リレー小説 note 9【未来 3】
◇◇◇3◇◇◇
「『未来ノート』か・・・・・・」
パスタを茹でながらふと昨日隣人の高校生に聞いた言葉が口をついて出た。
「香澄何か言った?」
「あ、ううん、なんでもない」
友人の為に昼食を用意するというのに、他の考え事をしていては失礼だ。
今日は久々に友人が来るというので、母は気を使って外に映画を見に出かけてくれた。
大丈夫だと言ったのだが、体調も良いし見たい映画があるからと珍しくおめかしして出かけていった。
母の気遣いを無駄にしない為にも、今日は楽しく過ごさないと。
タイマーが鳴ってパスタが茹で上がると、フライパンに用意していたソースと絡めて皿に盛り付けた。
四つの皿をダイニングテーブルに並べると、ソファーで談笑していた三人が寄ってきた。
「相変わらず香澄の作る料理は美味しそう~」
「ほんっと香澄はお洒落な料理つくるよねぇ」
香美と雪絵はガリガリシスターズとして三人でデビューして以来の仲だ。
私と違って二人はいかにも芸能人というような雰囲気で、社交的で明るくて、スタイルも良くて可愛くて、三人で並ぶのに気後れしたことは数え切れない。
そのせいでぎくしゃくしちゃって私が脱退することになったけど、私が芸能界を逃げ出して一番きつかった時に支えてくれたのもこの二人だった。
「スパゲッティ!インゲン豆!!」
そして一人クッションを置いた椅子に座り、皿に乗った物を指差しながら言葉遊びをしている小さな男の子。
唯一の既婚者の雪絵の一人息子、栄純君が今日のお客様だ。
「そいえばさっき未来ノートとか言ってなかった?」
香美がパスタを頬張りながらさっきの話を蒸し返した。聞こえていたようだ。
「あぁ、なんかまた噂になっているみたいで」
「流行ったよねぇそれ。使ったことあるけど」
「えっ!?」
雪絵の爆弾発言に、思わずお茶を吹き出しそうになった。
言ってなかったっけ?というような顔で私を見つめる二人。
香美も『未来ノート』につて知っていたようだ。
「それのおかげで芸能界デビューできたようなモノだもんねぇ」
「ねぇ~」
っと二人で仲良くフォークをカチンと鳴らす。
「道で拾った未来ノートに食べてみたいガリガリ君の味を書いてたら、デビューさせてもらったんだよねぇ」
「そうそう。ガリガリ会社の社長が事務所に推してくれてね。おかげで沢山ガリガリ君食べれたよねぇ」
「ふ、わはははははははははは」
突然お腹を抱えて笑いだした私に、今度は二人は一体何かあったのかと驚く番だった。
今まで悩んでいたものは何だったのか。
『未来ノート』で歪まれた世界はまた『未来ノート』によって曲げられているのだろうか。
そして改めて『未来ノート』とは不思議な物だと思った。
フフフとまだ笑いが止まらないながら、やっと顔を上げた私に二人はまだ顔を見合わせていた。
「な、なんでもない。大丈夫だよ。さ、デザートはガリガリ君にしようか」
「「いいねぇ!」」
あれだけCMに出演して、毎日のように食べているというのに彼女達はまだまだ食べ足りないようだ。
私は冷凍庫に入っている新商品のアイスを取りに席を立った。
「爆笑、う・・・・・・浦賀、が、ガリガリ君!」
その日はまだ4月だというのに、汗ばむような気温だった。
待ちに待った日曜日。
私は朝ごはんを食べると、香澄さんと待ち合わせをして家を出た。
鍵を探すのを手伝いたいと、昨日メールがあったのだ。
エアコンのかかった車で高台にある祖父の家までは直ぐだ。
鍵を空けて入った家の中は、先週程篭ったような感じはなかったが、私たちはまず家中の窓を開ける作業から始まった。
祖父の書斎とリビングに分かれて鍵を探す。
探すといってもどんな鍵か形状は愚か大きさもわからない物を探すのは困難だ。
「ごめんね香澄さん付き合わせて」
「ううん。私も『未来ノート』が気になったから」
お昼も過ぎ、探すのも疲れた頃私たちは漸く休憩を入れてダイニングのテーブルに並んで座った。賢治が差し入れを持ってきてくれるとさっき連絡があったからだ。
「乃音ちゃんそのノート本物だったらどうする?」
「え、本物だったら?‥‥‥そんなこと考えた事もなかった」
私はただお爺ちゃんが大切にしていたものがどんなものだったか知りたいという一心だけで、本物だったらどう使おうかなんて考えた事もなかった。
「本物だったら・・・・・・噂だと何でも願いが叶うんですよね?」
「えぇ。お金持ちになりたいでも、綺麗になりたいでも、アイドルになりたいでも」
「‥‥‥」
「私はね、それにアイドルになりたいって書いたの」
「えっ!?」
黒いノートを愛しそうに撫でながら香澄さんは思い出を語るように言った。
「でもね、アイドルになって有名になって、一番大切な物を失うところだった。私は一つも努力をしないで手に入るモノのその対価を全然分かっていなかったの。本当に失ってしまうその寸前で私は気付いて、そのノートを手放す事が出来たのは本当に幸せな事だったわ」
手のひらの中で、麦茶がひんやりと冷たい。香澄さんの告白に私は息をするのも忘れてしまった。
「貴方のお爺ちゃんはきっとこのノートの恐ろしさを知っていたのね。この家を見ればとても幸せだったとわかるわ。私には出来なかったノートの使い方をしたのね」
「お爺ちゃんは・・・・・・確かに幸せだったと思います。お婆ちゃんとは高校の時から付き合ってたって。お母さんに聞くとあまり感情を出さない人だったみたいだけど、私にはとても優しくて、いつも膝に乗せて話をしてくれました。でも・・・・・・」
お爺ちゃんの幸せがもしかしたら作り物だったのだとしたら・・・・・・?
私はなんだかソレを開くのが一瞬恐ろしくなった。
→未来 4
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