園田茂部雄のモブな日常 第2話
はじめに言っておこう、俺の名前は園田茂部雄。一応この物語の主人公ではある。でも俺はこの世界においては主人公でもなんでもないただの人だ。正真正銘のごく普通の高校生だし、もちろんこれから先に世界の救世主となる予定も、周りの女子からモテまくるハーレム学生生活をおくる予定もない。そう、本当にごく普通の少年なのだ。世界は俺のような人間を「モブキャラ」というのだろう。「モブキャラ」とは主人公がいた場所に偶然居合わせた通行人や、圧倒的な力から逃げ惑う群集など、漫画などで描かれる背景扱いのキャラクターのことだ。決してその世界の主役を張ることができない「その他大勢」、それが俺だ。
この物語はそんなこの世界にいてもいなくても同じな俺視点の物語だ。「そんな物語が面白いのか?」と思う人も大勢いると思う。しかし、俺自身は面白くなくても俺の周りはびっくりするぐらいたくさんのおもしろい主人公たちがいる。この物語ではそんな世界の中心を生きているヒーローたちを俺視点で見ていきたいと思う。
「ワッハッハ!! 燃えろ燃えろ!! この私ファイヤーインフェルノがこの町を炎で焼き尽くし、われらアクギャークの新たな帝国をここに打ち立ててやろうではないか!」
そう言って町を焼き尽くす男の姿は明らかに異形であった。全身に鎧を身につけ、左腕は火炎放射機になっており、背中にはガスボンベのような物が担がれている。人々は悲鳴を上げながら逃げ惑い、建物や木々は次々と燃え落ちていった。
その場にいたすべての人間が絶望し、地に目を向けたそのとき……彼らは現れた。
「待てっ!!」
人々の悲鳴が飛び交う中でも凛と響く声があった。絶望で地に伏した人々はその声がする天へと向けた。
「ムッ! この声は……!」
続けてファイヤーインフェルノも天へと目を向ける。するとそこにはそれぞれ赤、青、緑、黄色、ピンクの五色のユニフォームを着た5人の戦士が立っていた。
「真っ赤に燃える正義の心!ジャスティスレッド!」
「クールに決めるぜ!ジャスティスブルー!」
「森のような静かな心!ジャスティスグリーン!」
「カレー大好き!ジャスティスイエロー!」
「みんなを癒す優しき心!ジャスティスピンク!」
「「「「「五人そろって! 正義戦隊ジャスティスファイブ! 参上!」」」」」」
「現れたな! ジャスティスファイブ! 今日こそ貴様らを倒しこの町を征服してやるわ!」
今回紹介するのはこの五人組の戦隊ヒーロー、ジャスティスファイブだ。悪の秘密結社「アクギャーク」に対抗するために結成された正義の5人戦隊。それぞれ個性の強い5人が様々な困難を乗り越えつつ絶妙なチームワークで悪を打ち倒す子供にも大人気のヒーロー……のはずなのだが……
「最近子供たちからの人気が減ってきている気がするんだ……」
「はぁ……」
世界を守る秘密組織からこんな相談を受けてしまった。
「で、なんでそんなことをただのモブキャラの俺に相談するんですか……」
「ただのモブキャラだって!? 違うよ、君はモブキャラの中のモブキャラじゃないか!!」
そんな名誉なのか不名誉なのか分からないことをジャスティスレッドは言う。
「オレたちヒーローの間では有名だぞ! 君の手にかかれば伝説の用兵がダンボールを用いても隠れられないような場所でも、背景に溶け込める完璧なモブ能力を持っているじゃないか!」
それはただ単にキャラが薄く、影も薄いと言っているだけではないのか。そんな言葉が喉まで出かかったが本人に悪気はないようなので飲み込むこととした。
「そんなザ・普通オブ普通の君になら世間が私たちにどんなイメージを求めているのか分かるのだろう!」
「ええっと……まぁそうかもしれないですけど……」
最近ではこういった理由で俺にアドバイスを求めるヒーローが多い。ヒーローという存在が世の中に浸透したことで、人々はただのヒーローではもの足りなくなり、最近ではヒーローそのものに面白さや目新しさを求めるようになってきているのだ。目の前にいるジャスティスファイブは時代の波に逆らえず、人気がとれなくなっってしまったようである。そしていわゆるこれといった特徴のないキングオブ一般人である俺を通して、世間がヒーローに何を求めているのか聞きたい……ということらしい。
……まぁ俺にはそんなこと関係ないし、世界の運命を左右するヒーローたちのこれからを決めるなんて大それたことをしたくないのだが……
「頼む!この通りだ!君だけが頼りなんだ!!」
「……はぁ……わかりましたよ……」
そしてジャスティスファイブのこれからを決める会議が始まった。場所はジャスティスファイブの秘密基地……らしいのだが、学校の教室ほどの広さにホワイトボードといくつかの机と椅子が並べられており、普通の会社の会議室のようだった。
参加者は俺、ジャスティスレッド、ジャスティスブルー、ジャスティスイエロー、ジャスティスグリーン、ジャスティスピンクの六人だ。ジャスティスファイブの五人は素顔を知られるのが嫌らしく全員戦闘ユニフォームでマスクを身に付けている。正直表情が読めずやりづらいのだが仕方がない。プライバシーに関してうるさいのはヒーローも同じなのだ。
「さてそれじゃあ昨日の一戦を見てまず最初思ったことをなんですが……登場シーンの口上ダサくないですか?」
「「「「「登場シーン?」」」」」
ジャスティスファイブの全員が首を傾げた。すかさずレッドが疑問の声を発した。
「茂部雄君、それはいったいどういうことだい? あれはオレたちが結成当時からずっと変えずに続けている俺たちの宣伝文句のようなものだがアレのどこが問題なんだい?」
「そうだ、あれほど俺たち5人のことを的確に表現できるものは他にないぜ?」
対面に座っていたブルーも冷静に自分の意見を言った。
「そ、そうだよ……あ、あれ考えるのに1週間もかけたんですよ?」
グリーンも自信なさげに発言する。
「そうよー私たちがあんなに一生懸命考えたものをそんな風に言うなんて……ぐすん……」
ピンクは精一杯かわいく怒って見せているつもりなのだろうが、なんだか無性に腹が立った。
「もぐもぐ……そうだー! はふっ……まじめに……熱ッ! 考える気……美味っ! あるのか!? ……カレーうまっ!」
「イエローさんはとりあえずカレー食べるのやまめしょうか」
自分たちの未来が決まる会議にカレー食いながら参加するヒーローがこの世に存在するのも驚きだが、そいつが世界の平和を守っているとなると頭が痛くなってくる。
「今の時代に『正義に燃える真っ赤な心』はちょっと……」
正直な感想を伝えるとレッドは難しい顔をした。
「うむ……率直に私の心意気を表現できるいいキメ台詞だと思ったのだが……」
「全員どのセリフもどっかで聞いたことのあるやつばっかなんですよね……」
「そ、そんな!! あの台詞を考え付くのに一週間もかかったのに!!」
グリーンが食い気味にそう言うが、一週間かかってこの程度ならそのセンスは絶望的だ。
「特にブ……イエローさんに関しては何も考えなさすぎでしょう……なんですかカレー大好きって……」
「今ブタって言いかけなかった?」
イエローの疑問はスルーして話し合いは続く。
「ならどんな台詞がいいんだ? オレとしてはクールでイケてるセリフがいいんだが」
「まず一番最初に自分たちがどんなヒーローなのか宣言する点はいいと思うんです。だけど今のままじゃ地味だから、他では聞けないような具体的な自分たちの特徴や、個性みたいなものをシンプルにまとめるといいんじゃないですか?」
我ながら的確なアドバイスだと惚れ惚れする。ジャスティスファイブの面々もこのアドバイスには納得がいったようだ。
「なるほど、それなら人々が自分の色と個性を覚えやすくなるな」
「今までは色のイメージみたいな感じのことを言うだけだったしいいんじゃねーか?」
「そ、そうだね、元々今まで言ってやつ録画してた日曜朝にやってる番組見て思いついたやつだしね」
「俺もイエローはとりあえずカレー好きってイメージにとらわれていたからな……もっと斬新なものがいいのかもな!」
「よーし☆ じゃあ私たちを素敵に表現する台詞を考えちゃうぞ☆」
五人全員やる気が出てきたようだ。これで問題解決、ちょろいもんだ。
「それでは園田くん、来週も7時45分あたりにたぶん怪人が同じ場所に出てくるだろうからそのときにもう一度俺たちの台詞をチェックしてくれないか?」
「わかりました、期待してますよ」
「ああ! 任せろ!!」
一週間後
「ワッハッハ!! 燃えろ燃えろ!! この私ファイヤーボルケーノがこの町を炎で焼き尽くし、われらアクギャークの新たな帝国をここに打ち立ててやろうではないか!」
レッドに言われた通りに先週と同じ場所行くと、先週と同じような格好をして、先週と同じような台詞を吐いている怪人が出現していた。さて、そろそろ5人の登場する時間だが……
「待てっ!!」
「ムッ! この声は……!」
お約束の台詞を言ってファイヤーボルケーノは天へと目を向けた。するとそこにはそれぞれ赤、青、緑、黄色、ピンクの五色のユニフォームを着た5人の戦士が立っていた。
「最近足の爪の臭いを嗅ぐのがマイブーム!ジャスティスレッド!」
「家では裸族!ジャスティスブルー!」
「最近漢検2級をとった!ジャスティスグリーン!」
「実はハヤシライスも大好き!ジャスティスイエロー!」
「今着ている下着、実は4日目!ジャスティスピンク!」
「「「「「五人そろって! 正義戦隊ジャスティスファイブ! 参上!」」」」」」
「俺たちがお前の相手だ! 行くぞみんな!」
そして五人と怪人の激闘が始まった!!
「……いるか? その情報……」