第245回、T刑事の奇妙な取り調べ事件簿 その11 time looper (タイム・ル-パ-)
長年刑事を続けていると、奇妙な容疑者にも出会う物だが、今回の犯人は、それまでに会った容疑者とは、次元の異なる相手だった。そう言葉通りに‥
容疑者「T刑事、こうしてここであなたに会うのは、何百回目でしょうね?こんな事を言っても、あなたには理解が出来ない事はわかっていますが、
私達はこの取調室で、もう何百回も会っているんです。そう昨日もです」
T容疑者「あなたの言っている事が、私にはさっぱりわからないのですが、私は今日あなたの殺人容疑で、初めてあなたに会ったのです。あなたには、前科もない。昨日どころか、私は一度もあなたに会った事がないのです。
一体あなたは、何を言っているのですか?」
容疑者「どうせもう少しすれば、全てリセットされるんだ。いいでしょう。
刑事さん、あなたに私の秘密をお話しましょう。
いいですか、私は同じ時間を繰り返している、タイム・ルーパーなんです。
なぜかはわからないが、ある時間になると、一日前に戻ってしまう。
自分はそうして、もう何百回も、同じ日を繰り返しているんです。
もちろん、様々な解決方法を試しましたよ。でもどうしてもダメなんだ。
ある時間になると、自分は昨日に戻ってしまう。
ある時から自分は、明日を生きるのを諦めたのです。
どうせ同じ日を繰り返すのなら、どうせ人生をリセットされてしまうなら、犯罪でも何でも、好きな事をすればいい。
逮捕をされた所で、リセットされて、どうせまた昨日に戻ってしまうんだ。
そうして自分は、犯罪を繰り返しては逮捕をされて、こうしてこの取調室でもう何百回と、あなたに会っているんです。
あなたにとっては、私に会うのは初めてなのでしょうが、自分からしたら、あなたの顔は、もう見飽きましたよ」
T刑事「あなたの言っている事が、私には到底信じられないのですが‥私も青春時代に「時をかける少女」を見て育った世代です。タイムリープくらいは知っているつもりなのですが、それが何百回も行われるのですか?あなたのリープは度を越えすぎていて、私には到底理解をする事が出来ないです」
容疑者「だからタイムリープでなくて、タイムループなんです。刑事さんの世代では、この感覚はわからないでしょうね」
T刑事「あなたの言う事が本当ならば、その時が来たら、私も一緒に昨日の時間に戻ってしまうのですか?」
容疑者「当然じゃないですか。あなただけじゃない。世界中の全ての人間が明日を迎える事なく、自分と一緒に昨日に戻ってしまうんだ。いいですか、刑事さん、人類が明日を迎えられるかどうかは、自分にかかっているんだ。
自分のタイムループが解けない限り、人類が明日を迎える事は、永遠にないんだっ!!」
T刑事「私には、どうにも信じられません。あなたの言う事が本当ならば、私もいや世界中の人々が、あなたと同様に、何百回も同じ時を過ごしている事になるのですよね。私にはそんな自覚が、全くないのですが‥」
容疑者「それは自分以外の人間に、タイムループをしている記憶がないからですよ。あなたたちはいいですよ。何百回と同じ時間を繰り返していても、その感覚が全くないのだから。あなた達にループの記憶を持つ者の苦しさがわかりますか? わかりやしないんだ。本当にお気楽な人達だよ。
自分に殺された人だって、時間になれば、昨日に戻って生き返るんだ。
どうせ殺された記憶もリセットされて、何もかもなかった事にされるんだ。
だったら自分に殺された所で、何の問題もないじゃないかっ!!」
T刑事「やはり自分には、あなたの言う事が到底信じられません。ちなみになんですが、その明日に戻る時間というのは、いつ頃なのですか?」
容疑者「もうすぐですよ。今から五分後に、そのループが始まります。
刑事さん、あなたも今私が話した事も私に会った事も全て忘れて、世界中の人間が、昨日の時間に戻るんだ。こんなやり取りをした事も全て忘れて‥」
だが時間が五分過ぎ、何分待っても、タイムループは起こる事がなかった。
T刑事「タイムループの時間は、過ぎたのでしょうか?私には、時間が巻き戻ったようには、到底思えないのですが‥」
容疑者「そんなバカな!? 自分はこれまで、何百回もタイムループを繰り返して来たんだ。それがいきなりループが終了するなんて‥
今回は一体、今までと何が違っていたというんだ!?」
T刑事「その私はSFには詳しくないので、あっているかはわかりませんが、多分今回が特別ではないのだと思いますよ。あなたはいつだって、ループをする事なく、毎回未来を迎えていたのだと思います。
だがあなたの意識の一部のみが、過去に戻っているのではないでしょうか?
恐らくは今回も、あなたの意識の一部は、違う世界の昨日の時間に戻って、また明日を迎えられなかったと嘆いているのです。
そういうのを何と言うのでしたっけ? そうそう、別世界線‥ ですか?」
T刑事には、容疑者の顔がみるみる青ざめて行くのが目に見えてわかった。
容疑者「だったら自分は‥これまでに一体、どれだけの世界線で犯罪を‥」
T刑事「ええその犯罪は、ループで消える事なく、別世界のあなたが、その罪を背負って、人生を生きているのだと思いますよ。今のあなたのように。あなたがこれまで、別の世界線で、幾つの犯罪を犯して来たのか、私にはわかりませんが、その罪の全てが他の世界線で、あなたの人生としてきちんと継続をしているのです。
どちらがあなたなの本当の意識なのかはわかりませんが、十分前にループをしてしまったであろう、もう一つのあなたの意識は、その事実を知る事なく別の世界でも、また犯罪を犯してしまうのでしょうか‥
せめてループが始まる前に、その事に気が付ければ、よかったのですが。
いつの日かどの段階かで、あなたがその事に気が付くといいのですが。
別世界線のあなたの為にも、あたなの行いによって人生を奪われてしまう、被害者の方達の為にも。
とりあえずあなたは、この世界で起こしてしまった自分の罪を、この世界できちんと償うのですね。恐らく他の世界線のあなたもそうしているように」
その後容疑者は、罪を悔いて刑を受け入れた。
だがその罪は、この世界線で犯した、一件の犯罪分にしか過ぎないのだ。
容疑者がこれまでに他の世界線で犯して来た犯罪は、少なくともこの世界で裁かれる事はない。最も他の世界線にいるはずの別の本人達が、他の犯罪もきちんと罪を償っているはずではあるのだが。
別の世界線へと旅立ってしまったもう一つの意識の容疑者は、次の世界線でその事に気が付けるだろうか?
別の世界線にいる自分が、容疑者にその事を気づかせられればいいのだが、SFに疎い自分では、到底無理な話かも知れない。
今回だって、こんな事を理解できたのは、奇跡に近い事なのだ。
T刑事「予知能力者に幽霊に仮想世界にタイム・ルーパーに別の世界線か‥
世界は一体、どうなってしまっているんだろうな‥」
幽霊少女「何よ、人を不可思議現象みたいに言ってっ!」
T刑事「いや実際、そうなんだけどな。だがまあいいさ。世界がどんな物であれ、自分はそこに生きる人々の幸せを守る為に生きるだけだ。
それだけは、世界がどうであっても、変わる事のない自分の信念なんだ」
T刑事は自分にそう言い聞かせながら、愛する妻と娘の待つ揺らぐ事のない幸せの我が家へと帰るのだった。
本当は、タイムループが始まった途端、憑依が解けた様にこの世界の容疑者の一日分の記憶が抜ける事にしたかったのですが、それだとこの世界で罪を背負って生きる容疑者が気の毒すぎるので、このような設定にしました。
SF的につじつまの合わない箇所が幾つもあるのは、自覚をしているのですが描きたかった事の意図をくみ取って、ご了承を頂ければと思います。
また本内容は、多元宇宙論の考えを元に、世界線の数だけ意識(精神、魂)が無限に分裂するという概念で描いています。
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