K川県からの脱出(1)
【プロローグ】
「やめろ、離せ、離してくれ。」
男性の声が響く。
ここはとあるマンションの階段だ。
今、まさに一人の男が連れ去られようとしていた。
男は上下共に灰色の部屋着を身に付け、手にはスマートフォンを持っている。
男の両手両足は縛られており、見ただけで分かる屈強な男たち4人に捉えられている。
「いやだ、行きたくない。K川県はいやだ。」
マンション全体に響く大声だったが、他の住民はなぜか誰も外に出てこない。
男は大声を上げたまま、階下に連れていかれ、マンションの目の前に停められていた黒塗りのワゴン車に押し込まれた。
ワゴン車が走り去るのを近くの電柱に隠れて見ていた高校生がいた。
高校生はワゴン車に男が乗せられる場面を盗撮し、青い鳥のアプリを起動した。
「K川県の短期間強制移住の場面を目撃してしまった。」
写真と共に投稿されたその書き込みは、瞬く間に拡散されることになる。
【導入】
ここはT市。K川県内にあるこの街は「ネット・ゲーム依存症対策基本法(通称:ネトゲ法)」が適用されたモデルケースとしての街づくりが進められた街である。
REIWAと呼ばれる新時代に施行されたこの法律は「インターネットやゲーム、あらゆる通信機器の使用を1日1時間のみに制限する」という内容で、当初こそ罰則規定が設けられていなかったものの、後に、多くの賛成派によって半ば強制的に強力な罰則が追加された。違反者には高額の罰金が課せられるだけでなく、施設への隔離、自然体験の素晴らしさ・対面でのコミュニケーションの大切さを教え込む教育プログラムの受講等が義務付けられるようになり、その施行の直前には多くの住民がK川県から別の場所へ移住する、後に「K川県民の大移動」と歴史に刻まれる事態を引き起こした。
すでにT市は、駅前にあったゲームセンターは廃業、おもちゃ売り場からゲームの姿が消え、携帯電話やスマートフォンを販売する業者も軒並み撤退した街となっている。
インターネットはほぼ切断された状態であり、1980年代以前の都市が再現されたかのようであると一時的に話題になった。「希望者は1日1時間のみインターネット等に接続を許可される」という環境の中、その街に好んで住む者は、条例に賛成した一部の過激派の論客と、インターネットやゲーム等が生活とは関係のない一部の高齢者に限られていた。
とはいえ、そのような街に好んで住む者は決して多くなく、人口の大量流出を危惧したK川県は政府に「短期間強制移住プログラム」を提案する。
これは「Not in Education, Employment or Training」すなわち、「ニート」と社会的に認定された者を年間に数名ずつ、本人の希望等に関わらずT市に半年間強制的に移住させ、矯正することを目的にしたプログラムであった。
(続くか続かないかは分かりません)