれ。食事もこいつらが用意する。ゆっくりしてくれ」
近藤達もそれぞれ名前を名乗り3人に頭を下げる。
父親が息子たちに向かい言葉を続ける。
「この人たちがいる間は、客が来ても入れるな。いいな。それから、この人たちが風呂に入る時は、お前たちは家から出て車にいるように。わかったな」
「父さんはどうするんだい」
「わしはもうじじいだから、いてもかまわんだろ」
「お父さんも車に出ていてください」
近藤達4人が声を合わせて叫ぶ。
息子たちが近藤達の軍靴を部屋に持ち込み玄関から痕跡を消した。
次の日に数人の客が来たが、父親や息子たちがうまく対応し近藤達が気付かれることはなかった。
8日の昼過ぎ、大型の車が止まり、数人の足音に続き玄関の二重ドアを乱暴にたたく音と日本語でない大声が響いた。
近藤達と話していた和夫が小声で話す。
「ロシア兵だ。僕が相手するから、あなたたちは出てこないように」
近藤達は身をかがめそっと小銃を取り出す。
和夫が玄関の扉を開けると、3人のロシア兵が入って来て大声で何かまくしたて、さらに軍靴のまま中に入ろうとする。和夫が手を広げそれを押しとどめると、ロシア兵の1人が銃を構える。
近藤達が小銃を構え出ようとした時、家の奥から出てきた父親が近藤達に待てと合図し玄関に向かう。
父親がロシア兵たちにロシア語で何か言い、1万円札数枚を見せ、ロシア兵の1人に握らせ握手する。銃を構えていたロシア兵も銃を降ろし父親と握手し3人のロシア兵は去って行く。
玄関の鍵を閉め、二人は近藤達の所へ来る。
「怖かったよ。撃たれるかと思った」
血の気の無くなった顔で震えながら話す和夫に父親が言う。
「奴らは家の中から金目の物を持ち出そうとしてたのさ。現金の方が良いだろって渡したら喜んで帰ったよ。あちこち回ってるんだろうな」
近藤が小銃を仕舞いながら父親に聞く。
「陸奥さんはロシア語が話せるのですか」
「自衛隊にいた時少しかじっただけ。今はやらないのかね」
「はあ、我々は」
「しかしなんだな。奴ら3人で動き回っとる。あんたら以外の自衛隊は何をしとるんだろうな」
「申し訳ありません」
近藤達4人が申し訳なさそうに頭を下げる。
「まあ、あんたらのせいじゃないんだが」
その日の夜23時頃、近藤達4人のスマホにショートメールが入る。
『予定通りだよ。3時半にもう一度連絡するね』
「坂本さんからですね。本物ですよね」
永倉が近藤を見て言う。
「大丈夫だろう。榎本さんの番号やアドレスは把握されているかもしれないから、坂本のスマホからにしたのだろう。内容も坂本らしいしな。さあ、用意しよう」
近藤は、奥の部屋にいた、陸奥一家4人の所へ行き、今日の深夜に出発すると伝える。
「そうか、息子に車で送らせよう」
「いえ、大丈夫です」
「いや、この辺りは家も多い。夜中とはいえ人目に付くかもしれん。人気のないところまで車に隠れていきなさい」
「そうか。分かりました。おっしゃる通りに致します。私たちを探しに来た、折戸海岸まで0200頃お願い出来ますでしょうか」
「和夫、送って聞け。気を付けていきなさい」
「ありがとうございます。それと青函トンネルに入る方法は見つかりましたでしょうか」
「青函トンネルはロシアの占領から列車は通っていない。入口はロシア軍が配置されているそうだ。だが、吉岡の作業抗入口は誰もいないと言うことなのでそこが良いだろう。今は閉鎖されているが入口の鍵を持っている者に話を付けてある。これから連絡するが何時頃に待てばいいか」
「吉岡の作業抗入口はどのあたりですか」
近藤が腰のポケットから地図を取り出し広げて見せる。
「ええっと、ここだな」
「側道を抜けて、ここ山越えは無理ですか」
近藤が白神岬辺りを地図で指さし陸奥に聞く。
「山越えだって。そりゃ無理だ」
「そうなると、国道を通って15キロ、3時間。0700には着くと思います。その時間で伝えて頂けますか」
「0700って、あんた、もう明るいぞ。大丈夫なのか」
「しかし、仕方がありません」
「7時の3時間前、4時か。折戸海岸辺りで4時に『こと』を起こす、そうか、あんたらは松前警備所を狙っているのか。青森側の青函トンネル出口は竜飛警備所。
なるほど、両方を同時に攻撃してアメリカがロシアを、ロシアがアメリカをそれぞれ攻撃したように見せかけ、ロシアとアメリカを戦わせようと言うことか。わずかな人数で出来ることを考えたわけだ。どうだ、そうだろう」
「申し上げられません」
「いいか、松前警備所には数人しかロシア兵はいない。反撃もほぼ無いだろう。しかし、攻撃を受けたと連絡が入れば、千歳辺りにいる航空機やヘリもすぐに来る。
知内町にいる青函トンネルを守っているロシア兵も来るだろう。あるいは、松前高校にもまだロシア兵がいれば駆けつけてくる。3時間も国道をうろうろしていたら間違いなく見つかりあんたら全員捕虜か死亡だ」
陸奥はそう言って、近藤達4人をじっと見つめる。
「それじゃ、攻撃後ここでもう2,3日匿って頂くと言うのは」
近藤が不安げに陸奥にささやくように言う。
「そりゃだめだ。ロシア兵がこのあたり一帯を徹底的に家探しする。逃げられん」
近藤達4人は無言で俯く。近藤が意を決したように言う。
「仕方がありません。我々は命を捨てる覚悟が出来ています」
近藤の言葉に残る3人も顔を上げ頷く。
「そりゃ違うだろ。アメリカが攻撃したように見せるのに、日本の自衛隊の攻撃と分かってしまうじゃないか。あんたらが死ぬと言うことは作戦が失敗すると言うことじゃないのかね」
陸奥の言葉に、4人は再び下を向く。
「よし、わしも行こう。いや、あんたらの攻撃に参加はしないが、わしも車を出し、和夫の車と2台であんたらを拾って吉岡までぶっ飛ばそう。10分はかからない。地図を見せなさい」
近藤が手に持っていた地図を陸奥に見えるように広げる。
「松前警備所を松前港側からまず攻撃する。さも海から来たようにな。そして攻撃後、こう、港側を回って国道へ抜ける。わしらの車は国道のここで待ち、あんたらを乗せて吉岡へ突っ走る。
警備所のロシア兵は海から攻撃され海へ去って行ったとまず報告するだろう。航空機やヘリ、応援部隊もまず海を探すだろう。その間にあんたらはトンネルの中に入ってしまうと言うのはどうだ」
「了解しました。それで行きましょう。でも、その後、陸奥さんと和夫さんは大丈夫でしょうか」
「まあ、国道は戻れんだろうから、木古内を回って戻るさ。心配しなさんな」
そのころ、青森側では坂本のショートメールを受けて、竜飛漁港外れの一軒家で、岡田と沖田、井上、藤堂、それに岡田の大学の先輩、吉村と吉村の仲間の3名が机に開かれた地図でこれからの作戦を確認していた。
「ロシア軍が竜飛漁港に上陸し階段国道を通って竜飛警備所を攻撃する、これを偽装します」
沖田の説明に全員が頷く。
「俺たち4人はここを出て青函トンネル記念館に車で向かい岡田達4人を待つ。アメリカ軍の占領から閉鎖中の記念館の鍵もここにある」
吉村が沖田を見て鍵を見せる。
その時、岡田のスマホが震える。
「ユミからだ」
そう言って通話を始める。
「うん、そうか。ちょっと待って皆にも聞いてもらうから。ユミ、いや近藤からです」
岡田がスマホを机に置く。
「近藤です。作戦実行の最終指示後、0400作戦実施、0430には青函トンネル北海道側斜坑に入る予定です。榎本さんにも坂本へのショートメールで連絡済みです。そちらの状況を教えて下さい」
沖田がスマホに向かって話す。
「私達は岡田さんの先輩である、吉村さんと他3名の支援者の方々と共に竜飛漁港近くにいます。竜飛警備所までは約300メートル。山道、ええっと何とか国道、えっ、そう階段国道から途中で抜け、竜飛警備所の横っ腹100メートル地点からハチヨンで攻撃、これを竜飛岬ひがし海上からの攻撃に見せ、その後上陸部隊がミニミ連射したと思わせよう考えています」
「わかった。退去方法はどうなる」
「我々の攻撃地点から約800メートルの青函トンネル記念館、これは現在閉鎖中とのことです。ここに吉村さん達に事前待機頂き、攻撃15分後までに我々が到着、竜飛斜坑へ入り隠れます。
斜坑入口の鍵は吉村さん達が手に入れてくれました。我々が斜坑内に入った後吉村さん達は車で間道を抜け今別へ、そこの仲間の方に家に入るとのことです」
「分かった。我々は坑道を竜飛に向け進む。確認していないが、200メートル1000段の階段を降り、約20キロトンネルを歩き、そして、1000段くらい階段を登ることになりそうだ。途中仮眠もとる。
もし、11日の『みちしお』回収連絡までに到着しなかったら、お前たちだけで戻ってくれ。それでは、0330の最終連絡後、両部隊は行動に移る」
「私達は、近藤さん達が作戦を完了させ必ずこちらに来ると信じ待っています」
「うん、私もそちらの作戦の成功を信じている。えっと、あの、それでな、えっと」
「岡田さんですね。大丈夫です。我々が必ず守ります」
「いや、あの、よろしく頼む」
岡田が、スマホに向かって話す。
「僕は大丈夫だから。ユミも気を付けて。待ってるから」
青森、北海道両方から笑い声が出る。沖田も笑いながら話す。
「近藤さん。竜飛斜坑に二人のための個室探しておきますよ」
「ばか。ともかく、お互い無事に作戦を完了させよう。頑張ってくれ」
その言葉で近藤がスマホを切る。
海上自衛隊呉地方隊第一練習潜水隊所属練習潜水艦『みちしお』は、松前で4名、竜飛で4名を上陸させた後、日本海を南南西に進んでいる。日本海に入ると、アメリカ、ロシア、中国の艦船だけでなく、韓国や北朝鮮の艦船、潜水艦も溢れている。
この中を海上航行するため、海自の10名はおよそ8時間毎に勤務を回している。通常とは違う10名しかいない特別な方法だ。榎本は松岡の勤務中に時々休むだけ。松岡たちが「何かあればすぐ呼びますからどうか休んで下さい」というが、「大丈夫」と発令所にいることが多い。
陸自の4人と、武市、坂本は、割り当てられた部屋で仮眠をとったり、時々頼まれて海自の作業を手伝っている。
土方は、医務室にいて、そこで仮眠をとったり、たまに傷の手当てや、ビタミン剤などを海自の隊員に渡したりしている。
武市と坂本は、時間が空けば土方の医務室に顔を出す。二人一緒の時もあるし、別々の時もある。
医務室には榎本も時々顔を出す。土方一人の時もあるし、武市や坂本がいる時もある。
ある時、榎本が医務室に顔を出すと土方一人だった。
榎本が横を向きながらぼそっと言う。
「土方は、りゅうちゃん、いや坂本と昔何かあったのか」
「えっ、何かって何ですか」
「いや、たとえば、そおいうなかだったとか」
「いやですよ、榎本さん、何考えてるんですか。私も坂本君もユミや端平さん、岡田君と一緒の小学校からの幼馴染ですよ」
「そうか。そうだったな。いや、変なことを聞いてすまない」
「変な、榎本さん。お疲れなんじゃないですか。ほとんど寝てないじゃないですか。睡眠導入剤を処方しますから、お休みされた方がよいと思います」
「いや、大丈夫だ。邪魔してすまなかった。土方こそ休んでくれ」
榎本は医務室を出てそっと振り返り首を振りながら発令所へ戻って行く。
日本海の沿岸から離れた航路をとったため予定より2時間ほど早い8日の22時には海上自衛隊下関基地沖に到着した。
「よし、北海道と青森に計画実行準備を知らせよう」
榎本は発令所で位置を確かめるとそう言って松岡に言う。
「でも私達のスマホは電源切ってます」
「そうだな、武市君か、坂本君を呼んできてくれ」
松岡が発令所を離れ数分して武市を連れてくる。
「ああ武市君、下関に到着だ」
「そうですか、僕たちの番ですね」
「うん、まず、北海道と青森に連絡したい。坂本君はどうした」
「坂本ですか、とし美、いや、土方の所じゃないですか。連絡なら僕がしましょう」
「いや、君はもうすぐ出撃しなければならない。坂本がなぜ土方の所にいるのか。りゅうちゃんを呼んでくれ」
榎本の口調が強い。
「はあ、分かりました。呼んできます」
そう言って、そそくさと武市が出ていく。
松岡が、榎本の憤怒の表情を見てぎょっとし後ずさりし小声で問う。
「申し訳ありません。榎本さんを怒らせるよなことしましたでしょうか」
「なんでもない。気にするな。いよいよだと思い、気を引き締めただけだ」
武市が戻ってくる。後ろから、坂本と土方が何やら笑いながら付いてくる。
その二人を睨みつけるように見て榎本が強い口調で言う。
「今、武市君に話したが、下関沖に到着した。いよいよだ。君たちも緊張感を持ってくれないと困る。特に土方、もうすぐ出撃だ。分かってるのか」
「申し訳ありません。ほら、坂本君、私が叱られちゃったじゃない」
「まあまあ、榎本さん、怒らないで。綺麗な顔には笑顔が似合うんですから」
「そ、そうかな」
榎本は坂本を見て笑顔を作り、穏やかな口調で続ける。
「りゅうちゃ、いや坂本君、君から北海道と青森の部隊に予定通り攻撃予定と連絡してくれ。あっ、それと0330に最終連絡を送るので、それで決行するようにと」
「分かりました。それじゃ、青森は、近藤と永倉ちゃん、斎藤ちゃん、山崎ちゃんの4人だね。それと青森は、岡田と、沖田ちゃん、井上ちゃん、藤堂ちゃんだね。ショートメールでいいね」
土方が口を挿む。
「坂本君、永倉さんや沖田さん達の番号知ってるの」
「当然だろ。4日間もかわいい子達と一緒にいたんだぜ。交換するに決まってるだろ」
「へえ、相変わらずね」
聞いている榎本が怒りのこもった声で言う。「早く連絡しろ」
「はいはい。それじゃ、『予定通りだよ。3時半にもう一度連絡するね』っと。えい」
「なんだ、その遊びの連絡のようなのは。予定通り攻撃予定、0330に決行の最終連絡と言ったよな」
「ショートメールも全部傍受して、AI分析してるかもしれないでしょ。攻撃とか決行とか使っちゃばれちゃうじゃないですか」
「そ、そうか」
土方がまた口を挿む。
「坂本君、誤魔化すの得意だもんね」
「うるさいな。榎本さんも言っただろ。もうすぐ出撃だろ。緊張感が足りない。早く用意して武市と行けよ」
「あなたに言われなくたって行きますよ。端平さん、さあ、行きましょ」
榎本が思わず声を挿む。
「まあ、待て。武市君、土方、それと下関御攻撃隊の陸自の、ええっと」
「山南ちゃんと原田ちゃん」と坂本の声。
「そう、山南君と原田君もここに集まってくれ」
榎本が続け、4人が榎本の周りに集まる。榎本が下関の地図を広げる。
「現在位置は海上自衛隊下関基地の西約1キロだ。裏手の海岸に上陸し回り込み、この水産大学校付近から攻撃、元の道を引き返し海岸で待機するのが良いと思うがどうか。
下関基地には掃海艇が水産大学校近くに停泊しているはずだが多分乗員はいないはず。この地点からなら安全だと思う」
武市が地図をじっと見て榎本に聞く。
「この基地の向かいにある小さな島、ええっと、加茂島て書いてる。ここから攻撃したほうが良くないですか。だって、僕たち中国軍なんですよね。裏から回ってと言うのじゃなく、やっぱり正面からじゃないですか」
「そうかもしれんが、ここは反撃されれば逃げ道がない。私達が冨野分屯地攻撃後、君たちを回収するまでに2時間以上ある。君達だけじゃ持ちこたえられない。裏手からにしよう」
「いえ、この計画を立てたのは僕です。やるからには成功させたい。やらせて下さい。お願いします」
「そうだよ。お前が始めようって言ったからこんなことになったんだよ。責任取ってやられて来い」
坂本が離れたところで武市に向かって声を上げる。
「何言ってるのよ。皆でやろうって決めたのじゃあない。端平さん、私、端平さんに賛成。出来るだけのことをやりましょう。榎本さん、やらせて下さい」
「陸自の二人はどう思う」
榎本が、山南と原田を見て言う。
「民間人と学生さんが危険を承知でやりたいって言ってるんですから、それでやりましょう。お二人は私達が何としても守りますよ。なあ、原田」
山南の言葉に原田も頷き言葉を続ける。
「やることやらなきゃ、後で近藤さんに合せる顔がないですよ」
榎本は4人の顔を見て
「分かった。それでは、加茂島からの攻撃にしよう。無反動砲を撃ち機銃を撃ったら、すぐ岩場に隠れるように。反撃があってもこちらの位置が分かるような反撃はするんじゃない。分かったな」
「分かりました」
4人が声を合わせる。
『みちしお』は加茂島から2km辺りまで位置を変え停止する。
2艘のゴムボートが海面に降ろされ、武市、土方と、山南と原田がそれぞれに乗り込む。海自の4名がオールを抱え2名ずつゴムボートに乗り込み、加茂島にむかって漕ぎ出す。榎本は甲板でゴムボートを見送り艦内へ戻る。
1時間ほどしてオールで艦をたたく音がして、数人が甲板に出て2艘のゴムボートと4人を甲板に上げる。
「思ったより小さいですね。島と言うより岩です。武市さんはゴムボートから島へ降りる時も、岩を登る時も危なっかしくて。山南さんが背負うようにしてなんとか。あの人大丈夫かな」
送り届けた海自の小笠原が榎本に報告する。
「武市は運動神経ゼロだからね」
聞いていた坂本が笑いながら話す。
「さあ、私達も小倉沖に向かおう」
榎本が声を上げ、松岡が「了解しました」と答え『みちしお』は動き出す。