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2030年 日本が占領される日<3>

小倉の赤坂海岸沖までゆっくりと進み海岸から100メートルあたりで『みちしお』が停止する。
「こんなに近くまで来て大丈夫でしょうか」
松岡が榎本に聞く。
「中国軍もこんな分かり易い攻め方をアメリカ軍がするとは思っていないだろう。こんなところは警戒していないさ」

そう言って、榎本は、陸自の吉村と島田、そして坂本を集める。
「冨野分屯地までは市街地を約1キロ、そして山中の坂道を約1キロ。ここを駆け抜ける。
私が機銃を背負う。吉村君と島田君で無反動砲と弾薬2発を頼む。りゅうちゃんは、機銃の予備の弾薬を背負ってほしい。そんなに重くはない」
吉村が榎本に問いかける。
「市街地や基地への道に中国兵がいるかもしれません。見つけたら交戦しますか」
「いや、途中で交戦しては分屯地を攻撃出来ない。
市街地は広い道路を避けて行こう。山道は一本道だから警戒しながらだな」

「榎本さんはこの辺りよく知ってるの」
坂本が聞くと、榎本は笑顔で答える。
「私はここから少し離れたところの大学にいたのさ。
小倉に友人が住んでいてよく来たものさ。今もその頃の同級生が何人かいて時々来ている。だから大丈夫」

そう言って榎本は、「さあ行こう」と言って機銃を取りハッチに向かう。
ゴムボートは延命寺臨海公園に着く。
そこで、榎本は、オールを持つ4人の海自に、我々が戻るまでここで待つように、しかし1時間過ぎても戻らないようなら『みちしお』に戻り、下関攻撃隊回収に向かうようにと指示する。
 
上陸した4人は榎本を先頭に身をかがめ駆け足で進む。
「待ってよ。そんなに早く走れないよ。休もうよ」
坂本が声を上げ弱音を吐くと、榎本が「しっ、声を出さないで」と言って坂本の手を取り坂本を引きずるように先頭を駆ける。
真っ暗な中を僅かな懐中電灯の明かりだけで、道路を横切り工場や駐車場の脇をすり抜け、民家の中を左右に曲がりながら『陸上自衛隊冨野分屯地』と標識のある山道の入口に到着する。

「みんな大丈夫か」
榎本が声をかける。
「大丈夫です」
吉村と島田が少し息の荒い声で答える。
「大丈夫じゃないよ。もう駄目だ。もう走れない、歩けない。僕はここで待ってるから、皆さんお先にどうぞ」
坂本が息も絶え絶えに答える。
「分かった。ここで少し休もう」

榎本はそう言いながら時計を見る。
「今、0327。0330になったら、出発しよう。りゅうちゃんはここにいて、私達が出たら、予定通り0400に攻撃と、松前、竜飛、下関の皆にメールを打って。私達が帰ってくるまで動いちゃだめだよ。
もし、0420になっても私達が帰ってこなかったら、『みちしお』に帰ってこのことを報告。分かったね」
「いやだよ。帰って来てよ。やっぱり僕も一緒に行くよ」
坂本の言葉に榎本は「だめだ」と答える。
「一緒の方が安全では」
吉村が小声で榎本に言う。
「いや、この先は敵の見張りがいるかもしれない。その時は私達だけの方が良い」
榎本の答えに吉村が頷く。
坂本もその言葉を聞いて諦めたようにリュックを榎本に渡し、ポケットからスマホを取り出すショートメールを打ち始める。

月もない真っ暗な中を、機銃とリュックを背負った榎本が歩き出し、無反動砲を二人で肩に抱えた吉村、島田が続き、やがて坂本の視界から消える。
それを確認した坂本は、道端に座り込み「0400予定通り」のショートメールを12人に送信する。
 
4時ぴったりに坂の上の方から爆発音が二度聞こえ、そしてタンタンタンと機銃の発射音が続く。
思わず立ち上がった坂本の耳に、坂の上から走ってくる足音とエンジン音、大きな叫び声、銃の発射音が聞こえる。
坂本が暗闇に目を凝らすと、榎本、吉村、島田が何も持たずにこちらに懸命に駆けてくる。
その後方に2台のヘッドランプと火花が見え、銃の発射音が響く。

3人に近寄ろうとした坂本に榎本が大声で叫ぶ。
「りゅうちゃん、逃げろ、来た道を逃げろ」
その声を聞いた坂本は脱兎のごとく駆け出し、その後ろを3人が続く。
よく覚えていたと思うほど坂本は全く躊躇なく来た道を右に左に曲がり、延命寺臨海公園に着く。
「もう大丈夫だ。追いかけてこない」
榎本が息を切らしながら言う。

「それにしても、坂本さん早いですね。行くときは、もう駄目だなんて言ってたのに、全く追いつけませんでしたよ」
島田が息を切らし、汗をぬぐいながらも笑顔で言う。
「うん。僕、逃げ足は速いんだよ」
坂本の言葉に思わず3人も笑う。
「後ろでなにか大勢の声が聞こえませんでした。それに光も」
吉村が言うと、榎本も「その後、ジープの音も銃の音も消えたような気がする」と頷く。
 
4人を待っていたゴムボートの所へ行き海自の4人と再会を喜び会っていた時、島田、吉村が震え続けているスマホに気付く。
「山南から電話です」と島田。
「私は原田から」と吉村。
二人がそれぞれ電話に出ると、「反撃されている」「至急救出頼む」と言う声が聞こえる。

その時、坂本のスマホも土方からの電話で震え坂本が耳を当てる。
「助けて、坂本君」
土方の泣き声が銃声の中から響く。
「大変だよ、とし美が助けてくれって叫んでる。すぐ行かなくちゃ」
島田と吉村も榎本に叫ぶ。
「榎本さん、山南たちをすぐに助けに行かせてください」
「ゴムボートに乗り込め。すぐに『みちしお』戻ろう。
4人が2艘のゴムボートに乗り込むと、海自の4人がそれぞれオールを力いっぱい漕ぎ出す。
「早く、もっと早く」
 坂本の声が暗闇に消えていく。

『みちしお』に着くと榎本は海自、陸自を集め指示を出す。
「ゴムボートは引き上げなくてよい。このまま曳航する。
島田君と吉村君は下関加茂島沖到着次第2艘のゴムボートにエンジン装着、全速力で加茂島行き4人を回収し『みちしお』に戻り、そのまま『みちしお』と並走して沖へ行きそこで4人と君たちを艦に戻す。
並走の際ゴムボートは『みちしお』の海側で並走するように。
島田君と吉村君はゴムボートの操作と4人の回収を担当。
私は機銃を持ち島田君のゴムボートに乗り回収の援護をする。
松岡は甲板でゴムボートの戻りに合わせ『みちしお』の進路を指示。
各員分かったな」

全員が頷く。
少し離れたところにいた坂本が思わず榎本に叫ぶ。
「ちょっと待ってよ。僕は。僕も行くよ」
「りゅうちゃん、いや、坂本君、今回君はここで待機。
土方が心配なのかもしれないが、銃弾が飛び交う所に民間人は無理だ」
「とし美が心配なのじゃ無くてさ。今回の計画は武市と岡田、僕の3人が言い出したんだよ。考えたのは武市だけれど。とし美から電話があったってことは、武市に何か起こったのかもしれない。
それなら、僕が確かめなけりゃ。
それに、武市か誰かが怪我でもしてたら、榎本さんは援護射撃で、島田ちゃんと吉村ちゃんはボートから離れられないし助け出すためにも、もう一人いた方が良いよ。ねえ、お願いだから僕も行かせて」

吉村が坂本を見ながら榎本に言う。
「彼らが島のどのあたりにいるか分かりませんし、私が上陸した時ボートが流されないよう残るものがいないと。
それに、武市さんも土方さんも坂本さんの顔を見ると落ち着くのじゃないでしょうか。そうすれば助けやすくなります」
「ありがとう、吉村ちゃん。ね、榎本さん邪魔にならないよう、役に立つようにするから」
榎本は仕方がないかと言う顔つきで、「それじゃ、坂本君は吉村君のゴムボートに同乗。さ、準備にかかろう」
 
下関基地攻撃隊の救助連絡を受けてから1時間足らずで加茂島から200メートル地点に『みちしお』が到着、曳航中にエンジンを取り付けたゴムボート2艘で4名が加茂島に向かう。
加茂島にちらちらと明かりが見えるが、銃弾の音は聞こえない。
一方、下関基地の方角から「ワーワー」と大勢の人の声が聞こえる。
「何が起こっているのでしょうか」
島に近づき、ゴムボートを慎重に操作しながら、島田が榎本に聞く。
「分からない。だが、基地からの攻撃はないようだ。このまま、加茂島に接岸してくれ」

懐中電灯の光を頼りに慎重に島田がゴムボートを接岸させる。
吉村もこれに続く。
ゴムボートのエンジン音を聞きつけた、数人が岸でゴムボートを引き上げる。
榎本が足元を僅かな光で照らしながら島に片足をかけ声を出す。
「榎本だ。みんな無事か」
「山南です。全員生きています。ただ、原田が左腕を敵の銃弾で負傷、武市さんが右膝の外傷です。両名とも土方さんが応急処置してあります」

暗闇の中から声が応える。
「そうか、御苦労。敵の攻撃は収まっているのか」
「はい、救助の連絡をした直ぐ後で攻撃が止みました。わーわーと大勢の声が聞こえたのと同じ頃です。状況は全く分かりません」
「分かった。ともかく退避だ。皆ゴムボートへ乗り込め」
榎本の声に、何人かの足音が近づく。
「とし美、無事か。助けに来たぞ」
坂本が暗闇に叫ぶ。
「坂本君、来てくれたんだ。ありがとう。
それじゃ、端平さんを御願い。私は原田さんの傷を押さえてるから」
「なんだ、武市、おまえどうかしたのか」
「岩に隠れる時に転んじゃってさ。膝を岩にぶつけたんだ。骨が折れてるかもしれない」
「大丈夫よ。ただの打撲と擦り傷だから」
横から土方が言葉を挿む。

榎本が指示を出す。
「原田君と土方はこちらのボートへ。
武市君と、山南君はそちらの坂本君と吉村君のボートへ。
坂本君、武市君に手を貸しなさい」
「本当にドジな奴だな」
坂本がぶつぶつ言いながら武市をゴムボートに引き込む。
 
4人が乗り込むと同時に吉村、島田がゴムボートを反転させ潜水艦『みちしお』へ全速力で向かう。
ゴムボートはすぐに『みちしお』の海側に回り込む。
それと同時に『みちしお』が前進、それに隠れるようゴムボート2艘も進む。
20分程並走したところで、『みちしお』が速度を落とし停止する。甲板に海自の数人が現れ8人を引っ張り上げる。

「ゴムボートを曳航したまま、前進。この場を離れる」
榎本の指示でさらに約30分ほど沖に出たところで『みちしお』は再度停止する。
そこで榎本がゴムボートを甲板に引き上げるよう指示し、それが終わったところで、全員を発令所に集める。
「これから、青森に向かうが、現在の状況を確認しよう。
まず土方、原田君と武市君の怪我の具合はどうか」
「原田さんは左腕上腕背側に被弾、筋肉に損傷は有りません。
貫通しているというより皮膚をこすったレベルかな。
手術の必要はなく、応急処理をしました。
この後、この艦の薬品で対応します。それで多分大丈夫かと。
端平さんは岩で転んでひざを打っただけなので、打撲と擦り傷です。消毒とシップで十分です」
「原田君、痛みはどうか」

榎本が原田に確認する。
「問題ありません。最近訓練をさぼってたので腕の下がプルンプルンしてたところにかすっただけです。
土方さんがすぐに止血してくれましたので、もう血も止まってます。もう一回攻撃出来ますよ」
原田が包帯を巻かれた左腕を動かそうとする。土方がその腕を押さえ叫ぶ。
「だめよ。動かしちゃ。傷口が開いちゃうから。安静にしてください」

横から、武市が声を出す。
「とし美はああいいましたけど、きっと骨折れてます。ほら、腫れてるし、押さえると痛いんだよ」
「うるさい奴だな。とし美が問題ないって言ったんだから問題ないんだよ。お前こそもう一回攻撃して来いよ」
坂本が、武市を鼻で笑う。
 
「攻撃と言えば、どうして、下関基地からの反撃が止まったのかな」
島田が山南に聞く。
「分からないんだ。無反動砲を2発撃って、その後機関銃を打ち込んでたら、サーチライトをこちらに照らされてすごい反撃が始まってさ、原田はやられるし、ともかく岩に隠れてやり過ごすしかない。
こちらに渡ってこられたらもう駄目だとなって、ともかく島田と吉村に救援の連絡をしたんだけど、
その5分後くらいかな、わーわーと声が聞こえて、サーチライトも、攻撃も無くなって、岩陰から覗くと基地の右手の方に大勢の人が集まっているような感じで、サーチライトもそちらを照らしていたんだ。銃撃はどちらからも無かったな」

「その話は、次に整理しよう。今の話で攻撃は成功したのだな」
山南の話を遮って榎本が山南と原田に確認する。
「はい、外部からの攻撃と認識させました。小倉も成功ですか」
山南が榎本に聞く。島田が答える。
「成功だよ。無反動砲2発で止まっていたジープ2台が木っ端みじんさ。
その後機銃を撃ったんだけど、残っていたジープ3台で追いかけられちゃって、うまく撒いたけれど。軍隊の攻撃を受けたことは中国軍もしっかり分かっただろうな」

「坂本君も機銃を撃ったりしたの」
土方が坂本を見て言う。
「俺は、ほら、連絡係してたからさ。そりゃいろいろと、やったさ」
島田が吉村に小声で、でも回りに聞こえるように呟く。
「坂本さんの逃げ足の早さ。皆さんに見せたかったですね。なあ、吉村」
「そう、すごかったですよ。撤退戦のプロですよ。私達追いかけるので精いっぱいで」
土方が軽蔑するような目で坂本を見る。
「そんなことだろうと思ってた。結局逃げ出したってことね」
俯きながら坂本が小声でつぶやく。
「だから連絡係してたんだよ」
 
榎本が話を打ち切るようにみんなに向かって言う。
「りゅうちゃん、松前と竜飛から連絡は入っていないか確認してくれないか」
慌てて、坂本がスマホを取り出す。
「入ってる。えっと、近藤からは、4時28分に『攻撃成功、全員無事。これからトンネルに入る』ってショートメールが。
馬鹿だなあいつは。攻撃なんて使ったらばれちゃうじゃない。
それにトンネルに入るって、追いかけてくれって言ってるようなもんだろ。
傍受されてるかもって考えないのかね。ま、ともかく成功みたい」
そこで一息入れて続ける。
「竜飛の岡田からは、4時32分。これも『攻撃成功』のショートメール。
やっぱり岡田も馬鹿だな。
それと『全員、青函トンネルに入った。ユミ達を待つ』だと。バレバレじゃない。少しは考えろよ」
「ともかく、松前も竜飛も攻撃が成功し、皆無事ってことだ。よかった」
榎本が笑顔で話す。
 
「ちょっと待ってよ。これなんだ」
坂本がスマホをいじりながら叫ぶ。
「近藤達が松前を攻撃している画像があちこちにアップされてる」
榎本が坂本のスマホを除きこむ。その様子を見て、武市、土方が慌ててスマホを取りだし操作する。土方が叫ぶ。
「松前だけじゃないですよ。竜飛も」
同じようにスマホを操作していた吉村が叫ぶ。
「ほらこれ、私達が小倉駐屯地を攻撃して撤退する動画も出てます。
ほら、坂本さんが走ってる。
それに、中国軍のジープの前に大勢の人がいてジープが止まってる画像もある。何百人もいますよ」

「これだよ。『ハッシュタグ反撃。自衛隊と民間人の勇士が占領軍を攻撃。
1月6日早朝4時に松前、竜飛、下関、小倉で決行するらしい』これに、『応援しに行こう』のリツイートがすごい」
坂本の言葉に土方が納得したように言う。
「下関で私達への攻撃が止まったのは大勢の人が集まったからなのね」
「冗談じゃないよ。これじゃ、ロシア、中国とアメリカを戦わせる武市の計画がつぶれちゃうじゃない。どうしよう榎本さん」

「ま、いずれ分かることだからな。残された砲弾や銃弾を調べれば、自衛隊の物ってことが」
「そうなの。それじゃ、この計画初めから駄目だったの」
「まあ、この作戦に参加した、陸自の皆も、私達海自もそれは分かっていた。すぐにとは思わなかったけれど、いずれは自衛隊の兵器の攻撃だとわかるだろうってね。
でも、アメリカと中国、ロシアが本格的に戦争することはなくても、小競り合い位はするだろう。
それに、国土を攻撃され、占領されてなにもしない、何もするなって、我慢出来ないだろ、いくら命令でも。我々は国を守る自衛隊だから。
上層部でどんな裏取引があったのか知らないけれど、我々みたいなのがいてもいいんじゃないかと、武市君の計画に乗ったんだよ。
だましたわけじゃない。もしかすると、彼らの小競り合いから計画通りになる可能性だってある。軍隊ってのはそんなものだしね。まあ、もう少し様子を見よう。

りゅうちゃん、そんないやな顔しない。攻撃隊は休んでくれ。土方、負傷者の手当てを頼む。さあ、青森へ向かおう」
榎本の言葉に、海自の皆は、持ち場に向かう。
坂本の腑に落ちないような顔に武市が「榎本さんの言うように様子を見よう。僕はうまくいくと思うよ」と声をかけ土方を追う。
 
青森に向かい始めて1時間位過ぎた頃ソナーを見ている松岡が榎本を呼ぶ。
「榎本さん、見て下さい。この間の周りに多くの小型艦が近づいてきます。敵に囲まれました」
榎本が慌ててソナーをのぞき込み、艦橋へのラッタルへ走り登り始める。
「榎本さん、潜望鏡上げます」
松岡の叫び声に、艦橋の上の方から榎本の「いや、いい。直接見る」と返事が返る。

艦橋から戻ってきた榎本が笑顔で、発令所にいた松岡と甲賀に声をかける。
「甲賀、陸自のみんなや武市君たちを呼んできてくれ。
艦の乗員達にも交代で艦橋に来るように伝えてくれ。ここは私が見ているから松岡、艦橋に上がって見ろ」
艦橋に上がった松岡が笑顔で戻ってくる。
ぞろぞろとやってきた武市や坂本、土方、陸自の4人に、松岡が「皆さん、艦橋に上がって外を見て下さい。側扉も開けてありますから」と嬉しそうに言う。

坂本がラッタルを登る。武市や土方、陸自の4人はそれを見ている。
艦橋の一番上から坂本が「おーい、おーい」叫びながら外に向かって手を振っている。
「みんな、外を見てみろよ」
坂本の声につられて、皆はラッタルを登り艦橋の上や側扉から外を見る
数十隻の漁船が日の出前の薄明りの中、日の丸や大漁旗を振り『みちしお』の周りを囲み進んでいる。
『みちしお』に向かって手を振る人も大勢いる。
艦橋のみんなも思わず漁船に向かって精いっぱい手を振る。それに合わせたように、漁船から一斉に汽笛が鳴る。

発令所に甲賀に呼ばれた海自の数人が集まってくる。艦橋の下から松岡が上に向かって声をかける。
「皆さん、すみません。交代してもらえますか。海自のみんなにも見せたいので」
坂本たちに替わり、海自の隊員たちが艦橋に上がり周りの漁船に向かって手を振り声を上げる。
降りてくると持ち場に戻り代わりの隊員がやって来て艦橋から外に向かって手を振り声を上げる。

全員が見終わったのを確認して榎本は、発令所で喜び合っている坂本たちや陸自、海自の隊員たちに向かって話す。
「敵同士を戦わせると言う計画は成功しなかったかもしれないが、大勢の日本人が喜んでいる。
これで十分だろ、武市君、りゅうちゃん、みんな」
「うん、大成功さ。もともと僕は武市の計画なんかだめだと思ってたんだ。始めからこっちの方が良かったんだよ」

坂本の言葉に武市が思わず口を挿む。
「相変わらず、いい加減な奴だな。でも、これで、僕達、いや、榎本さん達や、近藤達、自衛隊の皆さんは大丈夫ですか。命令もないのに勝手に攻撃したのがばれちゃうことになったんですよね」
「そうだな、何らかの罪は問われるだろうな。それが、自衛隊からなのか、占領軍からなのかは分からないが」
榎本の答えに、武市は坂本を見て強く言いう。
「ほら喜んでいる場合じゃないだろ。よく考えろ」
「まあ、ともかく高知と呉に戻ってからだ。まず、近藤達を迎えに進もう」
榎本の言葉に発令所の全員が頷く。
 
坂本のスマホで榎本と近藤が連絡を取り合い、3日後の12日の午前に、竜飛岬の竜浜海岸で8人を回収することになった。
この3日の間、昼夜と問わず『みちしお』の回りには漁船や小型、中型の貨物船などが並走しており、坂本たちや陸自の隊員などが交代で艦橋から手を振るなどしていた。

12日の午前10時頃竜浜海岸に着くとそこには、数百人、いや数千人と思えるような人々が海岸を埋め尽くしていた。
『みちしお』が海岸に近づき甲板に数人が現れると海岸から一斉に歓声が上がり拍手、手拍子が始まった。
やがて、数隻の小型漁船が近づいてきた。そこには、二人づつ4隻に分かれて乗っている近藤達の姿があった。

小型漁船から、まず近藤が『みちしお』に引っ張り上げられ、甲板で待っていた榎本と固く握手、そして、土方と抱き合う。
続いて岡田、永倉、斎藤、山崎、井上、藤堂が甲板に上がり、最後に沖田が上がる。
みんな、榎本と握手し、陸自の皆は、山南、原田、吉村、島田と再会を喜び合い、原田の怪我の話で盛り上がる。

岡田は、甲板の坂本を見つけ、思わず抱きしめる。
「やめろよ、男に抱き着かれてもうれしくないんだよ」
さすがに坂本も笑顔だ。
「あれ、武市はどうしたんだ。何かあったのか」
「あのドジはさ、岩場で転んで膝をこすっちゃって、歩くと痛いからって中にいるよ」
「大きな怪我なのか」
「大したことないよ。土方にも大丈夫って言われてるのにさ、みんなに同情してほしいだけ。全く心配ないよ」
海岸からは、歓声と手拍子が続いている。甲板のみんなが、海岸に向かって手を振るなか、『みちしお』はゆっくりと沖に向かう。
いつのまにか数十隻に増えた漁船、貨物船に囲まれながら『みちしお』は津軽海峡を抜け高知へと進んで行った。
 
16日の朝8時過ぎ『みちしお』は桂浜沖に到着した。
ここまで多くの漁船や貨物船が途切れることなく、『みちしお』を守るかのように回りを取り囲んでいた。桂浜にも『みちしお』を出迎えるかのように大勢の人がいる。

榎本はエンジンの停止を命じ、全員を発令所に集めた。
「さあ、我々が出発した桂浜に到着した。
そして、全員生還した。私達の計画はこれで終了だ。成功だったかどうかはそれぞれが決めれば良い。
私は、なんというか、楽しかったと言うのかな。それじゃここで解散しよう。私たち海自は呉に帰還する。近藤、陸自はどうする」
「我々も駐屯地に戻ります。いいな、みんな。とし美はどうする」
「私も一緒に駐屯地に。荷物も置いたままだし」

榎本が、坂本たち3人を見る。
「君たちはどうする。りゅうちゃん、一緒に呉に来るか」
武市が榎本と握手し話す。
「僕と岡田は高知に戻ってそれから東京で就職活動します。少し有名になったみたいだからうまくいくかもしれない。あっ、僕は怪我の治療も行いながらですね。坂本はどうするか知らないけれど」
坂本が武市の言葉を遮るように叫ぶ。
「なんだよ、お前まだ怪我を馬鹿にしたのを根に持ってるのかよ。ほんとにねじれた奴だな。僕も就職活動に決まってるだろ」
「根に持ってるってなんだよ。榎本さんが言ったから坂本がどうするのかなって言っただけだろ」
「いいかげんにしろよ」
思わず、岡田が二人を止める。

榎本が笑顔で坂本を見る。
「そうか、それじゃ、りゅうちゃん、いったん離れ離れだ。分かってるだろうが、私のいないところで浮気したら殺すからな」
「あ、当たり前じゃない、そんなこと絶対ないよ。あはは、やめてよ、殺すなんて」
「榎本さんが男嫌いで無くなったら、坂本なんかすぐに捨てられるな。
殺されるか、捨てられるか、その日が楽しみだな」
近藤の言葉に発令所に坂本を除く皆の笑い声が響く。
「それじゃ、我々は桂浜に向かいます」
近藤がそう言い、陸自の皆や土方、武市、岡田がハッチへ向かい始めた時、坂本が叫ぶ。

「ねえ、みんな、ここから出発する時、僕がさ、旅立ちは1月2日午前7時丁度、覚えておこうねって言ったじゃない。
どうだろう、その1ヵ月後の2月2日午前7時に又、集まろうよ。
ねえ、そうしようよ。折角みんなですごいことをやったんだからさ。いいでしょ、榎本さん、近藤、みんな」
近藤達が足を止め振り向き、そしてみんなが頷くのを見て坂本は笑顔で歩き出す。
 
半年前の2029年6月1日、副総理兼防衛大臣兼国家公安委員長の岩倉は、東京港区赤坂のアメリカ大使館で駐日アメリカ大使ハリスに二人きりで向き合っていた。

「大使に正直に話す。このままでは日本は破産、いや破滅する。国債のデフォルト、ハイパーインフレだけではない。
恥ずかしい話だが、我々では対応できないのがはっきりした。
10年以上の間、政府、日銀が金をばらまき、金利を失くし、円安にし、株価を吊り上げ、ぬるま湯のような経済、政治を続けた。

その結果、議会も役所も企業も無能な連中が支配する状態になった。
環境が厳しいと有能な人間が必要となるが、何もせずともそれなりに運営できれば無能な連中が権力を握る。
権力を握った無能な連中は、有能な人間を排除し、ごますりに集まった取り巻きの中から、より無能な奴を後継に据え自分の権力を守る。
今の日本ではこの無能の連鎖が政治家、官僚、企業経営者の全てで進んでいる。
私は、もう、日本は自力で立ち直れないと判断した。連中を一掃し、有能な人間を登用する必要がある。
そこで、アメリカにお願いがある。1945年のようにアメリカ軍の軍政のもとで解決できないだろうか」

「いきなり大変なお話ですね。岩倉さん、今の話は、政府の決定ですか」
「いや、今言ったように、政府も無能な連中の集まりだ。私の考えだ」
「あなたも、その政府の一員でしょう。
影の実力者と呼ばれ、自衛隊や警察を握っている岩倉さんなら、御自分が全権を握り解決することが出来るのじゃありませんか」
「あなたがどう見ているかは知らないが、私は政府から排除されている人間だ。
自衛隊や警察の現場の指揮官連中の支持があるので、副総理兼防衛大臣兼国家公安委員長になっているが、誰も私の言うことなど事を聞かん。防衛省や警察の官僚どもは私など無視だよ。
いや、全省庁や日銀の官僚、各政党や法曹界、学界、大企業、マスコミ、これらの幹部、いわば無能の連鎖の連中全部がだ。
地方の三流私大出で現場たたき上げ、地位より国家を大切にする私など異物なのだよ。
名門出身で東大首席の三条首相が私を気に入っているから私にも頭を下げとるだけだ。
私が強引に事を運ぼうとすれば、奴らは結束して妨害し私を追い出すだろう。奴らは間違いなくそうする」

「それは、アメリカ軍に対しても同じでしょう」
「いや、あいつらは、絶対的な力には驚くほど弱い。太平洋戦争後の占領軍には妨害どころか下僕のようにふるまった。そういう連中なのだよ。だから、こうしてあなたに頼んでいる」
「三条首相も賛成なのでしょうか」
「三条にはまだ話していない。今の彼はとても相談できる状態ではない。
何人もの保身だけの無能な連中、国会議員や官僚や、企業経営者、学者どもが、三条の所へ押しかけてそれぞれ勝手なことを言い、三条は倒れてしまった。
ああ、三条が倒れたのは、ここだけの話にしてくれ。ともかく、私の考えをアメリカで検討してもらいたい。出来るだけ早く返事が欲しい」

「ともかく、岩倉さんからこんな話が来たと本国へ伝えます。アメリカも今の日本の状況は理解しています。
とはいえ、軍政の依頼とは驚きです。マッカーサーも生きていたら驚くでしょう。関係する各国各所との調整も必要となるでしょうから、すぐに結論が出るか分かりませんが」
「よろしくお願いする。アメリカ軍も自衛隊が手に入れば喜ぶのじゃないか。
アメリカのもとでこの国、日本を正常な国にし、再び大きく成長させたいのだ。きっと国民もアメリカ軍を大歓迎するだろう」

ハリス大使は岩倉の話をまともに受け止めなかったが、日本の実力者としてアメリカにも知られている岩倉からの話なので、本国政府に伝えることだけは行った。
しかし、この話にアメリカ政府、アメリカ軍とも乗り気になった。
アメリカ軍は自衛隊がアメリカ軍の指揮下に入ることで軍の大幅な増強が可能になり、増強著しい中国軍への対抗策となると考えた。
また、このまま日本経済が衰えると中国経済圏やインド経済圏がアジア太平洋地域で支配的になると危惧していたアメリカ政府も、日本の経済を立て直す機会と捉えたのである。

EU各国やイギリスも賛成した。
ここ数年、日本は経済の混乱から抜け出せず各国に支援を要請する状態になっていたが、どの国も、自国で手いっぱいであり、アジアの東端の国に関わりたくないと思っていた。
この際アメリカに任せられるならその方がありがたいと考えたのだ。
しかし、中国、ロシアからは猛烈な反対があった。
日本がアメリカの軍政下となりアメリカ軍と共に核が装備されれば、中国、極東ロシアにとって喉元に刃となる。
アメリカ軍が日本を占領するのなら、中国防衛のため九州、沖縄は中国軍に占領させろと要求した。
ロシアも北海道の占領を要求した。

アメリカ政府はそれを了承する。
日本の経済状況を調べるに従い、その負担の大きさが明らかになってきたため、軍政の地域の範囲を削減し、経済的な負担軽減を狙うとともに、防衛範囲を本州に限り陸続きに抑えることで防衛負担も抑えられると判断したのだ。
そして、占領開始までに九州、沖縄、北海道から米軍基地を撤去し、この地域の自衛隊の隊員、兵器を秘密裏に本州に移すと決めた。

アメリカは、中国、ロシアと、両国の要求を認める前提で交渉を続け次の内容で合意した。
・本州をアメリカ、九州、沖縄を中国、北海道をロシアがそれぞれの軍の軍政下に置く。互いに他占領地域に侵攻しない。
・各国の軍政は2030年1月1日に開始する。
・日本の警察他統治機構はそれぞれの占領地域軍の指揮下に入る。
・自衛隊は2029年12月31日、一時的に解散し、2030年1月1日各占領軍のもとで再編される。

四国について話題にはならなかった。アメリカも中国も、地政学的にも、経済的にも興味を示さなかったのだろう。

アメリカ政府は、これを岩倉に告げる。
岩倉は、北海道がロシア、九州、沖縄が中国に占領されることに驚き、見直しを求めたが、アメリカは応じず、この案がだめなら一切手を引くと脅した。
岩倉は「私の依頼であることを伏せる」と条件を付けて承諾した。

そして、2030年1月1日を迎えた。中国軍とロシア軍は前日の自衛隊の一時解散を信用せず、自衛隊基地を攻撃した後、それぞれの担当地域を占領した。
アメリカ軍は1月1日に本州の全ての自衛隊基地、駐屯地に進駐、自衛隊員を撤去させた。あわせて、同日中に警視庁、各府県の警察本部も指揮下に置いた。
そして、翌日には、首相官邸、国会議事堂、主な政府機関、マスコミ各社に米軍が進駐、全閣僚の辞任、国会の解散、マスコミの報道規制を命令、引続き、岩倉を首班とする臨時政府の樹立を指示した。

臨時政府は、2030年1月8日に発足、当日の午後8時から、岩倉が、今回の経緯、目的を北海道、九州、沖縄を含む国民にテレビ、ラジオ、ネットで臨時政府樹立の演説を始めた。

「国民の皆さん、今回、日本を立て直し、再び成長させるため、一時的な非常手段を行いました。
現在の日本は皆さんもご存じの通り、これまでの政府、日銀の大きな失政や、大企業経営者の怠慢などにより、大変なインフレ、大不況に陥っています。
日本だけの力ではとても立て直しが出来ない状況です。

そこで、一時的に、アメリカ、中国、ロシアの力を借りることにしました。
繰り返しますが、これは、この国を立て直し、再び大きく成長する国にするためです。国民の皆さんは今まで通りの生活を続けて下さい。
彼らの力を借り、この国を衰退させた輩から国の運営を取り戻します。
占領軍が国民の皆さんを攻撃することはありません。間違っても彼らに反抗しないでください。もしそんなことになれば、内乱となり、新しい国作りが出来なくなります。
皆さんの将来、国の未来のため協力をお願います。皆さんと一緒に、この国を再び大きく成長する正しい国に戻そうではありませんか」
 
その翌日の1月9日午前4時過ぎ、青森県海上自衛隊竜飛警備所駐留米軍から、ロシア軍の攻撃を受けていると東京の米占領軍本部に連絡が入る。
同時刻山口県海上自衛隊下関基地駐留米軍からは中国軍の攻撃と緊急連絡。
両駐留米軍は北海道のロシア軍、九州の中国軍への反撃許可を求めてきた。
米占領軍本部は急遽全占領米軍に攻撃準備を指示すると同時に、ワシントンの国防総省へ連絡、攻撃許可を求めた。

米国防総省はその頃、ロシア政府、中国政府双方から、北海道の駐留ロシア軍、九州の駐留中国軍が、日本の駐留米軍から攻撃を受けている、約束違反のため、反撃し本州に進軍も辞さないと強い申し入れがあった。
急遽、日本の占領米軍に事態を確認しようとしていたところ、逆に、ロシア軍、中国軍から攻撃を受けたため反撃許可を求める連絡が来たのだった。
アメリカ国防総省は、このままでは、核保有3カ国の戦争に発展しかねないと判断、アメリカ国防長官が、ロシアの国防相、中国の国防部部長にホットラインで連絡。

3カ国とも自ら攻撃する意思のないことを確認。
それぞれ反撃を行わず、事態を拡大させず、状況を確認することで一致した。
この結果、各国から日本の駐留軍に反撃中止の指示が出たが、各現地軍は臨戦態勢を継続した。

それから1時間もたたないうちに、3カ国の日本占領軍は、SNS上に自衛隊の制服の数人が、松前警備所、竜飛警備所、下関基地、冨野分屯地を攻撃した後、逃げていく画像や動画を見つけたのだった。
それが6時。
米占領軍は、7時に岩倉をアメリカ占領軍本部のあるアメリカ大使館に呼びつけ、動画を見せ、「この反乱部隊を拘束し、しかるべき処置を行いなさい。
あなたたちで出来ないなら、アメリカ、中国、ロシアの3カ国軍が実施する」と書かれた米中ロ3軍連名の通達文を突き付けた。

岩倉は、警察庁長官の大久保と自衛隊統合幕僚長の西郷を呼んだ。
大久保は京都府警本部長からの抜擢、西郷も中部方面隊総監からの抜擢である。岩倉は、地盤の京都で、大久保、西郷と今回の計画を練ってきた。
岩倉は二人に小声で指示を与えた。
頷いて出て行こうとする二人を呼び止めた。
「いいな。アメリカ軍や国民にははっきりとわかるようにするのだ。
その後の処理は直接お前たちがやれ。他に絶対に漏れないようにな」
「分かりました」
 
1月16日の午後、坂本、武市、岡田の三人は新幹線で東京に向かっていた。
桂浜から大勢に見送られながら坂本の自動車で坂本の家に行き、そのまま3人で高知駅に直行、特急列車で岡山へ、そして新幹線に乗り込んだ。
3カ国軍に占領以降、山陽新幹線は新下関までとなり、運航も大幅に縮小、そのダイヤも乱れていた。3人は、ようやく乗り込んだ東京行き『のぞみ』の3人席に収まった。

「僕たちは有名人なんだから、この機会に就職できるんじゃないか」
窓側の席に座る岡田が、二人を見て嬉しそうに話す。
「あの歓迎を見ただろ。今や僕達は英雄扱いだから、きっと大丈夫さ」
 真ん中の席の武市も嬉しそうに話す。
「だいたい、どうして俺が通路側なんだよ。俺は窓側が好きなんだ」
「うるさい奴だな。折角これからの楽しい話をしているのに文句ばっかり言うなよ。入った順に座ったんだからそれでいいだろ。普通、文句を言うのは真ん中の俺だろ」
 坂本の文句に武市が返す。
「三人席の通路側が最悪に決まってるじゃないか」
「わかったわかった。後で代わってやるよ」
岡田が二人をなだめる。

「あのう、坂本さんですよね」
いつからいたのか、坂本のそばに立つ若い女性が坂本に話しかける。
「そうだけど。誰だったっけ」
坂本が、急に笑顔を作る。
「SNSで見てました。やっぱりかっこいい。そうすると、隣が武市さんで、向こうが岡田さんですね。
うわあ、3人そろってるんだ。ええっと、一緒に写真いいですか」
女性がスマホを取り出し3人に聞く。
「もちろんだよ。そんなに僕達有名なのかな」
「そりゃそうですよ。日本の英雄ってみんな言ってます」
「英雄。へえ。ほらもっと。僕に寄りなよ。僕の横に顔くっつけて」
坂本が、女性の肩を抱きよせ、頬がくっつくように顔を並べる。
女性は反対の手を伸ばし4人が入るようにスマホのボタンを押す。
いつのまにか、通路に人が集まっている。
そして、「握手して下さい」や、「写真いいですか」と順に3人に話しかける。3人共、うれしさを隠すことなく、笑顔で応じる。

一通り終わったところで岡田が坂本に話しかける。
「こんなに有名になってるとは思わなかったな。それじゃ今のうちに席代わろう」
「いや俺はここでいい」
「窓側が良いんだろ」
「いやここでいい。次に女性が来た時のこと考えるとここがいい」
「相変わらずだな。さっきの人とくっついてる写真を榎本さんが見たらどうなるか楽しみだな」
「止めてくれ。今はあの言葉を思い出させないでくれ」
その後も、時折、写真や握手に応じながら名古屋を過ぎたあたりで、3人とも眠気に襲われ出す。
「よく考えりゃ、俺たち年末からほとんどまともに寝てないんだな。眠いはずだ」
武市の独り言に合わせたように3人は深い眠りにつく。

しばらくした頃、全国のテレビ、ラジオ、ネットにニュース速報が流れる。
『駐留軍に攻撃を仕掛けた自衛隊の脱走兵の一部が、陸上自衛隊高知駐屯地を攻撃。交戦の結果、脱走兵は全員死亡』
『駐留軍に攻撃を仕掛けた自衛隊の脱走潜水艦が、瀬戸内海で海上自衛隊艦艇を攻撃。交戦の結果、脱走潜水艦は大破、乗員は全員死亡』
『駐留軍に攻撃を仕掛けた民間人3人に逮捕状。武器を所持してると思われるため近寄らないように(警察庁)』

3人が眠る車両でスマホを見た数人の乗客が怯えたように立ち上がり3人から離れ始める。
車掌とガードマンが車両の両方から入って来て、乗客に落ち着くようにと身振りで伝え、3人以外の乗客全員を無言で別車両に誘導する。
『のぞみ』が東京駅に到着しても3人は眠ったままだ。

しばらくすると、車掌の制服を着た目付きの鋭い男が近づき、3人を起こした。
「大丈夫ですか。もう東京駅に到着しました」
目を覚ました3人は車掌を見る。
「坂本様、武市様、岡田様ですよね。
実は政府の方々がお待ちです。
皆さまをお連れするように言われています。よろしいでしょうか」
「そうなのですか。いやあすみません。ちょっと、眠ってしまっていて」
武市が答え、席から立ち上がる。
坂本、岡田も立ち上がり3人は通路に出る。

「実は、皆様を御起こしするのが遅れたものですから、この列車に合わせてお待ちの方々をお待たせしています。
申し訳ありませんがお急ぎ頂けますでしょうか。
丸の内中央出口でお待ちです。ご案内しますので、お急ぎください」
そう言うと、車掌は小走りに走り出す。あわてて3人が続く。
丸の内中央改札を出たところで車掌は3人に出口へ急ぐよう促す。
3人は出口を外へ走り出た。
その瞬間、丸の内中央出口の両脇で銃を構えていた20人の警視庁特殊部隊(SAT)の20の銃口が一斉に火を噴いた。
 
「暗い。ここはどこだろう。そういえば、すごい音がして、ぱあっと光と煙が出て、体中に何かが突き刺さって、」
坂本は、真っ暗な中、自分がどのような状態なのか、目を開けているのか閉じているのかすら分からない。
その時、ジジジと音がして急に目の前が明るくなった。
何人かの顔が見える。
「りゅうちゃん、だいじょうぶか」
「『聞いたことのある声、目の前に榎本さんがいる・・・』え、えのもとさん、僕はいったい何をしているの」
「大丈夫そうだね。さあ、起き上がって」

榎本に抱き上げられるように上半身を起こして、坂本は周りを見渡す。
袋のようなものの中に寝転がっている自分。
上半分のファスナーが開きそこから半身を起こしている。
横に同じように二つ袋があり、上半身を起こした、武市と岡田がこちらを見ている。
坂本、武市、岡田の回りには榎本や潜水艦で一緒だった海自の全員、近藤や土方、陸自も全員がいる。海自も陸自も制服じゃなく私服だ。

「みんないるんだ。松岡ちゃん、荒井ちゃん、甲賀ちゃん、根津ちゃん、小笠原ちゃん、古川ちゃん、浅羽ちゃん、沢ちゃん、森本ちゃん、西川ちゃん、私服だとすんごくかわいい。
沖田ちゃん、永倉ちゃん、斎藤ちゃん、山崎ちゃん、井上ちゃん、藤堂ちゃん、山南ちゃん、原田ちゃん、吉村ちゃん、島田ちゃんも私服ですんごくかわいい」
「いきなり、これか。まあ、元気そうで何よりだ」
榎本がため息をつきながら呟く。

坂本が、武市と岡田を見て急に驚いたように目を見張る。
「なんだ、おまえら、服が真っ赤だぞ。どうしたんだ」
「何言ってんだ、坂本。お前も自分を見てみろよ」
岡田の声に坂本は下を向いて服を見る。
『あ、何だこれ。そうだ、駅の出口から出た時、パンパンと音がして、体中に衝撃があって、そうか、僕は撃たれたんだ。
だから血だらけなんだ。やっぱり死んでたんだ。武市も岡田も一緒に死んじゃったのか。
そうか、ここは天国なんだ。
だから、みんな制服じゃなくて可愛い私服なんだ。ん、可愛いみんなや、榎本さんがどうしているんだろう。みんなも死んじゃったのか。どうして』

坂本がいろいろと思いめぐらしている時、坂本の前に二人の男が立つ。
一人は自衛隊の制服、もう一人は警察の制服を着ている。
警察の制服が笑顔で坂本に話しかける
「坂本さん、気が付きましたか」
「あなたは誰、地獄の鬼なの」
「はは、私は警察庁長官の大久保です。こちらは自衛隊幕僚長の西郷」
「西郷です」
「坂本さん、その赤いのは血のりです。血のりの袋が付いたゴム弾が、あなたや武市さん、岡田さんに命中した結果ですよ。あなた方を射殺した証拠が必要だったので」
「死んだ証拠」
「そう、あなた方が、アメリカ軍、ロシア軍、中国軍を攻撃したので、彼らは怒り狂ってましてね。我々臨時政府に徹底的な処分を要求して来ました。
そこで、ここにいる皆さん全員を我々が国家反逆罪、これは臨時政府発足に合わせて出来た法律ですが、これに基づき皆さんの捕縛に向かったところ、皆さんは武器を持って抵抗、やむなく交戦となり結果、全員死亡、と各国に報告、となったわけです」

「そうなんだよ」
近藤が話し始める。
「私達が駐屯地に着いたら、いきなり銃を突き付けられ、血のりを制服につけられて、全員寝転がされてさ、写真を撮られてそして着替えさせられて、トラック、輸送機、トラックでここまで連れてこられたんだよ。
土方だけはお前らと同じで制服じゃなかったから、ほら、服が真っ赤なままだろ」
土方が、赤く染まった服を見せる。

「私達も似たようなものだ」と榎本。
「みんなと別れてすぐに、本部から連絡が来て高知新港に着岸せよ、指示に従わない時は攻撃すると。
仕方がないので指示に従うと、そこで全員離艦、血のりを付けろ、寝転べ、写真だ、制服を脱げ、トラックに乗れ、高知空港で近藤達と一緒になって、輸送機で入間、そしてまたトラックで、ここだ」

西郷が近藤達や榎本達に顔を向ける。
「防衛省、自衛隊の発表はこうだ。陸自の隊員は、高知駐屯地で拘束に反撃し交戦の末、全員死亡。
海自隊員は、『みちしお』から下船を拒みこれも交戦となり全員死亡だ。
まあ、君たちは、国家反逆罪でなくとも自衛隊法違反で処分対象だがな」
大久保が続ける。
「そして、君達民間人は、東京駅で拘束に対し武器を持って抵抗、やむなく警視庁警官と交戦となり死亡が確認されたということです」

榎本が西郷の前に一歩出る。
「質問してもよろしいでしょうか」
西郷が頷くのを見て続ける。
「私達の攻撃に対する、外国軍を納得させるためと言うのは分かりました。しか私達は全員生きています。その理由を教えて下さい。
そして、民間人を含め私達をこれからどうするおつもりでしょうか」

「それは私から説明しましょう」
大久保が、榎本を、そしてみんなを見る。
「あなた達を死んだことにして、3カ国を納得させる。
これは、臨時政府の岩倉総理の指示です。
あなた達は知らないでしょうが、国民の間ではあなた達を賛美する声が非常に大きい。
全員を死亡させたとなれば臨時政府への反発が大きいだろうと総理は判断されました。
そこで、3カ国へは全員の死亡を写真とともに提示したのですが、国内へは画像なしのニュースだけ。そして、SNSで全員生きているらしいと流しています。
そしてあなた達は姿を隠し生死不明となっています。
国民の反発、動揺が大きいまま続くなら、3カ国の占領終了後に姿を現してもらう。それが総理のお考えです」

「国民の反発、動揺が早々に収まってしまえば私達はどうなるのでしょうか」
「まあ、その時はその時に考えましょう。とにかく、当面を第一に考えませんか」
「分かりました。それではどのように身を隠すのでしょうか」
「皆さんには、外国軍非占領地の四国に行っていただきます。いくつかの自衛隊駐屯地に分かれてです。
そこで、一人づつ我々の監視の元で当面過ごして頂きます。互いの連絡も禁止します。
また、なにか企まれると困りますから。それぞれが、四国のどこかは教えられません。理由は同じです。よろしいですか。それでは直ちに出発しましょう。
もうお分かりでしょうが、皆さんのスマホは回収済みです。
26台の自衛隊のトラックが用意してありますのでそれぞれに1人ずつ乗車ください。荷台側です。自衛隊の監視が3名ずつ付きますので。逃げ出そうとなど考えないことです。
その時は本当に死ぬことになりますから」
大久保は西郷を見る。西郷は頷き手を上げ合図をする。数十人の自衛隊員が現れ、一人ずつ連れて行こうとする。

突然、坂本が叫ぶ。
「ね、みんな。僕達バラバラになって、もう会えなくなっちゃうかもしれないけれど、僕たちの旅のことは忘れないでおこうね。
あの旅の始まりと終わりは覚えておこうね。絶対だよ」
全員が、思い出したように目を開いた後、互いにかすかに頷く。

それに構わず、自衛隊員が、一人一人順に連れていく。最後に、武市、岡田、坂本が連れられて行き、大久保と西郷だけが残る。
「今の最後の言葉は何か意味があるのか」
西郷が大久保に尋ねる。
「さあ、あの男の言うことに意味があるとは思えませんね。それより、死体の搬出が完了したと、岩倉さんに報告しなければ」
大久保は西郷を促しその場から去って行く。
 
3カ国の占領から1ヵ月もたたない1月下旬、突然、北海道からロシア軍が撤退を始めた。
ロシアはアメリカ軍に対応するため中国軍の誘いを受けて北海道占領に踏み切ったのだが、ウクライナとの戦争や旧ソ連諸国との領土紛争、国内の混乱などで経済も軍も疲弊しており、北海道の占領は現実的な利益目当てでもあった。
しかし、日本で20年前から続く、政府、日銀による人為的な円安は、一部の企業を潤しただけで、輸入物価の高騰が国民を苦しめており、中でも畜産農家の疲弊は、北海道の地域経済を破綻させていた。
ロシアは、北海道の公的機関や金融機関から現金を拠出させたり、農業関連の倉庫から農産物を運び出したりしたが、軍の駐留経費が賄えなくなり、かき集めた農機具を船に積み込み突然撤収した。

驚いた中国は、ロシアを引き留めようとしたが、駐留経費を要求され、あきらめざるを得なかった。
実は中国も、占領を続けることに躊躇し始めていた。占領の目的には、米軍や自衛隊の兵器の調査や、先端産業技術の取得があったのだが、米軍の最新兵器はどこにもなく、自衛隊の兵器も残されているのはガラクタばかり。
九州の自動車工場や半導体工場も中国から見れば世代遅れのものばかりで得られたものは何もなかった。

中国はアメリカに、「アメリカが引き上げるなら中国も引き上げてもよい」と伝えた。
これは、アメリカにとって渡りに船だった。占領後の調査で、日本政府の負債は公表されているどころではなく、簡単にアメリカが助けられるレベルではないと分かる。
日本国民はアメリカ軍を歓迎などせず、自衛隊、警察も非協力的。
1月9日の自衛隊員脱走兵によるアメリカ軍への攻撃時も、国民は脱走兵を応援した等、現地の部隊の不満も高まっている。

なにより、岩倉だ。
政界、財界、官界から保身目当ての無能な連中を一掃するため、アメリカ軍の占領が必要と言ったにもかかわらず、いざ臨時政府の首班となると、占領軍に相談なく、政界からは明らかに有能と思われる者も含む政敵を一掃、財界へは多額の献金を求め拒否した経営者は追放、官界もすり寄ってきた者を優遇、結局、有能な人間はさらに減り、保身だけの無能な連中がより増えたように見える。
何度も占領軍は岩倉に体制見直しの経緯や予定の説明を求めたが、いずれ報告するとの回答しか返ってこない。

アメリカ占領軍司令官はアメリカ政府に報告書を送った。
「この国がダメになったのはなるべくしてなっており、今後も改善の見込みはない。
国民の一部に変化の兆しはあるが、我が国にとって良い変化となるか分からない。
多国間の秩序維持のためであれば別だが、この国の要請による占領は我が国にとって利益にならない」
アメリカ政府はこの報告を受け、日本からの撤退を考え始めていた。
そこにロシア軍の撤退、それに続く中国からの同時撤退提案があり、中国との協議を開始、2月1日までに両国軍を引き上げることで合意した。

それを聞いた岩倉は、「そう決めたのなら仕方がない」と特に驚く様子もなかったと言う。
そして、「2月2日の朝8時から全国に向けて演説をするのでその準備するように」と担当部署に命じた
 
2月2日の朝7時前、高知市桂浜に向かう幾人かの人影があった。ある者は一人で、あるいは数人が連れ立って。徒歩で、自転車の者もある。
7時前には桂浜駐車所に26名が揃った。
近藤、土方と、陸自の10名。榎本と、海自10名。そして、坂本、武市、岡田の3名。
1か月前、『みちしお』でここから旅立った26名だ。

「坂本さんの言葉で絶対に今日ここに行かなきゃと思いました」
松岡が坂本に嬉しそうに語り掛ける。
「それはさ、松岡ちゃんが、僕に会いたいってことかな」
「えっと、坂本さんも私に会いたかったですか」
「当り前じゃない。僕は松岡ちゃんに会いたくってここに来たんだから」
榎本が二人を睨む。
「さっそく、坂本が殺されるところが見られるぞ」
武市が岡田にささやく。
「冗談だよ、榎本さん。さっき、松岡ちゃんが、榎本さんの前でこれやりましょって言ったんだよ。松岡ちゃんの榎本さんへのいたずらだよ。僕は、榎本さんに会いたかったに決まってるじゃない」
松岡が榎本に向かってペロッと舌を出す。
「松岡、人をからかうな」
榎本も一応怒ったふり。

「それはそうと、結局、アメリカ、中国、ロシアの3カ国とも軍隊を引き揚げましたね。2,3日前から急に駐屯地が慌しくなって、見張りもいなくなり、すんなりと昨日抜け出せましたよ」
武市の言葉に、みんなが、「私もそうだった」と声が続く。
「僕たちの作戦が成功したのかな」
坂本の問いかけに、榎本が首を振る。
「違うだろう。きっかけの一つではあるかもしれないが。今回の占領計画の目的や、裏側にあるもの結果だろう。
ここに来る途中、本日0800から、岩倉臨時総理の話が放送されると聞いた。ネット、テレビ、ラジオなどで同時放送だそうだ。そこで何か分かるのじゃないか」
「岩倉って、僕たちを殺したことにしろって言った人だろ。僕たちに又何かするつもりかな」
「そうだな、聞いてみなけりゃ分からない」
榎本がそう言って、何か聞けるものがないかとみんなに聞く。全員スマホは取り上げられてしまっている。

土方が駐車場の片隅の坂本に車を見つける。
「ほら、あれ、坂本君の自動車でしょ。ラジオついてなかった」
1か月前、ここに乗り捨てた車だ。隣に止めておいた陸自のトラックは無くなっている。
「トラックは陸自がレッカーか何かで引き上げたんだな」
そう言いながら、近藤が坂本の車に向かって歩き出す。坂本や他のみんなも続く。
坂本がポケットからキーを取り出しドアを開け、エンジンをかけ、ラジオをつける。

どの局も国歌が流れている。
「あと、5分だ」
武市が車の表示を見て言う。」
やがて、ラジオから、声が流れ出す。
「総理の岩倉です。国民の皆さん。先月末、1月31日をもって、日本を占領していた外国の軍隊は全て撤退しました。
これは、全てが私の計画通り進んでいると言うことです」
坂本の自動車をのぞき込んでいた岡田が後ろを振り向き叫ぶ。
「駐車場湯のスピーカからも流れているよ」
皆は車から離れスピーカーの方を向く。

岩倉の演説が続いて流れてくる。
「この1か月の間に、これまで日本をダメにしていた連中、保身だけの無能な連中は、政界から、官界から、そして経済界から排除されました。
これからの日本は私のもとで国民の皆さんと共に再び大きく成長を始めます。
国民の皆さん、私と心一つに一致協力し、新たな成長、新たな栄光に向かおうではありませんか」
その時、ふと横を向いた坂本が駐車場の入口を指さす。
「あれなんだろう」
何百人、いや何千人もの人がスマホを耳に当てながらこちらに歩いてくる。そして26人にまわりに集まる。

その中から、一人の女性が前に出てくる。
「SNSで皆さんが、あの26人の英雄が、死んだんじゃなくて、生きて、ここにいるって流れて。うれしくって、みんな集まってきたんです」
大きな拍手、そして「よかった」と言う声があちこちから出る。女性が続ける。
「そしてね、今、流れているこの話、日本を救った皆さんがどう思うのか聞きたいです」
坂本がその女性をじっと見る。
「あれ、君、新幹線で僕と写真の人じゃない」
「うれしい。覚えててくれたんですね」
「当り前じゃない、可愛い女の子のことを忘れるわけないじゃない」
「ありがとうございます。それでね、坂本さんは、この岩倉総理の話どう思いますか」
演説が続いているスピーカーを指さして聞く。
「そうだな、なんか変だ。違うんじゃない」

坂本の前に女性はスマホを差し出す。
「坂本さん、思ったこと話してください。みんな聞きたいです」
「なんて言うかさ、成長成長ってさ、そう」
坂本は、何かを思いだそうとするように下を向く。そして、意を決したように顔を上げる。
「そうだよ。違うんだよ。成長、成長ってこの20年ずっと言ってきて、その結果が今だよ。また、成長かよ。止めてくれ。もう成長なんかいらない。
成長成長が僕らの生活、めちゃくちゃにしたんじゃないか。成長なんかいらない、僕らの生活を返してくれよ」

そこで一呼吸置き、大声で叫ぶ。
「成長いらない。生活返せ」
その声に合わせるように、集まった何千人が叫ぶ。
「成長いらない、生活返せ」
「成長いらない、生活返せ」

再び、坂本がスマホに向かい話し出す。
「それとさ、何でも、東京。東京で決めて、四国は、高知はボロボロじゃない。四国も、高知も、東京のためにあるんじゃないよ。四国は四国のため、高知は高知のためでなきゃ」
武市がぼそっと呟く。
「でも、高知も四国も東京からの交付税や補助金で何とか成り立ってるんだぜ」
坂本は武市に向かって大声を上げる。
「それじゃさ、江戸時代もそうだったのか、もっと近い、明治時代や大正時代はどうだったんだ。東京からもらう金がなきゃやっていけなかったのか」
「そうだな、成長路線と東京集中はセットなのかもしれないな」
「そうだろ、そうなんだよ。成長と東京は一緒だよ。東京いらない、四国を返せ。北海道も返せ。青森も返せ。下関も返せ、九州も返せだ。みんな、いいかい」
武市が岡田にささやく。
「地域や県や市や、なんかばらばらだな」

坂本は聞こえないふりをして、一息入れて、大声で叫ぶ。
「成長いらない、生活返せ、東京いらない、四国を返せ、北海道返せ、青森返せ、下関返せ、九州返せ」

桂浜にいる何千人の群衆から「ウオー」と言う声が起こり、坂本の言葉を繰り返し叫ぶ。
「成長いらない、生活返せ、東京いらない、四国を返せ、成長いらない、生活返せ、東京いらない、四国を返せ」

岩倉の演説は、この叫び声に消され、もう誰も聞いていない。
坂本の言葉と桂浜の群衆の叫び声は全国に流れた。そして、日本の各地で群衆が町に溢れかえり、大声で叫び出す。
北海道では、「北海道返せ」、青森では、「青森返せ」、下関では、「下関返せ」、九州では、「九州返せ」。
そして各地で、「返せ」と叫ぶ声が響いた。
東京で「成長のため」という名目でいろいろな決定がなされ、それに合わせて、生活が苦しくなり、地域が荒廃していくのにうんざりしていたところに、外国軍の占領があり、一気に怒りが爆発したのだ。
東京でも、「成長いらない、生活返せ」を叫ぶ数十万人が町に溢れかえり、その一部は「岩倉いらない、日本を返せ」を叫びながら首相官邸に向かっていた。
 
 首相官邸の1階の記者会見室でカメラとマイクに向かい演説を続けていた岩倉の前に、秘書官が急ぎ足でやって来てカンペを見せる。
『外が大変な状況になっています。演説を切り上げて下さい』
予定していた演説は約1時間、まだ10分以上ある。
岩倉は演説に手振りを付けるように、秘書官に『待て』示す。

残りの10分間の予定を2分程短縮し最後の言葉に移る。
「国民の皆さん、繰り返しになりますが、全て私の計画通りに進んでいます。日本は、再び大きく成長し、素晴らしい未来が待っています。さあ、明日に向かって、将来に向かって私と共に進みましょう」
一礼し、その場を離れて歩き出し、カメラとマイクの放送が終了していることを確認し、秘書官を呼ぶ。
「演説中になんだ。重要な演説と言うことくらい分からんのか」
「申し訳ありません。日本中で大変な事態が」
「私の演説で、占領が終わったことを知り喜んでいるのだろう。考えられることだ。それ位で騒ぐんじゃない」
「そうではありません。こちらに近づいている群衆の声をお聞き下さい」
そういって、岩倉を1階からの4階に連れて行き外を見せる。

首相官邸の回りの道路を群衆が埋め尽くし、大声で叫んでいる。
「成長いらない、生活返せ。岩倉いらない、日本を返せ」
岩倉は群衆をじっと見る。彼らの叫びも聞こえてくる。
「あいつらは何者だ。そうか、俺が追い出した政治家の連中が集めたのだな」
そう言った岩倉に秘書官がスマホを見せる。
「そうではありません。ここだけではないのです。全国です。これが北海道、これは九州です。名古屋も大阪も関東の各地もです。テレビも、これらの中継です。総理の演説中もでした」
秘書官はそう言って壁のスクリーンにテレビを映し出す。
テレビ局も始めは岩倉の演説を中継していたが、全国で群衆の騒ぎが始まると、上層部の指示を無視して、岩倉の演説を画面の片隅に置き、騒ぎの中継をメインにしていた。

岩倉はしばらくスクリーンに映し出されるテレビ画面を見ていた。
テレビからは群衆の叫び声と、アナウンサーの「全国で国民が立ち上がってます。総理の演説は誰も聞いていません」を繰り返している。
岩倉は、秘書官に、首相官邸の別室に待機させていた、自衛隊の西郷と警察庁の大久保を呼ぶように命じた。

現れた西郷と大久保に鬼のような形相で命じる。
「西郷、大久保、官邸の回りでそして全国で騒いでいる連中を、国家反逆罪ですぐに排除しろ。徹底的にだ。多少の犠牲が出ても構わん。いや、どれだけの犠牲が出ようと構わん。すぐに取り掛かれ」
岩倉はそう言うと、怒りにまかせた足音を立てながら、5階の執務室に向かう。秘書官が後を追う。

残された西郷と大久保は顔を見合わせる。
「どうする西郷さん」
「排除せよと言うが、自衛隊は岩倉さんの私兵じゃない。国民に銃を向けるわけにはいかない。それに、彼ら群衆は国家に反逆をしていると判断できるのか」
「警察も罪のない国民を取り押さえることは出来ませんよ。ただ、岩倉総理は我々に指揮命令権をお持ちですからね。」
「岩倉さんも日本を支配する無能な連中を排除するためと言いながら、結局、自分の邪魔者を追い出しただけだな。これが外国軍に日本を占領させてまでの目的だったのかと思うと正直納得できない。大久保はそう思わないか」
「ええ、私もそう思います」
外の声はますます大きくなる。
「成長いらない、生活返せ。岩倉いらない、日本を返せ」
西郷が祖声の方向を見ながらつぶやく。
「同じことを叫びたい自衛隊員が多いだろうな」
「国家を国民の集合体とするなら、国家を国民から奪い私物化し、国民に銃を向けろと指示する者こそ、国家反逆者と規定できるかもしれません」
大久保の言葉に西郷がゆっくり頷く。

西郷と大久保は、二人に同行していた陸自10名、警察官10名と、官邸警備隊、首相SPを呼び集める。
大久保が警察部隊に指示する。
「警察官10名は、国家反逆罪容疑で岩倉総理を確保すること。官邸警備隊は官邸を目指している群衆を阻止、首相SPは首相警備任務を解除、官邸警備隊に協力。
なお、岩倉総理確保において秘書官等の抵抗がある時は実弾使用を許可する」
続いて、西郷が陸自に指示する。
「自衛官10名は、警察官の岩倉総理確保を援護。抵抗者に対して実弾使用を許可。以上」
警察官、自衛官は、互いに顔を見合わせた後、西郷と大久保を見る。
二人が大きく頷くと、全員が整列し敬礼する。
警察官10名は拳銃、自衛官10名は自動小銃を抱え5階へ、官邸警備隊と首相SPは1階へ向かう。

西郷と大久保の二人が残る。
「大久保、この後どうする」
「外国の軍隊に国土を占領させてまでやろうとしたことを、西郷さんと私でやるしかないですね」
「岩倉さんは、結局私欲に走ったが、我々はそうはいかんな」
「そうですね。自衛隊と警察で、まず、私欲と保身だけの連中を官界と経済界から排除しましょう」
「政治家はどうする」
「岩倉さんでも結局私欲に走った。政治家は全部同類でしょうから、中央、地方を問わず権力から外します。自衛隊と、警察が直接統治することで」
「全国で騒いでいる群衆への対応は」
「元をつぶせば、収まるでしょう。我々が殺さずに置いたあの連中を、利用するか、潰すか、いずれにせよ、それで完了と考えています」
「分かった。それは大久保に任せる。私が必要な時は言ってくれ」
「はい、その時は御願いします」
しばらくすると、5階から拳銃のパンパンと言う銃声に続き、ダダダダという自動小銃の銃声が響く。
 
桂浜では坂本竜馬像の下に、武市と岡田が座っている。
桂浜の駐車場にいた群衆は人数が増え、やがて『成長いらない、生活返せ。東京いらない、四国を返せ』と叫びながら高知市街方面に向かって行った。
武市と岡田はこっそり抜け出してきたのだ。
岡田が疲れた口調で口を開く。
「1か月前も俺たちこうしたよな」
武市が海を見ながら応える。
「そうだよ。今までの人生で一番変化ある1か月だったな」
「1か月前から全て夢で、気が付いたら1か月前に戻ってたりして」
「そうそう。そんな気がするよ。ところで、坂本はどこ行った」
「スマホを差し出していた女性がいただろ。新幹線で写真を取った。
あの子と二人でどこかへ消えちゃったんだよ。
そしたら、それを見つけた榎本さんが鬼の形相で二人を追いかけて行ってさ。今頃坂本は殺されている頃じゃないか」
「相変わらずな奴だな。こんな騒ぎを起こした張本人なんだけどな」
二人は思わず笑う。
そこに、坂本が駆け込んでくる。
「やっぱり、ここにいたのか。いやあ、大変だったよ。榎本さんに本当に殺されるかと思った。もし、拳銃持ってたら間違いなく撃たれてたな」
「よく逃げられたな」と武市。
「逃げ足は速いもんでね」と坂本。
武市が岡田に冨野分屯地攻撃の時の坂本の逃げ足の話をする。岡田が笑いだし、やがて3人で笑い合う。

岩倉の演説の後静かになっていた駐車場のスピーカーから音声が聞こえてくる。
「臨時ニュースです。岩倉総理が、国家反逆罪で逮捕に向かった警察官に抵抗し、射殺されました。
繰り返します。岩倉総理が警察官に射殺されました」
「岩倉総理が死んだってよ。国家反逆罪で抵抗して」
岡田が興奮して言う。

「俺たちだって、もう死んだことになってるんだろ。国家反逆罪の逮捕に抵抗して。マスコミの発表なんか信用できないって。ずっと前からそうだよ」
坂本の言葉に岡田も落ち着く。
「そうだな。それじゃ死んだはずの俺たちはこれからどうする」
「実際は生きているからな。就職活動に戻るしかないだろ。四国でさ」
武市の言葉に坂本が反対する。
「四国、東京の方が良いよ。女の子も多いしさ」
思わず武市が叫ぶ。
「お前、よくそんなことが言えるな。東京いらない、四国を返せって言ったの坂本だろ」
「そうなんだよな。どうしてあんな事言ったんだろ」
「その言葉は他で言わない方が良いぞ。お前今度は国民みんなに殺されるぞ」
「そうだよな。多分疲れてるんだ。これからのことを考えるの後にしてさ、ここでしばらく休まないか」
「そうだな。ここで、休んでりゃ、また何か起こるかもしれないな。それまで休もう」
岡田の言葉で3人は黙って海を見る。

桂浜の大きな波が3人に向かい、寄せて引いていく。そして、さらに大きな波が寄せて来る。
 

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