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何者かでありたいという病


30歳を手前にして、成功している友人達は皆、何者かになっていた。


ある人は有名なカメラマン、バリキャリの港区女子MR、ゲーム会社で働く趣味はキャンプの既婚友達。
認知度があるとかないとかそうゆう話ではなく、私にとって彼らは「何者」かになれている人間なのだ。


世間一般でいう「何者かになりたい病」とは、インフルエンサーになりたい、影響力を持ちたい、認知されていたいなど、手段であったはずの有名になりたいという気持ちが目的化している状態だと思う。例えば、フリーランスになった方がいいというよくある発言は、フリーランスとなることで生活スタイルを自分のペースに持ち込めたりだとか、仕事の線引きを自分で決めれたりだとか、そういう点にメリットがあるわけだが。気付けばフリーランスでいることが目的化してしまった、そんな人が多いように感じる。



私には承認欲求というものがあまりない。フリーランスとして自分の看板を掲げたい、インフルエンサーとして目立ちたいなど、有名になりたい願望はほとんど皆無だ。ただ、その一方で、仕事や金銭面で人生を充実させたい、自分のキャラクターを確立させたいと考える時、私は「何者」でもない自分を滑稽に感じる。


目的と手段をはき違えたとしても、途中で軌道修正はできる。「何者」かであろうとするということは、自分の人生を必死で歩いている証拠なのでは?ぼんやりと流されるままに、現状に不満を言いながら行動しない人たちの多いこと。その1人が私なのだが。



何者かでありたいわけではない。ただ、このままでは何者でもないどころか、人間かどうかさえ怪しくなってしまう。自分で考えるという思考力を失った猿。いや、ロボットか。
少しだけ。何者かでありたい病に感染してみようと思う。

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