見出し画像

優れた経営は、異常な経営?

京大MBAで、最も尊敬する教授の一人の忘れられない言葉がこちら。
「経済学は平均を研究する学問、経営学は分散(外れ値)を研究する学問だ」。

経済学部を卒業し、MBAで経営学を学んで経営コンサルティングを行う私は、目から鱗が落ちる思いでした。今まで考えたこともなかったけれど、全くもってそのとおりなのです!


経営学は、平均値から外れた優れた経営のメカニズムを探る

経済学では、自由な競争市場(正確には完全競争市場)では、企業の利益(正確には『超過利潤』:市場全体の平均を超える利益)はゼロに収斂するとされています。市場の自由競争が極限に達すれば、販売価格は製造コストに等しくなり、どの会社も同じものを同じ値段で売って、ほとんど儲からない状態に至る、という理論です。観光地で、ひしめき合いながら、どの店舗もほとんど同じものを売っている土産物屋をイメージしてもらうとわかり易いです。しかし、現実を見れば、企業の多くは利潤ゼロにはならず、マイナスになって破綻する会社もあれば、同業他社よりはるかに高い利益率を実現する優良企業も存在します。なぜでしょうか?

それは、企業が各々の努力によって市場の「同質化」の力に抗い、独自の価値を生み出しているからです。独占や寡占の形成、大規模化によるスケールメリットの追求、商品やサービスの差別化――これらはすべて「利潤ゼロ」という宿命に抗うための戦略です。この視点からすると、企業が生き残り、繁栄するためには、同業他社とは異なる際立った特徴を持つ必要があるのです。言い換えれば、他と違う価値を創造し続けることが、経営の本質であり、そのような優れた経営を生み出すメカニズムを探求するのが経営学なのです。


外れ値が常に成功を意味するわけではない

では、「異常な経営は、優れた経営」かというと、そうとも言い切れません。平均値とかけ離れた外れ値には、プラスとマイナスの両方があるからです。平均よりも圧倒的な利益を生み出す企業もあれば、一方で、赤字経営に陥り破綻する企業もまた存在します。

さらに、ビジネス誌やニュースで取り上げられるのは、成功した企業の事例ばかりです。そして、外から見てわかりやすい「断片」のみが取り上げられ、その成功を支える本質や、成功と失敗との境界線にまで踏み込んでもてはやされることは滅多にありません。この「表面的な成功事例」をそのまままねても、実際にはうまくいかないことがほとんどでしょう。


強みの本質は、模倣不可能

企業の成功を支える「強み」とは、一つの技術やノウハウ、システムだけではありません。経営学のリソース・ベースト・ビュー(RBV)では、企業の「強み」(競争優位)は、模倣困難な資産や技術、ノウハウ、仕組みの組み合わせによって生まれるとされています。競合が目に見える一部分だけを模倣しても、成功を再現することは難しいのです。

たとえば、A社が新しい販売システムで成功していると見えても、その背景には従業員教育や組織文化、顧客との信頼関係など、複数の要素が絡み合っています。したがって、表面的な成功要因をまねるのではなく、その背後にある「仕組み全体の強み」を見抜くことが重要です。


優れた「異常」な会社の作り方

では、どうすれば良い方に外れ値の経営を作ることができるのでしょうか?

「まねること」は「学ぶ」という言葉の語源でもあり、成功事例を研究して模倣することは確かに重要です。しかし、それだけでは十分ではありません。他社にはない独自の強み、つまり、競争優位性につながる「異常」な特徴を戦略的に構築する必要があります。

経営でよく言う「強み」というのは、この競争優位性につながる「異常」さのことです。コンサルティングの現場でも「強み」は必ず議論に出てくるトピックですが、改めて「強みは何か」を社内だけで議論しても、意味のある結論に至ることは稀です。率直に言って、経験上、会議室で普通のディスカッションをして有意義な結論に至ったことは一度もありません。
競争優位につながる「異常」さ、とは、言い換えれば、「普通ではなく」、かつ、「顧客に価値を生むもの」です。社内で考えるときは、競合他社と異なる特徴を、「強みの種」と呼び、思いつく限り列挙します。さらに、顧客の視点に立って、それらの「強みの種」のうち、顧客にとって価値を生むものを探します。

ここで、経営学の研究が役立ちます。優れた企業がどのように顧客の視点を獲得しているのか、「強み」の分析からどのように戦略策定するのか、戦略実現のために、どうすれば会社全体を変化させることができるのか。これらの疑問に対する答えは、全て経営学の知見として整理されているのです。私がコンサルティングを行う際も、このようなプロセスで強みの議論を行い、顧客視点を獲得し、戦略策定とオペレーショナルな論点へと議論を進めます。


あなたの会社は「異常」ですか?

経営者の皆さんにお聞きします。あなたの会社には、他社にはない「異常」さがありますか?

他社とちがう、「外れ値」に向かう経営はリスクを伴います。ほんの少しの狂気を秘めていないと、踏み出せないかもしれない。しかし、それこそが優れた経営への第一歩であり、そのとてつもない不安を和らげるのが、経営学が示してくれる、信頼できる「思考の軸」なのです。


いいなと思ったら応援しよう!