Main Story - 002 (Case of VALIS)

「だから、それじゃダメだって言ってるじゃん!」
「そんなことない! ララのほうこそ、間違ってる!」

楽屋に響く怒鳴り声。それをはらはらとした面持ちで見守る者もいるが、大半は我関せずか、いつもの手合い、といった様子だ。
VALISのショウは団長が一方的に押しつけるわけではない。曲もダンスも演出も、彼女達の側から発信することも多い。
もちろん、自分が一番輝ける曲や振り付けをするためだ。
だからこうした意見の衝突は、よくあることなのだが、その日は様子が違った。

「ふ、ふたりとも、そのあたりで……」
「ミューは黙ってて!」

いつもはミューの取りなしで終わるところが、ニナが珍しく激高した。

「自分だって本当は一番目立ちたいくせに、いっつも黙って! わたしは違う!」
穏やかじゃない言葉に、我関せずを貫いていたメンバー達も思わず視線を向ける。
青い顔をしたミュー。だが、それ以上に青い顔をしていたのは、言った本人のニナだった。

「違う……わたし、そんなこと言いたいわけじゃ……」
「……謝れ。ミューに、謝れぇっ!!」

ニナの言葉を遮るように、ララが飛び出してニナに平手打ちをしようとする。
だが、怒りによって発動した獣化は、ただの女の子の平手打ちを、獲物を狩る獣の動きに勝手に変えてしまう。

「やめろ!」
チノの制止の声の方が、わずかに早かった。
ピッ、という音と共に、ニナの頬に赤い線が走り、そこから血が飛び散る。

「あ……」
自分の手、その伸びた爪についたニナの血を見て、呆然とするララ。

「あの……ごめん、そこまでするつもりじゃ……」

ララのとつとつとしたしゃべりは、ガシャン! という派手な音に遮られた。
ヴィッテが、テーブルの上にあったお菓子やコップを手で振り払い、落としたのだ。
彼女の頬には、ニナの飛び血が付いていて、いつもの快活な表情は消え、まるで陶器のように無機質。
テーブルの上に残った化粧道具や鏡を、無造作に振り落とす。
派手な音が鳴り響き、楽屋がカオスと化したその時。
ヴィッテを背後からミューが抱きしめた。

「大丈夫よ何もない何もないからいつものあなたに戻ってヴィッテお願いだから」
小さく震える声で囁く。
と、ポン、と彼女の肩を叩いたのは、チノだった。

「ミュー、もう大丈夫だ。離してあげて」
「……いたいよ、ミュー」
いつものヴィッテの声に、ハッと顔を上げるミュー。彼女が抱きしめた箇所は、赤い痣になるほどだった。これもまた、獣化の力。

「……なんなのよ、これ」
あきれとも、恐怖ともつかない声で、ネフィがつぶやく。
その言葉に誰も答えられず、重い沈黙が楽屋を包む。

「いいんです。怒りもまた、みなさんの持つ感情。捧げるべき熱意」

いつの間にか入ってきていた団長は、これまでの騒ぎをまるで気にしていないかのように話し始めた。

「つらい、痛い、苦しい、憎い、目立ちたい、負けたくない! その想いを否定してはいけません。怒りは時に恐ろしい炎となりますが、力ともなります」
「それで、傷つくことになったとしても?」

チノが静かに、しかし怒りを込めた口調で問いかける。
団長はくるり、と振り返り。

「もちろん、ショウが続けられなくなっては困りますから、ほどほどに」
「ほどほどって……」

散らかった楽屋を見回し、これがほどほど? と言わんばかりに肩をすくめるネフィ。

「大丈夫です。傷はすぐに塞がります」
団長がステッキでニナの顔を指し示す。
ニナは、ヴィッテが落として割ってしまった鏡のカケラを拾い、のぞき込む。
さっきまで確かにあった傷は、まるで跡形もなく消え去っていた。

「獣化は治癒能力も高めるんです。よかったですね」
「でもこれじゃ、まるで……」
化け物みたい。口にするのが怖くて、ニナはその言葉を飲み込んだ。

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