粒≪りゅう≫ 第二十話【最終話】
第二十話【最終話】
粒は、あんと共に、一日一日を大切に、その日出来る事に丁寧に取り組んで、生きている。
心も体も平穏で、昔はよく聞こえたどぶ水の音も、自分で自分を苦しめる声も、辛い叫びも、いつかいつかと、自分を奮い立たせる声も、聞かなくなった。
常に不安で、無理して強気でいて、自分の事が好きではなかった“さもしい粒”は、今の粒の土台になった。
粒は、元配偶者とは、心を通わせる事が出来なかった。
どちらが悪いというのではなく、どちらも悪くなく、ただ心が通わなかったのだ。でも、お互いにそういう巡り合わせの中で、必死に頑張ってきた。
だから、今がある。
たまに、元配偶者と、あんと、粒の三人で食事をするが、しみじみこれで良かったと、粒は思う。
あんも「これくらいの距離がいいね、心が平穏にいられるわ。」と言う。
あんにとっても、元配偶者は、血の繋がった親子とは言えども、相当心に重い存在だったようだ。
思い返す度に粒は、なんて重く暗い家庭だったんだろう・・・子供達は心に、計り知れない不安や不信感や・・・想像のつかないほどの“不”のつくものを、たくさん宿していただろうに・・・よく育ってくれたものだ、と、感謝の気持ちでいっぱいになる。
そして、自分自身に関しても、危うくも、今日までこれたことには、思い返しても返しきれないほどにたくさんの、様々な支えとなるものがあったのだなと、しみじみ思う。
あんは、現在就活中で、いろいろと、取り組まなければならない事や、考えなければならない事も多く、煮詰まってくると、今はしっかり落ち着いた社会人である、魁に、話を聞いてもらったりしている。
「私が社会人になったら、お母さん、星加さんと暮らしたらいいよ。私、自立するから!」
と、粒に、星加との同居を勧めてくる。そんな、あんを、粒は頼もしく思い、そして、有り難く思う。
粒が、思い切って決めた[自費出版]は、粒に、本当に沢山の喜びと、幸せをもたらしてくれたのだった。思えば、星加との共同作品だ!と、後になって改めて思いが溢れ、自分の絵本を手にするたびに、心震えた。そして、絵本を手にするたびに、星加と、絵本に対する愛おしさで胸がいっぱいになる。
絵を描く事も、文章を書く事も、更に好きになった。粒は、自分が綴る文章は、自分そのものだと感じる。
絵本を作ってもらった際にも、粒は感じていたが、作品は、自分の分身なのだ。綴るごとに自分自身が、作品に浸透しているようだ。
粒は、パート勤務の合間に、物語を綴っている。
今、夢中で書いている、この物語を書き終えたら、星加に読んでもらおうと、粒は思っている。
電車に隣り合って座って、景色の良い自然豊かな所に行って・・・。
この作品を読んだ星加は、どんな顔をして、どんな言葉をかけてくれるだろうか・・・『粒≪りゅう≫』というこの作品を。
星加の穏やかな笑顔を思い浮かべながら、粒は、キーを軽やかに打ち続ける。
おわり
*この小説を書くにあたり
近畿大学 生物理工学部 遺伝子工学科 宮本裕史教授(2020.02.14 当時)
スイス・ベルン大学 クラウス・ウィトキンズ博士 (1995年に発表されている)
上記のお二方が取り組まれた実験の、それぞれの実験報告記事を、参考にさせていただきました。