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第330回、チャンスのボタン


ある日、男の前に、箱を持ったスーツ姿の男が現れた。

「あなたは、自分は何て運がないのだろうと思った事はないでしょうか?」

「宗教の勧誘なら、間に合っています」

玄関の戸を閉めようとした男に、スーツ姿の男はこう言うのだった。

「ここに、あなたに人生のチャンスをもたらすボタンがあります」

男が見せた箱の中には、大きな赤いボタンが一つついた装置が入っていた。

「このボタンを押せば、あなたに人生のチャンスが訪れます。
いえお代は一切いりません。これをあなたに、ただで差し上げるのです。

あなたは、何の代償もなしに、自分にチャンスが訪れるなんて、そんなうまい話があるはずがないと、思われているのではありませんか?

もちろん全く代償がない訳ではありません。
このボタンを押すと、あなた以外の誰かのチャンスが失われる事になりますこのボタンはいわば、他人のチャンスを代償にして、あなたにチャンスをもたらす装置なのですよ。

あなたは、なぜ自分だけにそんな都合のいい物が渡されるのかと思われたのではないかと思いますが、もちろんあなたにだけに渡す訳ではありません。
今この瞬間、全人類にこれと同じ物が、手渡されているのです。

あなたがもし、この装置の受け取りの拒否をしても、あなた以外の誰かが、これと同じ装置のボタンを押して、チャンスを手にするでしょう。
そしてその代償は、あなたが背負う事になるかもしれないのです。

あなたはどうしますか?このまま何もしないで、ただ誰かのチャンスの代償になる事を、受け入れるだけでいいのでしょうか?」

男はスーツ姿の男からボタンの装置を預かると、少しだけ考える事にした。
いや実際には、この後、自分がどうするのかは、既に決まっていた。

あのスーツ男のいう通りだ。例え自分が、この装置のボタンを押さなくても他の誰かがボタンを押して、自分のチャンスを手にする事だろう。
それならば、自分がボタンを押さずに、黙って誰かの代償になる事はない。

自分がボタンを押した所で、自分には誰のチャンスを代償にしているのかはどうせわからないのだ」

男は、その装置のボタンを押した。

それで目に見えてわかるような変化が起きる訳でもなく、男は本当にこれで自分にチャンスが訪れるようになったのかは、今一実感が湧かなかったが、しばらくすると、自分にチャンスと思われる幾つかの事が起こるようになり男は、そのボタンの効果を信じるようになっていった。

それから男は、毎日ボタンを押して、様々な事に挑戦をするようになった。
必ずチャンスが訪れる訳ではなかったが、恐らくは他人が押したチャンスの代償が、自分に来ているせいもあるのだろう。
自分もこのまま見ず知らずの人達の、チャンスの代償になるつもりはない。
やられたらやり返す。チャンスの倍返しなのだ。


「あれからどうだね、人類の様子は」
スーツ姿の男が、オペレーターに尋ねる。

「予想通り、人間達は、ボタンを押しまくっています。しかし所長、これでいいのでしょうか?私達は、人類をよりよい方向に導くのが、役目のはず。
他人を代償にしてまで、自分のチャンスを手に入れようとするなんて。
こんな事は、間違えているのではないでしょうか?」

「まあ実際にはあの装置に、そんな機能は付いていないんだ。あれはボタンを押すと、我々の所に、その集計がされるようになっているだけなのさ」

「でも、それでは人間は、なぜボタンを押しまくっているのでしょうか?
何の効果もないというのに‥」

「チャンスかどうか何て、結局は自分の捉え方、気の持ちようだからね。
それが自分にとってチャンスだと思えば、どんな事でも、自分のチャンスになり得るのさ」

「でもそれなら、別に他人のチャンスを代償にするなんて事をいう必要は、なかったのでは?」

「それは事実だからさ。例えあのボタンが偽物、全くのでたらめだとしても自分のチャンスを物にするという事は、同時に誰かのチャンスを奪う事にもなるのは事実なんだ。
だがそれでも欲しいチャンスがあるならば、その事を覚悟して、チャンスを自分の物にすればいい。
大切なのは、自分の成功の裏には、誰かの成功が失われているという事を、きちんと自覚をする事なのさ」


「所長、何かいい事を言っている感じの所、申し訳ないのですが、人間達が装置の奪い合いを始めているのですが‥ 装置が一人一個では、満足がいかないようで、他人の装置を奪って自分のチャンスを増やそうとしています。

ああっ装置を転売する人達も現れました。メ〇カリで、めっちゃ高値で売られています。将来のチャンスより、目先のお金の方が大事なようですっ」

数日後、この実験は中止となり、チャンスのボタンは、一夜の内に回収をされた。なおその実験をしていたのが、誰なのかは、永遠に謎なのである。


※この小説は、乃木坂46の新曲「チャンスは平等」と、2009年に公開された「運命のボタン」を元に、考案した物です。

映画は不評ながら、自分は割と好きなのですが、乃木坂の新曲は、さっきテレビで初めて聞いて、勝者の戯言のような歌詞に腹が立ったのですが、考えようによっては、そのポジティブさが、人生には必要なのかも知れません。

映画の詳細は忘れてしまいましたが、あらかた似たような話だったと思います。
確か「ボタンを押すと、他人に不幸をもたらす代わりに、自分に幸運が訪れる」という内容です。
違った。「自分が一億手に入れる代わりに、知らない誰かが死ぬ」と、上記に書いてありました。
運命のボタンは、自分が覚えている以上に、ハードな設定の内容でした。
スーツ姿の男は、映画の設定をそのまま、創作小説に用いています。

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