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親子別姓だった夫の話・3(全4話)


 親にも教師にも毎日減らず口をたたいていた。
しかし、友だちはたくさんいて高校生活は楽しかった。ただ、連絡を取り合う手段は固定電話しかなかった時代で、友人から電話がかかってくると

「はい、鈴木でございます」

 と家族が出るので、だいたい

「すみません、間違えました」

 となっていた。母親と苗字が違うことなんか面倒くさ過ぎて誰にも説明していなかった。

 小学校から高校まで一緒だった幼なじみに「箱根アフロディーテ」に誘われた。
箱根アフロディーテは、日本初の大規模野外ロックフェスティバルだ。中学生の頃から洋楽に目覚め、ラジオの周波数を一生懸命合わせながら、ジミー・ヘンドリックスやザ・フー、バニラファッジやクリームを2人で一緒によく聴いていた。
 
 「箱根アフロディーテ」に参加するために夜行列車とヒッチハイクで会場の箱根芦ノ湖畔まで行った。初来日だったピンク・フロイドのライブは山から下りてきた霧の中ドラの音から始まり、そのシュールで幻想的な空間に完全に心を鷲掴みされた17歳。

 その後は、どんどん音楽にのめり込んでいき、聴くだけでは飽き足らずバンドも結成した。その熱は加速し、おふくろは何度も高校から呼び出されていた。

 しかし、3年生になりバンドのリーダーがそう言うと、他のメンバーもみな受験モードにシフトしていった。おふくろの言う「お遊び」が終わった。

(つづく)

※登場する個人名等はフィクションです。

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