感染症流行下における行動変化を政策合意に反映するとの視点から
感染症流行下における行動変化を政策合意に反映するとの視点から
一橋大学政策フォーラム「ポストコロナの経済活性化に向けて-企業の新陳代謝の促進と日本の成長戦略-」を契機として
注 この記事は、調査研究事業のレポートとして掲載するものであり、参加した講演会等の内容や開催団体等の見解の紹介を主目的とするものではありません。また、このフォーラムの参加に際しては、その内容の取扱いに関して開催側から特段の留意を求められています。一橋大学政策フォーラムの内容に関しては、下記を参照の上、直接御照会ください。
https://www.hit-u.ac.jp/kenkyu/project/forum.html
2023年2月28日(火)午後、一橋大学政策フォーラム「ポストコロナの経済活性化に向けて-企業の新陳代謝の促進と日本の成長戦略-」が開催された。一橋大学政策フォーラムは、現代の複雑で困難な諸課題の解決を目指して、各分野の第一人者や政策の最前線の方々との討論を通じて、一橋大学の研究者の企画による政策発信を行うことを目的としたもので、同日のフォーラムは一橋ビジネススクールの主催である。
「コロナ禍」という世界にとって共時的な経験は、感染症の克服という歴史的経験上の課題が「複雑で困難な現代の課題」であることを改めて認識させた。感染症対策に関する政策合意には、狭い意味での感染症予防に限らない、様々な経済活動、社会活動をめぐる事情を考慮すべきことが明らかになった。「ポストコロナ」の経済活性化には、経済を支える土台として、新たな感染症流行をも克服できる政策的枠組みが必須であると考えられる。経済活性化に向けた政策形成に関する合意の前提に、こうした観点をどのように反映させるかには、極めて興味深いものがある。
フォーラムの進行は、開会挨拶に引き続き、二人の方の基調講演の後、基調講演者を交えたパネルディスカッションをモデレーターの下で行われた。基調講演及びパネルディスカッションは、以下のメンバー(敬称略)により進められ、会場からの質疑に対する応答の後、閉会挨拶をもって、終了した。
基調講演1(経済学の視点)「金融支援と事業再構築の経済学」
星岳雄(東京大学大学院経済学研究科長・経済学部長)
基調講演2(法学の視点)「中小企業活性化協議会による中小企業支援の現状」
加藤寛史(中小企業活性化全国本部 統括事業再生プロジェクトマネジャー)
パネルディスカッション
モデレーター
中西正(同志社大学司法研究科教授・神戸大学名誉教授)
パネリスト
星岳雄
加藤寛史
須賀宏典(みずほ証券株式会社 企業公開第一部・二部部長 兼イノベーション企業戦略部業務開発室長)
植杉威一郎(一橋大学経済研究所教授)
安田行宏(一橋大学大学院経営管理研究科教授)
基調講演の第一部にて、コロナ後の企業金融の在り方を主題に、その支援内容として金融支援を必要とする場合と事業再構築が必要な場合とを区分した上で、その区分の困難さに基づいて生ずる問題が整理された。こうした課題に対する対応について、これまでの中小企業活性化協議会の経験が第二部にて紹介された。また、後半のパネリルディスカッションにおいては、課題対応に必要となる実証分析や実務対応の現状などがパネリストから提示されるなど、現実の課題の解析と今後の政策対応の在り方の留意点が示された。金融支援と事業再構築のいずれが必要なのかの判断が困難な中で、「企業の退場(倒産)の良さ」を指摘してのパネルディスカッションのとりまとめは、今後の政策対応の焦点を端的に示したものと考えられる。
本セミナーにおいては、コロナ禍において企業の中にあった労働者に関しては、話題の中核ではなかったが、パネリストからの言及などもあり、興味深い視点が得られた。
離職・失職あるいは転職や就業形態の異動に伴う生活スタイルの変更など、労働者がどのようにコロナ禍から守られ、あるいは守られなかったかは、企業が行ったコロナ禍への対応と並行的なものがある。金融支援が必要なのか事業再構築が必要なのかの「企業に関する判断」が困難なのと同様、守られなかった労働者の態様にも様々なものがあり得、どのような支援が必要かの「労働者に関する判断」にも困難が伴うと思われる。
労働者の離職がどのような事情によるものか、例えば主体的な判断による転職か、他律的な事情による失職かといったような点や、就業の継続のためにどのような変化があったかといった「事情」には、就業先である企業の事情に関する「企業に関する判断」が影響を与える。特にコロナ禍がもたらした事情を中心に考える場合、労働者に対する経済的支援の必要性や就業に基づく生活スタイルの見直し(再構築)の必要性を考慮する際に、どのような「事情」が「企業に関する判断」に相関性をもたらすかは、新たな感染症流行をも克服できる政策的枠組みを考える上で、重要な視点と考えられる。
コロナ禍という「事情」は、経営者、労働者の双方に共通し、また事情として共有できるものであったと考えられる。そうした「事情」に基づく判断自体は、それぞれに異なるものであっても、コロナ禍という共時的な経験に関する「事情」による判断の相違は、支援という政策の組み合わせるための情報的基礎となる。「企業に関する判断」と「労働者に関する判断」のそれぞれの判断は情報的基礎が同じであっても、判断の主体や尺度が異なるため、一致するものではないが、組み合わせることで連続/共通して整理することができると考えられる。労働者が就業に関連する生活スタイルを主体的に変更するような事情と経営者が自発的に事業再構築を図る事情には、ある企業が抱える「コロナ禍での経済活動に関する新しい対応」を基礎付ける事情をそれぞれの立場から評価している側面がある。事業の再構築の要否と生活スタイルの変更の要否の判断とがどのように相違するかは、コロナ禍への対応としての政策の組み合わせを考える上で、より明確な分析を可能とすると思われる。さらに、そのことは一般的な企業再生(共時的ではない様々な事情により生じた変化への対応としての事業再生)を考える分析としても意義を持ち得る。
コロナ禍における行動変化、労働者の生活スタイルの変更と経営者の事業再構築との間の相関性がどのようなものであるかは、感染症流行下における経済対策(国民生活・国民経済への影響を最小化する感染症対策)の在り方を考える上でも重要な観点と言える。その相関性の分析によっては、労働者の生活スタイルの変化や労働者に向けた(新型コロナウイルス対策としての)経済的支援を企業の事業再構築の中に組み込む、あるいは労働者の主体的な生活スタイルの変更を事業再構築の前提とするといったような感染症対策・経済対策として一貫性を持つ事業再構築も可能となるように思われる。そして、そのことは、一般的な事業再構築の在り方を見直すことにもつながるように思われる。
参考掲記(2023/04/17 追記)
この記事で指摘した新型コロナウイルス感染症対策としての労働者に対する経済的支援と企業の事業再構築との政策的組み合わせという政策課題については、政策に見直しに必要な情報的基礎をどのように収集し、評価するかという課題を踏まえ、政策の時系列構造を前提に、「より適切な政策形成過程」を政策内容に反映するよう政策枠組みを別に示している。この点に関しては、2023/04/17に掲載した以下の記事も参照されたい。
メタバースとの融合・AIの構築に向けた実空間データの集約に必要な二重の政策視点
https://note.com/v_of_capability/n/n394c0f94531a
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