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変化する日常と過去
さて、楽しく帰ったは良いが次の日から仕事は変わらずやってくる。
私は「おはようございます」と会って一言真顔で挨拶をするだけでも違和感があった。一応、向こうも普段通りに接してくれる様である。いやそうじゃないと困る。どのみち新郎が相談してしてしまったメンツをのぞいて「職場では隠し通す」と一緒に決めて貰った。新郎が同じ部署とはいえ、現場は違う建物だった事が幸いだった。新郎は特にバラす事に関しては気にしていない様だった。
だが一つだけ気になる事がある。部署で新郎と私といつも喋っていた、厳密にいえばいつも新郎と一緒に喋っていた私の直属の先輩、運動部的ノリノリ先輩である。(この先輩については前作の仕事の記事に登場する)
何せ彼はよく見ているし、勘が鋭い。
そして、私も含め、新郎も私が見る限り、嘘やごまかすのが下手だ。
ここにバレるとやっかいだ。彼は口が軽そうに見える・・・というのも理由の一つとして、とりあえず新郎の方をあまり向かずに先輩と通常通り話す事にした。
同僚にも言わず、知っているのは完全に新郎サイドの数名であった。
それを良い事にこのまま私は、実質1年弱、一応新郎と付き合っていた事を隠していたのだ。
だが、そんな中にも1つ嬉しかった事と、危うかった事がある。
危うかった事と言えば、新郎の後輩という存在である。
一言で言えば、その後輩は私から見ると苦手なタイプで気分屋の責任感がないタイプであった。故に口の軽さを警戒はしていた。
そんなある日の事だった。私が現場で仕事を終えて一旦部署に帰ると、そこには後輩くんと新郎がいたが、何やら空気がピリピリしている。
珍しくあの温厚な新郎が明らかに怒りを秘めているのだ。後輩ちゃんが謝っているが、なんだなんだ。ガン無視やん。怖いな。
そう思いながらもあまりにも珍しい光景だったので、背中向けて書類を進める。後輩はチラとこっちを見た気がするが、背中なので分からない。
「もう、ええって」と冷たく放った言葉を初めて聞いたがなるほどこんな静かな怒り方するのか、と逆に関心を持っていた自分に驚いてしまった。
と、そこに運動部ノリノリ先輩が部署に帰ってくる。
「な?この人がこんな怒ってるってことは、何か理由があるんやろ?心当たりあったらちゃんと言っときや」
と、なだめる実は話聞き上手先輩は、後から聞くと中々に酷な質問をしていた事を後から私は知る事になる。
その日、結局業務に戻った後輩君とそのまま会う事もなく、私も特に好きな人種の人ではなかったのでほおっておく。帰りは2人でカラオケに行く予定だったので、職場から少し離れたコンビニに泊めていた新郎の車に乗ると、理由を聞いた私にこう答えた。
「同じ職場の子らに、俺らの事言ったって」
おおっとそれは・・・・・マズイな。一応だれに言ったのか聞いたが月1会うか会わないかの人だ。とりあえずいつも通りにしておくか・・・・とか思いながらも、この人自身はバラす事に抵抗はなかった事を思いだして、何となく自分の為に怒ってくれたのではと悟る。
にしても、謝ろうと思ったら私が部署に来てしまい、戸惑っていたら何も知らない運動部的ノリノリ先輩が来てしまった形だった訳か。
タイミング的に最悪だったな・・・すまない後輩。でも許したくはない。
後輩君の好感度が底辺に落ちた所で、現場は違う為、これ以上噂が広がらない様に祈るしかなかった。ただ、目線はうるさかった。いい加減にしろ。
逆に嬉しかった事もある。
新郎がロードバイクにハマり、車通勤から自転車にしだした時であった。確かその時は運動部的ノリノリ先輩に体重コントロールの為に食事もチェックされていたと思う。弁当にはもやしとキャベツが蒸して詰めてあったものが多かった。
そんな時にである。私にはひそかに出勤時、楽しみにしていた事があった。
何分、自転車置き場にはロードバイクの種類が豊富に並んでいたのだ。普通にテンション上がる。
そして、その時には、珍しくこの部署万年1番乗りの私よりも先に、職場に新郎の自転車が置かれていた。
「(今日は早いな・・?)」
残業する人では絶対ないが、何かあったんだろうかと思いながら普通に部署で行くと、そこには机に座って特にパソコンを触るでもなく、何かそわそわしている新郎がいる。・・・・何やってるんだこの人。
「おはよう・・・・ございます。今日は早いんですね」
「うん、おはよう。ああ・・まあ。あのさ、これ作ったから」
「えっ」
すると、まさかの
新郎の手にあったのは何やら、ケーキの箱らしきもの。
「ショートケーキはあかんって前に聞いたから・・妹に教えて貰ったやつやけどチーズケーキ作って・・味は・・ちょっと納得はいかんかったけど、まあ、食べてみて」
はああ~~~~~~~~~~~~~~~~~!!!!??????
「・・・あっありがとうございます!!!!!!!!!!!」
更衣室と部署との移動距離に、これほどポーカーフェイスが役に立った事はないだろう。
更衣室に着いた私の脳内はというと、
はあああああああああああああああ全日本帰りたい選手権ぶっちぎりの1位だよおおおおおおお母性ィイイイイイイイイイイアアアアアアアアア母性あ!!!芽生える!!!!!!爆発する!!!!!!これが!!!!!キュン死って奴か!!!!!!!はああ?!!!可愛い!!!可愛いかよあの図体デカくてくまの●ーさんみたいにのっそりしてるくせに!!!!!!ケーキ!!!ケーキて!!!しかも好き嫌い覚えてる!!!!はああ尊い!!!!!!!!無理尊い!!!何あのアラサー!!!可愛い!!!!え!!!!これ渡すために!!!私より早く来て!!!!!チャリにケーキ引っかけて!!!ワンホールも!!!持ってきた訳!!!????はああああ無理ピュア!!!ピュアかよ!!!!!!可愛い!!!!わざわざあなたの溺愛している姪っ子いるのに!!!妹さんに教えて貰って!!!??わたしに!!!???アラサーが!!???私に????はあああああそわそわして待ってたの!!??はあああああああああ
見事に三次元の推しを確立していたのであった。
ちなみに恥を晒して言うと、これは当時の日記に書いた、似た様なセリフである。
その日の仕事は鬼の様なスピードできっちり定時に終わらせて帰った。
チーズケーキは甘さ控えめで、お世辞抜きで美味しかった。
さて新郎の好感度爆上がりと、メンタルが急上昇した私であったが、こんな事をしていても誤算だった事がある。
新郎は職場で仲良しグループみたいなのに入っていた。その中でも私達が付き合っている事を知っているのは2、3名であったが、最も私達に近かった運動部的先輩は塵とも勘づいてなかったのだ。超意外だった。
そのせいか、彼には式当日までずっと「一番近かったのになあ」「知らなかったんで~~!!」と叫ばれるハメになった。超すまなかったので勘弁してほしいし、新郎から珍しく風呂に誘われた彼が私と付き合っている事の報告をされた時点から「・・ないわ」とぽつりと呟いたらしい。よっぽど根にもたれているのかもしれない。
そのとばっちりは私にも勿論あって、付き合った報告をされたであろう彼からエレベーターの扉が閉まったと同時に「で?俺に内緒で彼と付き合ったって?」なんて突然言われてしまったのは何か月も後だった。心臓に悪い。何だこれは乙女ゲーか。
とはいえ、私が新郎と付き合えたのはほぼこの人のおかげである。
元々新郎とこの先輩がカラオケの話をしなければ新郎がボイトレの話をする事もなかったし、この先輩が私のエヴァグッズに気づかなければ漫画を貸す事もなかったし、この先輩から新郎がアレクサンドロスを歌うという話を聞かなければ自分から新郎をカラオケに誘う事などなかったからだ。
全てはシナリオ通りではないので作られたきっかけを掴んだだけにすぎないし、そのきっかけを作りなおして乗ってくれただけであって、結局は偶然の産物なのであると思う。上手くいっただけで。
今の立場から言うのも説得力が欠けるかもしれないが、私は20歳になった時点で恋愛を完全に諦めていた。というより、元々順序良く恋に落ちてなんて事をしてこなかったし、それはひっくり返されて他者と深い関係になるほど浅はかで汚い自分が出てくる様で、他者にとってもそれで良いのか分からなくて、怖かったからだ。
でも、敢えて言うのであれば、私は自分が死ぬほど嫌いだが、人が好きなのである。
もっと言えば、小さい頃からずっと、人の役に立ちたい人間なのである。
くさい話をすると、自分が大事だと思った人が命を引き換えにすると助かるなら、喜んで死んでも良い位、人の為になるなら自分はどうだって良い。
大学生になってようやく自分から他人を「友達」と呼べる自信がついた。それまでは、親切にしてくれても他者にとって自分が「友達」と呼んで良い間柄なのか、分からなかったからだ。
どこからか私の事を「友達」と呼んでくれる、ましてや「親友」と思ってくれていると知った日には泣きそうなほど嬉しかった。人によって友達の定義は違う。でも、人の思う定義に当てはまったのならそれは嬉しい事だ。
誰だって、自分に害ある人を「友達」なんていわないだろう。
それは「恋人」だって同じで、むしろ友達よりはるかにランクが上になると考えている自分にはハードルが高かった。
相手の好きなもの、誕生日、嫌いな行動、癖、相手にとって疲れさせない道、興味のありそうな店、歩く順路、食べそうなもの。
相手の不快のない様に考える事は、時に自分を捨ててそうじゃなかったと思い込ませるのにそう時間はかからないし、意見を合わせる。
不思議と、カラオケやご飯に行っていた時の新郎にはそれが感じられなかったし、話せば話すほど向こうも同じ様に考えている様で、「自分はこうしたい」と出さないと逆にスムーズでなかった。
の割に、嫌でも別に「じゃあさ」と切り替えが言える。そして、何より自分の意見を言わなかった自分にとって、本当に言いたかった事を「言うまで待つ」なんて事をされた事がなかった。
友人以上の親友や恋人となるのは、お互いが配慮はしても本心で接せる様になってからなのではないかと、今は思う。
話が逸れてしまったが、新郎と付き合ってから退職の決意は固まっていった。「私めんどくさいですよ」とだけ言っておいて、無理だったら、と続けたが、「うん、分かった」としか言われなかった。
それから退職するまでの1年と数か月、まず私はちまちまと後継ぎ資料をつくり始めた。運動部的ノリノリ先輩にまず退職する旨を伝え、「そっか、それがいいんちゃう」とすんなり受け止めて貰ってから、新郎にもその旨を伝えると「自分も(私を)いつまでもここで働かせたくない」と言われた。
私もずっとここで働くつもりはない。
それに、3年は頑張ったんだ。もういいだろう。一旦休憩したい。
とここで、ふいに職場の帰り道、乗せて貰った車の中だったか、新郎が口を開く。
「俺も、退職する事に決めたから」
びっくりして言葉が出なかった。
そんな、いきなり。
最早時間軸がごっちゃなのだが、新郎はその日のラインで「少し話がある」と車を出した。何かあるとは思っていたが。
「いきなりでごめんね」
という新郎を眺める事しか出来ない私であったが、どうやら薄々考えていたらしい。
ふと、一つの話を思い出す。
「まさか、眼鏡(仮称)先生が結局断ってた所・・・」
「うん。来月には」
声をかけていた人は恐らく一番新郎と仲が良い人だった。眼鏡先生が違う現場で疲弊している話を聞いて持ち掛けたが、結局引き延ばして断ってた話は耳にしていた。
「良い機会やし・・・・」
勿論、タイミングが良すぎる程の話だった。いや、実際には考えていた事だった。新郎の職場が変われば私もその次についていける。そして、その時には運が良く仲良くなれたのなら、寿退社をしてみたいと思ってしまった自分もいた。別に、願ったり、叶ったりの話だ。
でも、
来月には。来月には、職場で年1回ある、大規模の地域交流イベントがあった。下手したら終電ギリになるやつだった。
それが、終われば、新郎は職場からいなくなる。
単純に、ショックだった。
実家の近くまで送って貰い、ふらふらと自分の部屋に入った後は泥の様に眠った後、夜中にお風呂で一度気絶してから体を洗って布団で入眠した。恒例になりつつあったが、鼻にお湯が入るまで眠ったのは初めてだった。
いやでも、多分これを聞いて一番絶望するのは、同じ現場の同僚なのではないだろうか。彼女の直の支えがいなくなる。新郎に、彼女には早く伝えてあげる様に頼んだ。
その数日後、彼女の表情は明らかに暗かった。当たり前である。私達の立場は2つの部署の中間の浮いたものである。同じ部署の先輩方がいないと、立場はかなり危うくなってしまう。
彼女は真面目で勤勉で、抱えやすい人だった。ただただ、心配で役立つかはさておきよく話す事にした。
運動部ノリノリ先輩も流石に驚いていた。何かあったのか聞いたらしいが、新郎はハッキリとは言わなかったらしかった。
完全に自惚れているのだとは思うが、その理由は私のみが知っている。
新郎は、遥か先の未来を見据えていたのだった。
新郎の電撃退職が噂となって流れる中、職場に新郎との関係性をばらしていない私には何もなく過ぎ去っていくものだった。
それでも寂しさはあったので、仕事に集中する事にして、付き合う前の様にあまり新郎には職場で関わらない様にした。というかタイミング的に出来なかった。勤務時間の調整が増えてきたのだ。じきに新郎と話す時間も職場では自然になくなった。
電話や連絡は割とマメにしてくれた。寧ろこっちから送ることがほぼなかった。用事がないのに友達以外と連絡するのは初めてだったかもしれない。
ふいに言われた「寂しい?」という声が耳に入ると、情緒不安定故に乙女の様にポロポロ泣いてしまった。こんな職場で良かった事は、良い部署に配属になって、良い同僚と出会えて、入居者と出会えて、何より新郎と出会えた事だけは感謝していた。その一つがなくなるのは、どうも寂しい。
何か歌詞に出そうな雰囲気ではあるが、「寂しい」とは言葉が詰まって言えなかった。今までのツケが出そうとしない。
本来ならここで話は相手によって進められる。そして自分の意見は閉まっておく。でも、ここで無言になってしまった時間がおそらく何分か、呼吸とすすり泣く声だけになってしまったにも関わらず、通話が切れる様子はない。
ついに絞り出す様にさびしい、と言うと、「そっか」と言われて、そこで電話を切ってしまった気がする。
と裏腹に、職場ではそれに慣れようと仕事に集中した。人は辛い事がある程仕事をした方が良いとどこかできいたが割と嘘でもないと思う。クヨクヨするよりよっぽど良い。
そして8月後半。一大イベントの日が来てしまった。
イベントは走り回るため、お互いがまず顔を合わせる事すらない。終わって片付けの時に会えれば奇跡である。
案の定忙しさに翻弄されながら人込みをかき分けて笑顔で接待という名の仕事をこなしていたが、職場の現場で唯一心を許しているマダムに「ちょっと座ってお食べよ」と空腹の中、回転焼きを差し出され、「そうそう、こんな時やからこそ今はちょっとでも食べとき、これもあるで!」なんて、他の職員に嫌われている噂は聞くが色々出してくれた上司にも感謝している。
人は好き嫌いの噂を聞いたとしても、私は自分が見た事で判断する事にしているので、別にその人に嫌がらせをされた訳でもないし、むしろ経験的にそういう人は普通に接すると助けてくれる事が多い。ありがたい話である。
さてイベントもようやく終わりを告げ、時間は20時。今から片付けが始まる。その後は本来ならお疲れ会という名の残飯処理と打ち上げが入るが、1年目の時にそれで終電ギリギリだったので、それ以降は先輩にことづけて行かない様にしていた。なんなら部署で1人だけ出席とかあったと思う。
もう一つありがたかったのは、先輩も事情があると無理に打ち上げやイベントには出席しなかった事、私達部下が出席負荷の場合、前々に決まっていたり重要な用事であったら施設長にかけあってくれた事だ。
お互い暇ではないのである。仕事中にコミュニケーションは取る部署であった。だが、悩みは終業時間過ぎても聞いてくれたり、視唱のない程度に現場を切り上げて相談会する所なのでありがたかった。
その部署も従来のメンバーは今や残り1人である。
へろへろの身体に鞭を打って、結局終了まで新郎と会う事すらできなかった私であったが、ここで嬉しい事が起こる。
玄関を出た所の通路で会えたのだ。
「今日一緒に帰る?」
死ぬほどタイミング良いなこの人ガチャ運以外に神の加護でも受けてるのか
とでも言いたかったが、二つ返事でいつものコンビニで待ち合わせして送って貰う。おかげで終電を気にしなくて済む。
いつも反対方向なのに申し訳ないと思いながら、いつも車を降りる時に握手をしてさよならする。どうでもよいが あ、これ漫画に出来ないかなと思っていた時期である。
ちなみにこのコンビニで合流した所を、顔までは見られなかったものの職員に目撃されていた。新郎の現場では新郎に彼女がいる噂が浮上していたらしい。「結婚するんです?」と聞かれたと後から本人を通して聞いた。
いっぽ踏み入れた自分の部屋は、退職を聞いた日より冷たい気がした。もう、新郎はいなくなる。会えない訳じゃない。けど。毎日じゃない。遠くなるからだ。
ぐるぐるいろんな感情が沸いて頭に溜まっていく。結局眠れる訳もなく次の朝を迎えると、ついに新郎の後継ぎが決まったという話を聞いた。
その人は新郎と同い年だった。色黒で軽くおしゃべりで、人と関われるタイプの知識人だった。こ、コミュ力高いタイプだ~~~~~!!
若干最初はぎこちなかったが、この人は(黒しゃべり先輩と呼ぶ事にする)めちゃくちゃ先輩として尊敬する位、面倒見がよくて立ち回りの上手い頼れる先輩だった。その上行動力もあったが故に、同僚は息を吹き返した様に相談したり、時に自分の感情を言ったりと、私の目線からだがしっかりした後ろ盾が出来た様に思えた。
ちなみにこの人は正直者なので、新郎と私が付き合っていると知ると、仲の良い人にはあっけらかんにその話題に触れていったし、私がついポロッと「住吉大社で式を挙げたい」なんて言ってしまった日には、新郎にそれを真っ先に伝えて(私の中で)ややこしくなった。
ワールドウェディングを進めたのもこの人で、色々相談していく内に「今度ご飯行かん?」と何ら悪気ない誘いに乗りそうになり、一応新郎に相談したら「ワガママを言うと、正直あまり行ってほしくない」と言われてしまったきっかけもこの人である。両者に申し訳ない。
あと、あちらの奥さんもやきもちを焼くとこの黒しゃべり先輩から聞いた。いやアカンやん。
しかし涙もろく、根はとても良い人である。同時期に行った同僚の結婚式で挨拶を務め、私の方にも来て涙ぐんでいたらしい。実質とても助けられた、今でも交流のある先輩である。
と、部署が落ち着いてきた所で、新郎のいない職場にも慣れてきた。夏の暑い日もまだ続き本当に秋なのか・・・?と疑う日々であったが、そうこうしている間に時はあっと言う間に過ぎていく。
そういえばどうしようもない余談だが、友達と久しぶりに行く食事は何より癒しだった自分にとっても、徐々に何かしらの体調不良でいけない事がちらほら出てきた。
ようやっと普通に「行く!」と言えた少人数のご飯では、友達に彼氏が出来た報告をする事となった。普通にお祝いしてくれたのは嬉し恥ずかしであったが、この時私は親に言わずに付き合ってから1,2度新郎の家に招かれ、美味しい鍋を作ってくれたのを食べに行った。今思えば、チーズケーキを貰ったあの日から、逆に胃袋を掴まれていたのかもしれない。
もうここでは色々曝け出している為に関係なく言うが(無理だったらスクロールかバックを推奨)、次にお邪魔する時には手を出されるであろう話をされたしその通りだった。生理終わりかけだった自分だったのでギリギリラインで最終まで致す事はなかったのだが、意識が戻って何と気づいた時には終電を逃して心配した親に警察へ捜索願を出されようとしていた。危なかった。
にしても、元々門限が厳しかった自分にとって、22時に外へ出かける事も人の家にお泊りする事も新鮮で楽しかったのだった。
綾波レイの例えを出すのもあれだが、おなかの肉が柔らかくてポカポカした。驚いたのは、自分が経験してきた快感や刺激とは異なるものをそこで知った。不思議だった。pixivにある『定時で帰ろう』という漫画から借りるとすれば、暖さんの包容力(物理)に負ける玲子さんさながらであろう。とはいえ、多分次に家に入る時は覚悟をしなければいけないと思った。1か月後、決まってしまった暗黙の予定を眺めながら、恐怖も募っていたのだ。出来れば初体験で通したかった。
新郎が、前の彼女が原因であまり良くない別れ方をしたと聞いたからだった。関係はないかもしれないけれど。
迫ってくる日ごとに、今までの経験を振り返っても吐き気と憎悪が繰り返されるばかりだった。兄弟は今、幸せである。嫁もいて、子どもまで出来るとなった。
男は良いなあ、と思った。男は誰にしたって痕が残らない。女は分かる。膜がないから。不平等じゃあないか。所詮男女は不平等で、弱肉強食だ。女は受け入れるしかなくて、その形をしているのだから仕方ない。嫌になった。
それなのに、それだけでなく、痕は自分にだけ残っている。不平等だ。バレたくない。
もし私が初めてじゃないとバレて、まさか相手を言うなんて事はない。でも、初めてじゃない事を知った彼がどんな顔をするだろうか。いや、彼が初めてとは思わないし、話を聞いた限りでは多分違うだろうけど。
でも、考えていくと、だんだん新郎に浮気とやらをした女をとっちめたくなってきた。とりあえず、来る日は仕方ない。覚悟を決めるしかない。
この話が続いて申し訳ないけれど、結果を言えばバレなかった。「本当に初めて?」とは聞かれたが、詮索はしない人で助かった。と思いたい。
そして、そこから新たな発見と経験をした。
ごっこ遊びでもなく、ゴムもちゃんとつけて、強制もされず、痛みもなく、演技をする訳でもなく、怒られることもなく、苦しさもなく、話を強引に持ってかれる事もなく、ただ優しく大事に、恐々とそれは続いた。逐一、聞いたり、伺ってくるのだ。合意の上なのだ。
一言で言えば、多幸感というぬるま湯の底なし沼にポーンと放り出されて、ズブズブ沈んでいく感覚だった。色んな感情がごっちゃになって涙が止まらなかった。
好きな人とするのは、こんなに幸せなのか、と知った瞬間であった。
働いている時はPMSもひどくなっていたので、今では割と生理含めて性事情もオープンに2人の時は話すし、理解が得られて助かっているし、何より不快感がなくてトラウマたる事項を思い出す事もほぼなくなっているのでありがたい。と同時に、新郎が変態だと気づくのにもそう時間はかからなかったのだが。
なんて色々一息ついた所で、季節はめぐり新郎が退職して半年すぎ。私が退職する1年前。季節は二人の付き合った3月の春に向かおうとしていた。いよいよ、退職した新郎と私が付き合っている噂がどこからか、施設長の耳まで入ってきてしまう。
新郎はもうこの職場にいない。私は手っ取り早くその噂が回るのを諦める事にした。出所は分かったし、私の現場にはおそらく上司しか知らない。
後は、新郎の後を追う準備を進めるだけだったのだが、ここで身体のガタが来てしまう事になった。