Main Story - 008 (Case of VALIS)

客の入っていないステージ上に、ララの声と手拍子がこだまする。

「ワンツースリーフォーワンツースリーフォー……ヴィッテ、遅れてる!」

言われたヴィッテは、なんとか目だけで「わかった」の返事をする。
声をあげるだけで集中が途切れてしまうのだ。
新しい曲のフォーメーションダンスの練習は、特に踊りに自信のないヴィッテやニナにとって厳しいものになっていた。
ニナは久しぶりに自分の身体が悲鳴を上げているのを感じていた。
だが、痛みを感じること以外に頭を使わなくていいのは、今のニナにとっては逆にありがたかった。

「ワンツースリー、ここで、回る!」

その声と共に身体を回転し、位置についている、はずだった。
が、目の前にはミューの顔があった。
ごちん、という音と共に、視界が暗くなって、身体が倒れる。

「大丈夫!?」

あわてた様子のララが駆け寄ってくるのを、ニナはぼーっとした頭で見ていた。

「わ、わたしは平気よ……ニナは?」

ララに起こされたミューは、自分よりも先にニナの心配をしていた。

「え、あ……うん。……ごめん」

いつの間にか救急箱を取ってきたチノがミューのケガの様子を見ていた。軽く手や足に触れながら確認する。

「足とかひねった?」
「ううん。ありがとう、チノ」

チノの傍らでは、ヴィッテがチノのマネをしてミューの手や足をぺたぺたと触る。どうやら看護士のつもりらしい。

「だとすると、目立つのは打ち身ぐらいか……すぐに引くと思うけど」
「ええ、さすがに額だから痛いわね……」
「じゃあ、痛いのとんでけー、する?」
「ぜひ!」

え、という表情のチノを置いて、ヴィッテは気合いの入った「痛いの痛いのとんでけー!」をミューにしている。
それを見てしばし呆然としていたチノは我に返ると、ニナの元へと向かった。

「痛いところはないかい?」
「大丈夫……ごめん、本当に」
「練習さ。こういうことも起きる」
「でも……ごめん」

目も合わせず謝るばかりのニナに、チノが声をかけようとした時。

「ね、やっぱこのフォーメーション難しすぎない? 正直、あたしたちじゃ手に余りまくりじゃん」

ネフィが口調だけはいつもの軽いノリで提案する。だが、そこに茶化すような雰囲気はなかった。

「だからやる意味がある」
「けど、やれてないし」
「だから練習してる」
「いきなりは無理だって。やれることやんないと」
「最初からできることなんてやっても意味ないし!」
「だからってケガしてちゃ、それこそ意味ないんじゃないの!?」

ララとネフィがいつもの調子でケンカをはじめる。
いままでなら、ここでチノが止めるところだが、チノはただもくもくとニナの身体にケガがないかを確認していた。

「あの、わたしはいいから、ふたりを」
「いいんだ」
「でも」

ニナの声は、ネフィの声に遮られた。

「まったく、ほんっとにガンコなんだから!!」

そう言って怒りながら、ネフィはステージを立ち去ってしまう。
ララはふう、とひと息吐くと、ニナとヴィッテに言った。

「ヴィッテは特訓。ニナは手当てが終わったら合流して」
「えー!」

ヴィッテが抗議の声を上げるが、ララは聞く耳を持たない。
だがニナは、

「ごめん、わたし……いってくる!」

そう言って、瞬間移動で消えてしまった。

ネフィはひとり屋根の上にいた。

「ほんっとうにあの言い方……!」

怒りが収まらない様子のネフィだったが、気を取り直し、大きく深呼吸をして気持ちを落ち着けようとする。

「すぅーーーーー……」
「ネフィ」
「ぶわぁっ!」

いきなり瞬間移動で真横に現れたニナに驚くネフィ。

「あのねぇ、いきなり現れないで!」
「ご、ごめん……」
「まったく、その力どうかしてるわよ……便利そうだけど」

自分のことを棚に上げて、言いたい放題のネフィ。
だが、ニナはただシュンとうなだれるだけだった。
その様子を見て、ネフィがめんどくさそうに告げる。

「大丈夫、ちょっと頭冷やしたら戻るから」
「え……」
「どうせヴィッテに教えてるんでしょ? いま。それが終わったぐらいで戻れば、ちょうどいいし」

ネフィの言葉に、ニナは目を丸くする。

「ねぇ、そんなに怒ってるのに……なんで?」
「へ?」
「ララと一緒になんかやらない! って、思わないの?」

何を、と言いかけたネフィだったが、ふと考え込んだ。

「確かに。ララって言い方がいちいちムカつくし、自分勝手が過ぎるし、いっつもリーダー顔だし、めんどくさいし」
「言いたい放題だ……」
「なによ。言い出したのはニナじゃない」

そう言うとネフィは屋根の上に座り、視線でニナにも座るようにうながした。
それにつられ、ネフィの横に座るニナ。
しばらく夜空を眺めていたふたりだったが、ネフィがふと。

「でもさ、本気でやりたいって気持ちはわかるから」

驚いて、目を見開いてネフィを見るニナ。

「なに? そんな驚くことじゃないじゃん。ていうかララがガチだなんて誰が見たってわかるし」
「それはそうだけど」

あんなに言い合ってても、そこは認めるんだ。そうニナは思った。

「……大人だね、ネフィは」

はぁ? というリアクションで、ネフィは肩をすくめる。

「褒めたつもり?」
「一応……よく、みんなのこと見てるな、っていうか?」

そう言われると、フッと笑った。

「嫌われたくなくて、ビクついてただけだし」

ほとんど聞こえない声で、そうネフィはつぶやいた。
ニナがその意味を聞き返そうとするのを、わざとらしく大きな声で遮った。

「ニナもさ~、案外引きずるよね。ま、根っこが暗いんだろうけど」

うあ、と声にならない声をあげるニナ。図星をつかれた時によくしてしまうリアクションだ。

「なんでわかるの……?」
「だって本当に明るくて、何も考えてませーん! みたいな子、こっちの世界に来ないし」

ヴィッテは、と言いかけてニナは口をつぐんだ。ヴィッテは不思議な子ではあるけど、悲しいことや辛いことをたくさん感じてきたんだな、というのはわかったから。

「……ほんと、よく見てるね」
「見てるっていうけど、お互いに見られてない? いまさらカッコつけても意味ないぐらい、ダッサいところや恥ずいところ、全部知ってるわけでしょ」
「それは……そうかも」
「だからどんなに口げんかしても気にしないし。おまえが言うな! って」

ネフィの含み笑いに、ニナの顔も少し笑顔になる。あの口げんかも、お互いにわかってやっている。それがわかって、少しホッとしたのだ。

「あ、久しぶりじゃない? ニナが笑うの」
「そう……?」
「前はいつでも笑ってて、この子マジで頭大丈夫? って思ってたぐらいなのに」

ニナは口で抗議するかわりに、隣に座っているネフィに肩をぶつけた。
痛った、とふざけ笑いのネフィ。

「最近気づいたんだけどさ。ニナの明るさって、ホントと嘘が混じってるなーって」
「混じってる……?」
「100%本気で楽しいー! って感じじゃないかもだけど、作り笑いして腹の中でヘッってできるほど大人でもない。でしょ?」

大人かと言われたら、大人じゃないと答えると思う。もし大人なら、作り笑いができるのなら、こんなところまで逃げてはいないからだ。
ネフィは少しイタズラっぽい笑みを浮かべる。

「じゃあ、その楽しさの何%かはホントじゃん?」


そんな風に考えたことはなかった。
この世界に来て最初は楽しかったけど、どんどんこわくなって。
でも、怖さを隠して歌って、踊って。
痛い痛い痛い記憶を引きずり出されて、“力”なんて欲しくないものまで渡されて。
今まで選んできたことも、ここに来たことも、全部間違いだって思ったけど。

「……全部じゃなくて」
「うん?」
「全部じゃなくて……いいのかな。嘘が混じってても……楽しいって……」

それでも、楽しいって気持ちは、誰かに見てもらえるうれしさはあって。
それを分かち合える仲間がいて。
だったら、楽しいって思っても、いいのかな……?

ニナがおそるおそる差し出した言葉に、ネフィは「いいんじゃん?」という最高に軽い返事で答えた。

「楽しいかどうかを決めるのは、自分だし」

うん、とだけ言って。ニナは自分の膝に顔を埋めた。
ネフィはそのまま、空を見上げた。

楽屋には、以前のような熱気が戻ってきていた。

「フォーメーションダンスは決まるとかっこいいし、お客さんの心をガッと掴める。絶対に入れたい」
「つかみとしてはわかるけど、ちょっと難しすぎじゃない?」
「挑戦は大事だと思うよ」
「わたし、できるかしら」
「ミューならできる。ララが保証する」
「ヴィッテはー、簡単なほうがいいなー」

次のステージで歌う新曲を、ワイワイと言い合う少女達。
その様子を見ているソートの顔には「うるさい」「耳を塞ぎたい」と書かれていた。

「あの、みなさん」

団長の声に、話し声がピタリと止む。

「ショウの冒頭のインパクトが大事なら、フォーメーションダンスなど使う必要はありません。“力”を使えば簡単に解決するではありませんか」

ソートのあきれかえったようなひと言に、逆に6人全員が「はぁ?」という表情を浮かべた。
え、という表情のソートに、ララが言った。

「簡単に解決しちゃ、面白くないじゃん」
「うんうん! 大変だけどみんなでがんばれば、きっとできるよね!」
「あれ~? この前までミューとぶつかってたりして足引っ張ってたのはどこの誰でしたっけぇ~?」

すぐさま混ぜっ返すネフィ。

「えー違うよー。ニナはー、今でも足引っ張ってるし!」
「えぇ!? ヴィッテひどいよ~! 一緒に特訓した仲間じゃん~!」
「ヴィッテはもうできるもーん!」

そう言いながら、その場で軽やかにダンスの振りをやって見せるヴィッテ。
その様子を見たミューが、目を輝かせながら小さく拍手をする。
ララがたしなめるような口調でつっこんだ。

「調子に乗らないの! ダンスの振りが入ったら、今度は歌いながらやるから」
「歌いながら、なのよね。はぁ……不安だけど」
「ミューならできるよ。だろう?」
「そういうチノは、ちゃんとできてるわけ~?」

ネフィの混ぜっ返しに、チノは耳をぴくり、とさせる。

「ふむ。じゃあ今度ふたり並んで踊って見せようか? どちらのダンスがより正確か、ララに見てもらおう」
「あらぁ~? ワタクシはよろしくってよ!」

ふざけた口調ながらも、どこか楽しそうなネフィとチノ。それを見て、ララがため息をついた。

「チノまで。まったく……みんなこんなだったっけ?」
「だねぇ。でも、楽しいからいいよ!」

その能天気な調子に、思わずララがぼやいた。

「ニナ、あなたって、本当に変わらないわねぇ……」

ニナは一瞬虚を突かれた様子でぽかんとしたが、すぐに満面の笑みに戻った。

「えへへ~!」
「それじゃみんな、そろそろレッスンするよ」

ララの提案に、やれやれ、とか、どっちがすごいか見せるから! と、口々に言いながら楽屋の出口に向かって進む少女達。

「ではね、団長」

最後に部屋を出て行くチノが挨拶をし、楽屋のドアをバタリと閉める。

ひとり残されたソートは、耳をかきつつつぶやいた。

「これは、なんとまぁ……予想外の展開ですな」

窓の外を見上げるソート。
そこには、下弦の半月が輝いていた。

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