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2つの定義~「欧米」「日本」っていつ? どこ?~

こんにちは! へんぷくです。

無性愛について日本語で調べると、必ずといっていいほど出くわすのが「日本における意味合いは……」といった表現。あれって、なんかモヤモヤしますよね。そこで今回は、無性愛の2つの定義について、いわゆる「欧米定義」と「日本定義」という観点で調べてみました。

「無性愛」の2つの定義

まず、「無性愛」の2つの定義をご紹介します。

  • 欧米定義:恋愛感情の有無にかかわらず、性的欲求を感じないこと

  • 日本定義:恋愛感情も性的欲求も感じないこと

つまり、「性的欲求を感じないこと」が意味のベースにあり、「欧米定義」は恋愛感情の有無には言及しない定義、「日本定義」は恋愛感情がないことも含めた定義、ということになります。では、この二つの定義は、いつから使われるようになったのでしょうか?

「欧米定義」はいつから?

現在「欧米定義」として引用されるのは、そのほとんどが2001年にアメリカで発足したコミュニティ「AVEN」のトップページです。

An asexual person is a person who does not experience sexual attraction.(無性愛者とは、sexualな魅力を経験しない人のことです。)

これが欧米定義です。……と言い切ってしまうのは早いです。思い出してください、「sexual」という言葉には「性別」と「性愛」の二種類の定義があるのでした。どちらの意味のつもりで書いていたのか、今となっては調べようがありません。もう少し深くアーカイブをたどってみると、2003年のFAQにこんな記述がありました。

Can asexual people fall in love?(無性愛者が恋に落ちることはありますか?)
Nonsexual relationships can be just as close and intimate as sexual ones.(中略)There are social norms for sexual relationships that asexual people don't necessarily worry about. So some asexual people date, some just form close friends. (非性的な関係も、性的関係と同じように親密なものになりえます。性的関係には社会的な規範がありますが、無性愛者たちは必ずしもそれを気にする必要はありません。だから、無性愛者の中にはデートする人もいれば、親しい友人を作るだけの人もいます。)

なんとも歯切れの悪い。今なら「恋愛的指向を持つ無性愛者もいます」の一言で済ませそうなものですが、当時の無性愛者の中には「デートする(=規範に則る)ことや親しい友達でいる(=規範に則らない)ことで親密な非性的関係を構築する」人もいる、という説明にとどめられています。これって当時はデートが性的だと思われていて、規範ではなく魅力に突き動かされてデートする人は性愛者に分類されていたと読めますよね。

一方で、別の方が同じ年に作成した当事者向けFAQでは、こうもあります。

I have crushes on people, I think I sometimes fall in love, does this mean I'm not asexual?(私は人にときめくことがあるし、恋に落ちることもあると思いますが、これは私が無性愛者ではないということですか?)
A good proportion of asexuals get crushes on others and fall in love. (中略)Many asexuals talk about having a 'romance drive'.(かなりの割合の無性愛者が他人にときめき、恋に落ちます。多くの無性愛者は「恋愛衝動」があると話します。)

こちらでは、無性愛者でも恋に落ちることがある、とあります(「恋愛的指向」という言葉はまだ発明されていません)。どうやら2003年のAVENでは、現在で言う「欧米定義」と「日本定義」の二つの定義が並立していたようです。さて、なんだか雲行きが怪しくなってきましたよ? 「欧米定義」って、いつのどこの定義のことなんでしょう。さらに、ちょっと待ってください。日本に無性愛を紹介したのは、本当にAVENなのでしょうか。

無性愛はどこから来たのか

結論から言うと、わかりません。当時の日本のサイトをあたっても、定義の原文について触れたものは見つけられませんでした。ですが、2002年当時の英語圏で定義の話し合いがされていたことは確認できました。

Upon speaking with many people online who have decided to consider themselves asexual, I've spotted many different contributing factors for the decision. These are just a few:(ネット上で、無性愛者自認を決めた多くの人たちと話すうちに、その決断にはさまざまな要因があることがわかりました。以下はほんの一部です:)
1. General lack of interest in sex with either gender, even when there is a romantic attraction.(恋愛的魅力があったとしても、両方の性別のセックスに対する全般的な関心の欠如。)
2. Physical impairment that makes sex unpleasant or impossible.(セックスを不快や不可能にする身体的障害。)
3. Belief that sex and relationships are not in their best interests in the present and future.(現在および将来において、セックスや関係性は自分の利益にならないという信念。)
4. An overall lack of desire for sex or romantic relationships with anyone.(誰に対してもセックスや恋愛関係を欲求することの全体的欠如。)

注目したいのは、4.の人の定義では1.の人は無性愛ではない、となること。これらは個人の自認のために使われた定義とはいえ、「恋愛関係の欠如」は4.の人にとっては大きな要因の一つだったことがうかがえます。

さて、厳密に「欧米」というからには非英語圏の定義の変化も調べなくてはならないのですが……もういいでしょう。英語圏だけでこれほどの定義ブレがありました。「恋愛的指向」をはっきりと並列させた現在のAVEN定義が登場したのは2005年~2006年ごろだと言われています。「欧米定義」と言われていたものは、実際には「現在のAVEN定義」にすぎなかったわけです。なんかガッカリですね。

ちなみに、「欧米定義」という言葉は当然ながら英語圏にはありません。AVENが中心となって提唱しているこの定義のことは、「スプリット・アトラクション・モデルを採用した定義」の意味を込めて"SAM definition"(SAM定義)と呼ばれています。"non-SAM definition"や"non-SAM asexual"などで検索すると、さまざまな理由からAVENと違う定義づけを宣言するコミュニティが見られて興味深いですよ。

「日本定義」はいつから?

一方で、日本で無性愛という言葉が認知されるようになったのは2002年。英語圏ですら定義が定まっていなかったころですので、当然ながら日本でも独自に定義のすり合わせが行われました。

中でも議論の中心となったのは「恋愛感情の有無」。日本では無性愛を「恋愛感情」と「性的欲求」の二つの視点から分類しており、名前はなかったものの「恋愛感情有or無」×「性的欲求有or無」の4象限で分類できることは古くから指摘されていました。

しかし、2003年~2004年にかけて「恋愛感情無」×「性的欲求無」の「狭義の無性愛」だけを無性愛とする動きが強まり、その他の象限は名無しのままコミュニティ内だけで存続。その後、「恋愛感情有」×「性的欲求無」の「広義の無性愛」にも焦点が当たるようになり、2007年には「非性愛」という呼び名が定着するに至りました。

ここまでのお話で、「欧米定義」と「日本定義」という分け方がいかにあいまいか分かっていただけたと思います。

まとめ

今回は、日本語圏で俗称される「欧米定義」と「日本定義」を比べてみました。

  • 欧米定義AVEN定義(2006年~):恋愛感情の有無にかかわらず、性的欲求を感じないこと

  • 日本定義non-SAM定義(2004年~):恋愛感情も性的欲求も感じないこと

まとめると、日本では無性愛という概念を早くに取り入れたために、AVENでの議論が反映される前の定義が広まってしまったのです。それ自体はなんら悪いことではありません(そもそもAVENは広い欧米の中の1当事者団体にすぎず、何の権威も持たない存在です)。

しかし、「欧米定義」と「日本定義」――改め、AVEN定義とnon-SAM定義――は言語に関係なく、無性愛者が自分たちのことをどう位置づけるかという違いに過ぎません。スプリット・アトラクション・モデルの採用・非採用にこだわらず、コミュニティ内で当事者が納得できる分け方を模索する方が、より健全な議論につながるのではないでしょうか。

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