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強化学習AIがつなぐ人と仕事

高齢化の進む現代社会では、医療や介護の担い手不足が深刻な問題となっています。そのため、人材を求めている医療・介護事業者と、医師、看護師や介護士などさまざまな資格、スキルを持ち、自分に合った働き場所を求めている求職者との間を結びつける「ジョブ推薦システム」が効率的に機能することが重要です。東京大学大学院情報理工学系研究科の鈴村豊太郎教授、大学院生 脇聡志さんら、東京大学と株式会社エス・エム・エスの研究グループは、そのようなジョブ推薦システムに強化学習を導入し、効率を向上させることを目指しています。2023年6月の第37回人工知能学会全国大会で発表した本研究グループの研究成果を紹介します。

・求職者と求人とをマッチングするジョブ推薦システムで、強化学習を使ってマッチング数を最大にする方法を提案した
・情勢の変化などにも対応したアルゴリズムの最適化を行い、従来の方法より3割以上マッチング数が向上した
・今後、情報の追加や実際のデータでの評価を行い、より性能の高いモデルを開発する

ネット通販で買い物をすると、「これを買ったあなたにおすすめ」など、次々と商品がおすすめされます。これは、通販サイトに蓄積された膨大な売上データを使って、AIがユーザーの購買履歴にマッチした商品を瞬時に選び出しています。この時AIは、売上を伸ばして企業の利益を最大化するよう、ユーザーである購買者が買いたくなりそうなものを予測して推薦します。つまり、AIは「企業の利益」を報酬として、これを最大化するように強化されているのです。そんなAIにおすすめされた商品を、ユーザーはつい「買い物カゴに入れる」をクリックして企業の利益に貢献するわけです。

一方、商品やサービスを提案するシステムとは異なり、求人の場合、ひとつの仕事に何十人も採用するわけにはいかないし、一人でいくつもの仕事を掛け持ちもできません。そこで、ジョブ推薦システムでは、大量の求人と求職者との間の結びつきを表す「マッチング数」を大きくすることが求められます。これまでのジョブ推薦システムに関する研究では、数理最適化アルゴリズムなどを用いて応募数を最大化する方法や、ユーザーに推薦する求人を再分配して応募先を分散させるアルゴリズムが提案されてきました。しかし、これらは特定の仮定や条件を前提としていて、直接的に求職者と求人のマッチング数の最大化を行っているわけではありません。そのため、社会情勢の変化などによって前提条件が変わると、それに合わせてパラメータを調整しなおす必要がありました。

今回の研究では、最終的に応募者が採用される「マッチング数」が多いほど報酬が大きくなるようにした強化学習を行い、直接的にマッチング数を最大化する方法を世界で初めて提案しました。

図1:ジョブ推薦の概念図。従来の応募数最大化のシステム(左)では人気の求人に偏った推薦をしてしまう傾向があるが、マッチング数最大化のシステムでは応募先を分散させられる。

また、この方法の評価のため、ユーザーがジョブマッチングサービスを訪れ、求人情報を探して応募し、採用に至るまでのプロセスを再現するシミュレーション環境を構築し、ここから得られるデータを利用して、今回提案した方法と、これまでに提案されていた応募数最大化の方法、応募再分配の方法とでどれだけマッチング数が向上するかの比較を行いました。その結果、今回の方法では、マッチング数をこれまでの方法より3割以上向上できることを確かめました。


図2: ユーザー(求職者)が推薦、応募、を経て採用にいたるプロセスを再現するシミュレーション環境の概念図
図3: マッチング状況の比較。既存の方法(左)では人気の求人を多く推薦した結果応募が集中している一方、本研究(右)ではマッチング数を報酬とした強化学習を取り入れた結果、推薦・応募が分散され、マッチング(採用)が多くなったことがわかる。

鈴村教授は、今回の研究成果について、「介護・医療における人材不足は今後の超高齢化社会において極めて深刻な課題であり、我々のようなアカデミアとエス・エム・エスさんのような民間企業がタッグを組んで、そのような社会課題に取り組むことは極めて重要かと思います」と話しています。ジョブ推薦システムの効率を高め、マッチング数を向上することは、企業、求職者双方にとってのメリットとなり、担い手不足の解消に役立つと考えられます。今後は、シミュレーションによる評価だけでなく、実際のデータを使った評価なども進め、また、求職者のスキルや経験、求人の条件など、より多くの要素を考慮してより精度の高いシステムを開発してゆく予定です。

発表論文

「 強化学習によるマッチング数を最大化するジョブ推薦システム」
第37回人工知能学会全国大会 [4Xin1-74]
https://confit.atlas.jp/guide/event/jsai2023/subject/4Xin1-74/advanced
発表日:2023年6月9日

研究グループ

脇 聡志   東京大学大学院情報理工学系研究科 大学院生
鈴村 豊太郎 東京大学大学院情報理工学系研究科 教授・
       東京大学情報基盤センター 教授
金刺 宏樹  東京大学情報基盤センター 特任研究員
華井 雅俊  東京大学情報基盤センター 特任助教
小林 秀   株式会社エス・エム・エス

謝辞

本研究の一部は、JSPS科研費JP21K17749, JP21K21280, JP22K17899の助成を受けたものです。また、学際大規模情報基盤共同利用・共同研究拠点(JHPCN)、および、革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の支援をうけています(課題番号: jh221002)。

アイキャッチ画像クレジット: Graphs/PIXTA

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