小説VS漫画 リレー作品:第18話(小説)
ポケットから携帯を取り出すと、一件の新着メール。ついでに電源が残り少ない事にも気づいた。
「新しいメールだ……」
クサリが画面を覗き込みながら「なんて書いてるの?」と、興味深そうに尋ねてくる。携帯が存在しなかった時代に生まれたというクサリにはメールの事を手紙に例えて簡単に説明している。実際にメールを見るのは初めてのはずなので、気になるのだろう。
「あれ? この世界ってケータイ使えるの?」
タイヘイが疑問を口に出しながらクサリにつられて画面を覗き込む。
「相手は誰からなの?」
タイヘイに促されるようにフォルダを開き、差出人を確認する。それを確認したタイヘイと俺は互いに顔を見合わせる事になった。
「タイヘイ、お前からのメールだ……」
俺の携帯にはタイヘイのメールアドレスは登録されていない。それだというのにタイヘイの名前が表示されるのはおかしい。この世界に来た時に自分から来たメールは自分のメールアドレスを『自分』という名前で登録していたからまだわかる。
タイヘイはゴソゴソと何処からか携帯を取り出すと、俺とクサリに画面を見せながらメールフォルダを開き、送信メール一覧を見せた。
「見てよ、一件もないでしょ?」
タイヘイのメールフォルダには受信と送信、下書きや迷惑メールなども含めて一件もメールデータが無かった。
「どういうことだ?」
「僕の名前を語る偽物かもしれないよ? とりあえず本文はなんて?」
言われるままに携帯を操作し、本文を覗くと簡潔に一言だけ書かれていた。
『つぎはまちがえないで』
送られてきたメールアドレスを見て、タイヘイのメールアドレスと同じものである事も確認する。
「ちょっと携帯を貸してもらってもいいかな? すぐに返すから」
返事をする間もなくタイヘイは奪いとるように俺から携帯をとりあげると、メール本文を開いて、下にスクロールした。「つぎはまちがえないで」という言葉が上に流れて見えなくなったと同時に、サボテンの絵文字が出てきた。
「この絵文字は?」
「これは僕がメールを送る時に毎回つけてるんだ。ちょっとした癖のようなものだと思ってよ。でもますますこのメールが謎だね。僕は送った覚えはないけど、僕みたいだ」
タイヘイと二人で話し合っていると、話がよく分かっていなかったクサリが「ところで」と、割り込んでくる。
「ケイタイの事はよく分からないけど、とりあえず考えるべきは次は間違えないでっていう言葉についてじゃないかな?」
「この場所についた途端に来たって事は、ここから飛び降りるのは間違いだって事じゃないか?」
「偶然の可能性もあるよ。僕からのメールってところも気になるね」
それからしばらく話し合った結果、とりあえずこの場所は覚えておいて、別の場所を先に回る事になった。
来た道を戻っていると、先頭に立っていたクサリが歩みを止めた。
「どうした?」
背中に問いかけてみたがクサリは答えを返す事無く、ゆっくりと後ずさり、タイヘイと俺を掴んで屈ませた。
「なんだ?」
「どうしたの?」
タイヘイと俺が再度問いかけると、クサリは呟くように言った。
「化け物がいる」
それを聞いて俺は息を止めて身を固める。それに対してタイヘイは笑みを絶やさぬままチェーンソーに手を伸ばした。
クサリの見ているであろう方向に目をこらすと、ゴマ粒程度に沢山の人影が見える。
「多くないか……」
溜息をもらすように呟くと、クサリが「うーん……」と首を捻った。
「多いには多いんだけど、それより様子がおかしいんだよね。皆戸惑っているような喜んでいるような……」
俺にはゴマ粒にしか見えないような距離にいる化け物の様子がクサリには見えているようだ。
「もしかしたらなんだけど、命令が消えたのかもしれない。近くに研究所があるのは間違いないとして、僕たちがやったように爆破でもしたのかな?」
「一体誰がそんなことできるんだ?」
「だよねえ……。仮にそうだとしても科学者には襲われなくなったけど、今度は自由に歩き回る化け物が邪魔だなあ」
クサリと一緒に頭を悩ませていると、それを見ていたタイヘイが「そうだ!」と手を叩いた。
「じゃあさ、逆にその研究所ってところに行こうよ! 化け物達だってそこから逃げたなら近づかないだろうし、科学者っていうのがいても化け物が外にいる今なら簡単に殺せるんじゃない?」
好戦的なタイヘイにしては珍しい意見だと思ったが、悪くはないとも思った。それにいい加減に血が固まって動くたびにパキパキ音を鳴らす服もどうにかしたい。クサリも同じようで少し考えたかと思うと、「そうしようか」と簡単に答えて移動を開始した。
――――――
クサリとソーイチはいまだに僕を警戒しているのか、移動する時も僕から少し距離を取って歩く。それを寂しいと感じながらも、色々とやりやすいと考えている。僕は二人の後ろについて行きながら携帯にソーイチのメールアドレスを登録しておいた。ソーイチに届いた僕からのメールは送った覚えがないとはいえ、何か後で必要になる気がした。今は少しだけ臆病に動く。
――――――
オルソンという男を伴って再び地下通路に戻ると、後ろからペタペタと足音が聞こえた。まだペンギンが残っているのかとうんざりした気持ちで振り返ると、近づいてきていたペンギンが「待ってくれ」と叫び、座り込んだ。
「君を騙したことは謝ろう。実を言うと君の言う元の世界にも心当たりがない。私がここに来たのは、君に私を除いた同志達を殺してもらうためだ。具体的に言うならば試させてもらったと言った方が正しい。今となってはくだらない事だが私は君に対して怒りを抱いていた。それと同時に興味も。そして君は私から怒りよりも興味を強く抱かせてくれた。これからは君に対して敵対的行動は決して行わないと誓おう。むしろ協力しようではないか。もちろん君と一緒にいる生物に対しても同じだ」
ペンギンはそう言うとオルソンを一瞥し、再び俺を見つめてきた。オルソンを見ると、困惑した顔をしている。
この糞ペンギンを殺すのは簡単だろう。不審な動きを見せたならすぐにでも殺せる。何せ先程のペンギン共の弱さ、かつ折角の兵士とやらを退路に置く頭の悪さだ。自分たちに闘う力があるのならまだしも、それもないのに退路を塞いでは自分達も逃げられないと言うのに。恐らくだが化け物は兵士という固定概念にとらわれてしまっていたのだろう。一匹目を殺された時点でもっと考えようはあったはずなのに。こんなものなら近くに置いて使ってやってもいい。正直言うと殺すのが面倒で今は殺すのが怠い。怠すぎて怒りも湧かない。
この身体は確かに優秀なのかもしれないが、体力には不安がある。
「……好きにしろ」
「ああ、好きにさせてもらおう。まずはこのまま地下通路を使って第二研究所まで戻ろう。主要な設備は残っていないが、君達に必要な物が一応あるはずだ」
「ここにはないのか?」
「この第四研究所は名ばかりで実際は使えない同志達を適当に詰め込んだだけのゴミ箱のような場所だ。設備も物資も最低限しかないのだ。第二研究所は破壊されこそしたが、残った部屋にはまだ使える物があるのでな」
「そうか……」
小さく頷き先へ進もうとすると、オルソンが控えめに耳打ちをしてきた。
「おい、あいつを信じるのか? お前はあいつらを殺せるようだが嵌められでもしたら危険かもしれねえぞ」
「そう思うなら来なければいい」
オルソンは僅かに頭を捻ると「いや、オレもいくよ」と、結局隣を歩き始めた。道中、糞ペンギンが「君にはとりあえず基本的な知識を教えなければな」と、俺達のようなクローンや科学者について説明していたが適当に聞き流した。オルソンはたまにペンギンを見ながら複雑な表情をして、ただでさえ深い眉間の皺をより深くしわしわにしていた。