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『銀色の裏地』(石井睦美)を読む ――高橋さんは理緒の気持ちをわかっていたのか?

 『銀色の裏地』(光村図書・小学5年)は、クラス替えで仲よしと別のクラスになり落ち込んでいた理緒が、新しいクラスの高橋さんに「銀色の裏地」という言葉を教えてもらう話である。語り手が理緒に寄り添って語る三人称限定視点の作品である。それゆえ、他の登場人物の心情は語られていない。それは、人物の言動から伺うしかない。 

高橋さんの説明

 3場面で高橋さんは理緒をプレーパークに誘い、芝生に横になって題名にもなっている銀色の裏地の話をする。高橋さんは、次のように話す。 

「うん。くもっていても、雲の上には太陽があるから、雲の裏側は銀色にかがやいている。だから、銀色の裏地をさがそう。そういう歌があるんだって、おじいちゃんが教えてくれた。くもった――じゃなかった、こまったことがあっても、いやなことがあっても、いいことはちゃんとあるんだって。」
最後のほうを早口で、高橋さんは言った。

 この言葉を聞いて理緒は「もしかして、わたしの気持ちに気づいていたの」と思う。しかしそのことを直接高橋さんに問い質すことなく終わっている。理緒は、クラス替えで仲よしのあかねと希恵とは別のクラスになってしまった。その理緒の気持ちに高橋さんは気づいていたのだろうか。それとも高橋さんの話はたまたま理緒の気持ちと合致しただけなのだろうか。 

なぜ高橋さんは言い直したのか?

 高橋さんは「くもった――じゃなかった、こまったことがあっても」と言い直している。日常の会話であれば、言い直すことは珍しくない。しかし物語を読む際に、言い直しは珍しくないとスルーすることはできない。物語は虚構の上に成立している。細部の表現であっても、「たまたま」と読み流してしまってはダメである。それでは物語を深く読むことはできないし、その力を付けていくこともできない。なぜそうなのか、そのように表現することにどんな意味があるのかと考えてこそ、作品を深く読むことができる。
 そもそも「くもった」は言い間違いではない。銀色の裏地の意味は、「雲の上には太陽があるから、雲の裏側は銀色にかがやいている」つまり、曇った日であってもその裏側に太陽が輝いているということである。むしろ言葉の説明としては、「くもった」と言う方が自然である。「くもった」は、単なる言い間違いではないのである。
 とすると、なぜ高橋さんはそれを「こまった~」と言い直したのだろうか。「こまったことがあっても、いやなことがあっても、いいことはちゃんとあるんだって」という言い直しは、銀色の裏地の意味をより一般化したものである。それが、結果的に理緒の気持ちに添うものになっている。ということは、高橋さんは理緒の気持ちをある程度分かった上で言い直した可能性が高くなる。
 下校の時、理緒は「あかねと希恵が仲よく帰っていくのを見た」。しかし、理緒は「二人の後ろすがたを見送ることしかできなかった」のである。そして、その直後に理緒は高橋さんから「坂本さん、今日、プレーパークに行かない」と声をかけられる。高橋さんは、理緒が二人を見ても追いかけなかったその様子を見ていた、もしくは目撃した可能性は非常に高い。ということは、高橋さんがプレーパークに誘ったのは、その場でとっさに決めたことではなかったか。その日の席替えで高橋さんは理緒の隣の席になった。理緒を誘おうと思えば、教室にいるときにできたはずである。
 高橋さんは、理緒の気持ちに気づいていたからこそ、「くもった」と言いかけて、理緒の気持ちに合わせた「こまったことがあっても、いやなことがあっても」と言い直したのではないか、その可能性が読めてくる。そこに高橋さんの相手を思うやさしさや思いやりも見えてくる。
 さらに、「最後のほうを早口で、高橋さんは言った」のである。言い直し以降の部分が早口になっていたのである。高橋さんが銀色の裏地の意味を理緒に合わせて説明した部分である。理緒を元気づけようとして話していることが少し気恥ずかしくて、早口になったのではないだろうか。
 理緒に寄り添った語り手は、高橋さんの気持ちを語ることをしない。高橋さんの気持ちは明示されてはいない。したがって、高橋さんがプレーパークに誘ったのも、銀色の裏地の話をしたのも、たまたまの偶然と読むこともできないわけではない。
 しかし上記のように読むことで、高橋さんの人物像も生き生きとしてくる。理緒は最初、高橋さんのことを「つんとすまして」「なんだか話しかけにくい」と思っていた。理緒に寄り添って読む読者のイメージもそれと重なる。それが2場面後半の給食、そして3場面を通して変わってくる。高橋さんは、やさしさを相手に気づかれないようにそっと示そうとする人である。
 高橋さんは理緒の気持ちをわかっていたのか否か、それを物語の本文に根拠をもたないままで議論をしても意味がない。物語には、常に多義的に解釈できる部分が存在する。その部分を「あなたはどう思いますか?自由に意見を言って下さい」と子どもに丸投げしてしまうと、作品から離れた勝手な言い合いにしかならない。それでは、物語の読みは深まらない。勝手な言い合いは、子どもが活動的に見えたとしても、学びの深まりもなければ、物語を読む楽しさも生み出さない。それどころか、物語の授業をつまらなく退屈なものにしかねない。
 高橋さんの言い直しや早口にこだわることで、書かれていない人物の心情や人物像を考えることができる。それこそが、言葉にこだわって物語を読む面白さなのである。

理緒の気持ちの屈折に注意

 一つ、ここで注意しておきたい。作品冒頭に「理緒、あかね、希恵の仲よし三人グループ」とあることから、理緒とあかねと希恵の三人は何をするにも一緒だった、だからいつも三人一緒に帰っていたと読むことの危険性である。そのように読んでしまうと、あかねと希恵はクラス替えの翌日から理緒を外して、二人だけで帰ったことになる。あかねと希恵は、理緒に冷たい人になりかねない。そうなると、二人を非難する読みも出てきてしまう。
 しかし理緒は「これまでだったらすぐに追いかけたはずなのに」と書かれている。つまり、いつも三人が一緒に帰っていたわけではないのである。何か用事があったときには別々に帰ることもあった。そしてこの日のように、あかねと希恵が先に帰ったこともあったのである。そして、これまでは何のためらいもなく理緒は二人を追いかけたのである。しかし、この時は「二人の後ろすがたを見送ることしかできなかった」。そこに理緒の気持ちの屈折を見てとることができる。あかねと希恵を責めるような読みではなく、理緒の気持ちのゆれをこそ読むのである。

学習の手引きの検討

 最後に学習の手引きに関わって述べておきたい。
 手引きの最初に「問いをもとう」として以下のように述べる。

この物語を読んで、あなたの印象に残ったのは、どんなことですか。どうして、そのことが印象に残ったのでしょうか。

 次の「目標」は次のように述べる。

人物の心情や人物どうしの関わりをとらえながら読み、強く印象に残ったことについて、考えたことを伝え合おう。

 さらには「まとめよう」のところで、次のように述べる。

この物語を読んで、強く印象に残ったのは、どんなことだろう。次の二点から考えをまとめよう。

・物語の中の印象的な表現

・自分の経験と重ねて感じたこと

 気になるのは、「印象に残った」「強く印象に残った」という表現が繰り返し用いられていることである。そもそも「問いをもとう」とは、子どもたちが自分で問いをもつことができるようにしていくためのものではないのだろうか。「どうして、そのことが印象に残ったのでしょうか。」と考えていくことが、本当に問いをもつことにつながっていくのだろうか。
 私の経験から言わせてもらえば、教科書の作品を読んで強く印象に残ることがある子どもは少数である。教科書自体が、子どもにとって魅力的なものでも面白いものでもない、そんな子どもの方が多いのではないだろうか。教科書はあくまでも一方的に与えられたものでしかない。子どもたちが読みたいものが与えられるわけでもない。教科書がつまらないと言いたいのではない。子どもたちにとって教科書は、そのようなものであるかもしれないということを、少なくとも教師は踏まえておくことが必要である。
 そんな中で、「強く印象に残ったこと」を出しなさいと求められる。「印象に残ったことはないんだけど……」という子どももいる。でも「印象に残ったことはありません」では許してもらえそうもないから、仕方なしに印象に残ったふりをして何かを言うしかない。
 例示には「『銀色の裏地』という言葉が強く印象に残った」と書いてあるから、それをまねる子どもも出てくるだろう。果たしてそれらが、問いをもつことにさらには物語を読む力の育成につながっていくのだろうか?私には疑問である。

私の対案

 どうしたらよいのか。最後に、私の対案を1つ示す。

物語の最後で、理緒は曇っていても「今日もいい天気」と言うお母さんのことを高橋さんに話をします。あなたは、この部分が必要だと思いますか?それともなくてもよいと思いますか?

 物語の終わり方を検討させる問いである。理緒は作品の最後で、曇った日でも「今日もいい天気」と言って理緒を送り出したお母さんの話を高橋さんにする。しかし、クラス替えで仲のよい友だち離れて落ち込んでいる理緒に、高橋さんが「銀色の裏地」の話をするのがこの作品のメインストーリーである。そこに理緒のお母さんは直接には関わらない。お母さんの話がなくても、ストーリーは成立する。銀色の裏地の話で終わるのではなく、最後にお母さんの話を付け加えた意味を考えるのである。


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