早く文章を作る
文章の利点はいくらでも推敲ができるところなのだけれど。
それを使わないことによって、陳腐な文章を作ることができる。
陳腐な文章は人の心に刺さらないけれど。
ストーリーさえあれば人の心は動くから。
陳腐な文章でも人の心を動かすことはできる。
だからといって、人の心を刺すことができるような文章が必要なことに変わりはない。
だから結局推敲はできるだけしたほうがいいし。
内容は厚ければ厚い方がいい。
でも凄い、というのは人を超越するという事でもあるから、
あまりに推敲をしてしまうと少数の読むに優れた人にしか届かないものになってしまう。
でもそんな心配は一般人の私には不要で、私は一般人のダメ人間に過ぎないから推敲なんてかんたんなことが面倒に思えてしまって。
こんな排泄物みたいな文章をなんの恥ずかしげもなく外に出せるのだけれども、実名だったらきっともっと推敲するだろうみたいな所が本当に矮小でしみったれていて、人間らしくて、恥ずかしい。だがそれで良いとする今日。