漫画から振り返る当時の自分
最近ジャンプラで「ふつうの軽音部」を読んだ。特に誰におすすめされたわけでもないけど、次に来るマンガ大賞の1位になってたから興味を持った。
タイトルの通り軽音部に所属する少女が成長を遂げていく話。現在4巻まで発売中、まだ残り数話は読めていない。主人公の鳩野ちひろは高校からギターを始めた子で、慣れない環境にもがきながらも少しずつ成果を収めていく。
この作品の一番の魅力と言っていいのが、「ふつうの」とあるようにあくまで現実的に軽音部の模様が描かれている点だ。イケメンはことごとく女子を振るし、バンドはすぐに解散するし退部するメンバーもたくさんいる。おまけにその理由の大半が失恋だったりする。そのあっけなさが何とも高校生らしくておかしい。
僕は高校時代、バドミントン部の男子とばかり絡んでいたからよく知らなかったけれど、軽音部とかはそういうのばかりだったんだろうか。
そしてこの漫画における最大のブレーンと言っていいのが、ちひろと同じバンドに所属している幸山厘というキャラクター。最初はおしとやかな高身長女子くらいにしか思っていなかったのが、回を重ねるごとにその本性が明らかになってきて、今ではちひろを崇拝し、裏で工作を働くやべー女という扱いになっている。ここまでぶっ飛んだ子は漫画でも珍しいと思うが、現実にもしいたとしたらどうだったんだろうか、と考えてしまう。
そこで、あまりやりたくないけれど高校時代の自分のことを思い出してみる。学年にもよるが僕は表向きには男子で組んだ集団の一員であるフリをして、本当は心を塞ぎ込み、ずっと1人だったと思う。それもあって大学1年のコロナ禍を機に誘われたグループのメンバーと部活の同期を除いて、いまだに定期的に会う仲の人がいない。全員と顔馴染みくらいの交流しかしていなかった僕が、それ以上の親密な関係になれるわけはなかった。
人間関係自体を怖がってしまったところはあっただろう。喧嘩や金の貸し借りといったいざこざがあるのを極端に恐れていたから、休日に友人と街に出て遊びにいくことすらもしなかった。そんなことをしていたら当然誰にも気に入られることはなく、ただちょっと勉強のできるやつという漠然としたイメージだけがいたずらに一人歩きしていた。
ただ、そんな自分にも「他の誰でもない、自分として生きたい」という信念はあった。誰の真似もせず、自分らしい生き方を貫けたのは、しかし1人だったからだと思う。そのせいで自分にしか興味の矛先が向いていなかったから、容姿や言動を気にしていろんなことをためらって、周りの人間関係には目も暮れていなかった。俯瞰でものを見られるようになったのは本当にここ最近になってからだ。
もし厘ちゃんのような子がいたとしても、人嫌いとみなされて対象からは除外されていただろう。実際 (自分が気づいていないだけかもしれないけど) 手玉に取られた記憶はない。まあ昔のことは水に流して、今を生きましょうや。
はあ。論文紹介つらいなあ。高校に戻りたい。部活もっと頑張ってればよかった。