ノリコ✕息子の誕生日
誕生日を祝うって?
興味が湧いたので調べてみた。
ネット検索で1ページ程( ;∀;)
それまで年明けと同時に国民は一つ年を取り、誕生日を祝う=新年を祝うという感覚だったらしい。
幼年期の誕生日祝って?て方、大先輩ですね。
いつまでもお元気でいて下さいm(__)m
はじめに
クリスマスもそうなのだが、誕生日前にプレゼントを所定の場所に置き、起きて来た息子がそれを開封し、笑顔でいじくり回す姿が好きだった。
「笑顔って人を幸せにするね」と、どこぞのキャッチコピーのようだけれども、子供のその笑顔は、「なんでもしてあげたい」と身を捧げたくなる気持ちにさせるのである。
楽しい
ノリコの良い所は、ぼくが些細な事としか考えない事を、殊の外大事に感情に乗せ、伝えることが出来ることである。
「昨日の夜から今日はとても楽しい、とても楽しい」と連呼する。
息子の誕生日の今日、ノリコは準備で大変だったらしい。
それでも気持ちはウキウキしていたのだろうから、疲れた等とは一言も言わない。
豊かな心
息子は以前のような笑顔でプレゼントをいじくり回すことは無くなった。
それ以前に、プレゼントを用意することが無くなっている。
一緒に買いに行ってしまったり、ネットゲームだったりするので、親のワクワク感ゼロである。
それでも、いまでも変わらないものがある。
父、母からのバースデイカードを読むと、涙する息子。
愛おしい限りである。
感受性は、私達の血を引いているのかもしれない。
我々はもっぱらドラマや映画で涙するのだが・・・・
最後に
ぼくの誕生日と言えば、マクドナルドの一角で行われた誕生日会を思い出す。マクドナルドで何を食べたか等、これっぽっちも覚えてはいないけれど、あの風景だけは未だに脳裏に焼き付いている。
ノリコは、誕生日となるその瞬間ジャンプし、「この地球にはいないぞ」と友人共に祝った事が思い出らしい。
息子は将来、どの誕生日を大切な思い出として呼び起こすことになるのだろうか。