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43. クライエントとの問答

 私のクライエント、すなわち、日本語の学習者さんの殆どは中上級以上のレベルです。このレベルになると、何か1つエッセイのような読み物を読んだあと、その内容について自身の頭に浮かんだ抽象的な概念とかを言語化する…なんて活動を普通にします。だからやりとりも一種の哲学問答みたいな感じです。

 これが面白い。

 教室で多人数で教えるのではなく、1対1で話すからこそ話も深掘りできるし、クライエントが日本語の表現を学ぶ以上に教師もクライエントから多くを学べます。今回はそんな話の1つをここに書いておこうと思います。話のトピックは「”わかる”ということ」についてで、クライエントは法律家です。
 法律家の視点で「知識の理解度」を体系化していますが、認知科学や教育学にも通じるものがあります。言語を学ぶことと、法律を理解することは一見別の分野に見えますが、どちらも「わかる」ことの本質は共通しているのではないでしょうか。良い学びができたので、読者の皆様にもそれをおすそ分けします。

 なお、これは完全な口述筆記ではありません。とはいえ、クライエントが文法的にミスったところなどには修正をいれてありますが、ほぼ「まんま」です。

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 私も、知識を理解度で考えてみると、色々な段階があると思う。
 1段階目は「ただ、その知識を知っているだけ」の段階です。けど、このような知識だと、どうやってその知識を活用するかがぜんぜんわからない。
 例えば、契約書というのは2者間の約束事ですよね。でもそんな知識しか無かったら、その契約書を見たとしても契約の当事者の名前を見るだけで終わってしまう。でも法律でよく見られる契約条項は、補償の問題。もしこの契約を破ったら、相手にその損害を補償するかが書かれています。

 そこで、2段階目の知識が必要になります。
 それは、契約書の当事者の名前を見て、その人に補償する能力があるかどうかを考えることです。補償条項はすばらしくても、もし資産が無ければ補償はできないわけだから、それが考えられなければならない。

 3段階目は、契約書の中に書いてあることと、契約書以外の法律と、どのような関係があるかを考えられるようになること。特に、契約書の中に「全然書かれていないこと」が他の法律とどのような関係があるかを考えられなきゃならない。

 4段階目は、その契約書を相手の好き嫌いに合わせて、どうやったら一番簡単に相手が署名しやすいように書けるか。もし私が相手とやりとりをして、帰ってすぐに、相手に50ページの契約書を送りつけたら、相手は弁護士を雇って、その内容を細かく調べて交渉してくるでしょう。だから契約書は、たとえば条項は2つだけとかで、法律的な言葉なしに、普段使いの言葉で簡潔に1ページにまとめて書いて、相手にすぐにサインさせることができるのが、優れた弁護士なんです。


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