アグネス・ギーベンラートという名脇役。
アグネス・ギーベンラートという名脇役。
機動戦士ガンダムSEED FREEDOM(劇場版)に出て来るSEEDの新キャラクター。
彼女がこなした役割の多さについて。
待ちに待ったSEEDの続編。公開前は……とか皆が抱えていた想いは置いておく。
映画『種自由』は短い尺であり、その中で観たかったものが詰まっていた。
当然、シン・キラ・アスランの3人の大活躍と他の味方陣営の活躍。
それを誰もが求めていた。
オルフェを始めとしたファウンデーションの面々は、まごうことなき悪役ではあったけれど、物凄くいい『仕事』をしてくれた。
彼らが居たからこそ味方陣営は大活躍できたと言える。倒したいけど、嫌いになれない。そんな奴らだった。
正直、イングリッド以外は同情の余地はあんまりないけど、嫌いじゃない。
劇場版で出てきた新キャラクターは味方陣営にも居て、彼らも大活躍だった。
特にルル……ハインライン大尉の記憶は、きっと誰の心にも残っただろう。
そんな中でも異彩を放つキャラ。
それこそが、我らがアグネス・ギーベンラート。
コンパス隊員という味方から始まる彼女なのだが……
突き詰めていくと『SEEDに求められていた役割』をアグネスがめちゃくちゃ担っていることに気付く。
はっきり言ってアグネスは、これまでのSEEDキャラクターたちの『ハイブリッド・キャラクター』だ。
誰もが注目しただろう、その声。
そう、『桑島法子』さんが声優を担う。もうこの時点で、SEEDシリーズの視聴者たちは思っただろう。
「あっ……(察し)」と。「おいおい、こいつ、死んだわ……」と。
彷彿とさせるのは当然、フレイとステラ。ナタルも入るけど、この誰かと言うと一番強く彷彿とさせるのは『フレイ・アルスター』だと思う。
最初の印象は、『パイロットになったフレイ』かなーと思った。
ちょっとステラとは毛色が違う。
そして『設定』の段階で明かされたのは、シンとルナマリアの『同期』のアカデミー所属だということ。
シンとルナの同期の『赤服』。
ここで思い浮かべるのは当然『レイ・ザ・バレル』だ。
レイは運命の終盤で救う事が出来なかった。シンたちと仲の良かった友達だ。
もちろん彼とは関係性が全く違う。でも観ている側としては、ね。
最後まで見ると余計に。
そして映画が始まる序盤の戦闘シーンでは、他のキャラクターたちと違い、隊長となったキラの指示に反発し、『自分はやれます!』と前に出て来る。
シンも同じだ。動機は大きく異なるけれど。
そう、つまりアグネスは『シン・アスカ』の要素も持っている。
それも『種運命時代のシン・アスカ』だ。
上司の言うことは聞かず、前に出て戦う。実力はあると過信し、他のメンバーがサポートに回る構図。
そのシン本人は、一見キラと比べるとパッとしないような立ち回りに映る。
でも実際は、『シールドで民間人を守る』『不意打ちのような敵の攻撃を華麗に避ける』『連続攻撃で遠くの敵を撃ち落とす』という圧倒的な実力を見せているし、何よりもその戦い方に『シンが本当にやりたかったこと』が見えて嬉しくなる。
守る戦いをするシンと前に出たがるアグネスで、シンの在り方が変化したことを教えてくれる。
ついでに彼女は要らんことを言う。『シンとはモノが違うわね』と。
キラとシンの比較なんて、もう避けては通れないSEEDの命題にも近い。
この台詞は、シン本人は別に悪い意味で気にすることはないがハラハラする台詞だ。同時にこう投げかけられては、シンのファンとしては思う。
『シンはキラに負けたりしない』と。後にシュラもアスランが……なんて言い出すけど、皆が気にしてる問題だ。むしろ変にその話題を避けられるよりも、こうして口に出してくれた方が有難い。
同時にここで『キラとの比較』を持ち出された時のシンの反応は、後に『アスランとの比較』を持ち出されたことに対する対比になっているのだと思う。
ほぼ皆で共有しているキャラクター性が確立される要素の一つだ。
『キラには忠犬』『アスランには狂犬』と。間違いなく久しぶりのSEEDには欠かせない注目ポイントだった。
こんな台詞をあの序盤で言って不自然じゃなく、許されるのはもうアグネスしか居ないだろう。
アグネスはまた冒頭でシンに『議長の駒だった』とも突きつけてくる。
シンとキラに横たわるであろう、わだかまり。
そして、あの議長が選んだパイロットであったシンの立場。
『そういうことをシンに思う人も居る』んだと、明確にすることで、変に隠されたり、触れられないよりも観ている方はスッキリ出来るだろう。
『そういう声がある中で、なおシン・アスカは今、この立場に立つと自ら志願し、このスタンスなんだ』と。はっきりと伝えてくれる役割を担う。
臭いものに蓋をする気はない。キラとの差も含めて、シンがどういう位置付けで、どう成長したのかを浮き彫りにしていく。
こんな役割を担えるのがまたアグネスしか居ないのだ。
そして、お待ちかねの『フレイ』ムーブだ。
アグネスはキラにアプローチを仕掛けていく。
そしてルナマリアとのやり取りから、その性格から『父親が死ぬ前のフレイ』や、キラの気持ちに寄り添う優しさを見せる前の悪女ムーブのフレイを彷彿とさせる。
そしてキラとラクスの関係について不満を漏らす言動もまた……生きていたら、フレイがやるべきこと、やりたい事だったかもしれない。
主題として、キラとラクスの愛がある今作品。
キラ・ヤマトは、どうしてもこの問題に向かうに当たって、避けては通れない問題がある。それは今回の作中で語られた部分ではない。
『視聴者にとって』キラがラクスを思う上で避けては通れない存在。
そう、フレイ・アルスター。
キラが『フレイのことをどれだけ吹っ切っているのか』を、キラは示す必要がある。でなければ観ている側の気持ちの中にはいつまでも、ラクスへの愛に疑問が残るだろう。
『でも、お前、フレイのことは?』と。
だから作中で速やかにキラは『フレイのことはもう吹っ切っているんだ』と示す必要がある。
少なくともラクス以外の女になびく姿、弱音を吐く姿なんて見せては全てが台無しだ。
だからこそのアグネス・ギーベンラート。桑島ボイス、赤髪の女である。
彼女は、疑似的に『キラに追いすがり、ラクスから引き離そうとするフレイ』の役割を担ってくれた。
フレイは死者だ。生きていたら同じ展開にはならず、また彼女を蔑ろにする展開は憚られただろう。
でも、アグネスが代役を担うことで、あのシーンで『キラは、ラクスを選ぶ』んだと示され、後半の展開の説得力を増すことになった。
ここでも、やはりいい仕事っぷりだ。あのシーンがあったからこそ、キラのラクスへの愛は観ている側にも素直に肯定された。
アグネスの担当する『お仕事』は、まだまだ終わらない。
ルナマリアに突っかかることで『ルナマリアはシンのことを本当に好きなのか』という、これまた種運命の放送当時から疑問に思われていた命題を突きつけていく。ごくごく自然に。
その後の一幕で、ルナマリアとシンが、男女の関係の進展にまごついているシーンが描かれる。
視聴者も気になるシーン。『ルナマリアは本当にシンのことは好きなのか?』
そして、キラにはラクスへの愛を問い、ルナマリアにはシンへの愛を問うたアグネスはシュラの元へ行き着く。
もうこの辺、見ていて皆思っただろう。『忙しいな』と(笑)
この子、ついでにシュラという敵キャラクターの掘り下げまでこなすのだ。
似非・騎士道に溢れた男だと。
そうして、物語は進み、とうとう問題のシーン。
そう、アグネスはコンパスを裏切り、フリーダムを攻撃してくる。
当然、こんな事をやらかす奴はもうアグネスしか居ない。
シンも、ルナも、ヒルダたちも、ムウも誰もするワケがない。
しかし、重要なのはこのシーン。
『実はキラは、アグネスの介入によって助かっている』ことが分かる。
ブラックナイツたちは非情なキャラクターたちだ。
シンがジャスティスから脱出したシーンでは、容赦なく脱出した生身の彼を捻り潰そうとするシーンがある。
シュラだって当然、キラには容赦はなかっただろう。元より抹殺するために来ている。
つまり、あそこでアグネスが介入していなかった場合、その後の援軍が間に合わず、キラが死んでいた事が分かる。
ついでに言うと、コンパス的には『キラが暴走し、総裁が止めることを命令』しているため、コンパス全体にも実はプラスの行動だった可能性が浮上する。
ついでに。後から知った情報だけれど、
そもそもアグネスが乗っているギャン・シュトローム。
そのカラーリングや武装から、公開前は『あれ、これのパイロットって』と予想されていたキャラがいる。
『イザーク・ジュール』だ。カラーリングから予想されたが、どうも本当にあのギャンは『元々、イザークの機体だった』らしい。
赤服で、生意気で、自分の実力を過信している自信家の……?
そうアグネスは『イザーク・ジュール』でもあった。
それも、無印時代、『ニコルが撃墜される前』のイザークを彷彿とさせる。
本当、一人で何人分のキャラクター要素を背負っているのか。
物語は終盤になり、アグネスは裏切り、敵陣営として登場する。
ルナマリア以外、だーれも気にしてくれないアグネス。
そしてルナマリアとのバトルが始まる。
……あんなに一緒……だった、カナー……? 夕暮れが違う色なのは間違いない。
ルナマリアとアグネスのバトルもまた、SEED恒例のバトルなのだ。
キラとアスラン、イザークとディアッカ。もう『お約束』でもある。
どちらかと言えばイザークとディアッカの方に近いバトル。
最終決戦では、シン・キラ・アスランに比べれば誰も皆、脇役とも言える。
そこでルナマリアのマッチアップとして戦う……名脇役の務めを果たす。
いなければルナマリアが、ただ雑魚を蹴散らすだけで目立たないことになっていただろう。
ブラックナイツを相手にしていたら、シンの活躍が薄まってしまう。
彼女は、本当に名アシストをしてくれる。
当然、その会話の内容から『愛』というテーマも担っているのが浮き彫りになっていくアグネス。
彼女は肯定される側ではなく、否定されることによってテーマを補強される存在だった。
そうして、とうとうルナマリアから、あの台詞を引き出すに至るアグネス。
「(シンのことが)好きだけど!? 悪い!?」と
「嘘!?」と返すアグネス。たぶん、視聴者側もちょっと思ってたことではあるだろう。
ルナマリアに言わせた台詞もそうだけど、そのリアクションからもう、彼女の立ち回りから得られた『聞きたかったこと』は、あまりにも多い。
本当にいい仕事っぷりだ。
そして、誰もが思い浮かべたであろうラストシーン。
あの構図。あのメンバー。
そうだ、種運命のラストで、ただ敗北を突きつけられ、涙を流したシンとルナマリア……。
追加されたシーンでようやくジャスティスが来てくれ、本当の意味でSEED DESTINYが、一応の形としてまとまった、あの月面の。
今度はシンとルナマリア、デスティニーとインパルスが宇宙を飛んでいる。
種運命での戦いと、あまりにも対比になった映像。
あの姿を見て、感動を覚えた。
『今度は助ける側、手を差し伸べる側』にシンとルナマリアが、デスティニーとインパルスが、立った。
それは間違いなくシンたちの成長であり、あの頃から前へ進んだシーンの象徴だった。
また『シンとルナの同期』の赤服を、友人を、二人は今度は失わなかった。
そういうシーンにも思う。レイを救えなかった二人もまた救われたのだと。
そう、アグネス・ギーベンラートは生き残った。
桑島法子の声をした! アグネスは! 生き残った!
もう、これ以上ないSEEDシリーズの『集大成』だと言っても過言ではない。
何故なら、無印のSEEDも! 運命のSEEDも!
キラはフレイを、シンはステラを、救えなかった物語だったから。
ラクスも、ルナマリアも過去のシリーズにおいて『ヒロイン』であることは変わりなかったが、同時に『疑問』を持たれていただろう。
キラにとってはフレイの方が、シンにとってはステラの方が、重要な位置にいやしないか、と。
そんな二人を彷彿とさせる桑島ボイスの女は、とうとう今作で生き残った。
ヒロインでなくなったけれど。
それでもアグネスは生存した。
アグネス・ギーベンラートが生き残ったことで、ようやくSEEDシリーズは『完成』されたんだと言っても過言じゃないのではないだろうか。(過言)
ある意味で、視聴者たちが最も望んでいた『生存』をやり切った。
彼女の生存で得られたものは……きっとSEEDシリーズを通して見てきた観客に、深い満足感を与えたんじゃないかと思う。
アグネス・ギーベンラートは、本当に名脇役だったなぁ、と。
しみじみ、そう思うのです。