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母が死んだとき、祖母は母を平手打ちした

「加藤さんですか?」
 震えたスマホから親父の声がする。普段メールもよこさないのに電話なんて珍しい。しかも加藤同士で何を言っているんだ。お前も加藤だし、俺も加藤だ。そうだけど、と生返事をする。
「ママが倒れて、救急車で運ばれた。心肺停止。今荷物とか準備して向かうとこ。すぐ戻ってきて。もしかしたらもしかするかもしれないから」
 結局は親父相手に「失礼します」なんて礼儀正しく切るくらい俺も慌てて、会社へ戻った。上司に駅まで送ってもらったが、俺はまだ事態が飲み込めておらず、上司の方が心配してくれているくらいだった。70になる母親も病気がちで大変だ、なんて話を聞いて、うちは52ですよ、なんて言って「じゃあ大丈夫だよな」などと考えていた。
 駅につくと、電車が出るところで飛び乗った。あいつがさー、とバカ話をしている学生。眠りこけているサラリーマン。スマホにくぎ付けの若者。いつも通り電車は動いている。全然現実味がない。いつもと変わらぬ日常だ。母は今まで入院したこともないほど健康で、今朝も会っている。「起きなさい」と起こされ、「いってらっしゃい」に「ほーい」で返した。今だって周りは普段と同じ光景。なのに、自分だけが何か違う世界に来てしまったようでめまいがした。周りに流され、いつも通りスマホをいじりたくなってしまう。親が倒れて急ぐ車中はこういう顔をするものだろう、と無理やり顔を強張らせてみる。
 母親に会ったら、何をしよう。後悔でも打ち明けるべきか。まず、伝えるべきは「昨日気づけなくてごめん」だ。テレビを見ながら話していたのだが、急に「目の焦点がぐにゃぐにゃする」と言いだした。「飛蚊症じゃねーの?」と言う俺に「ハエじゃないのよねぇ」と返すので「ハエじゃねー。蚊だ、蚊」とたしなめたのだった。なぜだかその話題は長く続いた。「このパジャマで搬送されたら嫌だな。ダサいから」「切りやすくていいじゃんか」だとか「磯野貴理子って絶対左手麻痺してるよね。ああいう風になるのかな」「磯野貴理子はうるさいから勘弁だな」だとか、そんなことを気楽に話していた。磯野貴理子でいいから、なってくれればいい。今はそう思う。
 趣味の写真をくさしてばかりいたこと、注意されていた癖をずっと直そうとしなかったこと、取りに行けと散々言われていた自分のスーツを結局取りに行ってもらったこと…。懺悔すべきことが山ほどある。くだらないことばかりだが、とにもかくにも後悔だらけ。それを考えている間に地元に着いた。
 ダッシュでタクシーに乗り込み、目的地を告げる。病院へ向かう途中でまた携帯が鳴った。親父だ。
「今どこにいる?」
「駅からタクシーで向かってるとこ」
「四時四十四分。死亡確認。控室にいるから救急センターから入ってきてください」
「あ、うん」
 死亡確認。その言葉で、別に何が変わるわけでもなかった。タクシーの運転手は馬鹿なのか急いでくれと言ったのにラジオで大相撲を聞いているし、俺も涙の一筋も出ない。悲しくないからではない。よくわからないからだ。最初の電話から一時間。一時間前はいたものを、急にいないものと認識することなどできなかった。元日に「来年の抱負は?」なんて聞いてしまうのと同じで、身体が時に追い付いていなかった。
 「ここでいいです」と降りて急いで入った病院はもうわけがわからなかった。急いでいるのにどの入り口からも控室につながらない。裏口からようやく控え室に回れた。そこにはトイレットペーパーを手に泣いている弟。親父は目を潤ませているだけで放心とも諦観ともいえる悟った顔。そんな2人に状況を聞けるわけがない。ただ黙って席に座った。今、色々な管などを抜いているところらしい。それが終わったら会える、とだけ親父が教えてくれた。だが、そこから何も話せない。休日診療で集まってくる子供やおばさんの喧騒だけがその空白を埋めていた。俺は母が亡くなった、というその事実を何度も反芻していた。
 看護師に呼ばれ、蛇腹のドアがゆっくり開く。心電図の音が響く部屋で、カーテンで仕切られたベッドへ案内された。母の顔はすでに布で隠されている。それを親父が取り上げる。親父たちは頬に伝わるものを隠そうともせず、手をさすったり顔をなでたりしていた。一方で俺は、母の顔を見た途端に「気持ち悪い」と思っていた。これは母ではない。死体だ。ネットで流布する死体写真を見たことがある。それと同じ色をしたものが目の前で横たわっているのだ。青い顔や黄色いからだ。そのことがまざまざと母の死を物語る。触れたくない。ただ単純にそう思った。2人が母をさわり、なで、刺激を与えることで蘇生を願っている。俺は一歩下がってそれを眺めていた。何故だか他人事のように思えていた。まだ現実と受け止められないのか、俺だけが涙も流さず冷静だ。湧き出てきたこの気持ちの所在を思案していた。
 霊安室に移動すると母は神になった。線香と鈴が母の隣に置かれると「お祈りください」との言葉。昨日話していた相手が祈る対象になったことにとても違和感があった。うちの母はいつの間にそんな偉くなったのだ。蠅と蚊の区別もつかない人だぞ。今朝いってらっしゃいと言われたばかりだ。どっちが逝ってらっしゃいだバカ。そんな風に思いながら、チンとやり控え室へ戻った。
 母は誰も見ていない間に倒れたそうだ。親父が出かけた時はソファから「いってらっしゃい」と声がしたが、帰ってくるとそこで変な体勢になっていたらしい。それで起こそうとすると体が冷たく、すぐに救急車を呼んだという。救急車が来たときにはすでに心肺停止だった。弟はと言えば、その時二階で寝ており救急車のサイレンで起こされていた。プライドの高い弟がわーわーと泣いてしまっていたわけがわかった。自分が起きていれば、そんな思いがよぎってしまっては立つ瀬がない。
 自宅で亡くなったせいで、母の死は警察が介入することとなった。病院で亡くなる人が大多数を占める日本。自宅で亡くなることは不審死になるらしい。体も警察が調べるためにいったん預かるという。「移送しますね」。その言葉を親父が簡単に受け入れるので面食らってしまった。母の両親がまだ到着していなかった。警察に預かられては、いつ会えるかわからない。ほとんど泣かず、ただ難しい顔をしていた親父が憔悴していることにその時気づいた。結局、俺が警察に取り計らい、移送する前に会えることになった。
 祖母は自分の娘が亡くなったというのに、饒舌に俺と弟の心配をしていた。「大変やったねー」「仕事抜け出してきたんか?」などといつもと同じ関西弁でしゃべりかけてくる。俺のように、現実感がないのだろう。だが、霊安室に入るとすぐ母に駆け寄り、頬を平手ではたいた。
「ダメやないの!アンタ、はよ起きなさい!こんなところで寝て!」
 そんなことしたら起きちゃう、ととっさに思った。なに!と怒られると。ああそうか、そんなことしてももう起きないのか。怒られないのか。と途端に涙が頬を伝った。外傷があるわけでもなく、病気でやせ細っているわけでもない。色以外は今朝の母と全く一緒。それでも、もうしゃべることも目を合わせることもできない。だからさわるのか。触覚は一方通行にも思える。でも、そうではなかった。ひんやりした肌が俺の指を押し返した。母との最後の対話。俺も嗚咽しながら手を握り、顔をなでるのだった。


 電車も、タクシーも病院の控室もいつもと同じ日常がそこにはある。一方、母の体は非日常だった。触ったら最後、その非日常を受け入れるしかない。それが受け入れがたく、気持ち悪く感じられ触れなかったのだろう。だが、「起きなさい!」という日常の言葉によって非日常であることをはっきりと感じさせられた。自分にとって非日常でも世界は日常を進んでいく。非日常を受け止め、それを日常の輪郭に包摂させたとき、人は前を向ける。このコロナ禍でも同じことだろう。非日常が日常になる瞬間、それはもう訪れたのだろうか。そろそろ祖母の平手打ちが飛んでくるころかもしれない。

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