『春と修羅』補遺
*2021年6月朗読教室テキスト③ ビギナーコース番外編
*著者 宮沢賢治
手簡
雨がぽしゃぽしゃ降ってゐます。
心象の明滅をきれぎれに降る透明な雨です。
ぬれるのはすぎなやすいば、
ひのきの髪は延び過ぎました。
私の胸腔はは暗くて熱く
もう発酵をはじめたんぢゃないかと思ひます。
雨にぬれた緑のどてのこっちを
ゴム引の青泥いろのマントが
ゆっくりゆっくり行くといふのは
実にこれはつらいことなのです。
あなたは今どこに居られますか。
詩集『春と修羅』の補遺(※)から、手簡他数編の詩をとりあげます。
この手簡の出だし「雨がぽしゃぽしゃ降ってゐます。」の部分は宮沢賢治のオノマトペの中でも音の気持ち良さが格別で、梅雨時期にはいつもこの詩を思い出します。
詩を読むとき、この気持ち良さだったり、妙にすとんと心の中に落ちてくる「言葉」に出会うことがあります。心情の背景やそれに至るまでの出来事についての説明を省き、ぽっと明かりが灯るかのようにそこにある、言葉。
ときには今の自身の状況をぴたりと言い表しているかもしれず、またときには長年抱えている問いを他人から発せられたかのような、どきっと感じることもあるかもしれません。
朗読教室では、時々詩を扱っていきたいと思います。
今回、詩集『春と修羅』の中でも「補遺」と名付けられ纏められたそれらの言葉は、賢治の言葉の集積から少し離れたところにあって、どうしても捨てることのできなかった心の断片かもしれません。ぽしゃぽしゃと、心の隙間へ降り広がって、心の糧となりますように。
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※補遺:書き漏らした事柄などを、あとから補ったもの。
*底本 『宮沢賢治全集5』株式会社筑摩書房
1986年3月25日 第1刷発行/2014年11月30日 第22刷発行
*文中の太字は本文より抜粋