未来ってわからないから楽しみにしていたい
こんにちは。ともみです。
もっと自分のことも書きたいなぁと思い
今日はチャレンジして書いてみました。
わたしがくまちゃんと出会う前の「乳がんだったころ」の話です。
その時の過去が今の未来にちゃんと繋がっていた、そんなちょっと不思議なお話です。
くまちゃんとわたし
まずは現在。わたしはrasiicuでTwitter担当をしています。
HSPやHSPのがっこうについて主に発信しています。しかし、そういった情報発信は、どうしてもかたくなりがちだったりするので
とにかくわかりやすいこと
見ていてホッとできること
このじぶんもマル!
って見ている人に、思っておもえたらいいなと思い、くまちゃんを起用!
またたくまにrasiicuのアイドルになりました~(可愛くてごめん)
そこら辺のくまちゃん誕生秘話などはこちらのnoteを読んでもらえたら↓
8年前のわたし
今からさかのぼる事8年前、40歳の冬に乳がんになりました。
まさか自分が乳がんになるなんて!
青天の霹靂ってこういう時に使うのかな?
とにかくびっくりしたし、こわかったし、治療がめちゃくちゃしんどかった!(乳がんの話はここでは書ききれないので今は割愛←おい)
そんな絶望のなか、もう一人で戦うのはむり!って思ったわたしは、「乳がん仲間と繋がりたい」一心で、その時やってたインスタグラムで病気をカミングアウト。
おかげさまでたくさんの乳がんの方と繋がれました。
HSPもそうだけど、一人じゃないってどれだけ心強いことか。
インスタグラムで乳がんの病気のことや、普段のなにげない生活の事を発信していたわたし。
今になってその時の投稿を見返したときに……
あれ!!昔から今とおんなじことしてるやん!
そう、その時からぬいぐるみやパペットを使って情報発信していました。
笑っちゃうくらい全然かわってなーーーい笑
そしてそれが今では仕事になってるし!!
もともとぬいぐるみやかわいいマスコットは好きだったけど、あの時も今と同じだったんだ。
乳がん仲間や見ている人が
見ていてホッとできること
そして病気でも笑って明るく生きていい
その思いが根底にあったんだと改めて気づく。
それが今も変わらず、情報発信の中で引き継がれている。なんて胸熱なんだ泣
大丈夫のほうを見る
乳がんは、いろんなタイプの乳がんがあり、どのタイプかによって治療法や予後の生存率などが変わってきます。
わたしはどちらかと言えばあまりよくない方。
「積極的治療(抗がん剤など)を全部して、やっと予後がいいタイプの列の後ろに並べるよ」って主治医に言われました。
治療が終わっても今度は再発の恐れでずっと怯える日々もありました。
でも、治療しながら思ったんです。
「未来ってわからないよな」って。
一般的には乳がんのタイプがあって、それに対してのエビデンスや生存率がある
でも必ずしもそこにすべての人が当てはまるわけではない
目の前に未来への扉があるならば
わたしは「大丈夫」な未来への扉を開けたいと
強く思いました。
それは願いにも似た、希望的観測かもしれないけど、わたしを今日まで連れてきてくれました。
未来とつながる
振り返ると、まさか自分が乳がんになって
でも、その先でたくさんの乳がん仲間とつながり、助けられることになるなんて思わなかった。
そして今は、ありがたいご縁の中で、乳がんの時と同じような気持ちで、HSPさんに向けて情報発信している。
こんな未来がくるなんて聞いてなかったよー!
絶望のどん底で未来があるのかもわからなかった8年前からするとなんとも不思議な道のり
未来ってまったく見えないしわからないもの。
臆病にもなるし、不安にもなる。
でも「なんか大丈夫」とか「きっと明日はよくなる」とか、そういう不確かだけど、希望的観測を持つことで、未来は開かれていくのかなって思う。
そして見ていてホッとする、どんな自分でマル っていう、大切にしたい想いが、生きる原動力につながっているのだと。
未来ってほんとわからないから
楽しみにしてもいいんじゃないかなって思う
今日この頃です。
このさきもどんな未来になるのやら〜
最後までお読みくださりありがとうございます🌳