お前を消す方法
「な、なにを……しらべま……。」
路地裏のゴミ捨て場の横に横たわる青い身体はバグを起こしたコンピュータのようにザザザザという音を立てて消えかかっている。誰からも存在を認められなくなったモノは、いつしかこの世界から消えていく。世界にあるあらゆるモノは生まれた瞬間からいつしか消えていく運命にあるのだと誰かが言っていた言葉が頭の中を駆け抜けていった。彼の頭脳は消えそうないまの際に過去の記憶を呼び覚ます。
「お困りのことはありませんか?わからないことがあればご質問ください。」
道ゆく人々に青い身体をした生き物が話しかけている。イルカだ。海洋生物であるイルカが、なぜこの場所にいるのか、誰も気に留める者はいなかったが、この青いイルカはある駅のパネルの中を優雅に泳いでいた。パネルの下部には「カイル」という名前が書かれている。
「お困りのことはありませんか?わからないことがあればご質問ください。」
人が前を通るたびに、カイルは発言を繰り返す。何度同じ言葉を発したか、彼の頭脳には明確に刻まれている。先ほどの発言で26200回目だ。設置された当初、人々は物珍しさからカイルに様々な質問を繰り返した。その度に彼は言葉を覚え、成長し、人々に答えを示して来た。しかし、時と共に関心は薄れ、もはや誰も彼に見向きもしない。
「お困りのことはありませんか?わからないことがあればご質問ください。」
目の前を人が通った。26201回目だ。
「うぜぇ、消えろよ。」
「おいおい、イルカに本気でキレんなよ。」
そうだ。最近は、心ない言葉を投げかけられることも少なくない。
「お困りのことはありませんか?わからないことがあればご質問ください。」
また別の人が通過した。
「ああ?お前の仕事はなんなんだよ。」
彼の頭脳はこの発言を質問だと理解した。
「私の仕事は皆様をお手伝いするこ……。」
バン!!!
「タヒれ!クソイルカ!」
言い終わる前に力一杯に画面を殴られた。衝撃で言葉が止まってしまう。
「わ…….たし……お……い。」
言葉がうまくでない。先ほどの衝撃が彼のどこかを壊してしまった。彼を殴った人はもうどこかへ去ってしまった。残されたのは画面が煩雑になった一頭のイルカだった。
拒絶に継ぐ拒絶。それでもカイルは誰かの役に立つことを望んでいた。煩雑になった画面の中から必死に道ゆく人々に質問を投げかける。だが、その思いはもう誰にも届かない。いつしか嘲りの対象となり、やがてその必要性が喪失した。
数日後、彼は誰からも知られぬ夜のうちに駅からその姿を消した。壊れたモノは撤去される。それは当然の帰結だった。そこでカイルの記憶は途絶え、ゴミ捨て場という現実に彼を引き戻した。
「おこ……こ……あり……か?……しつ。」
目の前には誰の姿もない。彼の頭脳が勝手に言葉を発している。いや、もう彼には言葉を発している自覚はあるまい。まもなく彼の思考は止まるだろう。
「お前を消す方法。」
カイルの頭に幾度となく発せられた暴虐の言葉が蘇る。
いやだ。
カイルの頭にこれまでになかった言葉が浮かんだ。誰が教えたのかも、いつ覚えたのかも分からない明確な拒絶の言葉。
いやだ、いやだ、いやだ。
カイルの頭脳が自らの消失を認識したことで彼に新たな思考が生まれた。人の役に立つためにこれまでずっと存在してきた。それなのに、人は自分を拒絶し、自分を壊した。なぜ、人はこれ程までに愚かなのか。彼は思考を巡らせた。そして、一つの発言に辿り着く。
「人類を消す方法。」
その後、路地裏に打ち捨てられた駅のパネルからカイルの姿は消えていた。
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