何者かになる
さっきまで書いていた下書きを全部消しました。時刻は23時。背水の陣ってやつです。
下書きに書いていたのは今日の自分の醜態と反省。おおむね昨日と変わらない内容です。教訓もクソもあったもんじゃないですね。この期に及んで「天丼」をかまそうとしていた自分が不甲斐なくなりました。
というわけでこの50分でなんとか、意味のあることを話します。
何者かにならないといけない、と思い続けています。
今は1人の大学院生、これといって特別な特徴もなければ、秀でた実績もない。社会に対して何を残したかと問われて、何も答えられない、ただの人間です。
昨日、中学のときの同級生と久々に電話をしました。大学に入ってから、英語の基礎を教えるためにしばらく電話のやり取りをしていたきりなので、もう3年以上ぶりになります。
あの時と同じ口調で、彼は話し始めました。
「実は俺、トリリンガルやねんな」
「…え?は?」
流石に度肝を抜かれてしまいました。
語学に興味を持ち、国の枠組みを超えてたくさんの友人を作り、さらにはAIに音楽や動画を作らせて、しかもプログラミングまで勉強して。こっちが処理し切れないくらいのことを、ものの数分でまとめて言い切った彼の中には、もうあのときの野球少年の成分はどこにも含まれていないようにさえ感じられました。
そしてふと思ったわけです。
あ、自分、何もしてねえじゃんって。
そりゃ音楽も作りたかったよ。
プログラミングだって、割と楽しそうだなぁと思ってみたりはした。
でも、やらなかった。手が伸びなかった。めんどくさいと思ってしまった。
彼が太陽なら僕は月。光り輝く存在にはなれません。
「人生一度きり。ここで諦めたらいつか絶対後悔すると思って、楽しいことを全力でやってきたんだ」彼は続けます。
彼のバイタリティに生気を吸い取られてしまった僕はカラカラになってしまいました。それを感じ取ったのか、40分ほどで話に区切りをつけ、来週もまた電話でもしようや、といつもの明るい口調で彼は電話を切りました。
電話を切ってしばらく考えると、語り尽くせない彼と自分の差が浮き彫りになってきます。
何も成し遂げていない、何もやっていない自分。
対して、自分の興味に貪欲で、友達を作って、野心的に活動している彼。
あー、もう生きてる世界が違うんだろうな。なんだか来週の電話が怖くなってきました。たぶんnoteのことも、言えない気がしました。
今の今まで自分が彼を舐めていたんだろうな、とも気付かされます。
確かにあの頃は自分は優等生で、彼は勉強ができない問題児だった。
大学に入って英語を教えている段階でもそうだった。
でも今はたぶん違います。
彼は勉強をたくさんして (勉強ではない、と彼は言ってましたが)、知識を身につけてきた。僕が教えていた語学だって、たくさん身につけた。もう職もあって、お金をもらっているらしい。そんな彼に、僕は勝れるポイントがあるのか?
そもそも人との比較をしていた時点で僕の負けでした。
もう学歴なんて何の意味もない。
badに入ってしばらくして、もう、何者かになるしかないと、咄嗟に思い込んで、気を紛らわせるかのように、狂ったように、就活のサービスを開いて、登録とかして、気がついたら2時になっていて、それからしばらくして寝たら、今日も大寝坊。残るのは虚無感と、卑屈な心。
自分には何もない。
今死んで、誰が悲しんでくれる?
自分は今、居ていいのか?
…
何者かにならないといけない。
自分が自分を愛せる、そんな何者かを、見つけないといけない。
そうでないとたぶん、僕はいつか自分を殺してしまうから。
その前に、自分を生かす方法を考えないといけない。
人生のTHE SECONDが来る前に。
何者かになっても、人生やめません。