第6話 問題を出したからには答えられなきゃウソだよね? 前編
「回答に答えだけ書くな。必ず解き方を書け。」
中学のころから、数学を担当する教師はみな口を揃えてそう言った。いや、小学校の算数ですら、似たようなことを言われたような気がする。
それを聞いた時は、大翔にはその理由がわからなかったが、今なら理解できる。
$${2}$$
絵馬の真ん中に放り出すように書き殴られた“答え”。
解き方などどこにも書かれていない。はたしてこれが、ちゃんと解いて書いたものなのか、それともカンで書いただけのものかもわからない。ついでに、相変わらずの無記名。これがテストなら、その時点で間違いなく0点である。
「その答えがホンマに合うてんのかわからん、言う顔やな。」
吉栄光比売が淡々と言う。図星を突かれた大翔は、何も言えないまま彼女を見た。
「心配せんでも、それで合うてるよ。お主が適当に書いた問題の答えがそれや。」
彼は無意識に、絵馬殿にかかった自分の絵馬を見た。そこに書かれた、自分作の問題・・・。
次の数字を $${7}$$ でわったあまりを求めよ:
どこの誰か知らないが、まさかこれを本当に正しく解いたのか? どうやって?
決まっている。
「・・・・・・。いや、これはさすがに使てるでしょ、関数電卓。」
「いいや。使てへん、思うよ。」
女神が言下に切って捨てた。大翔の胃が悲鳴をあげる。
「見てみ?」
吉栄光比売が自分の足元を示した。彼女は例によって、数センチ宙に浮いている。その下の地面は、何かでこすられたようにならされていた。まるで、何かをかき消したかのような。
「お主らが昨日、ここに立った時の足跡もなくなってる。たぶん、ここに書いて計算したんやろ。それに使た棒もそこに落ちてるしな。」
確かに、絵馬殿の脇の地面に手頃な長さの棒が落ちている。先端には、土塊がこびりついていた。
「いやいやいや! そんな狭い場所じゃ無理でしょ! それこそ、何かの公式を使わんと!」
「せやし、公式のようなもんを使たんやろ。」
女神がこともなげに言う。
「ウソやん・・・。$${7}$$ の倍数の公式なんてないでしょ?」
「あるよ。お主が知らんだけや。・・・まあもっとも、公式のようなもの、や。そいつは、公式と呼ぶには複雑で使い勝手が悪い。実際、公式と呼ばれることはほぼあらへん。お主が知らんのも無理はない。」
吉栄光比売はニヤリと笑った。
「公式がないと思った上でその問題を出すとは、お主、なかなかに性悪よのう。」
陽菜が大翔をヒジでつつく。
大翔は2人に背を向けるとスマホを取り出し、電話をかけた。
「おーう、大翔! どないした、こんな時間に?」
呼び出し音1回で、場の雰囲気に合わないドラ声が応答した。
叔父である。
「あ、叔父さん。今、時間ある?」
「おお。今、会社のトイレにおるし、ちょっとやったら大丈夫やぞ? ときどき、『ふんっ』とか言うかもしれんが。」
「いや、それは・・・。まあええわ。てか、叔父さん昨日、『$${7}$$ でわったあまり求める公式なんてない』言うてたやん! 今聞いたら、あるらしいで?!」
「『ふんっ』」
「いや、さっそく?!」
「あんなぁ、大翔。『少なくとも叔父さんは知らん』とは言うたけど、『ない』と断言はしてへんぞ? 人の言うことを安直に信用したらあかんで。ネットに情報が散乱しとる昨今は特にな。」
顔は見えないが、声色がニヤニヤしている。
「えええ・・・。そんなん、何信用したらええかわからへんやんけ・・・。」
「そーゆー時こそ数学や、論理的思考や。公式が欲しけりゃ、自力で証明したらええねん。」
「ムチャ言うなや・・・。」
「おっと、あと2、3分で会議が始まるわ。そろそろ切るで。」
「・・・・・・。後始末、忘れんなよ?」
「おう、任せとけ。・・・・・・大翔。」
「なんやねん?」
「“フェルマーの小定理”について調べてみぃ。」
「は? フェルメール?」
「それはオランダの画家や。今は青ターバンの女子に用はないねん。フェルマーの小定理や。何かしらの手掛かりにはなるやろ。ほなな!」
「いや、ちょっと!」
大翔が何か言う前に、電話は切られてしまった。
境内のどこかで、カラスが二度鳴いた。
「え、なに、どういうこと? ひょっとして、親戚の叔父さんにわざわざ電話して苦情言うてたん?」
「完全な言いがかりやないか。」
陽菜と吉栄光比売が呆れたような顔をしている。
「いやいや、それこそ言いがかりっすよ!! 俺はただ、問題を解くヒントを貰おうと・・・。」
「ホンマにぃ?」
「ホンマやって!」
「ちゅうことは、この問題はお主が解く、いうことやな? 責任持って。」
「あ、しまった!!」
完全に墓穴を掘った。できれば解かずにさっさと帰ってしまいたかったのだが、自分の考えた“難問”をあっさり解かれたのがショックで、つい迂闊な言動をとってしまった。
「ほんで、ひんととやらは貰えたんかえ?」
「へ? えーっと・・・、ナントカの定理ってのがあるらしくって・・・。」
「“ナントカの定理”は星の数ほどあんねん。」
「ヒントになってないやん!」
「待って待って・・・。今、思い出すから・・・。」
叔父の言葉を一つひとつ思い出す。だが、肝心の定理の名前だけがどうしても思い出せない。代わりに、“青ターバンの女子”というどうでもいいキーワードが大翔の脳を占拠して離れなくなった。自分が適当に言った画家の名前ですら思い出せない。特に美術に詳しいわけでもないのに、なぜあの時だけその名前が脳裏をよぎったのやら。
「ヨシザカエ様。この問題、仮に解けてもスイーツのご褒美はなし・・・ですか? やっぱり。」
頭を抱えて思案する大翔をよそに、陽菜が吉栄光比売に恐る恐る聞いた。
「うーん、せやなぁ。先方が出してきた問題と違うしなぁ。」
「えええ・・・。楽しみにしてたのに・・・。」
「・・・・・・。しゃあないなぁ。ほなこうしよう。大翔が1人でこの問題が解けたら、甘味を出してやろう。」
「待て待て待て。おかしい、おかしい、おかしい!」
大翔がすかさずツッコミを入れる。
「俺が回答して、なんでこいつに褒美が出るんすか!? 俺に褒美は?!」
「元はと言えば、お主が無謀な問題を出したんがあかんのやろ? お主に褒美はあらへんよ。」
そう言って、女神は「チッチッチッ」と人差し指を振った。どうやら、“バチが当たった”ようだ。
「・・・・・・。いや、それでもおかしくありません?! 俺にバチが当たんのと、こいつが褒美貰うんと、なんの関係があるんすか?!」
大翔の反論に、吉栄光比売が珍しく、目を泳がせる。明後日の方向を見て、口笛を吹く。
「・・・・・・。昨日もちょっと思うたんですけど、先生、陽菜になんか甘ぁないですか?」
「そ、そんなことないえ?」
「俺の目ぇ見て言うてください。」
陽菜が駆け寄ってくる。
「お願い、大翔! 私、今日は四辻堂のカステラが食べたいの!!」
「うん、急に標準語やめてくれな。あと、しれっとリクエスト出すんも。」
「食べさせてやりんかいな。女子を空腹にしたらば、漢が廃るえ?」
「令和の時代に何を・・・。あーもう、わかりましたよ!! 解きますよ!」
「大翔さん、頑張ってぇ!!」
「標準語はいらん、言うてんねん!」
質問には一切答えてもらえなかったが、「漢が廃る」という言葉に感情的に反応してしまった。
こうなったら、昨日の分もまとめて名誉挽回するしかない。
塵劫神社の入り口とそこから続く坂道は茂みに覆われており、外側から神社の存在をうかがい知ることはできない。だが坂を上り切った、境内の入り口付近は比較的茂みが少なく、開けていた。
今、その入り口の真ん中に大翔が座り込んでいた。朽ち果ててほとんど原型がなくなった石段の石がかろうじて1つだけ残っており、それが椅子がわりである。
なぜ彼がこんなところにいるかと言えば、拝殿が女子2人に占拠されているためである。もちろん、2人は大翔も拝殿に来るよう誘ったのだが、「1人で解かなあかんから」と、大翔の方から固辞したのである。
「いつの時代も、男いうんはガンコなもんやなぁ。」
吉栄光比売が、頬杖をつきながら言った。
西日の真ん中に、大翔の座った後ろ姿がぽつんと浮かぶ。その後ろに、参道に沿うように影法師がのびる。
「・・・・・・。ちょっとワガママ言いすぎたかなぁ・・・。」
陽菜が少しバツが悪そうに言った。
大翔は昨日と同様に筆箱やルーズリーフなどを取り出すと、続けて数学の教科書も取り出した。すると、勝手に表紙が半開きになり、そこから折り畳まれたルーズリーフの束が滑り落ちた。
昨日、この神社で $${11}$$ の倍数の公式を証明した時のメモ書きである。教科書には用がないので、わきに放ってしまう。
メモ書きには彼と陽菜が書いた図が並んでいる。もっとも、そのほとんどは陽菜が書いたものであるが。$${3}$$ の倍数の公式については何も書いていないが、そちらについてはメモに頼らずとも、頭の中に克明に残っていた。何せ、幼馴染の隠れた才能を見せつけられた最初の証明なのだから。
いったん深呼吸をしてから、改めてメモ書きを見返す。頭の中の $${3}$$ の倍数の公式の証明も思い出す。
とにもかくにも、あまりを知りたかったら“わられる数”から“わる数”のセットを取り除いていけばいい。それで残った“半端者”があまりである。
$${3}$$ でわる場合、$${10, 100, 1000, \dots}$$(いわゆる $${10}$$ のべき乗)からそれぞれ $${9, 99, 999, \dots}$$ を取り除ける。結果、残るのは各位の数字の合計値だ。
残りが $${3}$$ より大きいなら、そこからさらに $${3}$$ のセットを取り除けばいい。“半端者”だけになるまで同じことを続けるのだ。
$${11}$$ でわる場合、$${100, 10000, 1000000, \dots}$$(いわゆる $${10}$$ の偶数乗)からそれぞれ $${99, 9999, 999999, \dots}$$ を取り除ける。結果、各位の数字ではなく、$${2}$$ ケタごとにくくった数の合計値が生き残る。
そこまで考えて、大翔は頭をひっかいた。
これと似たようなことを $${7}$$ で考えなければならない。だが $${100}$$ とか $${1000}$$ と書きつけて眺めてみても、そこからどうやって $${7}$$ のセットを取り除いていけばいいのか、まったく見当がつかない。
試しに $${10, 100, 1000}$$ それぞれを $${7}$$ でわってみる。
$$
\begin{equation*}
\begin{split}
10\div7&=1\ \cdots\ 3 \\
100\div7&=14\ \cdots\ 2 \\
1000\div7&=142\ \cdots\ 6
\end{split}
\end{equation*}
$$
「・・・・・・。だからなんやねん?! こんなん、小学生のガキでもわかるわっ。」
これでたとえば、あまりが全部同じになるならまだ希望はあるが、見た感じ、規則性などまったくなさそうだ。
シャーペンをくわえて考え込んでいると、ふと、ふともものあたりで何かがゴソゴソと動く気配を感じた。あわてて見やると、1匹のケサランパサランがふとももによじ登ってきていた。
「なんや、お前かい。悪いが、お前らに構う余裕はないぞ。構て欲しけりゃ、拝殿の方行けや。」
彼は親指だけで、背後の拝殿の方を指さした。だが、ケサランパサランはそれを無視し、彼のルーズリーフをながめ下ろしている。
「はん、お前らにゃ無理や。数学どころか、字ぃも読まれへんやろ。」
ケサランパサランはルーズリーフに跳び乗り、さきほど彼が書いた計算式を、その短い腕でタシタシと叩いた。
「あん?」
よく見ると、計算式というより、右辺の答えを示しているように見える。
「んー? はぁ。なんか似たような数字がならんどるなぁ。」
あまりにばかり注意が行っていたせいで、まったく気づいていなかった。
ケサランパサランは、今度は数式の真下の行を示し、両腕を差し出して持ち上げるような仕草をした。それはまるで、続きの計算をうながしているかのようだ。
「・・・・・・。なんで俺がお前の指図受けなあかんねん・・・。」
彼は思わず舌打ちをしたが、他に打開策も見当たらない。
「ええい。ままよっ。」
実際計算してみると、ほとんど同じことの繰り返しなので、見た目ほど面倒ではなかった。最後の方は、さすがに息切れしてきていたが・・・。
「なんとなく、言いたいことわかってきたぞ。これ、$${6}$$ ケタ上がるごとに数字が1周すんねんな。」
「・・・・・・。だからなんやねん?! これと $${7}$$ の倍数の公式と、なんの関係があんねん?!」
ケサランパサランは大翔をじっと見つめると、肩(?)を少し上げ下げした。
「あ! お前今、ため息ついたやろ?! 俺をバカにしとるやろ?!」
大翔の癇癪を無視し、ケサランパサランが数式のうちの1本を指し示した。
さらに昨日のメモ書きの方へ跳び移り、今度は $${11}$$ の倍数の公式の証明を指し示す。
「・・・・・・ん?」
昨日考えた例題では、$${1200}$$ を $${100\times12}$$ と分解した。その理由は、
$${100}$$ から $${11}$$ のセット($${=99}$$)を取り除くと $${\textbf{1}}$$ 残る
それをかき集めたら$${12}$$ になる
からだ。
「てことは・・・?」
ということか。
「待て、待て、待て。ということは、つまり、どうなる??」
$${11}$$ の倍数の場合、この後、$${\textbf{2}}$$ ケタずつくくって合計しようという話になった。そのノリで行くと・・・。
「まさか、$${\textbf{6}}$$ ケタずつでくくるんか・・・?」
$${100}$$ と $${1000000}$$ の、後ろにならんだ $${0}$$ の個数からすると、そのような気がしてくる。
「いやもう、そうとしか思えん・・・。もうそれでええやろ。わざわざ確認せんでも・・・。」
漢が廃るえ?
見切り発車しようとした瞬間、吉栄光比売の言葉が脳裏をよぎる。
「・・・・・・。確認ぐらいするか。」
万が一それが間違っていた時のダメージを想像し、おじけづく。適当に、$${12}$$ ケタの数字で実験してみることにする。
$$
\begin{equation*}
\begin{split}
123456789012\div7&=17636684144\ \cdots\ 4 \\
\\
123456+789012&=912468 \\
912468\div7&=130352\ \cdots\ 4
\end{split}
\end{equation*}
$$
途中何度も計算を間違えたが、なんとか答えは合った。だが、もっと大きい数でも同じと思っていいのだろうか? 直感は「それでよし」と言っているが、“漢”というお仕着せの金看板が「よし」としてくれない。
「・・・。$${1000000000000}$$($${0}$$ が $${12}$$ コ)を $${7}$$ でわったあまりが $${1}$$ やったら、たぶん同じと思ってええよな?」
そう言って、大翔はつい先ほど、まさにその計算を自分がやったことを思い出した。その計算結果を改めて見返すと、
問題の計算は、ちゃんとあまりが $${1}$$ である。
また、$${6}$$ ケタ周期でわり算の結果の数字とあまりがくりかえしているということも、“$${6}$$ ケタくくり説”に信ぴょう性を持たせる。
「・・・・・・。$${6}$$ ケタ周期でくりかえすのは、確かと思ってええよな・・・?」
さきほど計算した時の肌感覚では、もっと大きい数を持ち出してきても同じことになるとしか思えなかった。しかしその一方で、頭の中を“漢”という字がちらつく。
「よっしゃ、俺も漢や! 自分の直感を信じる!」(※1)
男はともかく、“漢”は確実に数学が苦手だと思われる。
とにかく、$${7}$$ の倍数の公式は、
$${\textbf{6}}$$ ケタずつでくくってたし算し、それを $${\textbf{7}}$$ でわったあまりが答え
だと、むりやり思うことにする。
「$${11}$$ の公式に2、3個ぐらい輪かけてメンドくさいやんけ・・・。」
なるほど、これは確かに「公式と呼ぶには複雑で使い勝手が悪い」。公式と呼ぶのもはばかられる。
そこで、さきほどのケサランパサランが彼の膝から滑り、フラフラとどこかへ行ってしまった。大翔はしばらく、その背中(?)をながめていた。
「アイツおらんかったら、絶対公式までたどり着けんかったなぁ・・・。」
大翔は、制服の胃のあたりをギュッと握った。
To Be Continued...
進んだ注
以下、やや専門的な注釈になります。内容がわからなくてもストーリーには直接関係ないので、興味ある方だけご覧ください。
※1:大翔が証明を放棄した命題は、数学的に表現すると下記のようになる:
ある非負の整数 $${n}$$ および $${0}$$ 以上 $${5}$$ 以下の整数 $${m}$$ について、$${10^{6n+m}}$$ と $${10^{6(n+1)+m}}$$ は、$${7}$$ でわったあまりが相等しい。
《証明》
$$
\begin{equation}
10^{6n+m}=7q+r
\end{equation}
$$
と書ける。ここで、$${q}$$ は非負の整数、$${r}$$ は $${0}$$ 以上 $${6}$$ 以下の整数。$${r}$$ が左辺を $${7}$$ でわったあまりであり、 $${10^{6(n+1)+m}}$$ を $${7}$$ でわったあまりが $${r}$$ に一致すればよい。
$$
\begin{equation*}
\begin{split}
10^{6(n+1)+m}&=10^{6n+m}\times10^6 \\
&=10^{6n+m}\times (7\times142857+1) \\
&=(7q+r)\times (7\times142857+1) \ \ \ \ \ \ (\because\text{式(1)}) \\
&=7\times7\times142857q+7q+7\times142857r+r \\
&=7\times(7\times142857q+q+142857r)+r
\end{split}
\end{equation*}
$$
ここで、第 $${1}$$ 項は $${7}$$ の倍数であるため、あまりではない。第 $${2}$$ 項があまりであり、$${r}$$ に一致している。
Q. E. D.