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SCMは「Value Center」へ──日本のSCMが目指すべき進化とは?

こんにちは、梶野透です。このNoteでは、SCMに携わる社会人10年前後の皆さんに向けて、キャリアや仕事の本質について考えるヒントを発信しています。

SCM=コストセンター? それともプロフィットセンター? サプライチェーンの仕事をしていると、「いかにコストを削減するか?」という問いを常に求められます。 効率化、最適化、ムダの排除──。これらはSCMの基本であり、多くの企業ではSCM=コストセンターという捉え方が根強くあります。

確かに、SCMが効率化を追求するのは重要な役割です。しかし、それだけで十分でしょうか? ここ最近、先日記事に書かせていただいた早稲田大学の学生さん、さらに先週も東京大学の田中謙司研究室の学生さんから、立て続けに「SCMが本来目指すべき姿とは?」というご質問をいただき、今一度言語化してみようと思います。本日の内容はかなり長文でもありますが、何か参考になる観点があれば幸いです。

SCMは、企業が顧客に届ける価値そのものに大きな影響を与えます。物流、調達、製造、在庫管理、すべてのプロセスが「どのような商品やサービスを、どんな体験価値として届けるのか?」という問いに直結しています。 にもかかわらず、SCMが単なるコストカットのツールとして語られることが多いのは、実にもったいないことです。 特に日本のSCMは、世界でもトップレベルの実行力を誇ります。細やかなプロセス管理、正確な納期対応、現場での継続的な改善(カイゼン)──どれをとっても、日本のSCM人材は高い能力を発揮しています

しかし、利益率を比較してみると、日本におけるトップの企業と、世界トップの企業の比較をすると、かなり高い確率で世界トップ企業の方が高い傾向にあります。例えば、P&Gと花王の比較では、2023年までの5年間の比較で約8%差があります。
もちろん規模などを含めて、単純比較できるものではありませんが、成熟した企業での8%の収益性の違いの一つには、原価の組み立てかた、そしてサプライチェーンの考え方があると、私は考えております。
こんな課題意識を含めて、日本のSCMは、次のステージに進むべき時期にきていると感じております。 それが、SCMを「Value Center」として捉え直し、顧客価値を創造する役割へと進化させることです。

本日は、徹底的に日本のSCMが目指す世界を煮詰めてみたいと思います。


SCMを「Value Center」へ──コスト削減から価値創造へ

これまでのSCMの進化を大きく分類すると、以下のように整理できます。

Cost Center(コストセンター)
SCMの伝統的な役割。調達、物流、製造の効率化を通じたコスト削減が主目的。
例:原材料の安価な仕入れ、倉庫のスペース削減、物流コストの最適化など。
Profit Center(プロフィットセンター)
SCMが事業に直接貢献するフェーズ。
例:在庫管理の高度化による販売機会の最大化、需要予測の精度向上、SCMデータを活用した価格戦略の最適化。
Value Center(バリューセンター)
SCMが単にコストや利益を管理するだけでなく、顧客体験そのものを向上させる機能として進化するフェーズ。
例:食材の品質向上を通じて「美味しさ」を届ける、サステナブルな調達によってブランド価値を高める、エンドユーザーの体験を設計に組み込む。

なぜ、日本のSCMは「Value Center」を目指すべきなのか?

① 日本のSCMは、すでに高い「実行力」を持っている
日本のSCMエンジニア、バイヤー、オペレーターの特徴は、細やかなプロセス管理と高い現場力です。 しかし、それだけではグローバル市場では戦いにくくなっています。 欧米の企業では、SCMを単なるオペレーション部門ではなく、事業の戦略パートナーとして捉え、売上成長のドライバーとしています。 「コストを下げる」ことではなく、「価値を生み出す」ことがSCMに求められているのです。

② 着荷主(顧客)の解像度を上げることが、SCMの強みになる
SCMが単なる「効率化の仕組み」ではなく、顧客の解像度を上げ、商品・サービスの体験価値を最大化する仕組みとして機能すれば、企業の競争力は格段に上がります。 例えば、食品業界なら「食材の生産者のこだわりを伝える」「原材料のトレーサビリティを可視化する」といった工夫をすることで、単なる原価管理を超えた価値を提供できます。

③ SCMが商品価値を作る時代にシフトしている
消費者は、もはや「安さ」だけではなく、「どのように作られた商品なのか?」という背景にも価値を見出しています
。 この変化に対して、SCMはどのように関与できるでしょうか? それは、SCMが商品やブランドのストーリーの一部を作り出すことです。 SCMの役割は、単なる「コスト削減」ではなく、「どのような体験価値を提供できるか?」という視点で設計されるべき時代になっています。

では、具体的にSCMが「Value Center」としての役割を果たすためには、どんな変化が求められるのでしょうか? 次の章で、具体的なアプローチを考えていきます。

SCMが「Value Center」になるために必要な3つの視点

SCMが「Value Center」として機能するためには、従来のオペレーション最適化の発想から脱却し、「どのように顧客の体験価値を向上させるか?」という視点を持つ必要があります。 ここでは、SCMが価値を生み出すために重要な3つのアプローチを紹介します。

1. 仕入れを「価値創造の起点」として再定義する
SCMの役割の一つに「仕入れ」がありますが、従来は「いかに安く、効率的に調達するか?」が主な関心事でした。 しかし、「Value Center」としてのSCMでは、仕入れそのものが商品価値を左右する重要な要素になります。

例えば:

  • 食材の品質向上:うどんの麺に使用する小麦の品種を変えることで、食感や風味を向上させ、顧客満足度を高める。

  • 生産者との連携:生産者のこだわりやストーリーを伝えることで、商品の付加価値を高める。

  • 独自性のある原材料の確保:「このブランドでしか食べられない」食材を使うことで、競争優位性を生み出す。

食品業界に限らず、原材料そのものが商品のストーリーの一部になる時代において、SCMは「価値を生み出す最前線」にいるのです。

2. 価格戦略の最適化をSCMの視点で考える
「Value = Experience / Price(価値=体験 ÷ 価格)」という考え方に基づくと、価格設定は単なるコスト計算の結果ではなく、顧客体験のバランスを取る要素として機能します。
SCMの視点で価格戦略を最適化するには:

  • 輸送・物流の最適化:輸送コストを削減しつつ、食材の鮮度を保持することで、コスト削減と体験価値の向上を両立する。(品質を上げることで、結果的にお客様へより美味しい食材を届けることになり、物流費が上がっても収益性向上ということもありうる)

  • 需要予測を活用したダイナミックプライシング:リアルタイムの需要データをもとに、最適な価格を設定する。

  • 食品ロスの削減:適切な在庫管理を行うことで、廃棄ロスを最小化し、コスト圧縮とエシカルな価値提供を両立する。

価格を単なるコスト計算の結果として決めるのではなく、「価値をどう伝えるか?」という視点で考えることで、SCMはより戦略的な役割を担えるようになります。

3. SCMを「ブランド体験の一部」に組み込む
「安定した品質」「適切なコスト」だけでなく、SCMはブランド体験そのものを支える要素になります。

例えば:

  • サプライチェーンの透明性を向上:生産者の情報や食材のトレーサビリティを可視化することで、消費者の安心感を生む。

  • 店舗・ECとの連携強化:リアル店舗とオンライン販売のシームレスな在庫管理を実現し、顧客体験を向上させる。

  • 持続可能なサプライチェーンの実現:環境に配慮した調達・物流を実践することで、ブランドの信頼性を向上させる。

SCMが単なる裏方ではなく、「お客様にとってのブランド体験をどのように作るか?」を意識することで、企業の競争力を大きく引き上げることができます。

SCMは「価値を届ける最後のピース」
これまで、SCMは「コスト管理」「効率化」の視点で語られることが多かったですが、実際には「価値を届ける最後のピース」でもあります。 例えば、どんなに素晴らしい商品が開発されても、SCMが機能しなければ、適切な形でお客様のもとに届きません。 つまり、「Value Center」としてのSCMとは、単なる物流や調達の管理ではなく、お客様に最適な形で価値を提供する仕組みをデザインすることにほかなりません。

次の章では、SCMが「Value Center」にシフトすることで、どのように事業成長に貢献できるのか?をさらに掘り下げていきます。

SCMプロフェッショナルが「Value Center」の視点を持つために必要なこと

SCMが「Value Center」として機能するためには、組織としての方向性だけでなく、そこで働くプロフェッショナル一人ひとりが持つ視点も重要です。 これまで「効率化」「コスト削減」を中心に考えてきたSCMパーソンが、より「価値創造」にシフトするためには、どのような思考が求められるのでしょうか?
ここでは、SCMを「事業成長のエンジン」として活用するために大切な3つの視点を紹介します。

1. SCMを“事業の視点”で考える
多くのSCMパーソンは、オペレーションの最適化やKPIの達成に日々追われているかもしれません。 しかし、「Value Center」の視点を持つためには、SCMを単なる機能ではなく、事業の一部として捉えることが不可欠です。
例えば、以下のような問いを持ってみると、SCMの視点が大きく変わります。

  • この仕入れや物流戦略は、事業全体の売上や利益にどう影響するのか?

  • この調達戦略は、顧客の購買体験をどう変えるのか?

  • この在庫戦略が、ブランド価値をどう向上させるのか?

SCMの業務を「コストセンター」としてではなく、「どうすれば売上や顧客満足度を上げられるか?」という事業視点で考えることが重要です。

2. SCMが「顧客価値」にどう貢献するかを意識する
SCMは、最終的に「顧客体験」に直結します。 しかし、日々の業務の中では、エンドユーザーの視点が抜け落ちてしまうことが少なくありません。
例えば、以下のような考え方ができると、SCMが顧客価値向上のために果たせる役割が見えてきます。

  • 仕入れ・調達の工夫で、商品の体験価値を上げる → 例えば、単に安い食材を仕入れるのではなく、「この店ならでは」の食材を選び、顧客の満足度を高める。

  • 物流戦略で、より良い顧客体験を生み出す → 配送スピードや温度管理を最適化し、常に高品質な商品を提供できるようにする。

  • トレーサビリティを強化し、ブランドの信頼を高める → どのように生産・流通されたかを開示することで、安心感と特別感を提供する。

SCMは、単に商品を「届ける」機能ではなく、顧客がどのように商品を体験するか? という視点を持つことが重要なのです。

3. SCMが「未来を創る」機能であることを意識する
多くのSCMの仕事は、過去のデータや現在の状況に基づいて最適化を図ることが中心になりがちです。 しかし、「Value Center」の視点では、SCMが未来の市場や消費行動を形作る役割を持つことを意識することが大切です。

  • 新しいテクノロジーを活用し、SCMの役割を進化させる → AIやデータ分析を活用し、需要予測をより精緻化し、ムダのない供給体制を作る。

  • 持続可能なSCMを設計し、社会的価値を生み出す → CO2削減や環境負荷の低い物流を実現し、企業ブランドの競争力を高める。

  • SCMの知識を他部署と共有し、全社的な経営視点を持つ → SCMのデータやノウハウを活かし、マーケティングや営業戦略と連携することで、より一貫性のある価値提供を行う。

SCMは「過去のデータを管理する仕事」ではなく、「未来の顧客体験を創る仕事」へと変わっていく必要があります。

「SCMをもっと面白く、価値のあるものにする」ために SCMの仕事は、ただ「モノを動かす」だけではありません。 「事業の成長を支え、顧客の価値体験を創る」仕事として、もっと可能性を広げることができます。

  • あなたのSCMは、事業の成長に貢献できているか?

  • SCMが「Value Center」として機能するために、できることは何か?

  • SCMの仕事を、より面白く、意味のあるものにするには?

こうした問いを持ちながら、これからのSCMキャリアを考えてみるのも良いかもしれません。この部分をもう少し深掘りしたいと考えており、次の章で、SCM領域10年目の方に向けて、さらに深掘りしていきます。

SCMキャリア10年目のプロフェッショナルに求められる視点の転換

SCMに10年携わっていると、多くの業務を経験し、専門知識が身につき、日々のオペレーションをスムーズに回せるようになっていることでしょう。

一方で、この時期に陥りがちなのが、「業務をこなすことが目的化する」ことです。 効率化やコスト削減の視点が染みつき、与えられた目標を達成することがメインになり、視座を広げる機会が少なくなってしまうことがあります。

しかし、SCMが「Value Center」として機能するためには、視点を大きく転換することが必要です。 ここでは、SCMキャリア10年目のプロフェッショナルが持つべき3つの視点について考えてみましょう。

1. 「効率化」から「価値創造」へのシフト
多くのSCMプロフェッショナルは、キャリアの最初の数年間で「いかにムダをなくし、効率化を図るか?」という視点を叩き込まれます。 それ自体は非常に重要なスキルですが、10年目を迎えたら、次のステージに進むことを考えるべきです。

例えば、

  • 「この業務をもっと効率化する」 → 「この業務をやることで、顧客にどんな価値を提供できるか?」

  • 「コストを削減する」 → 「コスト削減が、顧客体験の向上につながるか?」

  • 「在庫を適正化する」 → 「適正在庫によって、どのような市場価値を生み出せるか?」

こうした視点を持つことで、SCMは単なる「コスト削減の機能」ではなく、「価値を生み出す機能」へと進化します。

2. 「部分最適」から「全体最適」へのシフト
10年目になると、自分の専門領域(調達、物流、生産管理など)には精通しているものの、SCM全体を俯瞰する力が不足していると感じることが多くなります。 これは、視座を上げることでしか得られないスキルです。

例えば、

  • 「調達コストを下げる」ことだけを考えていないか? → 価格交渉に成功しても、品質が下がり、最終的にブランド価値を損なう可能性がある。

  • 「物流コストを最適化する」ことだけを考えていないか? → コストを削減しても、納期が遅れたり、在庫管理のリスクが増えれば意味がない。

  • 「製造効率を上げる」ことだけを考えていないか? → 工場の稼働率を高めても、販売計画と連携が取れていなければ、過剰在庫や品切れを招く。

SCMの世界では、一つの機能を最適化するだけでは、事業全体の価値が向上しないことが多々あります。

10年目のプロフェッショナルに求められるのは、「自分の業務がサプライチェーン全体にどう影響を与えるのか?」を常に意識することです。 「SCMの全体像を俯瞰する力」を磨くことで、企業全体の成長を支える視座を持つことができるでしょう。

3. 「事業貢献」の視点を持つ
SCMのキャリアを進めるうえで、事業成長にどのように貢献するか?という視点を持つことが不可欠です。 SCMの仕事は、「モノを効率的に動かすこと」だけではありません。 「どうすれば事業全体の価値が高まるのか?」を意識することが、SCMプロフェッショナルとしてのステップアップにつながるのです。

例えば、

  • 「SCMが売上にどう貢献できるか?」 → 需要予測や在庫管理を最適化することで、販売機会を逃さず、売上を最大化する。

  • 「SCMが顧客体験をどう向上させるか?」 → 物流や店舗オペレーションを工夫することで、より快適な購買体験を提供する。

  • 「SCMがブランド価値をどう高めるか?」 → 例えば、環境に配慮したサプライチェーンの構築は、企業のブランド価値を向上させる。

SCMは、企業の競争力を左右する重要な機能です。 コストを削減するだけではなく、事業成長のドライバーとしての役割を果たせるかどうか? この視点を持つことで、SCMプロフェッショナルとしての可能性が大きく広がります。

SCMの未来を考える──あなたは「価値」を生み出せるか?


ここまで、SCMキャリア10年目のプロフェッショナルに求められる視点について考えてきました。 SCMの仕事は、もはや単なる「モノを動かす仕事」ではありません。 これからのSCMは、「事業価値を高める仕事」へと進化していくべきです。

最後に、ここまで読んでいただいた読者の方へ、今一度問いかけてみたいと思います。

  1. あなたのSCMの仕事は、事業の価値を高めているか?

  2. 自分の業務が、会社全体や顧客体験にどう影響しているかを意識できているか?

  3. SCMの未来をどう捉え、自分のキャリアをどう広げていくか?

10年目の今こそ、SCMを「Value Center」として進化させるタイミングです。
あなた自身の仕事を見つめ直し、「価値を生み出すSCMプロフェッショナル」としての視点を持ってみてはいかがでしょうか?私も、自分自身に問いかけながら、試行錯誤を続けていきたいと思います。