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第448回、夢は絶対的に尊いのか?


人生を大成した人が共通して話す事に、夢を持つ事の大切さがあります。
努力は必ず報われる。夢は諦めなければ叶うのだと。

それはそうです。コメントをしている人は、全て夢を叶えているのだから。100人の大成者に質問をしても、100人が同じ事を言うのだと思います。

そのコメントだけを見れば、夢が叶う確率は、100%の様に感じられます。
しかし現実は、目指した人の多くの夢は、叶う事がないのです。

夢の実現度は、その内容や個人の才能によっても、違って来ると思います。
実現度が80~90%位の物もあれば、10~20%位の物もあるでしょう。
中には、1%あるかどうかの物もあると思います。

もちろん、夢は抱かなければ、実現する可能性は、0%です。
そういう意味では、夢は持たないより、持った方がいい気もします。

しかし夢を叶えるというのは、リスクをなしに行える物ではありません。
時間なりお金なり、必ず何かしらの代価が必要になって来るのです。
そして場合によっては、大きな代償を支払う事にもなります。

全財産を失う事もあれば、冗談抜きで、命を失う事もあるのです。
それでもその代償を覚悟してでも夢を叶えたい人は、夢の実現の為に行動をすればいいのだと思いますが、自分は大きな代償を払うリスクのある夢を、全ての人が持つべきだとは思わないのです。

夢を持つというのは、ある意味では、宝くじを買ったりギャンブルをするのと、そう違わないのではないかと思います。

宝くじをやギャンブルは、買わなければ、絶対に当たる事はありませんが、しかし絶対に当たる訳ではない物を、必ず買うべきだと言えるでしょうか?

ギャンブルをする人は、自己責任の元でそれを行えばいいのだと思います。しかしギャンブルをする人が、それをしない人の事を嘲る様な事は、自分はあってはならないのだと思います。

お前は一体、何の話をしているのかって?
いつもの通り、ディズニー映画「ウィッシュ」の話です。
あの映画では、主人公のアーシャが、夢を持つ事の素晴らしさを人々に説くだけでは収まらず、夢を持たずに生きる人間の事を批判しています。
人は誰もが夢を持ち、それを叶える為に生きるべきなのだと豪語をします。

自分は夢を持って生きる事の素晴らしさを、否定するつもりはありません。
しかし夢は、全ての人が持たなければならない物だとも思えないのです。

自分は、夢を持つのと持たない人生の、どちらの方がいいのか等という事はないのだと思います。
どちらの人生も、共に素晴らしい生き方であり、どちらかが非難されるべき事ではないのだと思っています。

善悪概念もそうですが、西洋ではとかく、どちらかの価値観のみが正しくてそれとは異なる価値観を、間違えているのだと描いてしまいます。

しかし実際には、そんな事はないのだと思います。
世の中には、様々な生き方、価値観があっていいのであり、何が正しくて、何が間違えているという事は、そうはないのだと思います。

近年の西洋作品は、人種の多様性問題で、一つの考えに縛られて、多くの人々の反感を買っていますが、人種の問題だけではなく、真の多様性とは、一つの価値観のみに縛られない、様々な考えがある事を理解する事であり、正しさとは、決して一つだけではない事を知る事ではないかと思うのです。

一つの正しい答えのみがあるのではなく、相反する正しさが共にある事が、本当の意味での多様性だと言えるのではないでしょうか?

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