【メンヘラの考える】ワンピースFILMRED 考察 ウタの行動について


 ワンピースFILMREDでは、ウタのメンヘラ的感性が理解できない人は、ウタの行動が理解できないという意見が多くありました。
 しかし、私はメンヘラなので自分のメンヘラ的感性を呼び起こせば理解できると考えました。
 ですので、今回はメンヘラの視点で、ウタの行動について考察していきたいと思います。

〈目次〉

第1章 幼少期のウタの行動
 『愛への渇望』①
フーシャ村での「私のこと愛してるってこと?」
 『愛への渇望』 ②
 「なんでお父さんのことをシャンクスって言うんだ?」とエレジアでの背伸び

 『不安定な心の内』①
 秒で泣きのエンジンが掛かる
 『不安定な心の内』 ②
  置いて行かれたときの 「なんでだよー!!!」

第2章 ウタにとっての「捨てた」とは
 ① 「シャンクスは私を捨てたんだよ」と「知ってたよ」のウタの心理

第3章 ウタと新時代

 ① 変わっていったウタの夢                  
 ② なぜ新時代を作ろうとしたのか
 ③ ウタワールドで生きることが、本当に人々の幸せだと思っていたのか
 ④どうしたらウタワールド計画を防げたのか

第1章 幼少期のウタの行動

 ウタはネズキノコを食べたため、感情のコントロールができなくなり、トットムジカを呼び起こし大騒動を起こしてしまったという見方もあります。   
 しかし、私はネズキノコに関係なく、幼少期からウタには、メンヘラを構成する要素である『愛への渇望』と『不安定な心の内』があったと考えます。
 ですので幼少期のウタの行動から、ウタワールド計画、ひいてはトットムジカを呼び起こした理由を考察をしていきたいと思います。

『愛への渇望』 ①
 フーシャ村での「私のこと、愛してるってこと?」

 この台詞は、ルフィとの勝負をシャンクスが止めた際、「これは愛のムチだ」と言った台詞に返した言葉です。
 このときのウタの声は完璧に「女」の声です。好きな男に甘える女の声。
 メンヘラ女子は、常に好きな人からの「好きだよ、愛してる」という言葉が欲しいです。
 そんなメンヘラが、「愛してるってこと?」と聞くのは、言葉で伝えて欲しいのにいつまで経っても言ってくれないので、疑問形にして質問をし、YESかNOの二択に解答を絞り、無理やりにでも『愛してる』という言葉を言わせようとしていると読み取ることができます。
 この2択に絞るという行動は、メンヘラ女子としては最終手段です。本当は、自分が聞く前に『愛してる』という言葉が欲しいです。しかし、もうなりふり構っていられない状態なので、こちらから聞いている訳です。
 そんなメンヘラ的には切迫した状況ですが、シャンクスはその質問をのらりとかわし、答えていません。
 メンヘラへの『質問をはぐらかす』という行為は最悪手です。場合によっては、想像を飛躍させ、愛されていない。という判断をする可能性すらあります。
 一方でシャンクスはエレジアでトットムジカに意識を乗っ取られ、寝ている幼いウタに対しては「離れていても、お前は一生俺の娘だ。」とウタの望む熱烈な愛の言葉を掛けています。
 面と向かってじゃなければ言える。シャンクスはそんな不器用な男なのです。
 しかし、言葉で伝えて欲しいというのが乙女心。実の親子ではない、不確かな関係だからこそウタは「愛」に飢えていました。
《愛してる。絶対何があっても一緒にいる。世界より何より、お前がこの世で一番大切なんだから。》と言って欲しかったはずです。私のこと好き?と聞いたらカッコ中の長すぎるセリフを一言一句減らさず言って欲しいという程、ウタは愛されているか不安で、愛を求めていたと思います。

 『愛への渇望』 ②
 「なんでお父さんのことをシャンクスって言うんだ?」とエレジアでの背伸び
 
 私はこの2つの部分から、ウタの淡い恋愛感情のような、シャンクスに『父親』以上の感情を持っていると考えることができると思います。
 1つ目はルフィが言った「なんでお父さんのことをシャンクスって言うんだ?」という台詞に対してウタは「シャンクスは私のお父さんだけど、尊敬している船長だから!」と答えています。
 ここから、ウタはシャンクスの娘であるという認識の他に、赤髪海賊団のクルーであるという認識も持っているということがわかります。
 父親と船長。ウタの全部がシャンクス中心で構成されていたことがわかります。
 2つ目はエレジアでの背伸びです。エレジアでの夜、テラスで話す2人。しかし、ウタは手すりに手が届かないため、背伸びをして手すりに手を掛けています。
 ただの娘であれば、無理に背伸びはしないでしょうし、同じ視点に立ちたいのであれば、抱っこしてと言えば良いだけの話です。しかし、そうしないのは、『娘としてだけでなく』シャンクスの隣に立ちたいと思っていたからではないでしょうか。
 ウタにとってシャンクスは全部です。何もかもがシャンクス中心に回っています。だから、シャンクスにも同じように思って欲しいと考えていたのではないでしょうか。
 というか、同じでないと許せません。ウタは自分がシャンクスに抱いている感情を、同じくらいの温度でシャンクスも抱いていてほしい。と思っていたと思います。
 『娘』も『最愛』も全部自分のものだと。ウタはシャンクスの一番近くにいたかったのだと思います。
 しかしシャンクスは言葉にしてくれない男です。シャンクスはウタのことを深く愛していましたが、言葉にはしてくれていません。言ってくれなきゃわかんない。ってやつです。

『不安定な心の内』①
 秒で泣きのエンジンが掛かる

 エレジアのテラスでシャンクスが「ここを気に入ったなら、船を降りても良いんだぞ」とウタに言った際、ウタは「私は赤髪海賊団の音楽家だよ!?音楽の勉強をすることと、シャンクスから離れるのは……」と言って泣き出してしまいます。
 ここでメンヘラである私が注目したのは、『ウタの泣き出すスピード』です。ウタは「私は赤髪海賊団の音楽家だよ」の時点で涙を浮かべています。
 泣きのエンジンの掛かり方が恐ろしく早いです。話しているうちに、感情が盛り上がり涙が出てしまったのだと思いますが、これはいくらなんでも早い、早すぎます。ですがメンヘラとしてはこのスピードに覚えがあります。
 メンヘラの人と、そうでない人とでは感情の盛り上がり方に大きく違いがあります。
 普通の人は徐々に感情が盛り上がり、涙が出てしまう。という流れだと思いますが、メンヘラは泣きのエンジンのかかり方が恐ろしく早いという特徴があります。

 『不安定な心の内』②
置いて行かれたときの「なんでだよー!!!」

 エレジアでウタの歌によりトットムジカが蘇り、国を全て破壊してしまったことにより2人は別れを余儀なくされます。
 シャンクスは、ウタにこんなに重い業を背負わせるのは酷だと思い、泣き叫ぶウタの声を聞きながら船を出港させます。
 そこでウタは「待って!!!置いて行かないでーー!!!」と叫びます。そして最後にはこう言っているのです。『なんでだよー!!!』と。ここで『なんでだよ』という言葉が出てくるあたりに、ウタの不安定さと、凶暴性がうかがえます。
 メンヘラである筆者が思うに、この台詞を言ったウタの思惑は、2つあると思います。
 1つは、どうにかして船を止めようとした。ということ。
 2つ目は、怒りをアピールすることと、シャンクスら赤髪海賊団に、罪悪感を植え付けたい。ということです。
 彼らも「待って、置いて行かないで」あたりは言うかもしれない。と思っていたかもしれませんが、さすがに『なんでだよ』と言われるとは思っていなかったと思います。
 こんなに私は怒っているんだよ!!!止まってくれないなら、私はここでずっと怒って泣いているままなんだから!!!ということを訴えて、罪悪感とウタの怒りに気づき、なんとか止まってくれないだろうか。というウタの切実な思いが現れていると思います。
 

 以上の点から、ウタの「愛への渇望」と「不安定な心の内」が読み取れます。
 そして、これらの感情を抱いた原因は『自分の所在への不安』だと思います。
 物心つく前に両親と死別したウタは、家族の繋がり、血の繋がりを持ちません。だからいつも不安なのです。自分を無条件に保護し、愛してくれる存在を常に求めています。
 シャンクスはそんなウタに、自分は父親だと言い、ウタを保護し愛を注ぎました。自分との繋がりを認めてくれる唯一の人に、ウタがべったりと依存してしまうことは無理もないことだと思います。
 故に激しく執着し、重すぎる感情をシャンクスただ1人に向けたのだと思います。

第2章 ウタにとっての「捨てた」とは

 上記のことから分かるように、ウタは幼少期から『愛への渇望』と『不安定な心の内』を抱えています。
 以上を踏まえた上で、筆者がワンピースFILMREDを観て、1番理解が難しかったウタの心理について考察していきたいと思います。

① 「シャンクスは私を捨てたんだよ」と「知ってたよ」のウタの心理

 ウタワールドの世界で、ウタの計画を止めにきたルフィは「あんなに赤髪海賊団が、シャンクスのことが大好きだったじゃないか!」と言います。そこでウタは「シャンクスは私を捨てたんだよ」と言います。
 しかし、その後ゴードンが、エレジアの事件が起きた日の転末を話したとき、ウタは「知ってたよ」と言っています。
 私が疑問に感じたのは、『シャンクスは自分を捨てた訳ではないと知っていたのに、なぜ、ルフィに捨てられたと話したのか』ということです。
 ここには『捨てた』ということへの認識の違いがあると思います。
 シャンクスはやむに止まれぬ理由からウタを置いていきました。ウタのことを利用していたわけではありません。
 しかしウタの認識では、どんな理由があろうとも、シャンクスは自分を置いて行ったのです。つまり捨てたのです。
 メンヘラではない人なら、シャンクスの行動はずっと自分を守ってくれていたんだ。と思うかもしれませんが、メンヘラはそうは思えません。
 「それで置いて行ったことが許されると思ってるの!?」といった考えです。
 そうして何年にも渡り、怒りを増長させていきました。しかしこれは、ウタの防衛本能だったのではないかと考えます。
 シャンクスを悪者にすることで、許されないことをしてしまった自分から目を逸らし、責任の転換をし自分自身を守っていたのではないかと。
 ですので筆者としては、ウタが真実を知っていても、『捨てられた』と言った理由は、こういった理由があったからではないかと考察しています。

第3章 ウタと新時代

 ウタワールド計画を防ぐためには、どうすれば良かったのか。
 そのことを考えると、なぜウタは、ウタワールド計画を考えるに至ったのか。ということを考察する必要があると思いました。
 第3章では、ウタがウタワールド計画を考えるに至った過程を考察していこうと重います。

 ① 変わっていったウタの夢
 
 そもそも、ウタの幼少期の夢は、『立派な海賊』です。
 これは、ルフィとの勝負の際に言っていた言葉です。そして、「私は赤髪海賊団の音楽家」という発言も多く見受けられます。以上のことから、幼少期のウタの夢は海賊になることであるとわかります。
 逆に、ウタの幼少期には『私の歌で世界中の人を幸せにする』等の発言は見受けられません。
 シャンクスがエレジアで、「ここを気に入ったなら、船を降りても良いんだぞ」と言った際にも、これを拒否しています。
 エレジアに残れば、世界の歌姫になれる可能性は高まり、自らの歌で世界中の人を幸せにすることができるかもしれないのに、それを拒否しているということは、幼少期のウタの夢が世界の歌姫ではないことがわかります。
 つまりウタがウタワールド計画=『新時代』
を作ろうと考えたのは、シャンクスに置いて行かれてから、ということがわかります。
 しかし、なぜ『海賊になる』という夢が、『新時代をつくる』ということへシフトしていったのでしょうか。
 それを理解するには、ウタがシャンクスに置いて行かれてからの日々を考える必要があると思いました。

 ②なぜ新時代を作ろうとしたのか

 シャンクスからウタを引き取ったゴードンは、彼との約束である『ウタを世界一の歌い手に育てる』という約束をずっと守っていました。
 置いて行かれたことにショックを受けるウタを励まし、歌のレッスンをつけ、美味しい料理を作り、彼女を献身的に支えました。
 しかし私は、ウタの精神状態は『歌のレッスンどころではなかった』と考えます。
 ウタの歌は、今までシャンクスと赤髪海賊団へ捧げる歌でした。しかし、彼らに捨てられたウタは誰に向かって歌えば良いのでしょう。
 このときウタは、歌を歌う意味を失っていたと思います。
 この頃から『シャンクスに置いて行かれたショック』という感情は『シャンクスへの憎しみ』へと変わっていったと思います。
 そして、海岸で新種の電電虫を拾ったことから、ウタの人生は大きく動き始めます。
 外の世界を知り、歌の配信を始めたことで、ウタの歌を評価してくれる人が現れ始めたのです。
 シャンクスを失い、歌を歌う意味を失っていた彼女は『ファンのために歌う』という目標を得ました。そして、もう一度歌を歌う意味を見つけることができたのです。
 そして人々は、ウタウタの実と神の歌声を与えられた彼女を崇めるように、ウタのことを救世主のように扱い始めました。海賊に踏みつけられる日々からの解放を願います。
 ファンの声が、ウタにとっての生きる希望であり、意味でした。故に叶えてあげたい、という気持ちを持つようになったのでしょう。
 そしてシャンクスからの「お前の歌には力がある」この言葉もウタの後押しとなったと思います。
 これらの条件が揃ったことで、『世界を変える!新時代を私がつくるんだ!!!』という思いが芽生えたのだと思います。

 ③ ウタはウタワールドの世界で生きることが、本当に人々の幸せだと思っていたのか

 私はこの答えは『NO』だと思います。
 ウタが本当にウタワールドで生きることが幸せだと思っていれば、現実の世界には戻れないということを隠す必要はありません。(海軍、世界政府に邪魔されないため。という目的もあったかもしれませんが。)
 何より、最後に「世界の続き」を歌い、人々をウタワールドの世界から現実の世界に戻したことが『ウタワールドの世界で生きることが、問題の根本解決にはならない』と、ウタ自身が心の奥底で理解していた証拠だと思います。
 しかし、それを理解していたにも関わらず、なぜウタワールド計画をやめなかったのでしょう。
 その理由は、『自分自身が生きる意味を無くさないため』ではないでしょうか。
 前項で考察したように、ファンの望む、ウタの歌だけをずっと聴いていられる新時代を作る。それを叶えることが、シャンクスに捨てられたウタの生きる意味になりました。
 ですので、それをやめてしまえば、またウタは生きる意味を無くしてしまいます。だから、ウタは止まることができませんでした。
 シャンクスのことを忘れ『何もなくても生きていていい』そう思うことができれば、ウタの未来は変わっていたと思います。
 しかし、エレジア事件の顛末を知ってしまったことと、シャンクスへの消えない執着心がその思考を邪魔をします。ウタにとってシャンクスは唯一で全部です。一番深く情を傾けた相手でもあります。故に忘れることも、(置いていった理由を知っても)許すこともできません。愛した分だけ、憎いのです。
 ウタはシャンクスに対する当てつけのように、光を放ち続け、海賊嫌いを公言し、シャンクスがそれを知る日を待っています。そうすれば、シャンクスが謝りにやってくるかもしれない。また会えるかもしれない。そんな淡い希望を持ちながら。
 「もう待てない!!シャンクスを探しにいく!」このようにウタが自分の気持ちに素直になることができたら、また変わった未来があったかもしれません。
 しかし、プライドが高く、国一つを滅ぼした大量殺人犯の自覚をもつウタは、素直になることもできませんでした。自分の命をもってファンをウタワールドの世界に閉じ込める。それを贖罪としようとしたのです。その結果、ウタワールド計画を実行に移してしまいました。

 ④ どうしたらウタワールド計画を防げたのか

 少女の頃から女性となるまでのウタを考察していきましたが、ウタワールド計画を防ぐには『シャンクスがウタのことを捨てないこと』これが絶対条件だったと思います。
 置いていったことにどんなに深い意味があっても、ウタにとって『置いて行かれた=捨てられた』ということなのです。
 シャンクスの見せた世界しか知らないウタは、シャンクスに捨てられてしまえば生きていけません。ゴードンがそうであったように、他の人がどれだけ心を尽くしても、ウタの心を救うことはできません。
 シャンクスが何があっても絶対そばに居る。これがウタの心の安定には必要不可欠です。
 しかし、エレジアに置いていかず連れて行ったとしても、真実を知ったとき形を変えウタワールド計画のようなことをウタは引き起こしたのではないかと思います。
 本当の親子ではないからこそ、シャンクスはウタにしっかりと愛を伝え、何があっても愛しているという認識をウタにしっかり植え付けることが必要であったとおもいます。

 好きになった男と、好きになりたかった男の子

 ウタにとってルフィは、本当の自分を見せることができる人です。いくらメンヘラといえど、受け止めてくれる保証のない人間に全力でヘラることはできません。
 メンヘラ側からルフィのウタへの対応を採点させてもらうと、100点としか言いようがありません。
 ウタが一味のメンバーを攻撃したときも、ルフィは「遊びはもうやめろ」と言うだけで、ウタの人格を否定したりはしていません。何度理不尽に攻撃を受けても、決してやり返すことはせずウタと向き合い続けています。
 ウタは昔からシャンクスには出すことのできない自分を、ルフィの前では出すことができたのだと思います。
 シャンクスは自分の唯一で、淡い恋心を抱く相手です。自分の全てを出したら、嫌われるかもしれない。そんなことになれば生きていけない。故にシャンクス相手には気持ちのどこかでブレーキを掛けていた部分があったと思います。
 要は好きな人ではないルフィには、本当の自分を出すことができたのだと思います。
 「いつかこの帽子が似合うような男になるんだぞ」と言う言葉には、ルフィが才能を持つ存在であると気づいていて、そのことへの寂しさと、散々暴れてごめんねという気持ちと、あんたのことを好きになれたらよかった。という気持ちが込められていると思います。
 

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