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粒≪りゅう≫  第六話[全二十話]

第六話

 
 パートを辞めて3か月が過ぎたが、粒はなかなか新しい働き先を探す気になれずにいた。

 パートに出なくても、一家四人が食べて行けるだけの給料を、配偶者が稼いでくれている。 
この先、配偶者が定年を迎え収入が無くなる事や、まだしばらく掛かる教育費。老後にかかるお金の事や、想定外の出費など、考え出したら切りのない、お金にまつわる不安はある。 

 不安はあるが、本当に、考え出したら切りがないのだ。今現在、食べていくのには、事実、困っていない。
肩身は狭いが、粒は自身の役目だと思い、日々家事に一生懸命取り組んでいる。家庭内で発生する様々な雑用も、全て引き受けている。
 

 もう随分前から、配偶者の休日には、粒から用事を頼むことは一切せず、配偶者が自分のペースで休日を過ごすことが出来るように気を遣っている。  それは、粒が、パート勤務やアルバイト等で働きに出ていようがいまいが関係なく、だ。

 それに、配偶者に頼みごとをしないのは、休日に限ることではない。頼めば頼んだで、一応は動いてくれるものの・・・ハッキリ言うと、有り難くないのだ。

 配偶者に協力してもらうための『良き誘導の仕方』のようなアドバイスに、『ほめる』『感謝する』等々あがっているが、粒にはどうしても、そんな気持ちを持つことも、相手に向けることも出来ないのだった。

 粒が完璧主義者で、とても頑固な性格だという事が大きな理由のひとつではあるが、正直、配偶者に何をしてもらっても、粒は有り難くないのだ。
ぶつぶつと文句を言われたり、作業の過程や終了後に嫌な気持ちにさせられたり、たまらず粒がやり直す羽目になったり・・・
“言われたからやった”、“やればいいのだろう”感が、グルグルと渦巻いて見えてくる。その、動作やなされ方が、粒はたまらなく嫌だった。
 
“どうしてこの人は、こんなにも何もやりたくない人なのだろう。自分に『利益』をもたらすこと以外は、全てやる意味のない無意味なことなのだろうか。初めは全くやる気のなかった事でも、取り組んでいるうちに何だか楽しくなってきたり「ここを、こんなふうにしてみようか・・・」などと、思いが膨らんできたりもするものではないのか?“


 配偶者が、子供のように無邪気に何かに没頭している姿を、生活を共にするようになってから、粒は一度も見たことがない。
 
 配偶者は、毎日真面目に仕事に行っている。
粒には、同じ職場に、配偶者と同じくらい長年勤務した経験はない。
 日々、様々な事があるだろうから、粒には想像できない配偶者の苦労が、沢山あるのだろう。心底凄いと、粒は思う。
配偶者の働きのお陰で、一家は、金銭的には何不自由なく生活させてもらっていることは事実だ。

“お陰様で”と、粒は心の中で呟き、感謝の念を抱く。

 

 生活していくためには、収入が要る。 
 
 果たして、今現在、配偶者と別離して、ひとりで生きていこうと決意したとして、どう生きていこうか、と粒は頭を動かす。

 何をして収入を得ようか・・・大昔に取得した保育士免許がある。
粒は、結婚し、子供を授かるまでは、保育士として働いていた。
とてもやりがいを感じ、それこそ、一心不乱に保育士という仕事に打ち込んでいた。
 けれども、様々な責任や重圧によって心身ともに疲弊し、神経が張り詰めていた日々を思うと、今一度、その現場に足を踏み入れる勇気は、湧いてこないのだった。
 そして、それ以外には、特に特別な技術を身につけていない。ずっと長い間専業主婦をしてきた。
 
 時折、ベビーシッターや、某会社の事務、運送会社の荷物の詰め込み作業、清掃作業・・・等、様々な職場でパート勤務を経験してはきたが、正規の職員としてフルに働くことはなかった。
 
 大好きな書き物や、イラスト等で、道が開けたら…などと、ぼーっと思い描くことはあったが・・・これは夢というのでもなく、妄想のようなものだった。
 たまに、思い立って投稿した作品が、新聞や情報誌に掲載されるたび、粒は至福の喜びに包まれ、相当長い間心が豊かでいられた。


 そうだなー自立するには、しっかり稼げないとなー。と、粒はしみじみ思う。
がっつり稼いで、しっかり子供も自分も養っていけたら、どんなに気持ちよく生きていけるだろう。
 魁はそろそろ自立の目処がたってきたが、あんは、まだ学生だし、社会に出て独り立ちするのにはまだある。

よく、配偶者が

「働いてもいないのに?」

「収入もないのに?」
と、会話の中にフイッと入れてくる、この台詞に、粒はこれまで、どれだけ傷つけられてきただろう。
 
 買い物をしてレジで支払うこのお金は、配偶者が稼いだもの。
住居費も光熱費も日用品費も、衣服費も医療費も子供たちの教育費も、たまに鑑賞するレンタルDVD代も、何もかもが配偶者の稼いだお金だ。
 
 世の中には、自分が元気で仕事が出来るのは、家族の支えがあってのことだと述べている人もいるが、粒は配偶者の口から、そのような意味を持つような類の言葉を聞いたことがない。

 彼にとっては、自分の仕事以外の事は、仕事もろくすっぽやってない粒がやって当然。
家の事は全て、粒がやって当然なのだ。

 しかも、そのことに、粒がどれだけの時間と労力を費やしていたとしても、彼にとっては、無価値で無利益なことなのだろう。
 

“どうしてくれよう。私の、この何十何年もの歳月を。無価値で無利益なことに費やしてきたと思われている、私の人生・命を、どうしてくれよう”

 粒は、自分自身に問う。どうしてくれようか・・・。

***


「お母さんはさ、どっかに働きに行くの、向いてないんだって。」

「そうだよー。だからいつも何か起きちゃうんだって。」

「ムリに働きに行くのやめときなよー。」

 粒が、求人情報誌を食い入るように見ている横で、ふたりの子供たちが交互に阻止してくる。
本当のところ、粒自身も、あまり気が進まないのだった。


 これは、引き寄せの法則とでもいうのか、何故か粒が働き始めると毎回、突発的に厄介な出来事が起こる。
仕事を続けるか辞めるべきか判断に迷うような、困難な状況に追い込まれるのだ。いつもいつも。粒的に、なのだが。
 
 世の中の大多数の人々は、

「そんなこと当り前よ。日々生きてりゃなんだってあるわよ!それを乗り越えて仕事してんのよ!生活してんのよ!!」

と、何とかして窮地を乗り越えていくのだろう。踏ん張るのだろう。

 粒もそのようであらねばならないのだが、そのように踏ん張ることが出来ない気弱さと、配偶者の収入がある安心感が根底にあるため、辞職の道を選ぶのだ。
今、目の前に突発的に表れた緊急事態に全集中する道を選ぶのだ。
そうして、ああ、またかぁ~と小さくなる。身も心も・・・。
 

 そんな事を何度も繰り返してきているのだ。子供たちに、チクチクと胸に刺さる事を言われても仕方がない。

 配偶者が大怪我をした、義母の認知症の症状が悪化した、実母が病に倒れた・・・。誰もが乗り越えなければならないことだ。でも粒は、両立出来なかった。自分的に、楽な道を選んできたのだ。いつも。いつも。

 チクチク刺さるけれど、仕方がない。自分は弱虫だから。根性ないから。なんだかんだと言って、配偶者の収入を当てにしているから。
 
 そうだそれだ、それなのだ、と自分のとても卑怯な所に行き着く。なんだかんだと言って、未曾有の出来事を全て利用しているのだ・・・配偶者を、利用しているのだ。
 
 自分は、被害者意識や“自分はちゃんとやっている感”をてんこ盛りにして、実はこらえ性のない、ずる賢い、嫌な人間なのだ。

 粒は、ズルズルと今まで何度も繰り返してきた己のずる賢い行いが、腹の奥の汚泥の一部になっていく音をいつも聞いていた。

だぷんだぷんと、鈍く響いてくる、嫌な音を。



第七話につづく


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