自己の多元性
今までも、
私が複数人いることに関する記事を書いてきた。
でもそれらは、意識や、言葉といった自分の延長線上にあるものであった。
しかし
見逃してはいけないことがある。
それは、自分の社会的な側面だ。状況に応じて現れる「自分」を見過ごしてはならないと私は惟う。
生徒と先生
別にこのタイトルがあるからといって、禁断の恋云々が始まるわけではない。
例えば大学生が、講師の仕事をしていたするならば、
彼は
「生徒」と「先生」という役割を状況によって使い分けている、というわけだ。
もしかしたら、彼は「生徒」や「先生」以外に、「後輩」、「先輩」、「子」、「孫」、「友人」、「恋人」、「一般人」、「弟」、「同僚」、「ダークフレイムマスター」といった様々な役割を担っているかもしれない。
あなたも今一度、自分の一日を振り返ってみよう。
あなたは応じる人ごとに、見事の「役割」を変化させている。
実に器用な妙技だ。
一日中同じ態度で、会う人会う人に接しているわけではあるまい。まぁ例外は存在するかもしれないが。
そういえば、世に言う「ツンデレ」とは、まさに「自己の多元性」というものが人間に現れる、非常に分かりやすい例を示したものではないだろうか・・・。
三人どころか無限
つまり、状況によっては
人間は無限の様相を呈すことができる、ということだろうか?
いやこれはいささか的を射ていない。
人間がもともと、一つの側面のみを持ち合わせていないというだけだ。
一つに固定されていない、安定していない
要するに
安定して、不安定なのだろう。
この現象に名前をつけるとすれば
≪慢性的疑似多重人格症候群≫、だろうか。
(厨二病くさ)
正確に言えば
正確な人数を書くならば
3+n(1≦n)だろうか
と
今日も大学生は考えています。
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