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性的指向を考え直す

こんにちは! へんぷくです。

「性的指向」という言葉、ここまで読んでくださった方にはもうすっかりおなじみですね。「生まれつきまたは変えられない、他人に感じる長期的な情緒的・恋愛的または性的魅力」という定義からも分かる通り、「性的指向」は情緒や恋愛、性に深く関係するものです。また近年の英語圏の動向に目を向ければ、sexualを「性愛の」と解釈して「性的魅力を感じる性別」という意味に使い、情緒愛・恋愛と区別する用法も生まれつつあります。「性的指向」は、言葉としてどんどん変化してきているのです。

さて、そんな「性的指向」ですが……この言葉を聞いて、皆さんはどんなことを思い浮かべますか? 本当に「(情緒的・恋愛的または)性的魅力」だけですか? だとすれば、なぜこんなにもアイデンティティとしての地位を確立しているのでしょう? 今回は、「性的指向」の定義について考え直すことで、その背景に迫ってみたいと思います。

定義

基本に立ち返って、アメリカ心理学会が定める「性的指向」の定義をご紹介します。

Sexual orientation is an often enduring pattern of emotional, romantic, and/or sexual attractions to men, women, or both. It also refers to an individual’s sense of personal and social identity based on those attractions, related behaviors, and membership in a community of others who share those attractions and behaviors.(性的指向とは、男性・女性・またはその両方に抱く、情緒的・恋愛的および/または性的魅力のしばしば永続的なパターンである。性的指向はまた、その魅力・関連する行動・それらを共有するコミュニティに帰属することに基づいた、ある人の個人的・社会的アイデンティティも指す。)

おや、と思いませんか。性的指向は「魅力」だけでなく、魅力・行動・帰属意識に基づいた「アイデンティティ」の概念でもあるというのです。「性的指向」という言葉の意味の多面性が見えてきますね。では、この定義をもとに、「性的指向」を深く掘り下げてみましょう。

魅力と行動

性的指向を考えるときは、魅力だけを基準に定義する……そんなイメージを持っている方も多いのではないでしょうか。しかし、「性的指向」は魅力だけでなく、その抱き方に基づいた行動も含んでいるのです。

言うまでもなく、どんな行動でもその動機は人それぞれです。パートナーシップやセックスでさえも、性的でない動機に基づいて行われることがあります。ですからここで誤解しないでいただきたいのは「行動で性的指向が定義できる」のではなく、それとは逆の「魅力の抱き方が、ある行動の動機として表れている」との自覚が性的指向になりうるということです。

有名な例を一つ挙げましょう。無性愛者のコミュニティでは「セックスよりもケーキ(cake over sex)」というキャッチフレーズがよく使われます。これはむろん「すべての無性愛者はセックスよりもケーキを好むものだ」なんて意味ではないです。セックスよりもケーキを好む動機は性的なものに限りませんし、セックスを好まないことが無性愛者の定義でもありません――そう誤解されることを恐れて、このキャッチフレーズを嫌う無性愛者もいます――しかし、本人が「私がセックスよりもケーキを好むことは私の魅力の抱き方をよく表している」と自覚している限り、このキャッチフレーズは「無性愛者の性的指向」として機能できるのです。

魅力と帰属意識

「性的指向」は帰属意識も含んでいる。これもまた重要なポイントです。自分の性的指向を実感するとき、その魅力や行動の対象となる人物が必ずしもその場に存在しているとは限りません。むしろ、その場にいない人や抽象的な人物像についての魅力や行動を話題にしているときのほうが、あなたはより性的指向を実感しているのではないでしょうか。

これは、性的指向が社会的なものでもあることを示しています。実際に魅力を抱く瞬間以上に、魅力の抱き方やそれを動機とした行動を他者と共有できている(あるいは、できていない)と感じるとき、人は「自分はこういう人間である」というアイデンティティを強くします。それは同時に、コミュニティに対する帰属意識の醸成にもつながります。

「性的指向」に社会的な側面があることは、欧米の心理学においてすでに広く受け入れられている概念です。ある人の「らしさ」と「性的指向」が深く結びついていることは、言葉の定義を探ればおのずと見えてくるものです。

本文ではアメリカ心理学会の定義を用いて性的指向を定義しましたが、これはあくまでも一つの解釈に過ぎません。ですが、「性的指向」が多面的な概念であることは疑いようがありません。

おわりに

「性的指向」という言葉の解釈は、私たちの社会ではしばしば狭く限定されてしまいます。よく言われる「性的魅力を感じる性別」「恋愛的魅力を感じる性別」という側面のみからの切り分けは、本当にこの言葉の多面性をとらえているのでしょうか。

既存のラベルが自分の「らしさ」を切り刻んでしまうと感じたとき、あなたならどうしますか? 視点は無限大です。

「魅力」と一口に言っても、それは情緒的? 恋愛的? 性的? それ以外? そのどれか複数が渾然一体となったもの?

対象の「性別」だけに着目するのは本当にあなたの魅力の感じ方を説明している?

性的指向がよく表れていると実感するのはもっと別の行動に対して? 「私の魅力の感じ方をよく表しているのは、私の――」セックス相手の性別? パートナーシップ相手の性別? それとも……?

さらには、それをどんな単語で表現するのがしっくりくる? 「〜性愛」、「〜指向」、横文字、その略称? あなたはどんな切り口で、「性的指向」という言葉を語りたいですか?

魅力と行動、そして帰属意識。「性的指向」が多面的であるということは、つまりは私たち一人ひとりが自分自身をどう定義するかという問いに直結します。「性的指向」という言葉に誤記や誤用などの混乱がまだまだ見られるのは事実です。ですが、自分と違う用法を「誤用」と断じてしまう前に一度立ち止まって、相手の表現に込められた意味や背景を対話の中で探ってみませんか? 言葉の多面性を、ぜひ自分の中に落とし込んでみてください。

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