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「どこか遠くへ🇩🇪ミュンヘン編④」ダッハウの街とドイツの「お犬様」事情

もしあなたが愛煙家の犬好きで、加えてビール党ならばすぐにでもドイツに行くべきだ。タバコ嫌いの俄然猫派、酒がほぼ飲めないわたしにとっても、そこはとてつもなく心地よい場所だったのだから。

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ダッハウ強制収容所を後にした私はタイミングよく回ってきたバスに乗り再び駅前のロータリーへと戻った。時刻は昼を少し回った頃だろうか、朝の7時頃に一桁台だった気温はぐんぐんと上がり強い日差しもあってTシャツの上に羽織ったシャツが煩わしかった。同じバスに乗り合わせた一団はバスから下車すると、Sバーンの駅の方へと歩いていく、私も彼らに倣ってミュンヘン市内に戻ろうかと逡巡するも、もう少しこのダッハウという街に触れたかった。
かつてナチスの強制収容所があったことを除けば、このダッハウは穏やかで、とても心地の良い場所に思えた。戸建ての住居が並び、道路を不機嫌な車が埋め尽くすこともなく、緑にあふれた遊歩道が広がっている。都心の街並みに例えるならば、世田谷や横浜の青葉区──つまり「高級」という言葉が付随する閑静な住宅街の面構えをしている。庭付きの品の良い家が立ち並び、遊歩道に沿って小川が流れその遊歩道を犬を連れた人が散歩しているそんな街。
ミュンヘンの街自体、忙しない関東に身を置く者としては穏やかな印象を受けるが、ダッハウはより緩やかな時間が刻まれている場所だった。時折スーパーやレストランが目に入るくらいの静かな郊外の街、刺激は少ないけれど、住むのには不自由しない街という印象を私は受けた。

ロータリーに目をやるとちょうど一台のバスが止まっている、行き先はダッハウ城。事前にマップ上にピン立てしていたポイントだったのもあり、私はそのバスに乗り込んだ。
しばらくすると低くエンジン音が鳴り、私を乗せたバスは動き出す。収容所へのバスは地元の人があぶれてしまうほどに満員だったのに、ダッハウ城行きのバスには私を含め二、三人を乗せるばかりだった。

ヨーロッパを感じる石畳

10分ほど走りバスは坂の途中で停車する。
歩道の上に降り立つと石畳の道が続いていて、ヨーロッパであることを足元でも感じ取った。Googleマップ上の青い球の動きに従ってバス通りから横道に入り、しばらく歩くとダッハウ城の裏手側なのか駐車場に行き着いた。いくつか並んだ車はドイツを思わせるメーカーばかりで、トヨタやホンダは当たり前に見当たらない。ベンツ、ワーゲン、BMW、アウディ……車に興味のない私でも知っているメーカーばかりだ、当たり前だけれどドイツの人にとってはこれらがトヨタやホンダ、スズキやマツダにあたるのだろう。

ダッハウ城

事前の下調べによると、訪れたこのダッハウ城には併設されたカフェがあり土曜日も営業しているらしいのだが、建物に近づき中身をのぞいてみても休みの日の校舎のようで人の気配が感じられない、熱を発する生き物がいない空間は一様にひんやりとして見える。事前の下調べが足りなかった自分を詰りながら、私は建物の裏手にあるダッハウ城の庭に足を向けた。

こぢんまりとしながら居心地がいい

勝手に入ってしまっていいんだろうかと思いながら、特に表示もないので勝手に踏み入った庭はなんとも理想の庭の形をしていた。理想の庭と言いながら、せせこましく暮らしているので、青々とした庭自体がもはや「理想」でもあるのだけれど。
ダッハウ城の庭は大きすぎず窮屈でもなく、花が咲き、木々でできた木陰とまたちょうどいい配分でベンチが置かれ休憩にはもってこいの場所だった。

映画「君の名前で僕を呼んで」のワンシーンのような初夏の日だった

葡萄の木だろうかアーチをかたどるように植えられた小道の先には、マリッジフォトを撮るカップルの姿がある。そのために解放されているのか?とも思うも、私以外にも散歩の途中という人の姿がちらほらとあり、銘々に流れる緩やかな時間を楽しんでいる。どうやら勝手に出入りして良さそうだ、私も彼らに倣って木陰となったベンチに腰掛けた。

空気の澄んだ冬場は奥の方にアルプス山脈を望むことができる

ダッハウ城は小高い丘の上に位置していた。ヨーロッパもアジアも土地の権力者はその地の高い場所に城を構えると相場が決まっているのが面白い、最もその土地を治めることを考えると街を見渡せる位置に拠点を構えることは基本の「キ」であるのだろうけれど。
ふと2020年のコロナ・ファーストイヤーの日々を思い出した、あの閉塞した期間の中で自分も周りも世間も狂ったようにNintendoから出たばかりの「あつまれどうぶつの森」に手を出していた。無鉄砲に島の整備に精を出したけれど、都市開発の知識があればもっと合理的な島づくりができたのかもしれない。ほのぼのとした世界観に合理的という言葉が合うかは置いといて。
さてグーグルマップに投稿された写真によると、空気の澄んだ冬の日にはこのダッハウ城の庭からアルプス山脈を一望できるらしい。私が行った初夏の5月には大気がややけぶっていて、その連なりを拝むことはできなかったけれど、ダッハウの街並みを一望することができた。
ココアを振ったようなティラミス色の屋根が並び、また新緑の葉がたっぷりと繁った木々がそんな家々を囲んでいる。少し前まで強制収容所跡地にいたのもあって、街のコントラストにしばし放心してしまった。同じ街に壁を隔て異なるものを有していた街、悲しみと苦しみ、そして美しさといつも通りの日常たち。それらを真剣に考えるには多少疲れていて、日本の家族に【なんか綺麗な庭があって、ベンチで休んでいる】という語彙と情報性の乏しいチャットを送り、昨日マルシェで買ったままの乾燥しきったプレッツェルを腹におさめた。

木陰を作っている木々はソメイヨシノではないだろうけれど、桜の木であるように見えた
犬の糞袋がついたダストボックス

ダッハウ城からの帰り、バス停へと続く小道の途中に面白いゴミ箱を見つけた。
犬のマークが描かれたゴミ箱の上部には、ビニール袋が据えられている。使っている場面に居合わせたわけではないので憶測になるけれど、きっとこれは犬の糞用のビニールなのだろう。
旅を通じて感じたことだけれど、ドイツは、というかミュンヘンは「お犬様」天国だった。地下鉄ことUバーンの中にも、お店の中にも、あらゆるところに犬を連れた人の姿が当たり前にあった。そう、特別ではなくごく当たり前に。
盲導犬でなくとも彼らはリードのみをつけた状態で、悠々と中央駅の地下街を闊歩している。息の詰まりそうな都心の地下道をせせこましく歩いている日本人の目からすると、思わず振り返ってみてしまうほどの光景だった。
ミュンヘンの犬はどの場でも悠々としていて余裕があり、人にも他の犬にも吠えることもなく幸せそうな顔をしていた。というか自身の幸不幸なんてまるで考えたことがないような満ち足りた顔をしている。もし犬として生まれ変わるなら、このミュンヘンで飼われたいと思うほどに、彼らは健康的で活発で、利発そうな顔をして主人である人間の傍にぴたりと寄り添っていた。

ちなみにドイツでは犬税なる、犬を飼うことによって生じる税金があるそうだ。その犬税によって犬の管理が徹底され、また写真のような糞用の袋が設置されたりと街の美観にも一役買っているとのこと。また犬は徹底的な躾を必要とされ、人に吠えでもすると「あの飼い主きちんと躾けてないんだわ」と後ろ指を刺されるらしい。とにかく旅を通して見かけた犬は揃って幸せな顔をしていた。
税金によって安易な飼育を抑止しているという法によって、悲しい運命を辿ってしまう犬が減るのならあるべき税であるのかもしれない。ちなみに犬税がかかるということは、犬税に対する「脱税」ももちろんあるらしい。(※猫やうさぎなど、他の一般的ないわゆるペットへの税はないという)

さてそんな犬のマークか描かれた小道を通ってダッハウの駅前に戻ろうとしたところ、停車していたバスが今まさに出ようとしている場面に出くわした。旅先なのだし時間はたっぷりとある、ミュンヘンに待たせている人がいるわけでもないので見送って次を待てばいいのだが、日本人のさがなのか発車しようとする公共交通機関に飛び乗ってしまう習性をどこか捨てきれない私だった。
小走りになってバスに飛び乗り、いそいそと後部座席に座るも「さて、このバスが駅前に行くのか?」を確かめずに乗ってしまった。
「どうしよう、ダッハウ駅に行くんだろうか?いや行くよな?」との自問の結果、私は通路を挟んだ反対側の席に座っていた女性に辿々しい英語で話しかけることにした。
「This Bus goes to Dahhau station?」
今思うとグズグズの英文なのだがどうやら伝わったらしく、女性は「Yes!」と答えてくれる。その答えに安心した私は深めにシートへ座り直し、ほっと息をつきつつ衝動的に飛び乗ってしまう自分を胸の内で叱責していた。
そんな私に「……あの、日本人の方ですか」と先ほど駅へ行くかを尋ねた女性が日本語で話しけてくるのだ。異国での唐突な日本語にしばしフリーズしてしまった私は数拍置いて「はい、日本からの旅行客です」ともちろん日本語で言い返す。そう初夏の晴れたヨーロッパの日差しは強く、彼女も私もサングラスをかけていた。
突然の日本語に驚きながらも懐かしい言葉の響きに(と言っても、私は二日ほどしかたっていないのだが)嬉しくなってあれこれと聞くことには、このバスの中であったSさんはワーキングホリデー中の日本人の方だった。このミュンヘン北西部のダッハウに今は拠点を構えているとのこと。久方ぶりの日本語に嬉しくなってはしゃいでしまい、ラインのIDを交換する至った。
「なにか困ったら連絡してください」と心強い言葉をくれるSさん。袖ふれあうも多少の縁とはこのことか!と異国でその言葉を意味と重みを感じつつ、Sさんは駅から数個手前のバス停で降りていく。
思わぬ出会いに嬉々としながら私は予定通り駅前のバス停で降り、Sバーンのダッハウ駅へと向かう。駅周辺には相変わらず吸い殻が落ちていて良い意味でドイツのイメージを崩してくれる。こうして私はダッハウを後にしSバーンで再びミュンヘン市内へ戻るのだった。

◼️小噺・赤いギンガムチェックのベーカリー
ダッハウ駅前のバスロータリー前の道路を挟んだ先に、赤いギンガムチェックの看板が特徴的なベーカリーがある。Sさん曰く「美味しくておすすめです」とのこと。帰りに立ち寄ってペストリーとレモンケーキを買ってみた。

中身の写真がなかった、このギンガムチェックがトレードマークのお店

辿々しい英語でベーカリーのマダムに「おすすめはありますか?」と聞くも、「そう聞かれても、あなたの好みを知らないもの」と当たり前のことを返されてしまう。ドイツの人はとても正直なのだという印象を受けた。

ダッハウ駅前にあるベーカリー ▶︎ Familienbäckerei Kistenpfennig

Kistenpfennig」がお店の名前らしい、マップ上で検索するとミュンヘン市内にもいくつかあるようだった。

お店のインスタがあったので載せておく、粉物の写真ってなぜこうも見ているだけでうきうきとしてしまうのだろう。

そんなわけで二日目はまだまだ続きます。またどうぞ!

▼うずら旅・ミュンヘン編はこちらのマガジンにまとめています


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