ネモトから

例えば、子供が大人が何か失敗してしまった時に怒ってしまう親や先生や大人や友達ってそこそこ見てきた。
例えば、子供が失敗してしまったら元気づけてあげたり教えてあげれればいいのだろうけど、例えばの親は子供に可哀想な思いをさせたくないから、例えばの親は可哀想な思いをしてしまった子供を目の前に悲しくなって悲しさと悲しさで悲しさが大きくなって、その悲しさが怒りに変異してしまい子供を怒ったり責めたり批判したりしてしまう。
応援しているはずの子供を怒ったり責めたり批判したり、もっと酷いことも。
応援しているはずの、子供だけではなく、、、。
ネットの世界とかでもそういったことが起きてしまう状況が集団であることの怖さはあるけど、根本的に人が持っているそういう1面が身近な日常生活の中や心の身近な所に設置され起動している。
悲しみや辛さ寂しさは大きくなりすぎると時に怒りや憎しみに変異してしまう。
そして、繰り返していくうちに大きくなくても簡単に変異してしまう癖が身に付いてしまう。

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