見出し画像

創作大賞2024「はらからの恋」一章前編

これは、同一タイトルで人物名や要素が共通する別の物語を展開して、見た人の感想が異なる状態を作ろうという試み、「玉虫企画」の一編です。
(今回は規約のためにタイトル名を分けています)

関連作:
消えた昨日の犯人(ミステリー)
雨の日の邂逅(スラップスティック)

あらすじ

 高校デビューに失敗した冴えない高校生の小日向照真は、打ちひしがれて帰る途中で、待ち伏せていた女生徒の月宮明里に告白される。一挙にバラ色の青春!と浮かれる照真に、友達の星野から、明里が中学の頃に恋愛事で揉めて嫌われていた、という話を聞く。

 明里は他のクラスメイトからあえて距離を取り、関わらずにいるように見える。しかし、照真といる時はあえて目立つ行動を取り、不自然な距離の詰め方をしているように感じられた。他にも話に噛み合わない箇所がある等、違和感を募らせていた矢先、明里からの連絡が途絶えた。

 そして、
『助けて。照真くんの家の前にいる』
 急いで駆け付けた照真は、彼女の秘密を聞かされる。

一章前編
一章後編
二章前編
二章中編
二章後編 了


本文

 春。それは出会いの季節。
 めでたく高校に進学できた僕こと小日向こひなた照真しょうまは、なんと高校デビューに失敗し、入学1週間にして早くもクラスで孤立してしまったのである!
 僕は嘆いた。
 なぜだ! 頑張ってみんなに話しかけたのに!
 でも、恐らくはこの『頑張った』というのが良くなかったのだと思う。とにかく手当たり次第に話しかけてみたのだが、まあ話が合わないのだ。
 いわゆる陽キャに話しかけてみれば、流行りの音楽やブランドの服、あとはカノジョの話がメインで、非モテで親の買った服を着ているような僕には全く縁遠い話ばかり。
 かといって、陰キャに話しかけてみれば、聞いたこともないアニメキャラの話題で盛り上がってしまい、僕には取っ掛かりすら掴めなかった。(しかも調べてみれば、それらは総じてアニメキャラではなく、声優だったりVTuberだったりした)
 そうこうしているうちに、僕は『なんか話しかけてくるけど滑ってる奴』みたいな印象を与えていたらしく、あえなくあぶれてしまったのである。
 世界は残酷だった。
 僕は真っ赤な夕日を背負い、足元に伸びる影を追いかけながら、一人寂しく帰路についていた。影だけが友達だった。
 その影の先に、誰かの足が映る。顔を上げると、見覚えのある女子がいた。確かクラスメイトだったはずだ。思わず見つめてしまったのだが、彼女も同様にじっと僕の目を見ていた。
「小日向照真くん、だよね?」
「あ、はい」
 緊張してしまうのは当然だ。僕はほとんど女子と話したことがなかったし、何より彼女は可愛かった。
「私、月宮つきみや明里あかり。それでね、私と付き合ってほしいの」
 僕の心臓はドキンと跳ねた。それこそ体中が飛び跳ねているのかと思うくらい跳ねた。実際、数センチは浮き上がったと思う。
 でも、浮かれたのは一瞬だけだ。彼女の言う『付き合ってほしい』が恋愛的な意味ではないことくらい、僕には分かっている。何せ彼女とは今初めて話すのだ。そして僕は、一目惚れされるような超絶イケメンではない。
「あの、それはどういう意味で」
「もちろん、恋人として」
 3センチ浮いた。
「で、でも、話すの、初めてだよね?」
「一目惚れしました」
 背筋がピンと伸びた。
「嘘だよ。僕はそんなイケメンじゃない」
「一目惚れって、雰囲気だよ? クラスで空回っても頑張って話しかけてる姿がきゅんと来たの」
 唾を飲む音がゴクリと鳴った。
「ほ、ホントに?」
「うん」
 僕は両手を掲げてガッツポーズをした。真っ赤な夕日を背負った僕の影はどこまでも伸びて、まるで巨人のようだった。今の僕はアトラスだった。

***

「照真くんは――」
「照真くん!?」
 帰り道を月宮さんと並んで歩いていた僕は、いきなりの名前呼びに跳び上がった。その反応に、月宮さんがくすくす笑う。
「ごめん。名前で呼ぶの、嫌だった? 付き合ったらこうかな、って思ってて」
「そんなことないよ、驚いただけ。すごく嬉しいよ。僕も月宮さんのこと、名前で呼んだほうがいいかな?」
「私だけ苗字だったら変でしょ」
「もっともだね。じゃあ、あ……」
 呼ぼうとして、声が出なくなる。あかり、のたった3文字なのに、声に出すのが気恥ずかしくて堪らない。
 でも、月宮さんは僕を名前で呼んでくれたのだから、僕も呼び返さなければ失礼だ。
「あ明里、さん」
 声が裏返ったのを明里さんに笑われて、僕はますます縮こまった。顔は熱くて真っ赤だと思うけれど、それは背負った夕日のせいだ。背にしているから陰になるけど。
 それにしても、名前を呼ぶだけでこんなにも緊張するのに、どうして明里さんは平気なんだろう。女の子だから? 経験値の低い僕には分からない。
「照真くんは好きな食べ物って何がある?」
「うーん、塩タンかな」
「塩タン?」
 いきなり聞き返されて、僕はちょっとびくついた。
「え、ごめん。何か変かな」
「塩タン……って、牛タンのこと?」
「うん、そう。タレじゃなくて塩で食べる――」
「それ、タン塩じゃないの?」
 被せ気味に訂正される。二人とも、きょとんとした顔だ。
「タン塩、塩タン……え、牛タンだから塩タンじゃないの?」
「ええ? タン塩だよ。照真くん、ちょっと変ー」
 やや横柄な言い種にも感じたが、明里さんがわざとらしく頬を膨らませているところを見ると、どうやらこれは彼女なりの冗談であるらしい。そういうことなら、と僕も合わせておく。
「いや、でもタンタレとか言わないでしょ?」
「タレタンとも言わないよ!」
 くだらないことで笑い合う。相手が男だったら単なる日常なのに、隣にいるのが女子というだけで、どうしてこんなにも楽しいのだろう! ビバ、青春!
 二人であれこれと話しながら歩いて、気付けば自宅の前まで来ていた。
「あ、ごめん。家まで来てしまった。明里さんの家ってこっち? 遠回りさせてない?」
 聞くと、彼女は遠慮がちに笑った。
「ううん、大丈夫。私の家もこっちだから」
「そっか。それならよかった。あの、家まで送ろうか?」
「ううん、それも大丈夫。ありがとう」
 少し寂しい気はしたものの、さすがに深追いできる話題でもない。
「じゃあ、また明日ね」
 明里さんのその言葉に、僕は改めて目の前が光り輝いて見えた。
 また明日。そうだ、こんな日々がこれからも続くんだ。ビバ、青春!
「また明日!」
 僕は明里さんに手を振った。彼女も笑いながら、手を振り返してくれた。来た道を戻る彼女が名残惜しくて、僕は姿が見えなくなるまで見送っていた。

***

 次の日も僕はウキウキだった。いつもは憂鬱な学校も、明里さんと一緒に過ごせると思えば、ワクワクして仕方がない。
 軽やかな足取りで家を出ると、目の前には明里さんが立っていた。
「照真くん、おはよう。一緒に学校行こう?」
 ああ、天使がいる!
「おはよう、明里さん! もちろんだよ! 家まで来てくれたんだ、ありがとう!」
「付き合ってるんだもん。なるべく一緒にいたいじゃん」
「嬉しいよ。僕もそう思う」
 明里さんの積極的な行動は、僕の世界を花柄に彩ってくれる。そうだ、これが僕の望んでいた高校デビューというやつなんだ。ビバ、青春!
「照真くんは部活って入るの?」
「うーん、今のところは考えてないかな」
「そうなんだ」
「うん。なんか、こう……何かを頑張ってる自分、っていうのが、あんまり想像できないんだよね」
 高校デビューも頑張って失敗したし。
「その気持ち、分かるなぁ」
「そう?」
 顔を向けると、明里さんは穏やかに顔を綻ばせていた。
「うん。私も頑張るのって苦手だから。一生懸命に頑張ってる人を見て、すごいなぁとは思うけど、でもやっぱり自分には無理だなぁって思っちゃう」
 そう言った明里さんは、僕を見つめてはにかんだ。僕は一字一句覚えている告白の言葉を思い返す。
『クラスで空回っても頑張って話しかけてる姿がきゅんと来たの』
 明里さんは頑張ってる人が好きなんだ。
 よーし、僕は明里さんのために、精一杯頑張るぞ!
 これから暖かくなる春の季節に、僕は1つ心を燃やした。

 僕と明里さんは同じクラスだ。だから、特に対策をしなければ一緒に教室に入ることになる。そうしたら、明里さんが可愛いことも相俟って、僕たちは異様な注目を浴びてしまった。
 だけど、それは仕方のないことだと思う。話しかけてくるけど滑ってる冴えない奴こと僕が、クラス1の美少女(主観)である明里さんと付き合っているのだ。もしかしたら、やっかみなんかにも遭うかもしれないな! 注意しなければ。
「小日向くん、だよね?」
「誰だ!」
 着席した僕に話しかけてきた男子に、僕は警戒心を剥き出しにする。彼は少し怖じているようだった。
「ええっと、星野だけど。警戒心すごいね」
「当然だよ。僕はあぶれてしまったから話しかけてくる人なんかいないし、今は明里さんと付き合っているから敵も多いはずなんだ」
 無駄のない説明に、星野が苦笑する。
「説明ありがとう。実はね、俺もあぶれてしまった一人なんだ」
「何だと!?」
 話を聞けば、星野も陽キャにも陰キャにも馴染めなかったそうだ。しかし星野は僕とは違って、特定のグループに属さない代わりに、比較的誰とでも会話ができる奴だった。まるで回遊型のシャチだ。
 それはそれとして、星野が「ホームのように話せる相手が欲しいんだ(意訳)」と言うので、僕はその申し出を受け入れた。やったー、友達ができた!
「それにしても、一週間で彼女ってすごいね」
「僕もそう思う。だから、これは奇蹟だとも運命だとも思ってる」
「思い込みもすごいね」
「何だと!?」
 怒った顔をする僕を、星野は「まあまあ」とやんわり両手で抑えた。
「小日向は月宮さんのこと、好きなんだよね?」
 お? いきなり呼び捨てか? フレンドリーじゃないか。
「もちろん! ……って言いたいけど、まだ付き合い始めたばかりだからね。もちろん、明里さんは可愛いし、話してて楽しいから、好感度MAXの圧倒的なLIKEだけど、まだLOVEではない」
「めっちゃ早口じゃん」
 星野がからかうように笑うので、僕は恥ずかしくなった。オタク特有の『好きなものを話す時に早口になる奴』を素でやってしまった。
「あれ? でも、好きだから付き合ったんじゃないの?」
「いや、よほど嫌いじゃなければ付き合うでしょ。こんな機会、もう二度とないって、自信を持って言えるし」
「んん?」
 星野が首を捻る。僕も反対側に曲げてみた。星野が笑って傾きを元に戻すので、僕も同じくまっすぐに戻る。
「小日向から告白したんだよな?」
「いや、向こうから」
「えっ、そうなの!?」
 あからさまな驚いた反応が心に痛い。
「その反応は傷付くからやめてくれ」
「悪い」
 素直だな。もう責められないので、言葉を濁す。
「まあ、僕も変だな、とは思ったんだ。はっきり言って、僕はモテるほうじゃないから、正直な話、告白された時は『嫌がらせか?』と思ったよ。『笑いものにする気だな!?』って。
 でも、全然そんな素振りがないんだよね。陰から仲間がぞろぞろ出てくることもなかったし、馬鹿にされることもなかった。だから、今は素直に受け入れてる」
 話を聞いていた星野は、なぜかぽかんとしていた。
「何だよ」
「いや、何て言うか……実直な奴だな、と思って」
「変な言い回しをする奴だな」
「お前に言われたくはないけど」
 軽口を言って笑い合う。まさに友達って感じだ。
 一通り笑ってから、星野はふと真面目な顔をした。
「まあ、うん。それなら大丈夫そうだな」
「……なんか含みのある言い方だな」
「大したことじゃないから、気にするな」
 気にするな、と言われれば気になってしまうものである。しつこく食い下がると、渋々ながら星野は話してくれた。
「俺、月宮さんと同じ中学だったんだけどさ。1年の夏頃だったかな。月宮さん、恋愛事で揉めたことがあったんだよ」
「お前とか!?」
「違うよ! 他の人と! でもまあ、そんなのよくあることだろ? 俺は詳しく知らないから何とも言えないけどさ、そのことで女子から総スカン食らってたみたいで」
 だからまあ気を付けてやれ、と星野は曖昧に締めた。
 気を付けろったって、何をどうしろと……。
 聞いた話を持て余して、僕は明里さんを見た。明里さんは自分の席で静かに本を読んでいた。じっと本に目をやり、しばらくするとぱらりとめくる。それは少しばかり不思議な光景だった。
 学校に来れば、多くの人は友達と一緒にいる。一人の時間を持つ時でもスマホを見ている人が多い。それに対して、彼女は本を読んでいた。それが他の人との明らかな差異となって、孤高な空気が出来上がっている。従って、彼女は一人だった。
 その顔が不意にこちらを向いて、僕と目が合った。一瞬だけすぐ隣――星野に向かってから、また僕と重なる。お互いに何も言わず、ただ見つめ合っている、ドキドキふわふわした時間。
 やがてチャイムが鳴って、星野にぺしんと頭を叩かれた。
「目だけでいちゃいちゃするって、なかなか高度だな」
 僕は頭を押さえながら苦笑いするしかなかった。実際、見つめ合うだけでも幸せを感じているんだから。

 昼休みになって、明里さんは僕の机にやってきた。手には弁当箱を持っている。
「照真くん、お昼一緒に食べよう」
「いいよ! あ、場所はどこにする?」
「教室じゃ駄目?」
「いいよ!」
 もはや付き合っていることは周知の事実なので、難しいことは考えない。僕も弁当箱を取り出して、2人で机を挟むつもりだったが、明里さんは僕の隣を陣取った。
「横並び!?」
「え、だって、そのほうが近いでしょ?」
「それは確かにそう」
 見せびらかすようで抵抗はあったが、それが彼女の望みとあらば、応えてやるのが男気だろう。
 僕は明里さんと横に並んで弁当を広げた。彼女の一回り小さくて丸っこい弁当箱に、女の子らしさを感じてドキドキする。
「照真くんって、星野くんと仲良くなったの?」
「うん。友達になったんだ」
「良かったね、友達ができて」
「うん、本当に。そう言えば星野、明里さんと同じ中学だったんだってね。羨ましいなぁって思ったよ」
「え、そう?」
「うん。一緒だったら、僕はもっと前から明里さんのことを知れてたんだなって」
「私は、出会えたのが高校で良かったなって思ってるよ」
 言ってから、明里さんの表情が暗くなる。
「あの……星野くん、私のことで何か言ってなかった?」
 突然の上目遣いにはどきりとした。何のことを聞いているのかは、さすがに分かってしまうけれど、正直に告げるのも違う気がする。
「その、何か言ってても、できればあんまり気にしないでほしいっていうか……」
 語尾がごにょごにょと消えていくのは不安の表れだ。その理由は分かっているから、僕はここぞとばかりに笑顔を向けた。
「大丈夫だよ。僕は自分の目で見たものしか信じないから」
 言うと、明里さんの口元がふっと緩んだ。
「うん、信じてるよ」
「任せて!」
 ぐっと拳を握って見せると、明里さんはおかしそうに笑った。

 授業中、ふと明里さんのほうを見ると、彼女も僕を見ていた。目が合うとドキドキしてしまって、僕は堪らず目を逸らす。
 しばらくして、もう一度目を向けてみると、彼女も僕を見ていた。またもや目が合うなんて、僕たちは一体どれほど気が合うんだろう。
 チャイムが鳴って、再度ちらりと目をやると、彼女も僕を見ていた。ぴったりと重なった視線から送られてくる秋波に、僕の胸は高鳴り脳が蕩けるような心地がした。
 一度だけなら偶然かもしれない。でも、それが二度三度と続けば、次第に運命へと変わっていく。
 そうだ、これは紛れもなく運命なんだ。ただでさえ異性から好かれることなど滅多にないのに、それが一目惚れであるという奇蹟。僕に一目惚れできる人と巡り会えた幸運は、僕の知り得る限りの言葉では『運命』と形容する他ない。
 これが運命だから、僕もあっという間に恋に落ちてしまったんだ。

 放課後、僕は明里さんと一緒に帰っていた。自分の恋心を意識してからというもの、僕は明里さんの隣にいるだけで気持ちが昂って落ち着かない。だけど、思い返せば初対面から僕はそわそわしっぱなしだったのだから、どうやらこれは、僕もほとんど一目惚れのような状態だったのだろう。
「照真くんは好きなお菓子ってある?」
「そうだなぁ。僕、もみじ饅頭が好きなんだよね」
「へえ……ちょっと、変わってるね」
「ええ? おいしいじゃん、もみじ饅頭」
「うん、まあ、おいしいけどさ……」
 何やら明里さんの反応が芳しくないので、強く推すのはやめにする。
「そういう明里さんは何が好きなの?」
「私はチョコレートかなぁ」
「おいしいよね、チョコレート」
「照真くんはチョコレートってどう食べる?」
「どうって?」
「ボリボリ噛んで食べる? それとも、溶かしながら食べる?」
「ああ……溶かしながらかな。噛んだら勿体ない気がして」
 言うと、明里さんの目が一瞬丸くなって、それからふにゃっと綻んだ。
「一緒だ。そう、勿体ないんだよね、ボリボリいくと。でも、ゆっくり食べてたら『とろい』とか言われたりして、なんか納得いかないよね」
「分かる。それに、噛んで一気に食べてたら甘さで喉が痛くなったりするしね」
「いや、それはないかな」
 即座に否定されてショックだったが、明里さんは悪戯っぽく笑っていたので、これは冗談だと分かってほっとする。
 だけど、と思う。僕は告白された時からずっと、振り回されてばかりだ。必ずしも主導権を握りたいわけじゃないけど、せめて対等ではいたいと思う。
 そう、この関係は対等ではないのだ。僕が告白されて始まったから。僕が気持ちを伝えていないから。
 目の前の信号が赤になり、僕らは並んで立ち止まった。
「明里さん」
 名前を呼ぶと、明里さんは僕を見た。幸いにも他に人はいなくて、車の通りも途絶えていた。
 口にするのにつっかえると思っていた言葉は、案外するりと流れ出た。
「僕は明里さんに告白されて、すごく嬉しかったんだ。それから、こうして一緒にいて、話をして、どんどん惹かれていく自分がいる。
 だからといって、簡単に『好き』って言ってしまったら、好きと言われただけで好きになる奴みたいで、この気持ちが軽く感じるかもしれないから、何か別の言葉を探してるんだけど、それはともかくとして、僕は明里さんにかなりの好意を持っているから、これからもよろしくお願いします、という気持ちだけは伝えておきたくて」
 明らかに要らないことまで言い過ぎたと思った。明里さんの眉が曇る。
「照真くんは、いきなり告白した私の気持ちを、軽いって思う?」
「思わない。僕は今、この気持ちを伝えるだけでも、すごく勇気が要ったんだ。だから、明里さんが告白してくれた時も、すごく勇気が要ったと思うから、気持ちを軽いとは思わない」
「じゃあ照真くんも、簡単に『好き』って言ってよ」
 不満げな指摘は的確だった。失礼なことを言ったと自戒する。
「好きです! 僕は明里さんに恋をしました!」
「ありがとう……ふふっ」
 急に笑い始めた明里さんに、僕が呆けていると、
「そんなにはっきり言ってくれるとは思わなくて」
 明里さんは弁解していたけれど、僕は彼女が笑ってくれるだけで嬉しかった。僕の言葉で笑ってくれるのが嬉しくて堪らない。
「明里さん、手を繋いでもいいかな」
 ぎこちなく差し出した手に、明里さんの手が触れた。それを許しの合図と受け取った僕は、そっと繋いでみた。明里さんの手は思ったよりもひんやりしていて、僕との体温の違いが浮き彫りになる。温度が同じになればいいな、と僕は柔らかく力を込めた。
 きっと今、僕は本当の意味で、明里さんと対等に付き合えたのだ。

***

 その夜、明里さんからはたくさんのメッセージが来た。
『照真くん、改めてよろしくね』
『私、照真くんに告白してよかった』
『今、すごく嬉しい気持ちでいっぱいなんだ』
『照真くんも同じ気持ちだったら嬉しいな』
 立て続けに送られてくるメッセージに、僕はほとんどオウム返しで好意を伝えた。数日前までうんともすんとも言わなかった僕のスマホが、今は引っきりなしに震えている。それも好きな女の子からの連絡で! たまに挟まれるスタンプに、僕のテンションもアゲアゲだ。ビバ、青春!

 翌朝も明里さんは僕の家まで迎えに来てくれた。
「おはよう」
 明里さんの光り輝く眩しい笑顔の挨拶に、僕の心は急転直下、昂揚感が限界まで急上昇だ。急転直下なのに急上昇って不思議だね!
「おはよう! 朝一番に顔を合わせるのが明里さんで嬉しいよ。まさに春一番って感じだ」
 差し出した手は拒まれない。僕と明里さんとが1つに繋がる。ゼロ距離だ。これはもう、一心同体と言って差し支えない。
 嬉しいなぁ。天使だなぁ。方向が同じで良かったなぁ。

 教室で明里さんと別れてから、入れ替わりに星野が来る。
「今日も一緒に来たんだな」
「付き合っているからね」
 自慢げな僕に、星野が苦笑する。
「それは関係ないだろ。ていうか、どこで待ち合わせてんの?」
「待ち合わせというか、僕の家まで来てくれる」
「は、マジで!? 普通、逆じゃない?」
 その驚きを見て、やっぱり逆だよなぁ、と思う。でも、仕方ないじゃないか。
「そうなんだけど、僕は明里さんの家を知らないから」
「……聞いてみたら?」
「それが、送るよって言ったら断られたんだよね」
「ふぅん……まあ、家知られたくないとかあるのかな」
「そうかもしれない」
 頷いてから、ちょっと引っ掛かることを思い出した。
「そういえば、星野って過去に明里さんと何かあったの?」
「え、なんで?」
「うーん……何て言うか、星野の口から明里さんのことを聞くのを嫌がってる感じだったから」
「そう言われても、俺は話したこともないぞ」
「え、そうなの?」
「ああ。でも、それなら本当に中学時代を知られたくないのかもな」
 昨日の明里さんを思い出して、僕は申し訳ない気持ちになった。急に暗くなった顔、ごにょごにょと消えていく語尾。もしかしたら僕は、彼女の知られたくない領域に、無遠慮に踏み込みすぎたのでは……。
 思いつめていると、星野に頭をチョップされた。
「深刻な顔すんなって。たぶん、俺が何も知らないって知らないんだよ。だから、小日向も知らない顔してればいいよ」
「それでいいのか?」
「それ以外にできることある?」
 聞き返されて考える。しかし、もう既に聞いた話なのだ。今更なかったことにはできない。
「……ないな」
「だろ?」
 得意げに笑う星野を見て思う。やっぱりコミュ強は場数が違う。判断が早くて、場慣れ感が半端ない。

 昼休みになると、今日も明里さんは僕の隣で弁当を広げた。
「照真くん、あーん」
 真っ赤な顔の明里さんが、僕を見つめて卵焼きを突き出してくる。
「え、えっと……」
 これがあの、恋人同士で行うという、噂に聞く伝説の『あーん』なのか。初体験にどぎまぎしていると、明里さんが急かしてくる。
「ほら、口開けて? 私も恥ずかしいんだから」
「もっともだね」
 緊張して恐る恐る口を開くと、すっと箸が近づいてくる。僕は卵焼きを口に含んだ。卵焼きの味がした。実に卵焼きだ。
「どう? おいしい?」
「うん、おいしい卵焼き」
 教室という、これだけ同級生の人目がある場所だ。味なんか分かりゃしない。明里さんは照れていたけれど、きっと僕も顔が真っ赤で、まるで燃えている卵焼きだった。
「照真くん、よかったらもっと食べる?」
 明里さんは、新たな卵焼きを摘んでいた。だけど、あまり何度も運ばれると、介助されているみたいで、別の意味で恥ずかしい。
「えっと、嬉しいけど大丈夫。自分の分もあるから」
「そう? じゃあ、また明日もしてあげるね?」
「う、うん。楽しみにしてる」
 明里さんは小首を傾けてニコニコしていた。けれど僕は、彼女の心の内が読めなくて、少しそわそわした。
 積極的で、押しが強くて、人目を憚らない明里さん。その圧力に僕は少し気後れしてしまっていた。これは一体、何を思っての行動なんだろう。
 物足りなさを感じているのか、不安があって焦っているのか、あるいは、ただ本当に望むことをしているだけなのか。張り付いた笑顔からは奥が読み取れない。
 もちろん尽くされて嫌な気はしないけれど、夜寝る時に毛布を重ねすぎたみたいな窮屈さがあった。

 放課後、今日も明里さんは家の前まで一緒に来てくれた。
「何だか、いつも悪いなぁって気がするよ。本当なら僕のほうが送っていくものだと思うから」
「帰り道だから、気にしなくていいよ。それに、家知られるの、ちょっと抵抗あるし」
「それは分かる」
 女の子だもんね。
「照真くん、家に上がってもいい? 照真くんの部屋、見てみたい」
 期待を込めた眼差しは女神のように神々しくて、からんころんと僕の心を骨抜きにする。だけど。
「ごめん、家に人を入れると親がうるさいんだ。それに、女の子を連れてきたってなったら、絶対いろいろ言われるから、それも避けたくて」
「……そっか」
 悲しい顔をする明里さんに胸が痛む。それが心苦しくて、僕は「ごめん、また明日」と逃げるように声を張った。
「うん、また明日ね」
 一人帰っていく明里さんに、少し罪悪感。

***

#創作大賞2024 #恋愛小説部門

いいなと思ったら応援しよう!