リレー小説 note 9 【未来 4】
←未来 3
嫌な沈黙を破ったのは、賢治の鳴らしたチャイムの音だった。
今の話は二人の秘密ね。と言う香澄さんを残して賢治を出迎えに玄関に行った。
「ほれ、言われた通りにケンタッキー買ってきたぞ。なんだ今日は大人しいな」
ワイシャツを腕まくりした賢治が入ってきた。
外の気温は益々上がったのか、薄く汗をかいている。
「あれ、そちらは?」
「金居さんの隣人の鈴村香澄です。『未来ノート』について色々気になって」
どうもと頭を下げる賢治だが、鼻の下が伸びている。美人のお姉さんがいたら高校男児とはこんなものだろう。
それに比べ、私はいつもは魅力的に感じるチキンの山も、なんだか色あせて見えてしまっている。
私は持ってきて貰ったチキンの一つを頬張りながら賢治の顔を見た。
「ねぇこのノート本物だったら賢治どうする?」
「どうするって何を書くかって事か?ん~・・・・・・先ずは衣替えを前倒しすることかな?」
「何よそれ。柔道で優勝したいとかモテたいとか金持ちになりたいとかないの?」
「それも良いけどさぁ、努力しないで手に入れるには何か違うような気がするんだよな。爺さん良く言ってたし」
「お爺さんが?」
「え、えぇ。祖父は良く『何も努力しないで手に入れたモノは、なんの価値もない。特に人の気持ちなんかは』って言ってました」
香澄さんの問いに、おかわりの麦茶を注ぎながら賢治は何でもないように言った。
「お爺ちゃんがそんな事をね・・・なんか、お爺ちゃんらしいや」
賢治の言葉を聞いて、私は何か力が抜けた。
賢治にそう言い聞かせた祖父は、きっと間違った使い方はしていないだろう。大切な物を失うなんて事はなかったはずだ。
――ピンポーン
玄関のチャイムが鳴った。
誰だろうと思いながら私は玄関を開けた。
そこには黒い猫を抱いた一人の老婦人が立っていた。
「斉藤さんの・・・・・・お孫さんかしら?」
「は、はい・・・・・・どちらさまでしょうか?」
「ごめんなさい。私隣に住んでいる者なんだけど、これもしかしたら斉藤さんの物じゃないかと思って」
そう言って婦人は紐のついた小さな鍵を手渡した。
「これっ!ど、どこにあったんですか??」
「この子のね首輪に。この子斉藤さんと私で面倒を見ていた子なんだけどね、そうそう斉藤さんが倒れていたのを見つけたのもこの子なのよ」
フフフと婦人は上品に笑って腕の中の猫を撫でた。
確かに脳梗塞を起した時に隣人に発見されたと聞いていたが、挨拶もしていなかった。
ありがとうございますと慌てて頭を下げるも、いいのよと婦人は制する。
「斉藤さんが倒れられて数日して、この子が首輪にこの鍵をつけているのを気がついて。でも斉藤さんはお帰りになることがなかったから・・・・・・つい返しそびれてしまって。こんなに遅くなってしまってこちらこそごめんなさいね」
ぎゅっと私の手を握りながら婦人は私に鍵を握らせ、失礼しますと帰っていった。
私は思っても見なかった事に暫くぼーっとその後ろ姿を見送っていた。
「誰だった?」
「鍵・・・・・・見つかった・・・・・・と、思う」
「えぇ??何、何処にあったの!?」
まだ実感のない私を急かして、賢治はノートの前に私を座らせた。
鍵の古さはノートの古さと同じくらい。
というか、何か本物だっていう雰囲気がビシビシする。
私はドキドキしながら鍵を差込み、回した。
カチっと小さな音がして鍵が開いた。
「・・・・・・あ、開いた・・・・・・ね」
「早く、中見てみようぜ」
恐る恐る表紙を開く。
鍵付きのカバーの下にもう一つノートがあった。
こちらは何の変哲もないキャンパスノート。
ただとても古いように感じる。
――未来ノート
と綺麗でもないペン字で書かれていた。
ゴクリと唾を飲み込みページをめくっていった。
本物だった。
そのノートにはお爺ちゃんの希望が沢山書かれていた。
しかも叶ったものばかり。
でもその多くは私達家族の幸せに繋がるような物だった。
『娘が幸せな結婚をしますように。』
『母子共に健康に元気な子供が生まれますように。』
『賢治と乃音が元気に小学校に行けますように。』
『乃音の風邪が早く良くなりますように。』
『賢治が練習の成果を出して良い試合ができますように。』
『賢治と乃音が希望の学校に行けますように。』
後半は私と賢治に関する事が多かった。
「これ、破れてないか?」
もうノートの終わりに近いあたりで、一部ノートが破られていた。
まさかと思ってその前後を読んでみると
『婆さんの体調がなんだか良くないようだ。早く良くなりますように』
:
:
『婆さんが安らかに天国へ行けますように・・・・・・』
「これ、お婆ちゃんの病気の事書いてたのかな?でも叶わなかった??」
「・・・・・・そうかもな。これ、本物じゃないのか?」
二人でなんでかと思っているとそれまで黙って見ていた香澄さんが横からノートを取った。
パラパラっと見て、私たちの前にノートを置いた。
「残念だけど・・・・・・本物の『未来ノート』じゃないようね。本物は書いた本人以外には書いた内容が見えないようになっているのよ」
「じゃあ・・・・・・」
「でも、これはお爺ちゃん専用の『未来ノート』ね。今頃最後の願いが叶って笑っているんじゃないかしら」
そう言って見せた最後のページには小さく記されていた。
『婆さんと天国で再会できますように』
私はそっとノートを閉じて胸に抱いた。 これはお爺ちゃんの優しさが沢山詰まった、お爺ちゃん専用の『未来ノート』だった。
―Fin
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