第224回、T刑事の奇妙な取り調べ事件簿 その4
長年刑事を続けていると、辛く悲しい事件の容疑者に出会う事も多々ある。今T刑事の前に座っている少女も、そんな辛く悲しい事件の容疑者だった。
T刑事「こんな事を聞くのは大変お聞き苦しいのですが、あなたがその‥ あなたの‥自分のご両親を殺害した、犯人なのでしょうか?」
容疑者は制服がよく似合う、まだあどけなさの残る、17歳の未成年だった。
容疑者「はい、確かに私が両親を殺しました。刑事さん、私は刑事さんに、事件の事を全て、噓偽りなく話します。
その代わり刑事さんは、私の言う事を一つも逃す事なく、全てをきちんと
聞いて欲しいんです。私の話すありのままの事を、改変する事なく全て‥」
T刑事「もちろんそのつもりでいます。しかし私には、どうにもわからないのです。あなたのご家庭の様子は、AIフォトアルバムで見せて頂きました。
どの写真にも、あなたのご家族の幸せな様子しか映っていませんでした。
そんなあなたが、なぜこんな事件を起こす事になったのでしょうか?」
今の時代、AI機能がフォルダにストックされた写真を自動で選別しながら、フォトアルバムを作成するのが当たり前になっていた。
AIの画像識別能力で、個人では到底作れない様なプロ並みのアルバムが、
どの家庭でも簡単に作れるのだ。
容疑者「幸せな様子しかですか‥ そうでしょうね。AIフォトアルバムは、状態のいい写真しか選択をしない。幸せそうに見えない写真は、状態の悪い写真と判断されて、フォトアルバムには掲載をされないのよ」
T刑事「もちろん捜査の為に、アルバムに掲載されていない写真も全て確認をしました。しかしパソコンの中に存在するどの写真にも、あなたの不幸せな様子は見られないんですよ。まだパソコンに移動をされていないカメラの中の写真も確認をしました。しかしやはり存在する写真のどこにも、今回の事件に繋がる様な、あなたの家族の不幸せそうな写真はありませんでした。
あなたは一体いつから、ご両親に殺意を抱く様になったのですか?」
容疑者「どの写真もね‥ 刑事さん、刑事さんの様な中年のおじさんでも、知らない訳ではないでしょ?今どのカメラにもAI画像補正機能が搭載されていて、状態の悪い写真は、その場で瞬時に画像修正されるって事を。
おかげでこの世からピンボケ写真は存在しなくなり、誰が写真を撮っても、プロ並みの写真を撮れる様になったわ」
T刑事もその事は知っていた。T刑事も娘の写真を、AI補正機能の搭載されたカメラで撮っていたからだ。そのおかげでピントのボケた写真は一枚もなくどの写真も娘の素晴らしい笑顔を、最高の状態で撮る事が出来ていた。
それだけではなく、背景に映り込んだ無関係な人々は、不要な物として画像から消去をする事が出来るし、ケガしてしまった体のアザ等も、瞬時に画像から消す事が出来る。鼻水等も綺麗に消してくれるので、今の子供の写真は一昔前に比べると、どれもとても綺麗に撮れるのだ。親にとってはこんなにありがたい事はない。
目のつむった様な写真ばかりが撮れていた自分の子供の頃と比べると、今のカメラは、当時からは考えられない様な高度な機能を多数備えているのだ。
容疑者「私の両親も、AIカメラでよく家族写真を撮っていたわ。
私の両親は、家庭にとても高い理想を抱いていたの。
その理想の家庭を余す事なく記録をする為に、AIカメラは最適だったのよ。
両親はその写真をAIフォトアルバムにして、毎日楽しそうに見ていたわ」
T刑事「だったらあなたはなぜ、そんな家族思いの、娘思いの両親を、自ら殺してしまったのですか?」
容疑者「刑事さん、あなたはさっきいつから両親に殺意を抱いていたのかと聞いたわよね。写真の中の私は、いつも幸せそうな笑顔を見せていたから。
でもね刑事さん。私はカメラの前で、一度だって笑顔を見せた事はないの。AI機能が、両親の求める理想の娘に、私の顔を修正していただけなのよ。
両親は私の本当の顔を、私の本当の心を、一度だって見た事はなかったわ。私の両親が見ていたのは私なんかじゃなく、AIカメラとAIフォトアルバムが作成をした、理想の家族の理想の私なの。でもそんなのは、本当の私なんかじゃないっ!!
都合の悪い物、状態の悪い物、見たくない物は、全てAIで画像修正をして、自分が見たいと思う、加工された理想の画像しか見ようとしない。両親が
これまで撮って来た写真には、そんな虚像の私しか映っていないのよ。
刑事さん。私達は、AIカメラで、一体何を撮っているのでしょうね‥」
容疑者は、いや17歳のその少女は、事件に至るまでの経緯を、何一つ隠す事なくT刑事に話をした。それはAIで修正された何百枚もの写真からは、絶対に見えて来る事のない、一人の少女の本当の姿、心に抱えた苦しみだった。
T刑事「自分達は、AIカメラで、何を撮っているのか‥か」
T刑事は、自分の娘の写真を見返しながら、今回の容疑者である少女の言葉を思い出していた。この写真は本当に、自分の娘の真実の姿を映しているのだろうか?あるいは自分が娘に抱く理想に合わせて、AIに補正修正をされた虚像の画像にすぎないのだろうか?
そんな事を考えながら、AIフォトアルバムをそっと閉じ、今日は家に帰ってAIカメラ越しでない娘の姿を、きちんと心に刻み込もうと思うのだった。
女刑事「T刑事、感傷に浸っている所を申し訳ないんですけど、あの子多分嘘をついていますよ。
殺されたあの子の両親の体には、今回の死因とは関係のない、アザや傷等が多数残っているんです。それに対して彼女には、何のアザも見当たらない。
これが家庭内で出来た物ならば、家庭を支配していたのは、両親とあの娘のどちらの方なのでしょうね?
もちろん今の所はまだ、私の推測でしかありません。しかしT刑事、相手が少女とはいえ、両親を殺害した容疑者の言葉を全てうのみにしてしまうのはいくら何でも、刑事としての感が鈍り過ぎなんじゃないですか?」
T刑事は改めて、容疑者の家族写真を見返した。そこには体のアザ一つない綺麗な身体をした両親の笑顔の姿が映っていた。もしAI修正されているのが娘の方だけではないのだとしたら、両親のこの笑顔も、はたして真実の物と言えるのだろうか?
もし両親が娘の姿から目を背けたくて、AI修正された画像の中に心の拠り所を求めていたのだとしたら、そしてそれが彼女の心を傷つけて、彼女の中の闇をさらに広げていったのだとしたら‥
今や世界中で、AIカメラによる家族写真が、当たり前の様に撮られている。そのどの家庭でも、今回の様な事件が起きないとも言えないのではないか?T刑事は、今回の事件の裏に潜む、あまりに深い事態の深刻さに言葉を失いこれまでの人生で最も、心の底から血の気が引いていくのを感じていた。