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連続小説「アディクション」(ノート1)

ギャンブル依存症から立ち上がる

この物語は、私の誇張された実体験を基に妄想的に作られたフィクションですので、登場する人物、団体等は全て架空のものでございます。

〈クリニックに来た〉

2016年夏、リオデジャネイロ五輪真っ盛りの頃、本来なら職場の仲間と酒でも飲みながら五輪の話題で盛り上がっているはずなんですが、たぶんそんな明るい話題を口にするような状態ではありませんでした。

そして、私は今、その職場とか酒場とかにいるわけではなく、どういうわけか「正力(しょうりき)クリニック」という精神科の医療機関に居て、本日がその通院初日ということになっていて、「新しい仲間」と行動を共にすることにされていました。

クリニックのスタッフの才所(さいしょ)という人に

「ここが、『アディクショングループ』になります。アルコール以外の依存症を抱える方々で構成され、ここのメンバーとして、これから集団認知行動療法で依存症の克服に取り組んでもらいます。」

私より随分若いけどしっかりしてるなあと思いつつ、その才所さんに

「みなさん、本日からここのメンバーとして皆さんとともに克服に取り組む屑星(くずぼし)さんです。」と紹介されてしまったので、

「屑星一哲(いってつ)と申します。宜しくお願い申し上げます」と挨拶したら、やる気の無い拍手で迎えられました。

早速、「屑星さんのお席はこちらす。」と案内されました。配置はまさしく普通のオフィスのように3人並びの向かい合わせの机で1つのシマができて、そのシマが4つあり、24人定員のアディクショングループのフロアでした。オフィスと異なるのは、机が折りたたみの長机の3人用と、当然パソコンも無ければ引き出しもありません。

ちなみに「正力クリニック」は8階建てのペンシルビルで、1階が外来用のフロア、2階が会議室、3階がトレーニングルーム、4階と5階がアルコール依存症患者のフロアで「アルコールグループ」の①と②、6階が我らが「アディクショングループ」のフロア、7階はうつ病患者、休職者の「メンタルヘルスグループ」のフロア、そして8階はこのクリニックの経営者である「理事長室」と応接室で構成されています。

着席する際に隣に「先輩メンバー」の倉骨(くらぼね)さんという方がいて、

「屑星といいます。宜しくお願いします」と挨拶すると

「こちらこそ宜しくお願いします。わからないことがあったら聞いてください」

「ありがとうございます。倉骨さんは、ここ長いんですか?」

「僕は3年位います。もっと長い人も居れば、すぐに居なくなる人も、突然いなくなる人もいます。」

「あ、そうなんですね」

「なあに、捕まって塀の中に行ったり、死んだりする人もいるんですよ。ハハ」

どうやら、この人に聞けば色々教えてくれるようだと思いました。

「ちなみに屑星さんっておいくつですか?」

「私は先月52歳になりました。」

「そうなんですね。私よりひと回り年上ですね。ところで屑星さんはどんなアディクションなんですか?」

「私はギャンブルです。」

「そうですか。僕は痴漢なんです。」

「あ、そうなんですね」

「まぁ、おいおい分かりますけど色んな人がここには居ますから」

今思えば、ここまで沢山話してくれた人は倉骨さんくらいだったと思いました。この時間は「休憩時間中」で、同じグループのメンバー同士なら、どんな会話でも基本大丈夫なんですが、そんなにざっくばらんに自分のことを話す人はいませんでした。

「どうして私はここにいるのだろう」という疑問を持ちながら、こうして私のクリニック生活はスタートしたのですが、まだ、「隣の席の人への挨拶」したところまででございます。

〈ミーティングの前の休憩時間〉

私がこの「正力クリニック」の「アディクショングループ」の6階フロアに来たのは、昼食後の休憩時間でした。

そこでスタッフの才所さんに案内され、紹介された後着席し、先輩メンバーで私よりひと回り若い倉骨さんと挨拶を交わし、運良く打ち解けて雑談することが出来ていたという状態であります。

倉骨さんと雑談していると、今度は私よりも年輩のメンバーさんがきて、

「屑星さん、私は塩月(しおつき)と言います」

「あ、どうも屑星です」

「屑星さんは、将棋をやりますか?」

「いや、得意ではありません」

「競馬なんかより、将棋のほうがいい」

「今となっては、そうかもしれません」

「まあいい。そうか、将棋を指さないのか。しゃーない、おい、ボネ、やるぞ」

と、倉骨さんが急に指名され、

「ほう、塩さん往生際が悪いですよw」

「屑やんも将棋覚えると面白いよ」

「あ、私、屑やんか?w」

「まあ、またあとで。よし、ボネ、やるぞ」

「仕方ないっすね。じゃあ、屑星さんはミーティングまでゆっくりしててください。3時から始まりますから」

「あ、そうなんですね。はい。」

「そういうわけで俺も屑やんと同じギャンブルだ」

と塩月さんが言い残し、二人は対局を始めました。どうやら私がギャンブル依存症なのを倉骨さんとの雑談に聞き耳を立てていたようでした。

このフロアでは、休み時間は半分以上の人がスマホゲームをやっていて、あとは将棋の対局が二組ほど。他は読書する人、漫画読む人、トランプする人も居れば、そしてなんと「麻雀」もやっている人たちもいました。

どうやら麻雀はギャンブル依存症の人にとっての「ハームリダクション」の一環と捉えることもできるようです。

ハームリダクションは、そもそもはオランダの薬物依存対策のひとつで、人に隠れて注射器を使い回して濫用するのが横行されると、エイズなどの感染症の蔓延に歯止めがかからない恐れがあるので、決められた場所で管理された注射器でクスリを打つことを認め、蔓延を防止させる、つまり被害を最小限に留めるという観点から講じられたもののようです。

このクリニックの麻雀はお金は当然賭けないことと、点棒のやりとりはしないという、「ギャンブルのバーチャル体験」で、ギャンブルに対する渇望のみを満たし、金銭的なダメージはゼロにするという観点から「ハームリダクション」と位置付け、麻雀をすることが認められているようです。

1年前くらいに取り入れられ、今のところメンバーが刺激を受けて勝手に雀荘で賭け麻雀をしたことはないようです。

もっともギャンブル依存症のメンバーは、ほとんどがパチンコか公営競技が要因で、麻雀賭博に嵌まって依存症になった人は最近はゼロではないが、おそらく0.1%もいないのではとされています。

私の見解ではハームリダクションの役割を果たしてるというより、麻雀は普通に「ただのゲーム」でギャンブルでは無い感覚でやり過ごせるから問題ないと見ています。

そして私は後に別の「ハームリダクション」をやることになるのですが、その話はしばらく先にします。

さて、休憩時間がそろそろ終わり、いよいよ初ミーティングに臨みます。

今回はここまでとします。

GOOD LUCK 陽はまた昇る
くずぼしいってつ








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