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粒≪りゅう≫  第五話[全二十話]

第五話

 
 人との交流を出来るだけ持ちたくない粒は、スケジュール帳が空っぽでも全く平気だ。
外で、楽しそうに戯れている人々を見ても、自分に、そうそう声をかけてくれる相手がいない事も、特に気にならない。
 いや、むしろ、ひっそりとしていられる自分のその状況が、心地良いと感じる。

 
 でも、そんな粒にも、人との交流を求め、人脈を広めようと張り切っていた時期があった。

 そう、一人目の子供が小さかった頃。所謂、ママ友作りだ。

 公園やスーパーや、何かの行事に参加した際に、同じ年頃の親子に出会ったならば、即、名刺替わりの笑顔を差し出す。
 めいっぱい親しみを込めた笑顔で接し、明るい円満な親子像を印象付ける。話が弾めば、連絡先の交換をして、先ずは、第一段階として、自宅にお茶に招く。
 そこから、親子共々の親交を深め、日々の生活に彩りを?英知を?安心感を?もたせてゆくのだ。
 
 確かに、ママ友親子と共有する時間は楽しく、有意義で大切な時間だと思った。
 でも粒は本来、人と付き合うのが苦手というか、億劫な体質で、ひとりマイペースに過ごす方が性に合っているから、それ相当にストレスが溜まってゆく。

『いつ、どこどこで、何時に集合ね!』お雛祭りにピクニックに、水遊びに誰々ちゃんのお誕生日会に、ハロウィンパーティーにクリスマス会・・・子供の体調に気を付け、その時々に応じて下準備。
手荷物や手土産、子供同士のトラブルに気をもみ、出来るだけ“変人”と思われないように自制して・・・頑張り通した。

子供のため、と思ったからこそ頑張れたのだった。
 
 粒が危惧したことは、粒自身は一匹狼的な生き方でも全く問題なく、むしろその方が気楽に生きてゆけそうなのだが、果たして子供にとってはどうなのか?ということだった。

 自身がそうあることで、例え子供は子供で一人の人格者だとしても、常に保護している母親がそのような人間だとしたら、子供にどう影響するのか・・・。
 子供自身が、ゆくゆく自分のような生き方を選ぶのはいいが、ひとりで行動出来ないうちから、母親である粒の、狭い世界の中でだけの、人や物事とのかかわりしかもてないのでは、良くない気がしたのだ。
 
 だから粒は、二人の子供が、自分で身の回りの事が出来、自分の意志で選択し行動するようになるまでは、出来るだけ“普通の母親”でいることを心掛けた。
後々思い出すにつれ、我ながらよく頑張ったと思い返す。
 
 世の中には様々な母親がいて、粒のように、子供の行く末を案じて自分の在り方を変える・・・などということはせずに、ガンガン自分の生き方を貫いていく人も沢山いるようだ。
 けれど、ひとそれぞれなのだから、粒は“自分のやり方でやってきて良かった”と思う。
ストレスは多かったけれど、楽しいことも沢山あった。心強いと感じたことも、学ばせてもらった事も数多くあった。
 
 でも、やはり不自然だった自分も沢山思い出される。
本当に、人とのかかわりにおいて不器用なのだとしみじみ思う。やるとなるととことんやってしまう。かといって、不器用だから不完全なのだ。
人を不快にさせてしまったり、唖然とさせてしまったり・・・ドン引きされてしまった事は数知れず。
 
 子供のためにと思ってしたことが、逆に子供に悪い印象を与えてしまったことも沢山あるにちがいない。
思い返すと不安で押しつぶされそうになるから、この辺でやめておこう・・・と、粒は苦笑いをして、思い出に蓋をする。
 
 
 ああ!今は、その点、気が楽だ!本当に会いたいと思う人とだけ、会って話せる。嬉しい。
粒の顔はほころんだ。

***

 
 真利も美苗も、相変わらず平穏な空気を漂わせていて、顔を合わせた途端に粒はほっとする。

「どおう?元気だった?」
「ご家族の皆さん、元気?かわりない?」

「元気元気!」
「でも、日々衰えを感じるわ~。白髪もシミも皺も増えて、身体のあちこち傷むし・・・いらないものばかり、どんどん増えていくの。」

「ね。じわじわときてるよ、老いが。」

「そうそう。もう無理はきかなくなってきたわね」

「でもでも、二人共、若い若い!!出会った頃から変わってないってー」
と、真利が、美苗と粒の肩で、手をぽんぽん弾ませて笑いながら言う。

粒は、心の中で思う。

“いやぁ~そんなわけないよー。ほうれい線も以前にも増してくっきりしてきたし、顎の輪郭も崩れて、以前はこんなんじゃなかったと思われる、見覚えのないたるみが二重顎を形作ってる。目元には、とぎれとぎれに何本もの皺が、まるでペンで下書きをしたかのようにシャワシャワと描かれているし・・・”
 
 真利がかけてくれた優しい言葉に対して、粒は一瞬にして、これだけの返信をした。心の中にて。

 そして、さらに心の声を付け加える。

“それは変貌もするわよね~子供たちも大きくなって・・・愛のない配偶者との生活も早22年にもなるのだから・・・”

「で、つぶちゃん、仕事は?どこか決まった?」
美苗が尋ねてきた。

粒が、事務のパートを辞めてから、3か月経っていた。

「ううん。まだ、次の仕事決めてない。家にいるよ。」

「そうかぁ。でも、家にいられるなら、それはその方がいいよね。つぶちゃん、良き妻で良き母だもの。家族にとっては、つぶちゃんが家にいてくれた方が嬉しいんじゃない?」
「と、人に言っておいてなんだけど・・・私は、少しでも稼がないとなぁ~。まだまだ子供にもお金かかるしなぁ・・・。」

“美苗さんはとても几帳面。人生設計もしっかり立てて、しっかり稼いでしっかり管理しているに違いない。金銭感覚も、自分とは全く違うと強く感じうるものがある。見習わなければとは思うものの、体質?なのか、性質?なのか、自分は、美苗さんのような生き方は向いてない“

という事が、とうの昔にわかってしまってからは、そんなふうにきちんとしている美苗の話を聞いていても、粒は全く焦ることもなく

“美苗さんはほんとにしっかりしているなー”
と、ただただ感心するのだった。
 
 隣で、美味しそうにパンケーキを頬張っていた真利が、コーヒーでパンケーキを流し込んで、一息ついてから言った。

「勿論、家計の事もあるけど、私はずーっと家に居るのは苦痛なのよね~。外で働いている方が性に合っているみたい。っていうほど、ガッツリ仕事しているわけでもないけどね。それに、パートとはいえ、人間関係だの身体の衰えで疲れが取れないだの、問題山積みでもあるんだけどね~。でもやっぱり、家にずっといるのは無理だなぁ。なんか息が詰まるの。」

そして、ゆっくり味わってコーヒーをコクンと飲むと、目を大きく見開いて

「でもほんと、お金って、どれだけあってもいいよね~。あれやこれやと、いろんなことにお金かかるもの。きりがないわ。やっとお給料が入ってきたー!と思ったら、横流れ。あっという間になくなっちゃう。」

美苗も大きく頷いて

「稼ぐのは、時間も労力も沢山かかって本当に大変だけど、なくなるのは速い速い。」

三人で顔を見合わせて

「ねぇーーー!」

と、粒も賛同はしたものの、ふたりのように家事と仕事を両立させてもいないので、肩身が狭い。
しかも、配偶者が稼いできてくれるお給料で、生活させてもらっている。という負い目がある。食べるのに困窮することはないが、心が窮屈だ。
 

 そんなこんなで粒は、たまーに、の細やかな楽しいひと時を、気を楽にして集えるファミレス【すまいる】で、気の置けない友人ふたりと共に過ごすのだ。
 細やかなのがいいのだ。人付き合いの苦手な粒にとって、貴重な存在であるふたりの友人との、大切な時間。
 
 粒にとっては凄く贅沢な時間なのだ。



第六話につづく


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