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【MBTI】ISFJの「いい人」人生
ISFJは「いい人」と言われることが多いと思います。協調性があって勤勉な人が多いですからね。
ISFJの皆様は、人生で1度はいい人と言われたことがあるんじゃないでしょうか。
私もその例に漏れず、いい人の人生を歩んできましたので、ISFJの「いい人」人生を語ってみようかと思います。
①小学校時代「聞き分けのいい人」
小学校時代のISFJは、先生の言いつけを守る、聞き分けの良い子が多かったのではないだろうか。成績の良い優等生キャラも多く、学級委員をやってたりする。(立候補はしない。)
おそらく同年代よりも、先生や保護者からの評価の方が高い傾向にあると思われる。
②中学校時代「どうでもいい人」
小学生時代に引き続き成績の良い(≠頭が良い)人が多いと思うが、残念ながらスクールカーストには成績の良さはあまり影響しないため、その多くは2軍に落ち着く。
彼らの中学時代は漫画のようなキラキラからはほど遠く、クラス内での扱いは一般的生徒、つまりどうでもいい人のポジションだ。書いてて胸が痛い
③高校時代「都合のいい人」※男性のみ
引き続き、多くのISFJのスクールカーストは2軍であり、クラス内では主に同性同士のグループに所属している。
恋愛に興味を持ち始めるが、男性の場合はおよそモテる性格ではないため、友達としていい人どまりになることが多い。
一方で、それなりに聞き上手ではあるため、恋愛の相談相手としての需要は一定数ある。とどのつまり、ただの都合のいい人だ。書いてて胸が痛い(2回目)
④大学時代「ちょうどいい人」
スクールカーストから解放され、サークルやバイトなどで気の合う同士でつるむようになり、異性との交流が増え始める。
同じグループにさえ属せば、コミュケーション能力は低い人達ではないので、男女共に大学時代に恋人ができた人も多いだろう。
ただし、決して華やかでキラキラしてる要素はなく、どこかキョロ充感がある。
ただし、本人達は、キョロ充が集まってリア充ごっこしてるこのくらいがちょうどいいと思っている。
⑤社会人(20代)「使い勝手のいい人」
就職活動は無難に終わり、多くはサラリーマンとして社会人生活が始まる。
サラリーマンが前提条件だが、その勤勉な性格から、(不満はあれど)与えられた仕事は責任を持ってこなすし、上下関係に従順なので、上司から使い勝手のいいポジションになりやすい。
一方で、会社にいいように使われて、ワーカーホリックになっている人達をしばしば見る。
割合としては、大学時代〜20代が全盛期という人が最も多そうだ。
⑥社会人(30代〜)「収まりがいい人」
社会人生活に染まる。傾向としては新卒で就職した企業で継続して働いている人が多い。女性の場合、結婚を経て家庭に入る人もしばしば見受けられる。
ライフステージの変化はあれど、社会のレールから極端な脱線はなく、収まるところに収まっている傾向にある。
なお、世帯持ちを中心に、30〜40代が全盛期という人もそれなりに多いと思われる。
⑦老後「夫婦仲がいい人」
サンプルが少なすぎて憶測の域を出ないのだが、少なくとも波乱万丈な老後は想像できない。夫婦に限らず、身近な気の置けない人達と穏やかな余生を過ごすのではなかろうか。
一方で、はたしてISFJで老後が全盛期という人はどれだけいるのだろうか。考えられるのは、宗教やボランティア活動に人生を捧げている人達だろうか。ぜひNe劣勢の私に、皆様の老後の過ごし方をご教授願いたい。
最後に:ISFJの私は「いい人」なのか
さて、ここまでのいい人は、全て他者から見たISFJの姿だ。ふと自分自身は、はたして「いい人」なのだろうかと思ったので、自分の言葉で語ってみたい。
私は昔から「いい人」と言われてきたけど、残念ながら、そこまでいい人じゃない。電車で妊婦さんがいたら席を譲るとかその程度で、少なくとも博愛者ではない。
小さい頃は、みんなを守るヒーローになりたかった。だけど、実際の私は小心者で力も弱く、真逆の存在だった。火の粉が降りかかるのが怖かったから、学生時代にいじめを見て見ぬふりしたこともある。
目立つのも得意じゃなった。議論していても「周りが良ければそれでいいか」 の考えで折れることが多かった。いや、未だにそうかもしれない。時々、自分は本当は何がしたいのかがわからない時がある。
自分は何がしたいか、できるかについて考えてみた。大切な人のためなら行動できる。私の場合は家族だ。大切な人を守り、一緒に歩んでいきたい。それがちっぽけな私の自己実現の姿だ。
他人軸で自己主張が弱いと言われようが、偽善者と言われようが別に気にしなくていいや。とことん自分のやりたいように尽くしてやる。そのためには、まずは自分を守り、不健全状態に陥らないようにしなければならない。自己主張は弱くても自分軸の考えは必要だ。
願わくば、他人から見ての「いい人」ではなく、自分軸で「大切な人に人生を捧げてもいい人」として生きたい。