Main Story - 006 (Case of VALIS)

ソートはヒゲをゆっくりといじり、宝石の付いたステッキをニナに突きつけて、言った。

「結局あなたは、どうなさりたいのですか?」

ソートの問いかけに、ニナは何かを言いかける。



ヴィッテはひとり、夜の空を見上げていた。
ごう、と少し強い風が吹く。その風に揺られ、ヴィッテの身体は揺られた。
夜の空の上で。


今日の公演も大成功だった。新たな力を得た彼女達のショウは一気に華やかになり、これまでのファンは元より、いままで見向きもしなかった、あるいは知らなかった者達すら虜にしはじめていた。
もらえる♥や👍の数はどんどんと増え、賞賛と歓声、怒号にも似た悲鳴もいや増すばかり。
だが、一方で彼女達の間には軋みが生じ始めていた。



「このままじゃダメだと思うんです」
「ダメ、とは?」
「なんていうか、空気が悪いっていうか、今までと違うっていうか……」
「違って当たり前です。みなさんは『力』を手に入れたのですから」

そうじゃない、とニナは反論した。


今までも楽屋には緊張感があった。本番前はピリッとしたララの声が響いていたし、本番の後には反省会で、みんなでガチのケンカ一歩手前まで熱くなったこともある。
けど、それ以外の時間はだいたいユルくて。
ミューに髪をとかされているヴィッテはお菓子を食べながらゴキゲンで。
ネフィはララをいじり、ララは怒りながらも相手をして。
ひとり静かに本を読んでいたはずのチノが、たまに的確なツッコミをして。
そうしてみんなで笑っていた時間があったのだ。


「今は、みんなずっと黙ってて。うつむいてたり、考え事ばっかりしたり」

会話は必要最小限……を越えて、ほぼゼロ。
もちろんそれではショウに支障を来すこともある。
けど、各人の『力』を使えば、多少のトラブルはリカバリーできてしまう。
それどころか、客の中には明らかなトラブルをこそ喜んで騒いでいるのもいる。



「あんなの、あたし達が見せたいパフォーマンスじゃないし!」
「あら~? ずいぶんマジメですわね? ララさんにあてられて熱くなったんじゃありませんこと?」
「いいじゃん別にさ~、ぶっちゃけ、ウケまくりの♥もらいまくりなんだし~」

楽屋の片隅には、ネフィがいた。彼女の他には誰もない。
が、話し声は複数聞こえてくる。
なぜならば、彼女が複数人いるから。

「にしても、分身の能力ってヤバくね? あたしがこんなにたくさんとか!」
「いやだから、自分と話しても意味ないって!」
「しょうがないじゃん、勝手に出てきちゃうんだから」
「最近じゃ楽屋の空気が重すぎて、話し相手いないしね。ちょうどいいし」
「でもさ……こいつ、もともと話し相手とかいなかったじゃん」

たくさんのネフィ達が口々におしゃべりをする中、ひとりだけ椅子の上に膝を抱えて俯いているネフィがいる。それに向かって、おしゃべりをしているネフィ達のひとりが指差した。

「ちょ、一応本体なんだからさ~、少しは気を使いなって」
「あ、そだった」

そんなネフィ達の声を聞きながら、本体と呼ばれたネフィはのっそりと顔を上げる。その瞳には力がなかった。



彼女の持つ『力』で、夜の空に浮かぶヴィッテ。
その瞳は星空と、禍々しく赤い月を映している。
そして瞳に宿っている光は、やはり弱々しかった。

「みんな、よろこんでくれる。いっぱいいいねって言ってくれる。けど……」

虚空に向かって手を伸ばしてから、ぽつりとつぶやく。

「なんか、つまんないな」

伸ばした手をだらんとたらし、目を閉じる。
歌うのはただ楽しかった。自分の歌で、誰かが振り向いてくれると、もっと楽しくなった。
仲間に褒めてもらうと、心がほかほかした。
でも。
歌っても、つまらない。
飛ぶとみんなが騒いでくれるけど、それだけ。
仲間だと思ってたみんなは、ずっと黙ったまま。
ふわふわと空に浮きながら、ヴィッテは考えた。
――このまま、空に消えちゃっても、いいかも。



「――――」
「――――」

ずっとおしゃべりし続ける自分の分身達。その声を遠くに聞きながら、ネフィは考える。
あたし、こんなの望んだっけ?
これがやりたかったことだっけ?
あたし達は……いつから間違えたの?
そのことを誰かに話したくて。でも、まわりには自分しかいなくて。
結局彼女は、また膝に顔をうずめた。



「なるほど、つまり『力』がすべての原因と、そうおっしゃりたいわけですか」
「そこまでは、言わないけど……でも、変わったことは本当だし」
「変化こそは成長の証! 喜ばしいことです」
「うん、そう、なんだけど……ちょっとみんな、がんばりすぎかなって。だから、ちょっとお休みがあったらって」
「休む?」
「そしたら、前みたいに、みんなでもっと仲良く、助け合ったりできるんじゃないかって」

ニナの言葉に、ソートは心底不思議そうな表情で答えた。

「獣の力を手にしたのに、ヒトらしいことをしたい?」

え、というニナの言葉は、かすれてソートまで届かなかった。

「休む必要などありません。あなたがたが手にした力は、超常現象を引き起こすだけではありません。疲れを知らず、踊り歌い、永遠に舞台に立つことすら可能です」
「そんな……そんなのおかしいよ! だってみんな、疲れてるし!」
「あれは心の問題です。身体はいたって問題ないはず。そうでしょう?」

言われてニナは思い出す。ここ最近、身体の不調は感じていない。それどころか、いつになく元気に動ける。
だったら、この泥の中をはいずり回っているような重い足取りは? 胸がつかえるような息苦しさは?

「大丈夫、いつかは消えます。疲れを感じることもなくなります」

心を先読みされたようで、ゾッとする。初めて会ったときもそうだった。ソートの前に立つと、心を丸裸にされているようだ。

「契約に従い、あなた方にステージを用意しました。力も与えました。もちろん、吾輩も相応の代価をいただきました。なんら問題ありません」
「でも……! これは違うよ、ダメなんだよ!」

ソートはヒゲをゆっくりといじり、宝石の付いたステッキをニナに突きつけて、言った。

「結局あなたは、どうなさりたいのですか?」

ソートの問いかけに、ニナは言葉を探す。
歌いたい、楽しくやりたい、ちやほやされたい、笑いたい。
怒られたくない、泣きたくない、帰りたくない。
思いは漠然として、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられて。
何か言葉を発しようとしたが、その口は閉じられてしまった。

「……なんでもない」

逃げてきた世界。そこでよく口にしていた言葉で話を打ち切る。
あの頃の惨めな気持ちを振り切りたくて、ニナは強く目を閉じた。
と、その瞬間、彼女の姿はフッとソートの前からかき消えてしまった。



ニナが立ち去ったあと。

「もう少しで、時は来たれり……といったところでしょうか」

ステッキについた宝石をそっと撫でながら、ソートはつぶやいた。

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