ドムドムハンバーガーに行ったはなし
時は20年ほど遡る。
まだ地元の福岡にいた頃、あちこちにスーパーダイエーがあった。今でこそソフトバンクを名乗るホークスだけれど、わたしが高校生の頃はダイエーホークスという名で、優勝した年にはそこかしこでホークスの応援歌『若鷹軍団』が流れていた。
世代のせいか野球と聞くと、父親がテレビの前に陣取り長々と見ていたスポーツという印象が強く、その反動からかどうしても嫌厭してしまうものの代表格だ。そんな野球であるが、十代の頃の刷り込みとは恐ろしいもので、セリーグとパリーグの違いもわからないままのわたしでも『若鷹軍団』の冒頭は今でも余裕で誦じられる。
そんな(当時)天下のスーパーダイエーが通学路の近くにもあり、中にはゾウのロゴが印象的な『ドムドムハンバーガー』というファストフード店が座していた。
今回はそんなドムドムハンバーガーのはなしである。
当時わたしももれなく女子高生で、ありあまるほどの若さを謳歌していた。
箸が転げても笑う年頃とは本当で、何でもないことに笑い、森永の甘ったるいコーヒー牛乳・500ccを飲み、ヤマザキの薄皮あんぱんを毎日余裕で一袋たいらげていた。今では苦いコーヒーでもって、あんぱんを一個を流し込むのがやっとなのに。
さて中学の時こそバスケ部に所属していたわたしであったが、鬼のようにきつい練習がトラウマになり、高校では帰宅部を選択、加えてアルバイトに精を出す日々を過ごした。
テスト期間中や、バイトのない放課後に友だちと寄り道して帰るのが、当時の最大の楽しみだった。
学校裏にあった名もなき駄菓子屋から、ちょっとお高いモスバーガー、さらに高いロイヤルホスト。九州ではお馴染みのファミレス「ジョイフル」に、マクドナルドと、たまに吉野家。加えてロッテリア、ドトールなどとそれらに屯しては、たわいもない話を交わし、げらげらと笑いころげていた(ちなみに当時地元にスターバックスはなく、やっとスタバができたと思ったら高校卒業間近だった)。
そんなありとあらゆるチェーン店を股にかけるわたしたちであったけれど、学校近くのドムドムハンバーガーに行くことはなく──というかドムドムは話題にすら上がらない、そんな存在だった。
だって「ドムドムハンバーガー」は「ドムドムハンバーガー」であるからだ。名前からしてやぼったく、要はダサさが凝縮されている、そんな位置付けのファストフードだった。もちろん学校から近すぎる立地も足が遠のいた一因だと思うが、庶民染みたダイエーの中の、また一段と垢抜けないファストフードとしてドムドムハンバーガーは揺るぎのない位置にあった。
※吉野家は当時牛丼チェーンが台頭してきた時期でもあり、あえて女子高生っぽくない場にいくのが当時のわたしたちの中でイケてる行為だった。
高校を卒業し、大学進学を機にわたしは上京することとなる。
こうして卒業のその日までドムドムハンバーガーに行くことはなく、わたしは『若鷹軍団』が我が物顔で流れる街から、大都会東京へと生活の場を移した。
都会の目まぐるしさと喧騒は凄まじく、地元のあらゆるものを消し去っていく。
「タワレコじゃなくて、HMV派かな?」などと宣い、今はない渋谷のHMVに通っていたわたしのなかには、当然『若鷹軍団』のメロディーはおろか、田舎のしみったれた「ドムドムハンバーガー」などという名前は記憶からもすっかりと消え失せ、あれだけ笑い合った友人とも疎遠になっていった。
*
大学を卒業し社会人となった、一社目でぼろぼろになった、二社目は慣れない営業職で三年ほど働いたのち、今の会社に落ち着きやっと人並みの生活が送れるようになった。
再び「ドムドム」というあのなんともいえない響きを耳に──いや目にしたのは一気に時代を越えたコロナ禍の、まだ青い鳥がアイコンだったTwitterの中でのこと。
いつものように目的なくスマートフォンを開き、だらだらとTwitterを眺めていると、ドムドムハンバーガーのアパレルグッズ情報が流れてきた。その時、栓を切ったようにあの女子高生だった頃の記憶が蘇ってきたのだ。ダイエーとドムドムと、それらに目を向けなかった高校生活の光景が、ふうっとわたしの中に浮かび上がった。
が、Twitterの中に映し出されたドムドムは、あの頃のドムドムとはまるで違っていた、そう垢抜けたニュー・ドムドムもとい『シン・ドムドム』とでもいうべき、キャッチーでレトロかわいくポップなものに様変わりしていたのだ。
リモデルされたロゴは赤で統一されていて、ニューレトロという時代の風潮もあって絶妙にイカした風合いをしている。中でもアイコンである「どむぞう」くんが左遷されることなく、平成中期から令和の時代を見事息抜いていたのがツボに入った。
「ドムドムハンバーガーって、まだあったんだ。そういえば食べたことなかったなあ」
つぶやいたかどうかはわからないけれど、そんな月並みなことを思ったはずだ。
*
ドムドムバーガーに対する記憶を取り戻したわたしは、だんだんとドムドムバーガーへの思慕を募らせて行った。あの頃見向きもしなかったドムドムバーガーが、どうしてかわたしの心にかかってくる。高校生の頃は芋に見えた同級生が、垢抜けて見違えてみえた……そんな感じだろうか。
何よりメインのハンバーガーだ、『シン・ドムドム』のメニューは魅力的に思えた。
定番のてりやきやフィッシュバーガーに加え、『お好み焼きバーガー』や『手作り厚焼きたまごバーガー』と、マクドナルドにも、もちろんモスバーガーやフレッシュネスにもない面々が並んでいる。シェイクシャックには絶対にない。
バーガー類だけではない、サイドメニューの『ごぼうスティック』そして、なぜか『かりんとう饅頭』と、ツボでぐっときてしまうメンツが揃っていて、わたしはドムドムのサイトを前に頭を抱えた。
※中年になるとわかるのだけれど、ちょっとした甘いものが食べたくなる。そのちょっとはチョコレートというか洋菓子ではない。絶妙なちょっと……その最適解が『かりんとう饅頭』……くっ、ドムドムの商品開発担当者に中年の胃を理解しすぎている人がいる。
さらにドムドムの進撃は限定商品にある。
今時期だと『丸ごとカニバーガー』そして『おさつサーモンバーガー』がラインナップに並んでいる。なんだろうこの絶妙な塩梅というかインディーズ感、メジャーには出せない総意に溢れているこの感じ。
さつまいもとサーモンなんて合わせて食べたことはないけれど、絶対に美味いだろうと日本に生まれた細胞が間違いなく知っている味だ。
加えてわたしに王手が打たれた。
よく聞くポッドキャスト『流通空論』にドムドムバーガーの現社長・藤崎忍さんがゲストとして招かれていた。番組MCであるTainanさんの聞き手としての手腕ももちろん、なんというか藤崎さんの柔らかい人柄がドムドムのちょうど良さとマッチしてとても心地よく聞こえてくる。
「こりゃあもう、今すぐドムドムにいくしかない!」
わたしはドムドム熱を激らせて、急ぎドムドムを目指した──と言いたいところだけれど、昔の冴えないドムドムと唯一同じ点がドムドムにはあった。それは絶妙に足を向けない場所にあることだ。いやはやそんなことで、あの頃と同じドムドムらしさを感じるとは。
結局ポッドキャストを聞いてから半年くらいが経った今月、わたしはついにドムドムハンバーガーへ「ドムドム」を浴びに向かった。
出向いた先は神奈川県横浜市の『三ツ境』。天気予報のバックに流れる、概念の横浜ことみなとみらいとは程遠い、横浜民にはお馴染みのありふれた横浜の一つ。三ツ境駅から5分ほど歩いたイオンの中にドムドムはあった。
一度イオンに入ると途端に20年前の福岡に戻った気がした、なんとも庶民的というか垢抜けない地方感というか、わたしが知りすぎているあの地元の、ゆるみっきった空気がこの令和の横浜にありありと流れていた。
年末のお歳暮コーナーから、誰が作ったかわからないハンドメイドコーナー(思わず女児風ポシェットを買いそうになったけれど正気になってやめた)、常にやっていると思われる特売セールのそれらたち。
その空間の中央に、ドムドムバーガーはぽつねんと座していた。
本当にぽつねんと。
残念ながら活気や人気は少しもなかった、大型スーパーの片隅にある回転焼き屋のようで、ダイエーやイトーヨーカドーにある、名もなきファストフード然としていた。
今のドムドムこと『シン・ドムドム』はロゴもリモデルされ、ホームページから飛んだ先にはアパレルグッズやどむぞうくんのグッズが華々しく展開されている。けれどイオンの中にあるのは、あの時と同じわたしたちが見向きもしなかった「ドムドム」のどこか垢抜けない様だった。
少し泣きそうになった、もちろん泣きはしないけれど。なんとなくあの時の自分を引き連れてこの場に立っている気がした、当時親しくしていた、えりちゃんも、なっちょんも、この場にいないけれどなんとなくあの時の二人がいたらと思いながら、わたしは短いオーダーの列に並んだ。
せっかくだからとドムドムで一番高い「丸ごとカニバーガー」のスイートチリソース味をセットで頼んでみた、2000円近くした。高い!と思ったけれど、過去の分もドムドムに何かを払っていると思えば安いだろう。
あの頃はなかった電子マネーで支払いを済ませ、あの時なかったスマホをかざしdocomoポイントも溜めてもらう。あの頃のわたしだったら何を頼むだろうと思いながら、呼ばれるのをぼんやりと待った。
*
ドムドムバーガー専用の座席はなく、スーパーの片隅にあるイートインコーナーでドムドムバーガーを食べた。周りの客はスーパーで買った弁当や、同じく今さっき買っただろうランチパックを食べていたので、ドムドムハンバーガーのセット一式を手にしたわたしは少し場違いにも思えた。
さて出会って20年来、やっと口にしたドムドムバーガーは──なんとも平凡な味がした。おそらくマクドナルドの方がジャンクでビビッドな味だし、モスバーガーの方が断然美味しい。野菜はフレッシュネスの方が当然新鮮だろうという味。けれどこれがドムドムなんだという裏切りのない味で、わたしはとても満足した。そう結局は取るに足らないダイエーの一角にあるような、それらが似合う味なのだ。今のダイエーではなくあの頃の、ぼんやりと割れたスピーカーから『若鷹軍団』が勇ましくが流れてきそうなダイエーが。
わたしは切れ端のポテトまできちんと平らげてイオンを後にした、11月とは思えないほどの暑く眩しい日で、そんな陽気も相まってどこか現実味がなくふわふわとした心地で駅に向かった。20年、いや正確にいうと23年触れてこなかったドムドムハンバーガーは、これが初めてでもあり最後でもあるような気がした。もちろん数ヶ月後にまみえる機会があるかもしれないけれど。
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二十代の後半に、わたしは当時使っていたiPhoneをブラックアウトさせてしまったことがある。cloudへの同期もろくにしていなかったので、IPhoneを持ち込んだ先の渋谷のApple Storeで歌手のAIに似たスタッフにめちゃくちゃ呆れられ怒られた記憶があった(Apple Storeのスタッフは普通に叱ってくるから面白い)。
当然、中のデータは戻って来ず、わたしは高校の友人の連絡先をすっかりと無くしてしまったわけだ。つまりあの頃一緒に笑い転げていた、えりちゃんも、なっちょんも、また他の友人の連絡先もわからないまま三十路となり、そろそろ四十路に行き着こうとしている。
あの頃のわたしたちは、若さに溢れていてどこまでも無敵だった。無敵だったからこそ「ドムドムハンバーガー」のような、いまいち冴えないものは問答無用で不要だった。では今の自分にドムドムバーガーが合うかというと、それもきっと違っている。
ドムドムバーガーとわたしとは交わらない五線譜のように、縁遠いまま進んでいく人生なのかもしれない。もちろんどこかで深く関わるかもしれないけれど、今はまだわからない。
縁遠いと言いながらもオンラインショップに並んだ「どむぞうくん」のマスコットを見ていると、だいぶ惹かれているわたしがいる。よくよく見るとカラーごとに名前がついているのだ、このどむファミリー改め、どむトライブたちは。
どむみ、どむへい、どむクルーズ、チェック柄に至っては「どむ」を冠せず『栗田』と『増田』だ。
やっぱり縁はあるのかもしれない、どむ一派のマスコットをつけて、ドムドムハンバーガーにいく日があるかもしれない。その際にはせっかくだから全国のドムドムを回ってみようと思う、お遍路さんのように。
あの頃見向きもしなかった、垢抜けないけれど親しみのあるドムドムハンバーガーの店舗たちを。
*お知らせ*
12/1東京ビッグサイトで開催される『文学フリマ東京39』に出店します。
ブース:【す-30】
出店名:【猫の額ほどの】 …です、どうぞよろしくお願いします。
https://c.bunfree.net/p/tokyo39/42128