【短編】飛べるクスリ
駅から我が家に帰る際、裏路地を通ると5分程度短縮できる近道になる。それでも、俺がこの近道をよほどのことが無い限り使わないようにしているのは、何かと治安が悪いからだ。
しかし、その日俺は疲れていた。なるべく早く帰りたかった俺は、治安の悪さに目をつむり、普段使わない裏路地の近道を使うことにした。
裏路地を歩いていると、突然後ろから声をかけられた。
「よぉ、兄ちゃん。随分疲れた顔してるんでねえの?」
俺に声をかけたのは初老の男性だった。細身で、服装はタンクトップと短パン。明らかにヤバいやつだ。無視して行こうとする俺に彼はこう続けた。
「そんな兄ちゃんに良いものがあんだ。これ使えばトべるぜ?」
運が悪い。こいつは薬物の売人だったらしい。
こういうやつに構ってると自分の身が危ない。俺は走って逃げることにした…
…がダメだった。俺が疲れているのか、売人のスタミナが凄まじいのか、俺は裏路地を抜けだす前に奴に追いつかれてしまった。
奴は息が切れ、動けなくなっている俺に息を荒げることもなくこう言った。
「兄ちゃん初回だしサービスでタダでいいぜ。次から使いたくなったらプランにもよるけど月額1980円で手ぇ打つわ。またな。」
手頃なサブスクみたいなことを言い始めた奴は俺のズボンの尻ポケットに無理やり薬の袋のようなものをねじ込んで、そのまま走り去っていった。いくら何でも強引すぎるし、健脚すぎる。
息を整えて、なんとか裏路地を抜けた俺は先ほど袋をねじ込まれた尻ポケットを探った。万一これが法的にヤバい薬物だった場合は警察に持って行き、事情を説明しなければならないだろう。
尻ポケットには先ほど突っ込まれた袋が3包入っていた。袋の上から中を触った感じ、粉末状のモノが入っている。様々な可能性が頭をよぎった。
もしこれを持っているところを警察に見られたら…逮捕?少なくとも事情聴取はされそうだ…。仮に警察に見られずにコレを取り出したとして、警察に相談したとしても、俺は自分の無実を証明できるのだろうか…?
そんなことを考えながら包みを恐る恐る取り出すと、その袋には
アミノバスター
~ホエイプロテイン・必須アミノによる疲労回復&筋力増強~
と書いてあった。
跳べるやつ…細身…タンクトップ…短パン…長時間走れるスタミナ…
…そうかアイツ…陸上選手なのか…。
後で調べたらあのプロテインで月額1980円は高いらしい。
野郎、ぼったくろうとしてやがったんだな。
~完~
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