ピッチの上のBlack Lives Matter 渡米直後のサッカー日本女子代表・籾木結花が見た光景:『スポーツの価値再考』#001【前編】
2020年夏、『スラムダンク勝利学』の著者・辻秀一とラクロス協会理事・安西渉が、各界のゲストとともにスポーツと社会の関係を掘り下げていく全10回の対談。スポーツは本当に不要不急か――この問いから、「スポーツの価値再考」プロジェクトは始まりました。
第1回の対談相手は、慶應義塾大学総合政策学部を卒業し、なでしこジャパンの10番を背負う籾木ニコル結花選手。
9年間所属したクラブを離れ、単身でアメリカへ挑戦する決断をしたばかりの彼女が、いかにして新しい道を切り拓いてきたのか。まっすぐに想いを語ってくれました。
日本から単身、アメリカへ。コロナ禍で挑戦した決意
辻:籾木さんお久しぶりです。アメリカに行ってしばらく経つけど、そちらでの生活はどう?
籾木:今年の5月に渡米して、コロナの影響で最初は練習に参加できなかったのですが、今はチームにも合流できて毎日が刺激的ですね。
辻:海外への移籍はいつ頃から考えていたの?
籾木:海外に対する憧れは小さい頃からずっとありました。それが具体的になったのは自分が参加した世界大会で、日本にいては味わえないスピード感や体格差を痛感して。将来W杯やオリンピックで活躍するために、新しい環境でも通用する個の力や、体格差に耐えられる強度が必要なのは間違いなくて、なにより今いる環境が恵まれすぎているという感覚もあり、未知の世界に飛び込もうと思いました。
安西:今年は新型コロナウイルスの問題もありましたし、この時期に海外移籍を決断できるのはすごいと思います。
籾木:今年の3月にアメリカで行われた国際試合で、それまで自分が積み上げてきたことが通用したと少し自信を持てたんですね。もっともっとこの環境で自分を試したいと思っていたとき、ちょうどアメリカのチームから声をかけていただきました。
自分にとって所属するクラブを変えることは初めてのことで、コロナというイレギュラーな情勢もあり、大きな決断だったのは間違いないです。でも最終的には今行くしかないという思いが勝ちました。
なにより、ラピノー選手の存在が決定打になりました。ラピノー選手はアメリカ代表でキャプテンを務めた選手で、同性愛者であることを公表したり、政治的スタンスを表明したりするなど、強烈に個性を発揮している姿に憧れました。
辻:ただでさえイレギュラーな状態なのにそんな大きな決断をできるのはすごいね。自分の意思に正直に行動するってことはなかなかできないことだから本当に立派だと思うよ。
籾木:サッカーの面はもちろんとても刺激的ですが、なにより初めて触れるアメリカの文化がどれも印象的でした。
今年の6月くらいからBlack Lives Matterの活動が盛んになっていますが、チームとしてその活動に対する考えを表明するために、あるゲームをしたんです。
チームメイトが一列に並んで、「両親はまだ結婚しているか」、「両親に大学の学費を払ってもらえたか」、「人種差別的な言葉を投げかけられたことが一度もないか」といった質問を10個されて、当てはまる人は1歩ずつ進むんですが、終わった後に周りをみると1歩も進めていないチームメイトがいたんです。振り返ってみると、この質問は全部「自分の力ではどうしようもできない環境」について聞いていて、10個のうち1個も当てはまらないなんて日本ではあり得ないことだと思うのですが、アメリカでは実際にそういう人が身近にいて。その光景を目の当たりにしたとき言葉にできない感情が湧いてきて、胸が締め付けられました。
安西:籾木さんはBlack Lives Matterの運動をまさに当事者として体験していて、ニュースとして触れるだけの僕らとは大きく違った心の動きがあったのだと思います。
籾木:試合前の国歌斉唱の際にも、自分で考え選択をする必要がありました。人種差別への抗議の姿勢を示すために膝をつくという選択肢、そもそも国歌斉唱に参加しないという選択肢。もちろん、いつも通り立って歌うという選択肢もありました。どの選択をするにしてもBlack Lives Matterの活動について自分がどう考えているのか、なぜその選択をするのかをチームメイトと共有しました。その場で言われた「あなたの考えに心から納得できなかったら、ピッチにおいてもあなたを信用することはできないわ」という一言が強烈に刺さって、私なりの想いを精一杯伝えると、チームメイトが私を受け入れてハグしてくれて。ただ、自分を受け入れてくれたことはもちろん嬉しくもあったのですが、人種差別という事実を目の当たりにした悲しみも同時に湧いてきました。
辻:とても良い経験!スポーツを通してだからこそできる経験でもあると思うね。
安西:アメリカだと特に、実力のみが評価される「平等」なピッチと、差別が残るピッチの外、つまり社会との差が際立っているように感じます。2つの世界を生きるアスリートには、両方に対するスタンスを持っておく必要があるんだと思います。
「自分の人生は自分で切り拓く。」籾木結花の生き方
辻:日テレ・ベレーザにはいつから入っているんだっけ?
籾木:中学1年生からですね。自分にとって一番刺激がある環境でサッカーがしたくてベレーザに入りました。普段から高校生と一緒に練習していて、日本一も獲得するようなハイレベルなチームだったので、とにかく負けず嫌いな私には合っていたんだと思います。
辻:練習が毎日あって、勉強との両立が大変だったり、遊べなくて嫌になったりはしなかったの?
籾木:ベレーザでは学校での生活態度や成績が良くないと練習に参加させてもらえなくて。最初はもちろん大変でしたけど、次第に勉強とサッカーを両立することを当たり前に思えるようになりました。サッカー漬けで勉強する時間も多くはなかったんですけど、成績が悪いことをサッカーのせいにしたくなくて。
辻:クラブの監督さんに感謝だね。何事も精一杯やろうって思えるようになった裏には籾木さんなりの考えがあったように感じるな。
籾木:中学生の時から強く意識していたことは、「自分と他人は違う」ということ。まわりの友達が放課後遊んでいる中、私は学校が終わったら練習に直行する生活でした。そういう生活を続ける中で友人のことを羨ましく思うこともありましたが、「自分と他人は違う」という考えが自然と身についていましたね。
安西:とても大切なマインドだと思います。その考えを持つ契機になった経験とかってありますか?
籾木:ベレーザに入団した時も、練習環境や学校との兼ね合いなど、いろいろな要素を踏まえて決める必要があったんですが、答えはどこにも無いので、最終的には「自分で」決めなければなりませんでした。高校を選ぶ時にも、自分が大切にしたいことを軸にしていたので、自分がどんな価値観なのかを認識した上で意思決定する必要がありました。
辻:ご両親はそういった籾木さんに対してどう接していたの?
籾木:両親はどちらも私の判断を尊重してくれましたし、決めたことに対しては思い切り応援してくれました。大切な場面では自分の意思を尊重することができていたと思います。
「自分にしか出来ないことは何か?」で決める人生の分岐点
辻:大学受験以外の道もあったと思うんだけど、どうしてSFCに進学しようと思ったの?
籾木:私が中学生の頃のベレーザの試合は、無料なのに全然お客さんが入ってくれなかったんです。2011年になでしこJAPANが世界一になった後は、観客席がいっぱいになる試合も一時的に増えたんですが、時が経つにつれてまた客足が遠のいてしまって。女子サッカーってとても魅力的なスポーツなのにそうなってしまうことが悲しくて、将来自分が女子サッカーに貢献するために役立つ勉強をしたいと思ったからです。
辻:大学2年生のときには日本代表にも選ばれていたよね。代表、ベレーザとSFCでの学生生活っていう3本の軸を両立させるたのはすごいね。卒業後はCriacao(クリアソン)に就職しているけど、何かきっかけがあったの?
籾木:私が4年生の時にちょうど女子サッカーリーグがプロ化を目指していて、その時は女子サッカー選手はクラブのスポンサー企業に就職することが一般的だったんです。でも私は、本当に自分にしかできないこと、やりたいことをしたかったし、就職先も本当に自分を求めてくださるところを選びたいと思って。だからクラブの方には卒業後の進路は自分で決めると伝えました。
安西:自分の意思で選ぶってことを実践されていますね!これまでの籾木さんの話を聞いているとその選択もまさに籾木さんらしいなって感じます。
籾木:ずっと心の中にあった「自分と他人は違う」という考えがSFCでの経験を経てさらに強くなり、仕事においても「自分にしかできないことをしたい」と思うようになりました。女子サッカー界も今後どうなっていくのか全く見えなかったので、後に続く選手たちのためにも新しい道を切り拓きたくて。
辻:違いを発揮しようと思うと、やはり小規模な集団の方が個性を活かしやすいってのはあるよね。大きい集団だと、集団に個性はあっても一人ひとりはone of themになってしまいがち。それにしても個性を活かしたいって姿勢と、実際にその思いに基づいて行動できるのは素敵だね。
▼第1回対談の後編はこちらよりご覧ください。
▼プロジェクトについて語ったイントロダクションはこちら。
プロフィール
籾木ニコル結花(もみき にこる ゆうか)
1996年ニューヨーク州生まれ。高校進学と同時に日テレ・ベレーザへ所属(#10)。なでしこリーグ4連覇をはじめ9つのタイトルを獲得。慶應義塾大学総合政策学部に進学後、2017年になでしこジャパンデビュー(#10)。2019年より株式会社Criacaoへ入社。2020年5月、アメリカプロサッカーリーグのOL Reignへ移籍(#21)。
Twitter:@nicole_m09
Instagram:@nicole10_official
note:@y_nicole_m
辻秀一(つじ しゅういち)
スポーツドクター/スポーツコンセプター
北大医学部卒、慶應病院内科研修、慶大スポーツ医学研究センターを経て独立。志は「ご機嫌ジャパン」と「スポーツは文化と言えるNippon」づくり。テーマは「QOLのため」。専門は応用スポーツ心理学に基づくフロー理論とスポーツ文化論。クライアントはビジネス、スポーツ、教育、音楽界など老若男女の個人や組織。一般社団法人Di-Sports研究所代表理事。著書に「スラムダンク勝利学」、「プレイライフ・プレイスポーツ」など、発行は累計70万冊。
・HP:スポーツドクター 辻 秀一 公式サイト
・YouTube:スポーツドクター辻秀一
・Instagram:@shuichi_tsuji
・Twitter:@sportsdrtsuji
安西渉(あんざい わたる)
一般社団法人日本ラクロス協会理事/CSO(最高戦略責任者)
資本主義に埋もれないスポーツの価値と役割を追求し、様々なマーケティングプランを実行。大学から始めたラクロスを社会人含めて15年間プレーし、現在は大学ラクロス部のGM/コーチを10年間務める。
1979年生まれ。東京大学文学部にて哲学を専攻。在学中の2002年よりIT&モバイル系の学生ベンチャーに加わり、2014年からITサービスの開発会社の副社長を務める。
・note:@wataru_anzai
・Instagram:@wats009
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