VNLリュブリャナ観戦旅3~リュブリャナ観光
夜10時半、観光地の一角にあるホテルにたどり着くと、温かい笑顔のおじいさんがレセプションで待ってくれていました。
私の姿を見るなり、「私の英語は良くないからうまく説明できないけど…」と謙遜の姿勢だったので、このホテルは当たり!と確信しました。
私よりははるかに上手な英語のおじいさんの説明でスムーズにチェックインを済ませ、鍵を受け取り離れの部屋へ。アジア人差別も多いヨーロッパですが、このホテルは温かい雰囲気で、直感でルブリャナとの相性は悪くなさそう…と希望が持てました。
夜11時を前にこのまま休むべきでしたが、あのお祭りの雰囲気を楽しみたくて、そのまま即刻外へと散策に出発。
新しい街、早くその街並みを見たいという欲求に駆られ街を走り出したくなく気持ち…
その勢いで街を練り歩き、わずか数分でリュブリャナのガイドに必ず載っている景色を見つけると、あっという間に気持ちは最高潮に達していました。
しっかりと目に焼き付け、写真に収め、早くも十分に満たされた気持ちに。
さて、ここからどうしようか…。
リュブリャナっぽい景色も見られたし、明日の観戦に向け休むべく、このままホテルに戻ろうかな…。
そう思いルートを逆走しようとしたときに、長身のグループとすれ違いました。長身=バレー選手と思ってしまう悪い癖のせいで、思わず顔に目を向けると…ん?マシュロビッチに似ている!?
いやいや、明日の試合があるのに、さすがに選手は夜11時には出歩かないでしょう。まして選手の泊まるホテルとは全く別エリア。つい選手と重ねてしまう悪い習性のせいで、続けざま隣の人物を見ると、ん!?こっちはマシュロビッチ弟では!?
はっ! これは…絶対に間違いない!
ちょうどサッカーの試合を放映している街角のテレビを、立ち止まってのぞき込んでいた3人組。その間が「声をかけて下さい」と言わんばかりの絶好のタイミングに思え、勢い余ってとっさに声を掛けてしまい…。
愛称を呼ばれ気が付いてくれたマシュロビッチ兄弟。観戦に来たことを伝えると、「明日は勝つよ!」と心強い言葉。
明日の試合…16:30からとはいえ、この時間に出歩いている2人は、多分出場しないということだよな…。それでも力強い言葉を聞くことができ、彼らは決して弱気ではないのだと心強くなりました。
そのテンションの高まりでエネルギーを持て余したように、もうちょっと街を散策。
ちょっと先まで足を運ぶと、パフリックビューイングの会場へたどり着きました。
同じ市内、バレーの試合も近くで行われていますが、街は断然サッカームードのよう。ならば、ちょっとその雰囲気を味わってみようか…と思っていたら、ちょうど試合終了。三々五々に散っていく人々と共に私もホテルへと戻りました。
疲れのピークを越えたのか、変なテンションで気持ちの高まりが収まらず、なかなか寝付けない夜。
4〜5時間という、私にしては極度に少ない睡眠時間で、翌朝を迎えました。
7月19日(水)
確実に睡眠不足なのに気持ちよく目覚められたのは、観光欲に駆られた旅のマジックか、試合の向けた緊張感のせいか…
6:00にはすっかり目が覚めて、散歩に出かけます。
山道を登っていくと…あっという間に目的地へ。
スロヴェニアの旗がなびいているお城…リュブリャナ城です。
早朝7時、誰もいないと思いきや、清掃員がすでにお仕事中。解放されている城内に気が付けばうっかり入ってしまっていたようで、注意されて慌てて飛び出しました。
高台にあるお城から見下ろすリュブリャナの景色。遠くの山のふもとまで敷き詰められたような、揃ったレンガ色の家々が画になります。
お城から下っていく際、隙間から見える景色に見とれながら、街の様子を観察。
決して大きくないこじんまりとした街ですが、所々に気品を感じる素敵な街で、リュブリャナ出身のコザメルニクはもちろん、セルビア選手たちも「素敵な街だよ」絶賛していたことを思い出しました。
市街地へと戻ってコンビニ的商店でサンドイッチを購入し再びホテルへ。
朝ごはんを食べながらほっと一息つくと、数時間後に迫るセルビア対キューバの対戦を前に緊張が襲ってきます。
予想通り現在の順位だと、この対戦の勝敗によってセルビアかキューバ、どちらがパリ五輪に出場できるかが決まるといっても過言ではありません。もちろんこの後行われる3試合で、覆される可能性もないわけではありませんが、その可能性が低いのは事実…。
ここで負ければ、ほぼ五輪出場の可能性はゼロと思ってもいいくらい。
そう考えたら、一瞬にして4年前の欧州五輪予選の敗北シーンが蘇り、涙が溢れてきました。
セルビアが勝つことを想像したいのに、想像できるのは敗北シーンばかり。これまでの予選敗退の傷は想像以上に深く、つい昨日の出来事のように私の心は痛みから未だ回復できていないことを思い知りました。戦いを見届けるのが怖くて苦しくて、とてもその痛みに耐えらそうになく、自分でもびっくりするくらいに溢れる涙。2020年1月ベルリンで負けた時のように、一人声を上げて試合前のホテルで泣きました。
4へつづく…
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