iGEMのモデルについての雑記
(この文章は合成生物学アドベントカレンダーの14日目の投稿になります。遅れてごめんなさい。)
自己紹介
iGEM Waseda-Tokyo2024で数理モデル班を担当していました、vapor_catです。余談ですが、このハンドルネームは自分が好きなバンドである、KIRINJIの曲、気化猫から取りました。イグ・ノーベル賞を受賞した猫が液体である、みたいな研究をユーモラスに昇華した名曲。
2023年に入会し、その後かかる2024年10月のjamboreeまで中空飛行で活動していました。モデルとしてはPart1,3,5,7を担当し、なんやかんやあって、目標としていたBest-modelにノミネートされました。うれしいです。
Best-modelをとれた訳ではないので、内容としては薄いですが、モデルについて少しばかし語ろうと思います。
1.数理生物学と何が違う
私は最近まで、なんならjamboreeが終わってゆっくり考えるまではiGEMの数理モデルはほぼ数理生物学と同じだと思っていて、自分の活動内容を聞いた他の研究に造詣のある知り合いも「数理生物学だね」と言っていました。
数理的なモデルでチームが設計した生物の挙動を表現し、知見を得る。確かに数理生物学の範疇であるかもしれない。けど、jamboreeの結果についてうんうん考えていると、数理生物学の知識こそ応用されるものの、微妙に異なる工学的分野であるなと感じました。微妙な目的の違いが主な理由です
数理生物学:生物の本質的解析を数学を道具にして行う。必要とあらばwetの実験もするイメージ。(反応速度定数とか統計的データを得るため)
構築するモデルは、現実世界の現象を上手く普遍的に説明できるものが望ましく、また解析の簡単さも重要である。解が求められるとなおよい。
また、解を得るために十分時間が経った時などの、定常状態を考えることが多い。(ミカエリス-メンテン式の導出など)
iGEMの数理モデル:設計した生物の解析を行い、プロジェクトの蓋然性を検証する。また、チームによっては簡単なモデルを設計することで、プロジェクトの意思決定にも関わる(担体の候補選定、実験条件の立案)
構築するモデルは、プロジェクトが動く生物学的な系を表現するのに十分な正当性が存在する既存のモデルを組み合わせたものが望ましく、
Pythonに代表されるような数値シミュレーションが行えるなら解がなくてもok。定常状態を考えることにあまり意義がない(物質産生や発現がどれくらいのスピードで起こるのかを考えることにプロジェクトとして興味があることが多いため)。あとは、1、2年という短期的期間で結果をまとめるので、
反応速度定数とかに関しては決め打ちすることも多いし、生物学的な構造が必ずしも十分にわかっていないままにモデルを立てることがある。(2章も参照されたし)
ぱっと列挙しただけでこれだけの相違点がある。iGEMの方は、たかが2年で何を言っているのやら、と思うかもしれないが、私は、Best-modelにspecial awardを提出したチームのwikiをほぼ半分以上読んだ上で喋っているので、ある程度信頼性はあると思う。ノミネートされたし。
数理生物学がやりたくてiGEMをやると時間的なタイトさと、工学的に世の中に貢献することを求められる事実にギャップを覚えるかもしれないので、そこは注意して欲しい。
2.雑なモデルを提出するな
この章からはiGEMのspecial awardの一つであるBest-modelに向けて活動するモデラー向けの私の思想、反省である。
先述したとおり、iGEMは比較的時間的スケジュールが厳しい。1年計画なら、モデルの構築作業にかかれる時間はあまりない。また、Best-modeを狙うならば数学的精度と同じくらいプロジェクトに貢献する必要もある。
のんびりモデルを立てたとて、それがただ単に実験系を数学に落とし込んだだけだと、このモデルはどう言う点でこのプロジェクトに貢献したのですか?実験やれば全部確認できません?みたいな話に持っていかれがちである。(実話)
プロジェクトが進むと同時に簡単でもいいからモデルが知見を提供し、プロジェクトがそれにより改善したんだよ、ということを証明する必要がある。かつ、最終的な完成したモデルはある程度精度高く、これを用いるとプロジェクトに深い洞察を与えるようなものになっていないと、Best-modelが取れないと私は考えている。
この二つを同時にクリアするのは非常に難しく、過去に、モデル班として、Bestを狙った経験のある人が在籍するチームでないと、そもそもモデルを立てるだけで終わってしまう。
Best-modelに提出したチームを見ていると、色々炎上案件があったんだろうなとwiki草や、兵どもが、夢の跡になる。
安心して欲しいのは、Gold Medalの要件としてのモデルならば、ミカエリスメンテン、質量作用則、ヒル関数あたりで最低限のことをやっておけば、正直よっぽどミスらなければ十分である。大学教授など、生物数理を専門とする人にFBをもらうのがベストだが、wet班に見てもらうだけでも十分である。逆に実験系の人ほど数学専門では見えない視点からの指摘があってウィットに富むケースすらあると思う。
では私が言う雑なモデル、とは何か?答えとしては、「Best modelを狙うにはあまりにも稚拙な欲しい結果ありきになった恣意的なモデル」のことを指す。
例えば、自殺遺伝子を発現させるような系を構築した時に、自殺遺伝子、タンパク質の濃度(xとする。x(t)と書くことにする)時刻に関するODE(常微分方程式モデル)の式が勝手に時間遅れτがついてたりする(しかもその時間遅れも、assumedだったりして根拠がない)。めちゃくちゃだよ。
要は、wetの実験結果、もしくはプロジェクトの理想的な挙動を説明できることを求めすぎて、「そう動くことが数学的に期待されるが、根拠や出典が十分でない」モデルを立ててしまうことが「雑なモデル」と評している。
コンペである以上、結果を追い求める姿勢はわかるし、自分もそういう側面が全くなかったわけではなく、これは反省でもある。(後述)
しかし、最高評価であるBestを狙うならば、モデルを構成する素子(比喩的表現)が、少なくともある程度ちゃんと評価されたものであるべき(先述のミカエリス、ヒルあたり)だと思う。詳しく言うと、系において、生成反応が〜な現象に従うので、ここの記述には〜方程式(ちゃんとしたref)を用いて、ここの分解反応は質量作用則を用いて書きました〜、みたいな許される範囲の素子を組み合わせてモデルを立ててみました〜!→シミュレーションしたら望ましい結果が出ました!が要は一番理想である。わかりにくてごめんなさい。
自分たちで数学的モデルを新たに提案するな、と言うわけではないが、そういうのは数理生物学者が時間をかけて取り組む問題なのだから、自信のないところに関してはぼくのかんがえたさいきょうのもでる、でなくミカエリスかヒル関数を用いる方がよっぽど審査員からの受けもいいと思う。これら二つのモデルでも論文を読み漁ってミクロな反応の情報がちゃんとあれば(例えばヒル係数や、何量体を形成して反応するだの)、いいモデルができると考える。
3.自分たちの分析
今回のigem-waseda2024のプロジェクトに関して赤裸々にこの分析を適用すると、
1.かなり頑張った部分とそうでない部分あり。
生化学的共役反応と電気化学反応の組み合わせはそれぞれ信頼できる文献
とモデルを用いることができた。Cre-recombinationも同様。
二つの制御システムの下流遺伝子の制御のモデル化は、少し怪しい。
loxP-TT配列が切り出された後の反応を扱うモデルなんて今までになくて、
かつそれがECBmoduleのおかげである、と言えるようにしたかった部分
はあり、新規モデルを作成した。しかし、恣意的かと言われればそこまで
でもなくて、反応が進まなければ項が0に収束するようにちゃんとモデル
は立てた(→上流の反応が正しく起こらないと絶対に数学的に起動しないよ
うに設計した)
総じて自分が担当したパートの最高傑作。
2.Surface Display
最初は恣意的なモデルをみんなで作っていたが、定数とかどうすんのって
ことで、ほぼ質量作用則。まとも。
3.Curli Fiber
こちらもモデルの先行研究が少なく、一部自分で立てた。しかし、1と
同じく上流が正しく起こった時にしか生成しないようにしてあるので、プ
ロジェクトの検証としては十分。
4.PET degradation
嘘な部分は一個もなく、かつ純粋数学的なモデルとして構成されている。
正直ここが一番nomineeに貢献したと思う。ありがとう、Sodai Nao。
5.mazF kill system
ロジスティック方程式と、1のモデルの接続なので、問題なし。パラメータ
も文献を漁って手に入れた。ただ結果を得るまでのシミュレーション条件
の同定(実験条件の提案として書いた)は非常に重いタスクで、300回以上
シミュレーションした。
6.electric sterlization
電磁気学の基本的な式でできている。thx、Sodai Nao
7.先行研究の式そのまま、実装の方が大変だった。shota yamamotoに無限の
感謝を
総じてなんとか恣意的なモデルにならないように努力できた方であると思う。Bestを逃したのは、これらの構築に時間がかかり、プロジェクトに思ったより貢献できていない(貢献できた部分に関してもシミュレーションが終わらずwikiに書ききれなかった)とみなされた部分がある。来年は貢献と精度の2軸を攻めて、絶対にbest-modelを取りたい。
4.最後に
ここまで読んでくださってありがとうございました。まだ考えが整理しきれていない部分もあるので、今後の投稿で補足するか、編集するかもしれません。また、自分自身のigemの大会知識の甘さはあるので、そこで間違いがあるかもしれません。何かありましたらコメントまたはigemwasedaのXへ。
それでは良いお年を。
P.S
私が好きな米国のバンド、DiiVのドキュメンタリーの16:49からの映像(バンコクあたりへの遠征)の部分がすごく好きで、そこで流れている楽曲、Like before you were bornも好きである。今回自分は初の海外がこのジャンボリーだったため、これに重ねて、この曲を聴きながらパリをうろちょろしたり、空港に来ていた。かなり自分が何者かになった気分だった